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0は自然数か否か?

2010-05-29 | アカデミック
某所で「0は自然数か否か」という議論が一部の数学研究者を巻き込む形で起こって消えた形跡がありますが…

私の本では「太文字の N は『自然数全体の集合』を表す」ことを説明した直後に,
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なお,自然数の定義については,0を自然数に含める流儀と含めない流儀がありますが,本書では,0は自然数に含めない,すなわち N の要素でないとします.
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と宣言しています.

私自身の結論としては,「0は自然数とすべきか否か」という問いに対して,私は「両方の流儀がありますよ」という答え方以上の主張をすることは放棄するという立場をとります.

たしかに,私の研究上の専門分野では 0 は自然数とみなすのが標準ですし,もう少し広い立場から見ても,0 を自然数に含めるほうが都合が良い局面は多数あります.実際,私の本でも,有限集合の定義を述べるときに「0以上の整数 n を使って,持っている要素の個数を『n 個』と言い表せる集合」と書かざるを得なかったのは,ちょっと惜しい気もしています.

しかし,その事実のみを根拠として,「0 を自然数とする立場を正統とみなして,初等中等教育を含めた数学教育全体への普及,標準化に努めるべきだ」と主張したとしたら,それは極端な飛躍と言わざるを得ません.
数学を学び始めれば 0 が自然数であるほうが好都合と思える場面に多く出会うのは確かです.しかし,初等中等教育に目を向けてみると,初等中等教育における数学の範囲で「ぜひ 0 を自然数に含めべきだ」と明言できるほどの根拠を見出すのは難しいと思います.まして,「0 を自然数に含めない」で統一されている現状の初等中等教育の流儀を,あえて(現場の混乱をいとわず)変更する動機は無きに等しいでしょう.
そういうわけで,初等中等教育では「0 を自然数に含めない」で統一しておいて,大学の授業や研究者の世界では「0 を自然数に含めるかどうかは議論の都度宣言する」という立場は,まあ妥当な落としどころだと思います.「いちいち念押しするのは面倒」というのは確かにそうですが,数学では,議論を始めるにあたってさまざまな記法や用語や議論の前提のセッティングをするのはどのみち必要なことなので,「自然数」とか「太文字 N」の定義の確認が不要になるというのは,「0 を自然数とする立場を正統とみなして普及を図る」ことの理由としてはあまりにも弱すぎます.

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(追記)0は自然数か? に限らず,こういう,論理で決められない,歴史的経緯や現場の慣習や価値観が入ってくる問題を議論するときには,「偏見を排除する」という態度が(難しいけれど)最も重要だと思います.「数学の理論構築がスムーズになる」という理由で「0を自然数に含めよ」と主張するのは,数学研究という立場での「偏見」である可能性が高いと考えます.

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