建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

天の声と神の声が舞い降りて

2024-06-10 08:39:14 | 建設現場 安全

  十一月  十日(金) 晴れ

オーナー夫妻それにA設計事務所のA所長も来られて、定例打ち合わせ会が始まった。
 ところが、所が、大問題『天の声』を聴く事態が発生してしまった。

「手すりがアルミ手すりだ。丈夫な物にするので、ステンレスで作る話をしていたが……」
とA所長から《突然》の発言だ。

(設計図通りだぜ、施工図承認欄には承諾の社印が押されてあるのに、何でまた―――)
と理性を失い欠けてしまった。

 何故・ナゼそんな大事な事を設計図に書き違えて、今日まで過ごしていたのだ。
設計図を書く以前の打ち合わせ(決まり事)」
なんて話を、私は知る由(よし)もないヨ……だった。

手すりは意匠(デザイン)的に取り付けてあり、緊急事態の避難時のみ、ここを通るがステ
ンレス製品でなければならないという絶対理由は、別にこの際関係ないと思う。

 取り替えろったってもう外部に変更製品を取り付ける作業用の足代はないし、今から
即作っても1ヶ月は軽くかかるし、困ったも
のだ。
こういうクレーム(天の声)が監督屋泣かせなのだ。
施工図も承認図も、かつて打ち合わせして取
り付けた事そのものが、何とかの一声で
コロッと替えざるを得ない事態が発生する。

M店舗でも致命傷寸前の塗替えを言われた様に、今回も対策に悩む問題となった。
A設計事務所のA所長の脳裏にくっついているオーナーと1年以上も昔の話し合い
の線に対して、どこま
でこだわるかがポイントだ。
設計図には当初(工事計画時)には書いてあったらしい。
それが工事契約時、予算オーバー
で色々とムダらしき所を『削る打合わせ』の時に、
アルミに変更したのが事の真相だった。

 私の手元にはA設計事務所から頂いた今の最終設計図と請負金見積書が有る
だけで、ステンレスなんて
文字も《抹消の二重線》さえ見当たらないものだ。

「取り替える事はしないけど何とかならないかね? 
絵に書いたモチを食おうと言う相談だが、幸いにもアルミで作ってあるのだから、着色
は可
能だ。

 ステンカラーで窓枠・カーテンウォールをオーダーしているのだから、この平凡な
手すりにス
テンカラーを塗装して、外観上は同一部材に見立てようと提案した。

―――この塗装が風雨に晒(さら)されて何年持つかの自信はないけれども、人がふん
だんに触る場所の手す
りではなくて、外観上の飾り用の手すりだけに、4~5年はもつ
だろう。
塗装が剥(は)げたら下地のアルミ
部分が見えるだけの事で、その頃には別に手すりに
対してのみ《目が行く事》もなくなってい
るだろう、最悪再塗装も可能だし―――
と勝手な解釈で、設計事務所及びオーナーに納得させるべく説明をした。

もう、一方的にこちらの考え
『これしかない』
という口調で、相手を飲み込んでしまった私
の独演場だったが、この説得力エネルギー
は一体何だったのだ・・・?

会議室で聞いていた人達も、(それしかないネ)という気になって、オーナーに、
「所長の案で大丈夫ですヨ」と口添えがあった。
私はA所長の立場が……と気が気ではなく、とにかく時を動かさねば―――。

固まっている訳には行かず、何とかピンチを切り抜けたものの、改めて手すりを遠く
から眺めていて、
いい事をしたのか、その場凌(しのぎ)の悪い事をしたのか―――
分からなくなって来たのが正直な心だ。

オーナーが帰られる時に手渡そうとしていた「取下げ金請求書」を危うく忘れる所
だった。
頭の中が目まぐるしく動き、口もとどまる所を知らず(我をも忘れ欠けている)と察した
子が、さり気なくオーナーの奥さんに渡していたのを、車のドア越しに見た。

「N子サンキュウ、明日、昼飯オゴってやっからね」
「土曜日だから給食もないし、子供連れてくるわよ、………パパは土休かなア・・・」
「なヌッ?N子はパパと土休をすると思ってたから言ったのに」
「聞いたからね、明日のしゃぶしゃぶを予約するわ―――ルンルン」

十一月 十一日(土) 曇り

(今日迄、軽量工事は空けさせる)
神の声が聞こえていた。
この2週間、丁度大型スーパーの開店直前と重なってしまい、竣工直前でケツに火が
(つ)いて
いる現場へ軽量工事(木の代わりに軽量鉄骨で間仕切りをする→不燃下地の為)
会社の命令によって引き抜かれ
て、Kビルは6階が《手つかず》の状況になっている。

この軽量工が不在の為に、Kビルで助かったのは設備工のH君だ。
 一気に6階迄、軽量天井下地と壁下地組を施工する私の工程表に対し、設備ダクトの
工場製作
が間に合わない。
 軽量工事の前に天井裏に空調用のダクトを吊り込むには、徹夜作業を強いられる所
だった。


それにしても総合工程表からは、かなり急ピッチで工事が進んでいて5階迄は何とか
(しの)いでいた配管工も

『6階では応援部隊を要請しなくては……』
とあせっていた時に、軽量工がプッツンとなったのだから、正直言って助かっただろう。
顔に書いてなくても、足取りを見ていたら分かるものだ。
余裕からか、こちらの腹を読んだ上での質問が来た。

「所長、軽天工さんはいつから(戻って)来ますか?」

あの現場はまだ《ケツに火がついている》という情報をいち早くキャッチしていて、当分、
(水曜日迄)は来ないだろうとH君は読んでいる。

「私達一応6階迄配管工事が終わったので、軽量天井下地が終わりそうな頃、又来ます。
明日か
らチョット空けます(休みます)」
「仕方ないね、ここでボーッとしててもネ……他で稼(かせ)いでおいでよ」
「いえ、連休して―――家族旅行します。今までずっと休んでなかったから・・・」
「いいねえ、私も連れてってよ………冗談、冗談」

 しかしモノは言ってみるものだ。
「大分助かっただろう、この2週間は・・・」
「お蔭さんで……ネ」
「余分なお金(突貫経費)が出て行く筈だったんだろう、その分御馳走しろよ」
「じゃあこれから行きますか?」
となって、本来なら私が出すべきマネーを設備のH君に肩代わりさせてしまった。

ついでにいつものメンバーのK君、F君、N子で近くの『中国料理店C』へ行き、
ファミリ
ー・フルコースをご馳走になった。
(食った、食ったが今は正しい表現)

「ゴメンね―――仕事が延びたので先に食べててネ」
とN子が土休のパパに電話している。
(なんて奴だ、今日に限って・・・)
とパパに恨(うら)まれているだろう、私は。

私、そんなに人の奥様を働かせてはいませんよ。
悪いのは誰だ?やっぱり私?………かナ。


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