最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/

2/3

2011-06-06 08:27:33 | Weblog

●決意

 あえて自分の心と体にムチを打つ。
ムチを打って、奮い立たせる。
いつか限界が来るかもしれない。
そのときは、そのとき。
しかし今は、ムチを打つ。

 だから私は、今、こんなことに心がけている。

(1)朝、目を覚ますと同時に、その日にすることを決める。
(2)朝、床から出ると同時に、ウォーキングマシンの上で歩く。
時間は、30分。
汗をかくまでする。
(3)パソコンを開き、文章を書く。
マガジンを発行する。
BLOGを書く。
(4)週に1、2度は映画館に足を運ぶ。
(5)週に1度は、どこかの温泉に泊まる。
(6)本や雑誌は、惜しみなく買う。読む。
(7)これが重要だが、その朝に「やる」と決めたことは、かならず、
実行する。
(8)仕事は、つづける。
つづけるというより、やめない。
死ぬまで、やめない。
こと、仕事については、来年のことは考えない。

●最後の最後まで……

 私たちはいつも、そのつど選択しながら、生きている。
しかしそれこそが、まさに「今」を生きるものの、特権ということになる。
その選択がなくなったら、それこそ人生はおしまい。

 夫(妻)への不満、おおいに結構。
家族(親、子ども、兄弟)への不満、おおいに結構。
ばあいによっては、衝突もし、絶縁もする。
それもおおいに結構。
それも人生の関門のようなもの。
それを通り過ぎないと、つぎのステップに進むことができない。

 あちらでぶつかり、こちらでぶつかる。
あちらで叩かれ、こちらで叩かれる。
それもおおいに結構。

 私についても、辛らつな批判を繰り返している人は多い。
しかし私は私。
人は人。
私が書きたいように、ものを書くように、言いたい人には、
好きなように言わせておけばよい。
私の世界では、批判、中傷、悪口は、「勲章」のようなもの。
それ自体が、生きる原動力になっている。
(これは言い訳?)

 とは言っても、年を取ると、その気力も弱くなる。
めんどうになる。
選択肢もせばまってくる。
それこそ、毎日、仏壇の金具を磨いて過ごすようになる。
が、それこそ、まさに死の待合室。
あとは静かに死を待つだけ。
急がなくても、やがて人は、みな、そうなる。

しかしあえて、それを求めることはない。
そのときは、そのとき。
そのときまで、私たちはいつも、選択を繰り返しながら生きていく。
最後の最後まで……。

 それができるかどうか?
自信はないが、今は、そう考える。

(注※)(参考)2011年5月18日(産経ニュースより)

『「天国も死後の世界もない」車いすの物理学者ホーキング氏が断言

「車椅子の物理学者」として知られる英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士が、英紙ガー
ディアンのインタビューで、「天国も死後の世界もない」と語った。

 「車椅子の物理学者」として知られる英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士(69)は、天
国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎないとし、死後の世界があるとの考えを否定した。16日付の
英紙ガーディアンに掲載されたインタビューで述べた。

 ホーキング博士は「(人間の)脳について、部品が壊れた際に機能を止めるコンピューターと見な
している」とし、「壊れたコンピューターにとって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人の
おとぎ話だ」と述べた。

 博士は21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患と診断され、余命数年
とされた。「自分は過去49年間にわたって若くして死ぬという可能性と共生してきた。死を恐れては
いないが、死に急いでもいない。まだまだやりたいことがある」と語った。

 また、人々はどのように生きるべきかとの問いに対し「自らの行動の価値を最大化するため努力
すべき」と答えた。

 1988年の著書「ホーキング、宇宙を語る」で世界中に広く知らるようになった博士は、2010年の
著書「The Grand Design(原題)」では宇宙の創造に神の力は必要ないとの主張を展開し、宗
教界から批判を浴びている』(ロイター)と。

●補記

 ホーキング博士のこの言葉を聞いて、私はハッとした。
ホーキング博士は、私が長々と書いてきたことを、たった一行で表現している。

『自らの行動の価値を最大化するため努力すべき』と。

 原文がないので、正確な意味はわからない。
この翻訳を信用するなら、ホーキング博士は、『行動の価値』という言葉を使ったことになる。
『私の価値』とか、『個人の価値』とかではない。
『行動の価値』である。

