最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG
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●日本人の依存性(2)

2010-06-29 08:01:30 | Weblog


●してもらうのが、当然……「してもらうのが当然」「助けてもらうのが当然」と考える。
あるいは相手を、そういう方向に誘導していく。よい人ぶったり、それを演じたり、あ
るいは同情を買ったりする。「~~してあげたから、~~してくれるハズ」「~~してあ
げたから、感謝しているハズ」と、「ハズ論」で行動することが多い。

●自分では何もしない……自分から、積極的に何かをしていくというよりは、相手が何か
をしてくれるのを、待つ。あるいは自分にとって、居心地のよい世界を好んで求める。
それ以外の世界には、同化できない。人間関係も、敵をつくらないことだけを考える。
ものごとを、ナーナーですまそうとする。

●子育てに反映される……依存性の強い人は、子どもが自分に対して依存性をもつことに、
どうしても甘くなる。そして依存性が強く、ベタベタと親に甘える子どもを、かわいい
子イコール、できのよい子と位置づける。

●親孝行を必要以上に美化する……このタイプの人は、自分の依存性(あるいはマザコン
性、ファザコン性)を正当化するため、必要以上に、親孝行を美化する。親に対して犠
牲的であればあるほど、美徳と考える。しかし脳のCPUがズレているため、自分でそ
れに気づくことは、まずない。だれかが親の批判でもしようものなら、猛烈にそれに反
発したりする。

依存性の強い社会は、ある意味で、温もりのある居心地のよい世界かもしれない。しか
し今、日本人に一番欠けている部分は何かと言われれば、「個の確立」。個人が個人とし
て確立していない。

あるいは個性的な生き方をすることを、許さない。いまだに戦前、あるいは封建時代の
全体主義的な要素を、あちこちで引きずっている。そしてこうした国民性が、外の世界
からみて、日本や日本人を、実にわかりにくいものにしている。つまりいつまでたって
も、日本人が国際人の仲間に入れない本当の理由は、ここにある。
(03-1-2)

●人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛る。義理人情が支配的なモラル
である日本の社会は、かくして甘えの弥慢化した世界であった。(土居健郎「甘えの構造」
の一節)

+++++著作権BYはやし浩司++++copy right by Hiroshi Hayashi+++++ 
  
●日本人の依存性

 日本人が本来的にもつ依存心は、脳のCPU(中央演算装置)の問題だから、日本人が
それに気づくには、自らを一度、日本の外に置かねばならない。それはちょうどキアヌ・
リーブズが主演した映画『マトリックス』の世界に似ている。

その世界にどっぷりと住んでいるから、自分が仮想現実の世界に住んでいることにすら
気づかない……。

 子どもでもおなかがすいて、何か食べたいときでも、「食べたい」とは言わない。「おな
かがすいたア、(だから何とかしてくれ)」と言う。子どもだけではない。私の叔母などは、
もう50歳代のときから私に、「おばちゃん(自分)も、歳をとったでナ。(だから何とか
してくれ)」と言っていた。

 こうした依存性は国民的なもので、この日本では、おとなも子どもも、男も女も、社会
も国民も、それぞれが相互に依存しあっている。

こうした構造的な国民性を、「甘えの構造」と呼んだ人もいる(土居健郎)。たとえば海
外へ移住した日本人は、すぐリトル東京をつくって、相互に依存しあう。そしてそこで
生まれた子ども(二世)や孫(三世)は、いつまでたっても、自らを「日系人」と呼ん
でいる。依存性が強い分だけ、新しい社会に同化できない。

 もちろん親子関係もそうだ。この日本では親にベタベタと甘える子どもイコール、かわ
いい子とし、そのかわいい子イコール、よい子とする。

反対に独立心が旺盛で、親を親とも思わない子どもを、親不孝者とか、鬼っ子と言って
嫌う。そしてそれと同時進行の形で、親は子どもに対して、「産んでやった」「育ててや
った」と依存し、子どもは子どもで「産んでもらった」「育ててもらった」と依存する。

