パンセ(みたいなものを目指して)

好きなものはモーツァルト、ブルックナーとポール・マッカートニー、ヘッセ、サッカー。あとは面倒くさいことを考えること

ドイツ・オーストリア旅行 アゲイン

2013年04月10日 19時36分16秒 | 旅・旅行

円がドル250円くらいで
ドイツマルクが120円くらい、
オーストリアシリングが17円くらいの時代

そして日本から持ち出せる金額に限界があった時代

そして何よりも自分が若かった時
疾風怒濤に飲み込まれた訳ではないだろうが
やんちゃな旅を行った

横浜から船でナホトカで
そこからハバロフスク、モスクワ、パリ
パリまでは他の日本人と一緒だったけれど
空港についた時点でまるっきりの一人旅に

フランスからドイツ、ドイツ国内をいろいろ回って
オーストリア、スイス、再びフランス、それからデンマーク
もう一度オーストリア、そしてドイツ

ベートーヴェンとフルトヴェングラーのお墓参り
バイロイト音楽祭でトリスタンとパルジファル
ウィーンのシュタッツオパーでは椿姫・モーゼとアロン・サロメ
を立見席で!
またちょうど来ていたポールマッカートニーとウイングスのコンサートも
偶然見ることができた

全てが順調というわけではなく
いろいろあったけど、なんとかなる
それがあの時の旅の一番の印象

そして今、今再びのドイツ・オーストリアの旅を計画

というより旅行会社に申し込みを終えたところ
大胆にもツアーではなく個人旅行

まあ、なんとかなるでしょう
若い時みたいに恥をかいても許されるということには
ならないので、一応準備は万端にしていくつもり

さて、しばらくはドイツ語勉強しなくては!

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フルトヴェングラーのトリスタンとお墓参り

2013年04月09日 20時37分33秒 | 音楽

やっぱり半端じゃない音楽であることを
今日バーンスタインの指揮のトリスタンのレコードをかけて
つくづく感じてしまったのが
あの有名なフルトヴェングラーの
トリスタンとイゾルデ全曲

同じ高さの音、同じ楽器類での演奏、同じスコアでの演奏
なのに何かが違う
感情のこもったというのともなにか違う

とにかく濃厚な濃密な、しかしくどくない超ロマンチックな演奏
まるで別世界、そして実際そこにある世界が存在するような
とにかくすごい

演奏は比較することによって
その特徴が際立つが、このフルトヴェングラーの演奏は
もう現代では決して再現できないタイプの演奏

そして余りにもすごいために気楽に聴くことが出来ない
いいかげんに聴いてあの感動が薄れるのが怖くて仕方ないからだ

あの2幕の愛の2重唱のところ
テンポが徐々に遅くなって音量は感情の高まりと同時に大きくなる
そしてその音色
ホント信じられないくらいの音だ

この指揮界で最高の才人フルトヴェングラー
彼のお墓参りをすることにした
30数年ぶりにドイツ・オーストリーに旅することを決めたのだ

終活ではないが残された時間も少なくなってきて
それでも動けるうちに行けるところは
と決心して、若いころの無茶な旅を振り返りながらの
フリータイムの旅

そこにハイデルベルクのフルトヴェングラーのお墓参りを行程に入れた

このお墓参りは信心深いためでも極めて彼を尊敬しているためでもない
実はある確認のため
その確認とは、、、

実は30数年前、そのお墓の前に立った時、急に頭のなかで音がした
それはベートーヴェンの5番の1楽章だったか終楽章だったか
とにかく楽器群がすごい合奏で盛り上がってライブ感たっぷりの演奏
それが突如として頭のなかに響いたのだ

これは少しオカルトっぽいので人にはあまり言えないが
同じような経験をしたことのあるほともあるようだ

で確かめたいということは、今度も同じように音が聞こえるか?
という点
その結果が聞こえなくてもショックはない
むしろそうなんだろうな!
と納得してしまうかもしれない

だが聴こえてしまったら
それは一体どういう意味があるのだろうかと
考えてしまう

辻邦生の小説に「夏の砦」というのがある
グスタフ公のタペストリーに非常な感銘を受けた女性が
その後同じ物を見てもなんの感銘を受けない
変わったのは自分、一体何を失ってしまったのか?
を追求したロマン的な小説だが
自分にも同じ事が言えるだろう
聞こえなかったら、自分は変わった
そして何かを失った
しかし、その反面何かを手にした