 同じようなことは、あのトルストイも書いている。
それについては一度、中日新聞に書いた原稿があるので、ここに掲載する。
トルストイも、『ただひたすら生きることこそ重要』と書いている。

 行動の価値の追求に、老いも若きもない。

Hiroshi Hayashi++++++はやし浩司

【高校野球】(トルストイの言葉)

●高校野球に学ぶこと

 懸命に生きるから、人は美しい。輝く。その価値があるかないかの判断は、あとからす
ればよい。生きる意味や目的も、そのあとに考えればよい。たとえば高校野球。

私たちがなぜあの高校野球に感動するかといえば、そこに子どもたちの懸命さを感ずる
からではないのか。たかがボールのゲームと笑ってはいけない。私たちがしている「仕
事」だって、意味があるようで、それほどない。「私のしていることは、ボールのゲーム
とは違う」と自信をもって言える人は、この世の中に一体、どれだけいるだろうか。

●人はなぜ生まれ、そして死ぬのか

 私は学生時代、シドニーのキングスクロスで、ミュージカルの『ヘアー』を見た。幻想
的なミュージカルだった。あの中で主人公のクロードが、こんな歌を歌う。「♪私たちはな
ぜ生まれ、なぜ死ぬのか、(それを知るために)どこへ行けばいいのか」と。

それから三〇年あまり。私もこの問題について、ずっと考えてきた。そしてその結果と
いうわけではないが、トルストイの『戦争と平和』の中に、私はその答のヒントを見い
だした。

 生のむなしさを感ずるあまり、現実から逃避し、結局は滅びるアンドレイ公爵。一方、
人生の目的は生きることそのものにあるとして、人生を前向きにとらえ、最終的には幸福
になるピエール。そのピエールはこう言う。『(人間の最高の幸福を手に入れるためには)、
ただひたすら進むこと。生きること。愛すること。信ずること』(第五編四節)と。

つまり懸命に生きること自体に意味がある、と。もっと言えば、人生の意味などという
ものは、生きてみなければわからない。映画『フォレスト・ガンプ』の中でも、フォレ
ストの母は、こう言っている。『人生はチョコレートの箱のようなもの。食べてみるまで、
(その味は)わからないのよ』と。

●懸命に生きることに価値がある

 そこでもう一度、高校野球にもどる。一球一球に全神経を集中させる。投げるピッチャ
ーも、それを迎え撃つバッターも真剣だ。応援団は狂ったように、声援を繰り返す。みん
な必死だ。命がけだ。ピッチャーの顔が汗でキラリと光ったその瞬間、ボールが投げられ、
そしてそれが宙を飛ぶ。

その直後、カキーンという澄んだ音が、場内にこだまする。一瞬時間が止まる。が、そ
のあと喜びの歓声と悲しみの絶叫が、同時に場内を埋めつくす……。

 私はそれが人生だと思う。そして無数の人たちの懸命な人生が、これまた複雑にからみ
あって、人間の社会をつくる。つまりそこに人間の生きる意味がある。

いや、あえて言うなら、懸命に生きるからこそ、人生は光を放つ。生きる価値をもつ。
言いかえると、そうでない人に、人生の意味はわからない。夢も希望もない。情熱も闘
志もない。毎日、ただ流されるまま、その日その日を、無難に過ごしている人には、人
生の意味はわからない。

さらに言いかえると、「私たちはなぜ生まれ、なぜ死ぬのか」と、子どもたちに問われた
とき、私たちが子どもたちに教えることがあるとするなら、懸命に生きる、その生きざ
までしかない。あの高校野球で、もし、選手たちが雑談をし、菓子をほおばりながら、
適当に試合をしていたら、高校野球としての意味はない。感動もない。見るほうも、つ
まらない。そういうものはいくら繰り返しても、ただのヒマつぶし。人生もそれと同じ。

そういう人生からは、結局は何も生まれない。高校野球は、それを私たちに教えてくれ
る。


Hiroshi Hayashi+++++++May. 2011++++++はやし浩司・林浩司

●来る人、去る人

 おととい、義兄の母親が他界した。
が、私は、おとといの夜は、家にいなかった。
知ったのは昨日。
で、昨夜は、通夜。
今日は、本葬。

 が、私とワイフは、今は、電車の中。
その電車の中で、考える。
義兄の母親といっても、一度も会ったことはない。
この15年以上、老人ホームで寝たきりの生活をしていたという。
義兄自身もいろいろあって、会うのは年に1、2度とか、言っていた。
が、このさみしさは、いったい、どこから来るのか?