こうした日本人独特の国民性が、いつどのようにしてできたかについては、また別のと
ころで話すとして、しかし今、その依存性が大きく音をたてて崩れ始めている。

イタリアにいる友人が、こんなメールを送ってくれた。いわく、「ローマにやってくる日
本人は、大きく二つに分けることができる。旗を先頭にゾロゾロとやってくる日本人。
年配の人が多い。もう一つは小さなグループで好き勝手に動き回る日本人。茶髪の若者
が多い」と。

 今、この日本は、旧態の価値観から、よりグローバル化した新しい価値観への移行期に
あるとみてよい。フランス革命のような派手な革命ではないが、しかし革命というにふさ
わしいほどの転換期とみてよい。それがよいのか悪いのか、あるいはどういう社会がつぎ
にやってくるのかは別にして、今という時代は、そういう視点でみないと理解できない時
代であることも事実のようだ。

あなたの親子関係を考える一つのヒントとして、この問題を考えてみてほしい。

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【不安について】(What is the Anxiety?)

●不安の構造

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(こうしたい)(こうでありたい)という欲望や欲求。
その欲望や欲求に対して、障壁(障害)が現われたとき、
欲望や欲求は、不安へと変異する。
つまり障壁(障害)の一方にあるのが、欲望や欲求。
もう一方にあるのが、不安ということになる。
私たちは、日常的に、この不安にさらされている。
欲望や欲求が強ければ強いほど、不安は増大する。
そこで問題は、こうした不安を克服する方法は
あるかということ。
私のばあいを中心に、この問題について考えてみたい。

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●不安の分析

 大村政男氏は、不安の(因子)を、つぎの24項目に分けている(心理学、ナツメ社)。
この表は、そのまま、自己診断のひとつの方法として、応用できる(P157)。

〔身体的症候群〕
(  )皮膚にできものができることが多い。
(  )しばしば尿意をもよおす。
(  )食欲不振なことが多い。
(  )緊張すると汗が出がちである。

〔集中力欠乏〕
(  )興味があれこれと変わりやすい。
(  )じっとしておられないほど、落ちつきを失うことがしばしばある。
(  )1つのことに気持ちを集中できないほうである。
(  )待たされるといらいらしてしまう。

〔自信欠乏〕
(  )一度決めたことでも、他人の意見ですぐ変わってしまう。
(  )人生にいつも重荷を感じている。
(  )自信がないために、ものをあきらめてしまうことがよくある。
(  )自分はまったく役に立たない人間と思うことが多い。

〔赤面恐怖〕
(  )なにかあると、顔がほてってくる。
(  )人に会うのがおっくうなほうである。
(  )大勢の人の前に立つと、赤面しがちである。
(  )恥ずかしがり屋である。

〔睡眠障害〕
(  )睡眠薬をのまないと、眠れないこともある。
(  )うなされて目を覚ますことが、ときどきある。
(  )よく寝言を言うと、言われる。
(  )眠りがいつも浅いうような感じがする。

〔取り越し苦労〕
(  )いつも緊張して生活している。
(  )なにかにつけて心配しがちである。
(  )他の人よりも神経過敏である。
(  )不幸なことが起こりはしないかとしばしば心配する。
(以上、大村政男氏による、診断項目。)

●自己診断 

 大村政男氏の因子論(前述)を使って、自己診断をしてみる。
で、これは私のばあいだが、自分では基底不安型の人間と思っていたが、意外と該当項目が少ないのに、驚いた。

〔身体的症候群〕〔集中力欠乏〕〔自信欠乏〕〔赤面恐怖〕の4項目まで、該当なし。
〔睡眠障害〕については、慢性化しているというか、昼寝が習慣化しているため、さほど気にならない。

が、最後の〔取り越し苦労〕については、4項目中、ほぼ4項目とも、私に当てはまる。

 私は日常的に緊張している(?)。
それに心配性(しょう)。
神経過敏なところもあるし、将来についてよく心配する。
大村政男氏の診断方法によれば、典型的な〔取り越し苦労〕型タイプの人間ということになる。
実際、よく取り越し苦労をする。
ひとつのことを心配し始めると、それが勝手にどんどんとふくらんでいってしまう。
が、あとになって、それが取り越し苦労だったことを知る。
そういうことは、よくある。

