constructive monologue

エゴイストの言説遊戯

(中国)異質論の現在性

2008年04月29日 | nazor
3月の中国政府によるチベット暴動の弾圧は、人権侵害との非難や抗議を招き、奇しくも世界各地で行われる聖火リレーが中国のオリンピック開催資格を改めて問う格好の機会となり、各地で混乱を引き起こしている。オリンピックは、とりわけ1964年の東京や1988年のソウルのように、非ヨーロッパ地域で開催される場合、あえて帝国主義時代の言葉を使えば、国際社会において新たに登場した国家に対する「文明国基準 standard of civilization」という意味合いを持っている。

オリンピックを開催運営する上でそれなりの経済力が不可欠であることは、まさに経済成長の只中にあった1960年代の日本や1980年代の韓国、そして高い成長率を示し、グローバル資本にとって市場価値が増している現在の中国を見れば明らかであろう。しかし中国のオリンピック開催が世界各地で大きな注目を集め、その資格が問題視される背景には、冷戦が終焉した「長い21世紀」に特有の事情が作用している。すなわちあらゆる問題が東西対立の文脈に還元され、理解される傾向が強かった冷戦期と比較するならば、現代国際社会において人道主義あるいは民主主義が国家の正統性を証明する条件とみなされるようになり、人道的介入や人間の安全保障、あるいは「保護する責任」といった国家主権ならびに内政不干渉原則を相対化する新たな言説や規範が先進諸国を中心に拡がり、定着しつつある。このような国際社会の構成原理の転換をめぐる認識に関して先進諸国と中国との間の決定的なズレが、チベット暴動・弾圧ならびに聖火リレーに際しての混乱をもたらしたといえる。

現在の中国は現存国際社会にとって異質な存在であり、それゆえに脅威感を掻き立てる国家である。つまり民主政が統治体制の世界標準として(すくなくとも国際規範を作り出す力を持つ先進諸国を中心に)認知されている状況にあって、あくまで共産党体制の堅持を表明する点で中国は現存国際社会の構成規範から逸脱した存在である。おそらく統治体制の異質性だけでならば、多くの途上国を見れば明らかなようにそれほど問題とならないだろうが、国土の広さと人口の多さにおいてすでに大国の要件の一部を有しているうえに、改革・開放路線によって急速な経済発展を遂げている中国は、現存国際社会にとって決して無視し得ない存在となっている。経済的な魅力をもつ中国市場への参入およびそこからの利益に大きな期待が寄せられる一方で、冷戦後の国際社会において浸透・定着したルールや規範をいかに中国政府に理解・遵守させるかという問題が浮上する。同時に中国側から見れば、経済発展により国際社会において一定の地位を占めるだけの基盤を得たという(主観的)認識にもかかわらず、現存国際社会からそれに相応しい承認を得られない状況は心理学でいう認知的不協和を引き起こす。中国の政治指導層はこうした認識のズレを理解しているだろうが、それが国民一般にまで共有されているかといえばかなり怪しい面があり、むしろ愛国主義という名の過激なナショナリズムとして現出し、その扱いに苦慮する事態が生じているといえる。

したがって現在の中国問題は国際関係一般に見られる異質論の最新版とみなすことができる。1990年、高坂正堯は「国際関係における異質論」という論文を発表し、19世紀から20世紀にかけての世紀転換期に登場したドイツおよびアメリカについての異質論を考察した(『高坂正堯外交評論集――日本の進路と歴史の教訓』中央公論社, 1996年所収)。執筆の背景には「安全保障をアメリカに依存し経済発展に専心してきた日本こそ真の冷戦の勝者」とする見方が台頭し、1980年代のアメリカ覇権衰退論争ならびにチャルマーズ・ジョンソンに代表される「日本異質論」と共鳴しながら、冷戦終焉後の新たな脅威対象として日本の存在が浮上してくる状況があったことは明らかだろう。高坂は、異質性が問題とされる理由や時代背景を検討することで1990年代の国際関係への含意を引き出そうとする。高坂によれば「異質論は先発国が後発国の挑戦の重大性に気がつき始めるときに現れる」(292頁)。まず自国の優越的な立場が脅かされているのではないかという認識と、それに対する軽視ないし蔑視の反応を経て、つぎに後発国のルール破りすなわち「不公正競争」との批判が出てくる。さらに自国とは異質かつ強力なシステムの登場が認識されるとき異質論が現出するが、そのシステムを模倣あるいは採用することを躊躇う感情がいっそう異質論を強化する。高坂の言葉を借りれば「異質論は深刻なジレンマ、それ故、分裂的な感情によって特徴づけられる。強弱の差こそあれ、競争、とくにより大きな勢力を求めての競争がある以上、人間は対抗意識を燃やすし、それに負けないためには挑戦者の新しい、強力な方法を取り入れなくてはならない。しかし、そうすることは旧来の美徳を弱め、傷つける故に、容易ではない」(297頁)。