●『去るものは追わず』

 『去るものは追わず』という、冷徹なまでにクールな格言がある。
まさにニヒリズムを凝縮したかのような格言である。
(英語で「クール」というと、「かっこいい」という意味である。
ここでは「冷たい」という意味で、「クール」という言葉を使う。)

 この格言は、いろいろなふうに、拡大解釈できる。
ただ誤解していけないのは、「去る」といっても、「心の問題」をいう。
距離の問題ではない。

●A氏の息子

 親類でも旧友でも、兄弟でも、さらには親子でも、去る人は去っていく。
こんな話を聞いた。

 A氏(63歳、学友)が、2年前の正月、狭心症で倒れた。
A氏の妻はは、そのことをすぐ横浜に住む、息子(30歳)に連絡した。
息子は仕事中だったので、息子の妻に伝えた。
が、息子のほうからは、なしのつぶて。 
以後、10か月以上、連絡がなかった。

 息子の妻は、A氏の病気のことを、息子に伝えなかったらしい(?)。
理由はわからない。
それで10か月たったところで、A氏が息子の妻をなじると、息子はこう言ったという。
「K子(妻)の悪口を言うのは許さん!」と。

 それでA氏と息子との関係は切れた。
それまでにも、いろいろあったというが、その事件が、「結論づけた」(A氏談)。

●親子の縁

 心のつながりが切れる。
親子でも、切れるときには、切れる。
近くに住んでいれば、修復ということも可能。
しかし同時に『去るもの、日々に疎(うと)し』という格言もある。

 このばあいは、昔の格言だから、「距離」を言った。
昔は、今のように、電話やメールで連絡を取り合うということはできなかった。
手紙さえなかった。
つまりたがいの「距離」が離れれば、その人との関係も、「疎くなる」と。

 が、いくら連絡方法があっても、A氏のばあいでもそうだったが、絶縁するときには、
絶縁する。
A氏は以後、2年をかけて、息子の思い出を消したという。
一時は、転居も考えたという。
「今の家には、いろいろな思い出がしみついていましてね」と。
A氏の妻も、同じくらい、悲しんだ。

●去るときには去る

 年を取れば取るほど、こうした別れが多くなる。
親類縁者の死別、肉親の死別など。
息子や娘と死別することもある。
孫と死別することもある。
そのつど、人は、身を切られるほど、つらい思いをする。

 そこで『去るものは追わず』。
言うなれば、この年齢になって生きるということは、
無数の荷物を引きずって歩くようなもの。
荷物には一本、一本、ひもがついている。
そのひもが、体中にからんでいる。
一歩、前に進むたびに、ズルズルという音が、うしろから聞こえてくる。

 が、それではいけない。
去る人は、去っていく。
失っていく人を悲しんでいたら、前には進めなくなる。
どこかで割り切らなければならない。
冷酷なようだが、(たしかに冷酷だが……)、それは私自身のことでもある。
私も、(そしてあなたも)、去るときには、去る。
が、逆に言えば、そのとき、この世界は、それこそ宇宙もろとも去る。
つまり『去るもの』の「者(もの)とは、私自身、あなた自身を意味する。

 そういう自分を知ればこそ、去るものを悲しんでいては、前には進めない。

●葬儀

 最近、私は、……というか、この10年、儀礼的な葬儀には、ほとんど参列していない。
肉親の葬儀にしても、実兄の葬儀だけは、派手になった。
実姉に段取りを頼んでおいたら、そうなった。
が、それが最後。

