Hiroshi Hayashi++++++++Dec・08++++++++++++++はやし浩司
●不況
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数日前、昔からの知人が突然やってきた。
以前、あれこれと仕事を頼んだ人である。
その知人が、「何か、仕事はないか?」と。
その知人の父親は、50歳になるころから
糖尿病が悪化して、現在は週に何回かは、
人工透析を受けている。
「仕事は、もうしていない」という。
またその知人も、3人もの子どもをかかえて、
その生活費だけで、たいへん。
「親父のめんどうをみる余裕など、どこにも
ない」と。
かなり切羽(せっぱ)つまった感じがした。
しかし今の私にも、その知人に回せるような
仕事は、ない。
しばらくあれこれ話したあと帰ってもらったが、
元気がなかった。
今、日本中を、大不況という嵐が襲っている。
そしてその嵐は、身を隠す場所すらない、
そういった弱小の人たちを、もろに苦しめ始めている。
たしか父親はまだ60歳前。
国民年金も手に入らない。
そういう人たちは、どうやって生活していけばよいのか。
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先日、大阪に住む友人と電話で話したとき、その友人は、こう言った。
「日曜日でも、仕事があれば、感謝しなくちゃあ」と。
私が「明日(日曜日)も、仕事です」と、ふと、こぼしたときのこと。
今の世の中、仕事があるというだけでも感謝、感謝、感謝。
ぜいたくは言えない。
その大阪は、不況の真っ只中。
それは知っていたが、この浜松にも、不況の風が吹き始めた。
派遣社員や外国人労働者の首切りが始まっているという。
自営業の人たちも、かなりきびしい状況らしい。
とくに通りに軒を並べる商店街が、元気がない。
で、昨日も書店で、経済誌を片っ端から立ち読みしてみた。
(そう言えば、私もこのところ雑誌の購入費が減ってきた。)
全体を通してみるとこの不況は来年(2009年)いっぱいは
つづきそう。
好転するのは、早くても、来年(2009年)の夏以後~とか。
さらにもう一段、大不況がやってくると説く学者もいる。
それまでは、どうやらじっとがまんのとき、ということか。
お金で幸福や命は買えない。
しかしお金がないと、人は不幸になる。
病気になっても、治療費が払えない。
私「彼の父親は、どうやって生活しているんだろう?」
ワ「奥さんが働いているみたい」
私「それならいい」
ワ「奥さんは、前から働いているみたい」と。
明日はわが身と思ったところで、この話はおしまい。
不況といっても、降ってわいた天災のような話で、私にはどうしようもない。
●雨(12月9日)
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久々の雨。
しかもどしゃ降り。
このところ雨が降るたびに、暖かくなったり、
寒くなったりする。
「この雨がやんだらどうなるんだろう?」と、
そんなことを考えながら、ワイパーの向こうの、
薄モヤにかすんだ通りを見ながら、考える。
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●逆流性胃炎
今日、病院へ言ったら、「逆流性胃炎」と診断された。
昨日、朝食をとったあと、げっぷが、数分おきに出た。
プラス胸焼け。
食道と胃の付け根あたりが、熱をもったような不快感。
夕方薬局で、胃酸を抑える薬を買ってのむ。
症状はそれで消えた。
で、今日、インフルエンザの予防注射を受けた。
そのついでに胃の話をすると、冒頭に書いたように、「逆流性胃炎」と。
要するに胃液が逆流して、食道のほうまで上ってくるらしい。
そこで胸焼けを起こす。
ドクターは、「そのあたりに潰瘍(かいよう)ができたかも?」と言った。
で、薬をもらって、それでおしまい。
しかし……。
加齢とともに、たいしたことはないにしても、いろいろとこまかい病気がふえてくる。
そういえば、恩師のTK先生も、逆流性胃炎で悩んでいる。
そのため夜もよく眠られないとか。
私のばあい、そこまでひどくはないが、持病にしてしまうとこわい。
ここはしっかりと治しておくのがよい。
●友人のがん
1週間ほど前、ほぼ1年半ぶりに、京都に住む友人から電話がかかってきた。
若いころいっしょにインドへ渡った仲間である。
彼はこう言った。
「いやあ、ぼくはね、胃がんだったんだよ」と。
話を聞くと、この8月に検査でわかり、10月に手術をしたという。
同年齢の人の話を聞くと、心底、つんとした冷気が背筋を走る。
