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白鳥のブログ - 日々の世界を徒然と

蒼穹のファフナー EXODUS 第24話 『第三アルヴィス』 感想

2015-12-15 19:23:11 | ファフナー
終わってみれば暉回。
加えて、一騎回。
あと、操回。

盛りだくさん過ぎだよ!

なんていうか、見終わって、もう一回見て、で、起こったことを振り返ると、ものすごくいろいろな出来事が盛り込まれている。

●「いのち」を擁護しようとする暉の覚悟とその結末

●存在と痛みの「調和」を図るために島の祝福を受けて生まれ変わる一騎

●竜宮島から「いのち」の重要さを学びその大切さをフェストゥムの側から語る操

大きくはこの三者の話なんだけど、この他にも

●もはや「皆を守る」が口癖になった新生・甲洋

●身体にどれだけ穴があこうがまったくブレずに島と美味香を守ろうとする零央

●島のインターフェイスと化したカノン(&翔子)

というのが要所要所を決めていてなかなかにツライ。

この上で、まだ剣司&咲良夫妻に芹、彗、里奈がいるんだから、参る。
そうだ、ミカミカは復活だし。零央くん、嬉しいだろうな。

そして、物語はどんどん壮大になっていく。
前回が、地上の人の世界の業の話だったとすれば、
今回は、完全に天上界の神(どうし)の話。

とうとう一騎がフェストゥムの側に足を踏み入れたしね。

しかし、前回が、真矢の調停者としての覚醒、今回が、一騎の英雄としての覚醒、と来たのだから、次回は、例の総士のコアとしての覚醒が描かれるのかな。
もっとも、総士は、最終回かね。

総士のあのデスポエムは、こうなると、コアとして再誕する自分に向けたメッセージなんだろうな。総士のことだから、生まれ変わった自分が自分と同一性を保持しているとは思えないから、別人格と化す新生の自分に向けた手紙。

今回、アショーカのコアが同化されたようだけど、それを総士&ニヒトが無理やりアトランティス・ミールから引き出すのか、それとも総士を再生してくれた存在は、操のミール、つまりアショーカと同じ北極ミールだから、その関係で、総士が海神島のコアと成るのかな。

ともあれ、これで、一騎、総士、真矢、の三人は、それぞれ、瀬戸内海ミール、北極ミール、人類、と代弁すべき集団を抱え込むわけで、だとすると、この三人が再び同じ場所に生をまっとうする、ということは難しいのだろうな。

ともあれ、物語は終幕に向けて超加速中。

で、その物語の収束速度に、正直なところ、映像の演出がまったくついていけてないというのが、今回の正直な感想かな。

冲方丁のシナリオ、物語構成に絵コンテが全然追いついていない。
戦闘描写に逃げている感じがした。
物語の収束方向はもう見えているから、ことさらに感動的な場面にしなくてもいいよね、という感じで。

たとえば、一騎の再誕の部分は、その入りのところが少しばかり唐突だったように思う。
音楽で無理やり前のシーンとつなげた、という感じ。
ザインが復活する場面が映像になっていなかったも残念。

あと、終わってみれば明らかに暉回なのだけど、暉があそこまで粘る理由がわかりにくい。
いや、正確には彼が島に戻ってきてからの言動を繋いでみればわからなくはないのだけど。

たとえば、22話で派遣組を島のファフナーが救援に来る場面で、彗が今度は絶対助ける、ということを言っていたと思うけど、あれはオルガたちを助けられなかったという経験があればこその言葉だよね。とても短い言葉だけど、彗の決意が明確に伝わる言葉。

あの22回のAパートの戦闘場面は、そういう短い言葉だけど、それまでの物語があったから、なるほどそうだよな、と思わせるセリフが続いて、それだけでのめり込むことができる。

でも、今回の演出、特に暉の部分はもう少し何かできたんじゃないか、という気はする。
いや、一応、前回、家に帰った暉が、ご飯茶碗によそわれた白米を手にするところで、いのちの温かさだ、と口にするところがあるんだけどね。

それに今回のアトランティス・ミールによるアショーカの同化のシーンで、天柱のようなアトランティスの侵攻に対して、ゼロファフナーが両手で支える場面は、明らかにH&Eの広登の勇姿へのオマージュなのはわかるけど、その記憶に演出がちょっと頼り過ぎのように思えた。

もちろん、尺のないところを綺麗にまとめるにはオマージュ的場面を用いることでそこで伝えたいことの描写をいくらか省いて見ている側の脳内再生に委ねる事はできると思うのだけど、それにしてもね。ちょっと頼り過ぎかな、と。

それこそザイン再誕って流れであれば、H&Eでザインが広登をギリギリで助けたように、ザインが暉を助けても良かったのではないか、と思うのだけどね。

もっとも、残り2話で、暉が消えたことにも、物語展開上意味がある、必要だったということになるのかもしれないけれど。里奈の行動は当然縛るだろうし、真矢もそのことを聞けばまた感じることも違うだろうし。

(真矢が帰還するということは、広登の遺体も帰還するわけだから、芹の反応も気になるところだけど。。。)

ともあれ、今回の暉押しで、一つはっきりしたのは、「いのち」なんだな、結局、ファフナーのテーマってこと。

で、それを言葉で説明するのではなく、物語を通じて描こうとする。

それにしても、ゴルディアス結晶の見た目からも影響を受けている自覚はあるけど、ミール&フェストゥムってシリコン生命体、というよりも、植物的生命体ではないのか、という気がしてきた。

シャッター作戦で人類から放棄された土地に根付いたフェストゥムが、それこそ植物のような群体になっていたし。

暉がわざわざ植物である白米に対して「いのち」という表現を使ったことも、植物はしゃべらないし動かないけれど、動物同様、いのちであるということを強調したかったからじゃないのかな。

そう思うと、一騎が翔子から渡されたのが、真矢から渡された一輪の花であったことも、そうしたフェストゥムの植物性を表しているような気がする。

だから、珪素、すなわち鉱物が意識を持つ、というよりも、より本源的には、植物が意識を持ったらどうなるの?とか、植物が植物の身体の間、動けるようになったらどうなるの?というところに、彼らの進化の方向性に関するヒントがあるのかな、と。

ともあれ、あと二回。
23話、24話の感じだと、カタルシスのある盛り上がりよりも、淡々と、物語を収束させるのに必要なコマを動かすように、お話が描かれるのだろうな、という気はしている。

さてさて、総士たちは島に合流できるのだろうか。
そして、真矢は一騎に会えるのだろうか。

なんかもう真矢は一騎に再会できないような気がするんだよね。

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