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x > y であることは √x > √y であるための何条件か?

2011-10-20 | アカデミック
タイトルのとおりの質問を某質問サイトで見かけ,長文の回答を書こうとしたら,回答を書いている間に解答受付が締め切られて,回答できませんでした.

締め切られる前に3件の回答が投稿されていましたが,それは私にとっては非常に不満なものでした(だからこそ回答を試みたのですが).3件の回答の趣旨はほぼ共通で「後者の条件には暗黙的に x, y が0以上という条件が付加されるので『必要条件(だが十分条件でない)』が正解」というものでした.

腹の虫がおさまらないので,用意した回答をここに載せます.

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(質問)
x>yであることは√x>√yであるための何条件か?

という問題で答えは必要条件なのですが何故だか分りません。
分かる方いらっしゃいましたら教えて下さい。お願いします。
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(用意していた回答)
この問題は,変数 x, y の変域(とりうる値の範囲)について明示的な指定がどこにもないとすれば,問題の欠陥であって,出題者が非難されるべきです(実は変域の指定がどこかに書かれていて質問者さんがその部分を質問文に含めなかったとしたら、質問者さんの落ち度です).

《考察1》 一般に,変数を含む2つの条件が書かれているとき,それらの間の必要条件,十分条件という関係は,「その条件を論じている文脈」(変数の取りうる値の範囲や,条件に出現する用語や記号の解釈)が定まっていないと判断できません.
たとえば,「x > 3 であることは x ≧ 4 であることの何条件か?」という問いに対して,x のとりうる値の範囲が自然数全体なら「必要十分条件である」が正解ですが,x のとりうる値の範囲が実数全体ならそうではありません.

【帰結1】 考察1だけを考慮するなら,質問文中の問題は「数学の試験問題として不適切であり,正解が何かを議論するのは無意味」といえます.

《考察2》 ただし,数学における慣習として,「変数の変域が明示されていない場合,その変数が使われている式や文が『意味を持つ』ように,かつ,なるべく広く,推定して解釈する」ということがしばしば行われます.
x > y という式は不等号が使われているので,「大小関係」が意味を持つ,なるべく広い数の範囲となると,x, y の変域は実数全体と推定するのが妥当です.
√x > √y という式になると,両辺が実数でなければならないことから,x, y の変域としては0以上の実数全体を考えるのが妥当です.x, y に負の実数や複素数を代入したとしたら,「その式自体が意味を持たなくなる」(真か偽かを議論することすらできなくなる)と考えるべきです.

《考察3》 2つの条件の間の必要条件・十分条件という関係を議論するにあたっては,変数の変域は「狭いほうに合わせる」(正確には,両方の条件が意味を持つ範囲に設定する)のが当然でしょう.代入される値によっては一方の条件が意味を持たなくなる(真か偽かを議論することすらできなくなる)ようなセッティングで,必要条件だの何だの言うのは奇妙です.
言い方を変えれば,「x > y」「√x > √y」という2つの条件を『同一の文脈で』扱おうとするときに,後者にだけ恣意的に変域の制約を追加するのはおかしいのです.変数の変域というのは,議論を始める前提として,文脈全体の外側で決まっていなければならないもので,「x > y」と「√x > √y」を『同一の文脈で』扱うのなら,変域の制約としては,「狭いほう」である「x, y の変域は0以上の実数全体」という制約を『文脈全体に』適用すべきです.

【帰結2】 考察2および考察3により,「x > y であることは √x > √y であるための何条件か?」と問われたときに,この問いが意味を持つように変数 x, y の変域を推定するとしたら,「0以上の実数全体」を x, y の変域と推定するのが最も妥当です.この推定を前提とするなら,「必要十分条件である」が正解となります.

(最後に,私の意見) 最初に述べたとおり,これは問題そのものが悪問であって,出題者は非難されるべきだと考えますが,同時に,こういう悪問が作られる背景として,高校までの数学での集合や論理の扱いが「いいかげん」であることを批判すべきだと思います.
たとえば,高校数学では,「条件を扱うときの変数の変域」について,ものすごく粗雑に扱われています.私に言わせれば,たとえば,問題文のどこかに log x という式を書いておいて解答者に「真数条件より x > 0」などと書かせるなどというのは最悪です.log x という式を問題文中に書こうとする出題者の側が,解釈が破綻しないように,問題の最初に「x は正の実数とする」と明示的に宣言して,x > 0 という制約が文脈全体に適用されるようにしておくのが当然でしょう.
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(追記)同じ質問投稿サイトに,こんどはこんな質問が.

a,b,cを正の数とし、a+b>cを仮定する。このときa,b,cを三辺の長さにもつ三角形が存在するための必要十分条件は、仮定のもとでは a+c>bかつb+c>aである論理がわかりません。どなたかぜひわかりやすい解説をお願いいたします!

…必要性は簡単だけど,十分性は? 事実としてはそうだけど,明らかとはいえないような.それをわかって回答する人はいないだろうなぁ… まぁ,ほっときます.