(がん)イコール(死)ではないにしても、私たちは、そういう形で
一歩、また一歩と死に近づいていく。
私「ぼくのほうも、いろいろあってねえ」
友「そうかあ」
私「8月に兄貴、10月に母が、つづいて他界してね」
友「そりゃあ、たいへんだったんだね」
私「君のほうこそ、たいへんだっただね」
友「そうなんだよ」と。
こういうとき「ぼくのほうは元気だ」と言うのも、どこか気が引ける。
それに今は元気でも、明日のことはわからない。
そういう不安がいつもあるから、自信をもって、「ぼくは元気だ」とは、
とても言えない。
その母が死んで、もう2か月になる。
それまでの母は、いわば天井のようなもの。
「母が生きている間は、ぼくも生きていられる」という、不思議な安心感があった。
しかしその母が死んだ。
天井がなくなった。
この先、私はひとりで生きていかねばならない。
順番からすれば、つぎに死ぬのは、この私ということになる。
しかし今、私はこう思う。
人間は生きたいと思っても、なかなか生きられるものではない。
死にたいと思っても、これまたなかなか死ねるものではない。
その一方で、死は、乱数にさらに乱数を掛け合わせた
ようにしてやってくる。
健康に注意を払っているから、長生きできるというものでもない。
病気がちだからといって、早死にするわけではない。
もうこの世界は、メチャメチャ。
メチャメチャだから、つかみどころがない。
「今日、元気だから、明日はだいじょうぶだろう」
「今月は元気だから、来月はだいじょうぶだろう」という程度のことでしかない。
いくらがんばっても、来年のことはわからない。
不安と言えば不安だが、その不安感があるからこそ、今日、がんばる。
がんばることができる。
「時間」こそ、真の財産ということになるが、それに修飾語をつけるとしたら、
「健康な時間」ということになる。
その(健康)には、肉体の健康のほか、精神の健康と脳みその健康が含まれる。
それが今、あなたにあるなら、あなたは、それを心底、喜んだらよい。
バンザーイと、歓声をあげたらよい。
で、つぎに大切なことは、その「健康な時間」を、どう使うかということ。
それがわからなければ、こう考えてみたらよい。
仮にあなたの命が、あと7日しかなかったとする。
7日目が終わったとき、あなたの命も、そこで絶える。
もしそういう状況になったら、あなたはどうするだろうか。
何を考え、何をするだろうか。
答は、自(おの)ずと、出てくるのでは……?
だれしも、がんのような病気を告知されると、一度は地獄の底へと
叩き落される。
私もそうだった。
私も脳腫瘍を疑われ、開頭手術寸前までいった。
そのとき私は、病院からどの道をどう通って家まで帰ったか、よく
覚えていない。
ワイフが途中で私を拾ってくれたとき、私はまるで幽霊みたいだったと言った。
あと覚えているのは、その夜は、やっと2歳くらいになった長男の寝顔を見ながら、
さめざめと泣いたこと。
ワイフも私も、正座したまま、泣いた。
友人もそうだったとは思わない。
(がん)の受け止め方は、人それぞれ。
深刻に考える人もいれば、そうでない人もいる。
(がん)の種類にも、いろいろある。
それに今では、治療法も、昔とはちがい格段に進歩している。
友人も、電話では、けっこう明るい声をしていた。
「初期に発見できたから、よかった」と言っていた。
私もそれを率直に、喜んだ。
繰り返しになるが、生きるのもたいへん。
さりとて死ぬこともできない。
私たちは、ただひたすら、生かされるまま、生きていくしかない。
いつか、その日が来るまで……。
●もしあと7日の命だったら……
ついでに考える。
もしあと7日の命だったら、どうするか、と。
即座に思いつくことは、身辺の整理。
あとに残されるワイフや息子たちに、迷惑がかかるようなことがあれば、
それを第一に整理する。
つぎに私の(命)は、今までに書いた原稿にある。
それを整理する。
インターネットというすばらしい利器がある。
それにできるだけ、収録しておく。
つまり7日というその間は、整理、また整理で終わるだろう。
言うなれば、人生のあと片づけ。
泣いていても仕方ない。
悔やんでいても仕方ない。
死を恐れていても仕方ない。
どのみち死ぬのなら、やはりあと片づけしかない。
いつか見た映画のように、(したいことをする)というのは、
私の生き方ではない。
またそんなことをしても、空しいだけ。
またそういうふうに思わなくてもよいように、今、この瞬間に、
(したいことをする)。
(やるべきことをする)。
そういう意味でも、私には、一瞬一秒でも、無駄にできる時間はない。
まさに「時間こそが、財産」ということになる。
みなさん、がんばりましょう!