 儀礼的な葬儀に、どれほどの意味があるというのか。
実際には、なにもない。
まったくない。
そのことは、自分自身に当てはめてみると、よくわかる。

 派手な葬儀など、望むべくもないが、それでも私が死んだら、参列に来てほしい人は、
1人か2人。
本当に私をしのんでくれるひとだけでよい。
(が、それとて、かなわぬ希望かもしれないが……。)

 もっとも最近の葬儀には、近親者が集まる機会という意味もある。
そのことは、オーストラリアの友人たちの生き方を見ていると、よくわかる。
オーストラリアの友人の家族(親類縁者たち)は、ことあるごとにパーティという形式で集まる。
先日は、孫の1歳の誕生日に、親類縁者たちが、20人ほど、集まった。
そういうのを見ていると、「ああ、日本では、冠婚葬祭が、それに当たる」ということがよくわかる。
日本人は冠婚葬祭、とくに葬儀を口実に、みなが集まる。

 そういう習慣もあるだろう。
しかしそれでも私は参列しない。
それには私自身の死生観がからんでいる。
「生」は厳粛なもの。
それ以上に、「死」は厳粛なもの。
儀礼的な葬儀で、「死」を茶化してはいけない。

 ……こう書くと、どこかカルト的な雰囲気になるが、私は「死」を認めていない。
だれの死であれ、「死」を認めていない。
となると、「生」はどうなのかということになる。
が、ここで巨大なパラドックス(論理的矛盾)にぶつかる。
「死を認めないということは、生を認めないことにもなる」と。

 そう、最近の私は、「生」そのものを、疑って考えるようになっている。
今年63歳だが、振り返ってみると、その63年が、ない。
どこにもない。
そこにあるのは、光と分子が織り成す、「無」の世界。
そこまで自分を徹底して考えることは、まだできないが、ときどき、ふと
そう考える。
今も、そうだ。

 だからこう考える。
「私は生きていない」、「だから私は死なない」と。

●死を認めない

 おかしな論理に聞こえるかもしれない。
が、最近(01年の11月)、私の友人が他界した。
私の原稿をいつもていねいに読んでくれた。
その奥さんに、よく会うが、いつも私はこう言う。
「ぼくは、先生(=その友人)の死を認めていませんよ」よ。

 そのつど、奥さんは、怪訝(けげん)な顔で私を見る。
が、私はそのつど、こう思う。
「10年(20年でも、30年でもよいが)、早く死んだとか、あるいはあとで死んだとか、
そんなことにどれほどの意味があるのか」と。
宇宙的な時間でみれば、私たちは瞬時に生まれ、そのまた瞬時に、死ぬ。
仮に100年間生きたとしても、瞬時。
そのことは、20年前、30年前に死んだ人を思い浮かべてみれば、わかる。
みな、あっという間に生まれ、そして死んだ。
それから20年、30年が、これまたあっという間に過ぎた。

 わかりやすく言えば、「先に死んだ」とか、「まだ生きている」という言葉そのものが
無意味。
私が「死を認めない」というのは、そういう意味。
あっという間の、つぎの瞬間、私も死ぬ。
死んで消える。

 ……だからというわけでもないが、あのアインシュタインは、こう言った。

「生きていること、すべてが、奇跡」と。

●息子は息子

 『去るものは追わず』。
過去を断ち切りながら、前に進む。
過去にこだわっていても、しかたない。
それに先に書いたA氏も、こう言った。

「息子は息子。
私は私。
修復にかかる時間を考えると、もうその余裕はありません」と。

 どうせ死ねば永遠の別れになる。
A氏のばあい、それが20年、早くやってきたということか。
私はそう解釈した。

●失うことを恐れない

 平たく言えば、失うことを恐れてはいけないということ。
どうせ私たちは「死」によって、すべてを失う。

 たった今も、この電車の中で、女子高生たちが、何やら話し合っている。
ペチャクチャ……と。
この世の主人公のような顔をしている。
しかしほんの20年前には、姿、形もなかった子どもたちである。
それが今は「主」。

 が、私だってそうだ。
「無」から生まれ、「無の世界」を生き、やがて「無」へともどっていく。
だから去るものは、追わず。
追っても意味はない。

 これは老後を楽しく生きるための鉄則のように思う。


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。