さらに付け加えれば、新たに台頭した国家をいかに既存の国際社会に包摂するかという問題は、レイモン・アロンやスタンリー・ホフマンがすでに論じているように、国際関係の性質とその安定性をめぐる問題と関連している(Raymond Aron, Peace & War: A Theory of International Relations, Transaction Publishers, 2003、仏語初版1962年刊行: Stanley Hoffmann, The State of War: Essays on the Theory and Practice of International Politics, Praeger, 1965)。すなわち国際社会を構成する国家体制が同質的であればその国際関係は平和的で、異質であれば不安定になり、戦争や革命が生じやすいという議論である。いうまでもなくそのポスト冷戦版は「民主主義の平和論」であるが、国際関係の安定と国内体制がどの程度関係しているのかをめぐっては議論の余地がある。共通の政策概念や価値を持った国家からなる国際社会において、ある一国の体制が革命によって打倒され、異なるイデオロギーや理念を掲げる体制が樹立されるとき、つまり同質性が失われ、国際社会が異質化するとき、革命国家を排除し、あるいは転覆する対抗運動は同質性を理由にして正当化される。国際秩序や平和の維持には共通の原理やイデオロギーに依拠した国内体制をもつ諸国がつくる同質的な国際社会が必要だという観念は、異質な国家に対する不寛容を助長し、同質化に向けた圧力が強まっていく。同質性の問題を動態的に捉えたとき、平和や安定との関係は正の相関を示すとは言いがたい。

このような同質性の観念の両義性を示す歴史的な事例のひとつが、1789年のフランス革命に対する干渉戦争であり、そして同質性の論理を明白に主張して干渉戦争を正当化したのがイギリスの思想家エドマンド・バークだった。バークは、キリスト教、ゲルマン・ローマ法の遺制、君主政、共通文化の点で同質的なヨーロッパ体制共同体(Commonwealth of Europe)という概念を持ち出し、ヨーロッパの同質性を革命フランスの異質性に対して対置する。しかし坂本義和が指摘するように、同質性の措定という文化的な論理の背後には権力政治の論理、すなわち異質なものを排除する力学が存在している(「国際政治における反革命思想――エドマンド・バーク」『坂本義和集(1)国際政治と保守思想』岩波書店, 2004年: 163-175頁)。したがって国際社会の同質性と異質性が平和や秩序と関連する程度は実際のところ経験的に確定した議論とはいえない。その意味でヘドリー・ブルの指摘は重要な示唆を含んでいる。つまり「イデオロギー上同質的な主権国家システムが、単一のイデオロギーにもとづいて、イデオロギー衝突を発生させないゆえに、より秩序だっているであろうという考え方は、そのような主権国家システムが、その拠って立つ特定のイデオロギーが国家間の利益衝突を逓減・除去するゆえに、より秩序だっているであろうという考え方とは区別すべきである。後者の考え方は、問題とされるイデオロギーがどのようなものであれ、なんらかの強力な異議にさらされる可能性がある」(『国際社会論――アナーキカル・ソサイエティ』岩波書店, 2000年: 295頁)。

異質な政治体制を持ち、急速に発展する国家である中国とどのような関係を築くべきかが現代日本(外交)にとって重要な政策課題であることは明らかであろう。その地理的および文化的近接性ゆえに中国と関係を持たざるをえない状況におかれているものの、いわゆる「西洋の衝撃」による東アジアの国際関係の転換以降、日本は、対等な相手として中国と向き合う経験を欠いてきた。すなわち「明治以来日本人が接してきた中国は、弱く、分裂し、混乱していた。だから、われわれは強大で、尊大なまでに自己主張をおこなう中国を身をもって体験していないのである」(高坂正堯『海洋国家日本の構想』中央公論新社, 2008年: 117-118頁)。日本がヨーロッパ国際社会の一員として参画した19世紀後半の中国はヨーロッパ列強の帝国主義が展開される「草刈場」であり、そこに対等な外交関係を切り結ぶだけの主体としての中国を見出すことができなかった。また戦後もアメリカの対中政策に大きく規定されることによって、国共内戦を経て成立した北京政府と国交を結ぶことなく、1970年代まで「外交不在」の状態が続いた。日中国交回復の時期がちょうど中国の改革・開放路線の開始と軌を一にしていることは、日本の対中外交が大国としてのアイデンティティを意識し始めた中国を対象としなくてはならないことを意味し、また経済的グローバリゼーションの影響も加味されて、いわば外交の不在から外交の過剰(あるいは外交の内政化)へと関係水準が一気に上昇し、その運営においてはすぐれて高度な政治外交手腕が求められる。他方で中国の(経済的)台頭とバブル崩壊の後遺症による日本の低迷が重なったこともあり、まさに中国脅威論に典型的に見られる「異質論」が反中ナショナリズムとなって顕在化している。

あらためて高坂の言葉を引くならば、「こうした異質論の登場は奇妙な現象である。というのは、通常は国際社会を構成する諸国はそれぞれに異なることが自明とされている。外交を学ぶものが諸国家の政治の特質や外交の民族的特性を学ぶべきであるとされるのは、そのことを示している。そうした相違をこえて国際社会を運営するのが外交の任務と考えられているのである」(「国際関係における異質論」: 282頁)。外交の役割を問い直し、新しい外交の姿を追求することが求められている理由の一端をここに看取できる。

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