●では、どうすればよいのか

 これは私のばあいだが、私はそういう弱点を、自分でもよく知っている。
そのためそういう状態になり始めたら、つぎのことに心がけるようにしている。
(1)重大な判断はくださない。
(2)ワイフに、自分の状態を聞く。
(3)ものを書いて、不安の中身を文章にして、たたき出す。
 もちろん気分転換も重要。

趣味に没頭する。
現在は、畑づくりと、ミニ・ヘリコプター、それに映画。
週に1度は、近くの温泉旅館で、温泉につかるようにしている。
しかし何よりも重要なことをは、「今の私は正常ではない」と、自分に言って聞かせること。
不安が勝手にふくらみ始めたら、「正常ではない」と、何度も心の中で繰り返す。
その場を静かにやり過ごす。

 というのも、脳のCPU(中央演算装置)がおかしくなってくるから、正常でないことに気づくのは、たいへんむずかしい。
おかしくなりながら、「これが本当の私」と思ったり、「他人が不安でないほうがおかしい」と思ったりする。

 ただ誤解しないでほしいことが、ひとつある。
私はいつもこうしてものを考え、パソコンを相手に文章を書いている。
それについて、「不安だから書いているのでは」と思う人がいるかもしれない。
が、これは楽しいから、そうしている。
不安だからしているのではない。
心の緊張感があるから、しているのでもない。
楽しい。
見知らぬ原野を散歩しているような楽しさである。

 そう言えば、ワイフもときどき、こう言う。
「よくもまあ、毎日ものを書いていて、タネ切れにならないわね」とか、「毎日考えてばかりいて、頭がおかしくならない?」とか。

 タネ切れになることはない。
今でもそうだが、ひとつのことを書いていると、別のところからつぎつぎと、書きたいことがわいてくる。
それに「頭がおかしくならない?」については、たぶん、そうはならないと思う。
むしろ逆で、頭の中をモヤモヤした状態のままにしておくと、かえってイライラしてくる。
「便秘のときの腹のよう」と、私はワイフによく言うが、それに似たような状態になる。

 が、だからといって、私は不安に強いわけではない。
弱い。
だから若いころから、先手主義。
後手に回ったとたん、調子がおかしくなる。
その分だけ、よけいに不安になる。
つまり自分を、不安になるような状況に追い込まないようにしている。

 ……ということで、みなさんの参考になるかどうかはわからないが、私のことについて書いてみた。


(はやし浩司 家庭教育 育児 教育評論 幼児教育 子育て Hiroshi Hayashi 林浩司 BW はやし浩司 不安の構造 不安の診断 不安神経症 強迫観念 不安とは)

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不安を考えるとき、同時に思いつくのが、
強迫神経症と不安神経症。
それについて書いた原稿をさがしてみる。

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●強迫性障害

 一つのことに執着すると、そのことばかりが気になって、悶々と悩む。悩むだけならまだしも、それが原因となって、日常生活に支障が出るようになることがある。これを「強迫性障害」という。

 ある女性(36歳)は、マンションの上の階の足音が気になってしかたなかった。夫は、「聞こえない」「たいしたこない」と言ったが、その女性には、聞こえた(?)。たまたま上の階の部屋と自分の部屋の間取りが同じということもあった。その女性には、音だけではなく、上の階の住人の生活ぶりまでが、すべて手に取るようにわかった。

 が、そのうち、その女性は、「(上の階の人が使う)掃除機の出す音がうるさい」と言いだすようになった。「掃除といっても、1日、1回程度なら、がまんできる。しかし1日、5回は多すぎる、と。

 その女性は、毎日、上の階の人がどのような騒音(?)を出すか、その内容と回数をノートに記入するようになった。が、それだけではない。自分が買い物などで、家をあけるときには、小学2年生になった息子に、その回数を数えさせた。

 息子は、その女性(母親)が帰ってくると、「今夜は、掃除機が1回で、洗濯機が1回……」というように、報告していたという。
 そしてある日、その女性はそれらの記録をもって、上の階の住人のところへ怒鳴りこんでいった……。