そう、結果はどちらでもいいのだ
ただ確かめたいだけ

フルトヴェングラー
若い時はハンサムで空想癖のような目をして
ちょっとジョン・レノンに似てて
何よりも親近感を感じるのは
彼も見えない何かを求めていた人物であるということ
彼も、そう自分も

と言っても、一体何を求めているか
ホントは分からないでいるけれど

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好きな歌

2013年04月08日 20時32分25秒 | 音楽

吉田秀和氏が最後に残した「永遠の故郷」に
自分の好きな歌曲を書き記している
自分はあんなふうにシンプルに、深く
繊細には書けないからただ好きな曲を挙げるだけにする

一番好きな曲は
「グリーンスリーブス」かも知れない
好きなものに理由は要らない、なぜだか分からないがとにかく好きだ
でもこの曲、冒頭のメロディ2つのパターンがあるようだ
5番目の音が半音高いものと低いもの
どちらが原曲かわからない
それぞれの味わいもあるが自分の好みは半音高い方
気分が悲しい雰囲気に支配されない分だけ逆に寂しさが際立つ感じで
そういえば、ボーン・ウィリアムズのグリーンスリーブスによる幻想曲も
半音高い方を使っている

イギリス民謡は結構好きで
アニーローローもダニー・ボーイも好き

さて日本の曲は?
「平城山」が好き
ピアノの伴奏がまるで琴みたいで
メロディーは静かに高まっていき
それでも派手なピークに達することなく静まってしまう
高校時代に習った曲だったけどとにかくピアノの伴奏が好きだった

静かに感情が高まっていくけれど
やはりピークに達せず青春の寂寥感に満ちているのが
「影を慕いて」
ホント、この曲は日本の歌の中の突出した傑作じゃないかともう

古いとか、歌謡曲とかジャンルを超えて素晴らしい曲と思う

ということで、これらの曲をYoutubeで探してみた
まずはグリーンスリーブス
<!-- グリーンスリーブス -->

次は平城山 ちょっと変わって山崎ハコの歌で
<!-- 平城山 -->

影を慕いては 何と言う集中力、感情の濃さ、音色 美空ひばりの歌で
<!-- 影を慕いて -->

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神道の式典と大国主

2013年04月04日 21時18分51秒 | あれこれ考えること

昨日、あま市でお世話になったおじさんの告別式があった
とても穏やかな人でやさしく、アナログカメラが大好きで
ライカの話になるとずっと話し続けてるような人だった

おじさんも、一昨年亡くなった義理の兄(姉の夫)も
肺がんだった
二人とも抗がん剤も効かず、転移して苦しんだようだったのが
少し辛かった

そのおじさんは、岐阜県の女性ばかりのところに
養子として結婚
そこの家が神道だったため、告別式も神道で行われた

この神道の告別式は初めて
キリスト教のものは2回ほど経験があるが
日本人だけれどそんなに経験できないのは
少し妙な気がしないでもない

祭主は日吉神社の方
感傷的というよりは穢れを取り払うような
式典のパフォーマンスとしては恭しくて
なかなか好ましいものに思えた

二礼二拍手一礼
神道の基本だが、流石にこの時の拍手は
途中で止めて手を合わせるだけで音はさせなかった
そしてそれは、そうだろうな!
素人目にも納得が行った

家に帰って日吉大社をネットで調べると
ご祭神は大国主命、その他松尾大社にも関係する大山咋神
その他にも下鴨神社に関連の鴨玉依姫神と鴨玉依姫神荒魂も
祀られているらしい

しかし、また大国主が出てきた
また、というのは先日本宮山に行って砥鹿神社に
参拝しようとしたのだが、そのご祭神も大国主

大国主を祭ってあるところが多すぎないか?
国譲りというものの、本家より多いのでは?
などと素人はいい加減に思ってしまう

そういえば何かの本で神道の式典は
物部氏が行なっていたものを引き継いでいるとか
なるほど、それなら物部氏が仏教に反対したわけも分かる

多すぎる出雲系の神様
そして物部氏のこと
確かに古代史は言い伝えられているだけのことでは
無さそうだ

出雲と物部氏と秦氏
一体本当はどうだったんだろうか?
ちょっと想像力を働かしてみても楽しい

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