最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

●受験戦争から脱落する子どもたち

2007-08-07 12:08:04 | Weblog
●受験戦争から脱落する子どもたち

++++++++++++++

ほんの8、9年前まで、この浜松は
無風地帯だった。

しかし市内に、公立の中高一慣校が
できたとたん、様子が、一変した。

まず、それまであった私立高校が、
息を吹き返した。

それまでは、私立高校といえば、
公立高校の受験に失敗した
子どもたちの受け皿として機能して
いた。

女子専門の私立の中高一貫校は
あるにはあったが、影は薄かった。

そうした学校が、中等部を拡充させた。
新たに男女共学の中高一貫校を開設
した学校もある。それまでの学校名すら
変えた学校もある。

こうしてこの浜松にも、(受験の嵐)が
吹き荒れるようになった。

それは恐ろしいほどの変化だった。

それまでは、「受験」と言えば、中学からの
受験勉強を意味した。

それが今では、小学4、5年生からの
受験勉強をいう。進学塾は、「このときぞ」と
ばかり、それまでの受験クラスを、
おおむね2~3年、下にさげた。

とたん受験塾も息を吹き返した。

夕方の早い時間帯で教えられる
小学生の存在は、ありがたい。それだけでも、
教室を、2倍に活用できる。

が、肝心なことを忘れていた。
「子どもの心」である。

子どもといっても、人間。親のロボット
ではない。またそうは、うまくいかない。

その途中でキズつき、もがき、そして
受験競争から脱落していく子どもは、
多い。全体の半数以上、あるいは、
もっと多いかもしれない。

が、「脱落」程度ですめば、まだよいほう。
心を痛め、精神を病む子どもさえいる。
さらにそれが引き金で、親子関係そのものを
破壊してしまう子どももいる。

ところで、この世界には、「10%の関門」
という言葉がある。

クラスの中で、10%の子どもが進学塾に
通うようになると、とたんに、クラス全体が
騒がしくなる。

みなが、「ワレも、ワレも……」と、進学塾に
通うようになる。

小学5年生になるころから、ほとんどの
子どもたちが、そのため進学塾に
通うようになる。

しかし……?

++++++++++++++

 親にしてみれば、自分の子どもだけを通して、この世界を見る。それはそれでしかたのないことかもしれない。しかし結論を先に言えば、親は、自分で子育てに失敗してはじめて、失敗と気づく。それまではわからない。もっとはっきり言えば、失敗するまで、自分が失敗したとは思わない。あるいは失敗した段階でも、「まだ何とかなる」「うちの子に限って……」「そんなはずはない」とがんばる。

 が、私には、わかる。すでにその子どもが「失敗」というコースに乗って、失敗に向かってまっしぐらに進んでいるときに、それがわかる。しかしそれを口にするのは、タブー。それを親につげることは、親自身がもつ(教育観)を否定することに等しい。

 教育観には、その親自身の、全哲学、全価値観、そして過去から現在までの人生観が集約されている。だからそれを批判したとたん、親自身が大混乱する。しかもその混乱が、親の範囲のうちだけで収まっていればよいが、ほとんどのばあい、それはそのまま子どもの世界にまで、飛び火する。

 こうして日夜、「勉強しろ!」「ウルサイ!」の大乱闘を繰りかえしている親子は、この世界には、ゴマンといる。

 が、「受験の失敗」だけですめば、まだよいほう。先にも書いたように、その途中で、心を痛め、精神を病む子どもさえいる。さらにそれが引き金で、親子関係そのものを破壊してしまう子どももる。が、この段階でも、それを「失敗」と気づく親は少ない。少ないというより、まず、いない。

 この世界にも、二番底、三番底がある。もともとは、株取引の世界の用語だが、それはそっくりそのまま、子どもの世界にも当てはまる。

 大きく分けて、プラス型とマイナス型に分けられる。

 攻撃的になり、態度が粗放化するタイプを、プラス型という。一方、幼児がえり的な症状を見せ、ものの考え方が退行的になるタイプを、マイナス型という。さらに分析すると、依存型や服従型、同情型などもある。

 どうであるにせよ、そこで「力」は止まる。進学塾へ通っても、時間ツブシ、時間殺し、それにその場しのぎのカンニングがうまくなるだけ。「好きな勉強をしていい」などと指示すると、やらなくてもいいようなムダ勉、ダラ勉、あるいはフリ勉を繰りかえす。もちろん成績は急降下。

 さらに低度が進むと、精神を病む子どもも出てくる。精神を病まないまでも、そのまま非行の世界に走る子どもも少なくない。

 しかしこの段階でも、学校の教師も、もちろん進学塾の教師も、知っていても、知らぬフリをする。この世界には、もうひとつ、大鉄則がある。『触(さわ)らぬ神に、たたりなし』。よほど慎重に接しても、たいての親は、その瞬間、大爆発する。親自身も、心の中は、緊張状態にある。

 「他人の子どものことだと思って、よくも言いたいことを言うものだ!」と怒鳴られたことがある。「あんたは、だまって勉強だけみていてくれればいい」と言われたこともある。それ以上に、こうした「指導」(もう「教育」ではないぞ!)で、そのあと感謝されることは、まずない。

 受験に成功しても、また失敗すればなおさら、そのまま、さようなら! そういう現実を、こうした教師たちは、いやというほど、知っている。思い知らされている。経験のある教師なら、なおさらである。

 こんな症状が子どもに現れたら、要注意!

★おとなや親の価値観を否定する。あるいは受け入れない(プラス型)。
★ぞんざいな態度、粗放的な生活姿勢、反抗的なものの言い方(プラス型)。
★無口、無視、冷淡な様子。親が困っていても、平気な様子(マイナス型)。
★時間ツブシ、時間殺し、フリ勉、ダラ勉、ムダ勉を繰りかえす(マイナス型)。

 本来なら、一度勉強をあきらめ、親が子どもの受験競争から手を引くのがよい。だが、もちろんそれを受け入れる親は、まずいない。少なくとも、私は知らない。

 大切なのは、(子どもの心)。その心を親が守らずして、だれが守るというのか。否定的なことばかりを書いたが、今、その渦中にある親子の、ひとつの救いになればと思って、この原稿を書いた。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。