 そのあとどうなったかは、容易に想像がつくことと思う。

●ある学校で

 実は、こうした強迫性障害は、教育の世界でも、よく経験する。数年前のことだが、ある小学校へ講演に行ったら、その学校の教師が、こんな話をしてくれた。

 その学級で、「よい子は、みんな、仲よし。友だちも、多い」というような内容の、学級通信を出した。

 が、1人の母親が、これに猛反発した。たまたまその母親の子ども(小2女児)が、学校でいじめにあい、仲間はずれにされていた。そのことを、その母親は、悩んでいた。

 その母親は、校長に、「うちの子は、よい子ではないのか!」と。「よい子とは何だ!」「仲よしって何だ!」「どうしてそれが学級の方針なのか!」と、くいさがった。

 拡大解釈と被害妄想。一言で言えば、そういうことになるが、その母親の怒りは、それで収まらなかった。「子どもの人権問題だ」「名誉毀損だ」と。さらには「校長不適格」などとも言い出したという。つまりその母親は、その問題に固執するあまり、自分の姿を見失ってしまった。

 こうした強迫性障害の延長に、買い物依存症(女性に多い)や、パチンコ依存症、賭博(とばく)依存症(男性に多い)がある。これらの依存症の人も、一つのことにこだわり始めると、それが頭から離れなくなる。

●満足感を満たすため

 たとえば買い物依存症の女性にしても、「それがほしい」と一度思いこむと、あとは、明けても暮れても、考えることは、そのことばかりという状態になる。そして一度、それを買うと、その満足感と同時に、解放感を味わう。あとは、この繰りかえし。

 が、こうした強迫性障害の人に、悩みや苦しみがないかといえば、そうではない。

 悶々と、そのことに執着している間は、ふつうの人以上に、悩んだり苦しんだりする。「気になってしかたない」というのは、苦しみである。

 またその問題が解決したからといって、実は、その苦しみから解放されるというわけではない。たとえば買い物依存症の女性にしても、そのあと、今度は、強い自責の念にかられる。「どうして買ってしまったんだろう」と。

 さらに病的になると、借金をしてまで、自分のほしいものを手に入れるようになる。こうなると、あとは、奈落の底! こうして破産していく人は、少なくない。

 先の「掃除機の音がうるさい」と怒鳴りこんでいった女性のケースでは、当然のことながら、そのあと、上の階の住人とは、険悪な関係になってしまった。当然である。が、運の悪いことに、上の階の住人は、そのマンションの中でも、指導的な立場にあった。以後、その女性が、マンションの住民たちの間で、どのような扱いを受けたかについても、容易に想像がつくことと思う。

 で、そのあとのことだが、その女性と夫は、何度も、上の階の住人に謝罪に行ったが、受けつけてもらえなかったという。

 ただ一度、こうした強迫性障害になった人は、そのつど、テーマを変えて、同じ障害になりやすいと言われている。

 そのときは、上の階の住人の出す騒音であっても、それが解決すると、今度は、外を走る車の騒音になったり、ここにあげた、学校通信の文面になったりする。さらにそれが子どもの教育におよぶようになると、ことは、深刻になる。

 明けても暮れても、考えることは、子どもの成績ばかり……というようであれば、あなたも、その強迫性障害を疑ってみたらよい。

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【あなたの心診断―女性用】

 つぎの項目のうち、いくつか当てはまるようなら、強迫性障害を疑い、子育ての場で、子どもの心に影響を与えないように、注意する。
(  )かつて、買い物依存症など、何かの依存症になったことがある。
(  )ひとつのことが気になると、そのことばかり考えることがよくある。
(  )子どもに問題が起きると、先生や、子どもの友人に、原因を求める。
(  )かっとなると、見境なく行動してしまうことがあり、あとで後悔しやすい。
(  )被害妄想をもちやすく、ものごとを何でも悪いほうに解釈してしまう。


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Hiroshi Hayashi+教育評論++June.2010++幼児教育+はやし浩司

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