世渡りの要領
「アキラさん、このせっけん、日本で売れませんか。」
共同経営者のリックがそう聞いてきた。彼は、ベルギー人で、ブラッセルにせっけん工場を持っていた。1922年、日本に一時帰国する私に託そうと、見本として化粧せっけんを一ダース持参していた。
「うーん、売れるかどうかわからないけど、とりあえず預かるよ。もし売れなかったら、お土産にするからね。それでいいのなら。」
そう言って、晃は化粧せっけんをカバンにしまいこんだ。オランダからマルセイユまで国際列車で移動し、そこから日本行の船に乗る予定だった。
オランダを出て直ぐに、ベルギーの国境に着いた。ベルギー税関の係員が、せっけんにかかる輸入税を払うようにと言い出した。トランジットだから払う必要はないのではないかと主張したが、なかなか聞いてもらえない。そうこうするうちに、列車の出発時刻が迫ってきた。しかたなく、晃は英国ポンドで税金を支払った。当時、ベルギーはインフレだったので、おつりに大量のコインを手渡されてしまった。
「まったく、ひどい目にあったよ。」
帰国後、日本の外務省の知人に愚痴ったら、
「晃さんが世慣れていないからですよ。少し税関吏に袖の下を渡せば、うまく処理してくれたのに。」
と教えられた。なるほど、と思ったが、ベルギー産のせっけんがオランダに輸入され、再びベルギーを通過する際に輸入税を要求される不合理さや、輸入税とワイロの多寡を考えると、すっきりしない印象が残った。ちなみに、フランスでは課税されずに、何事もなく通過できた。
そういえば、と晃は思い起こした。ジャワにいたとき、日本船からもらった味噌一樽を正式に通関手続きした際に、「肥料なら税金はいらない。」とオランダの税関吏が粋な計らいをしてくれたことがあった。それ以来、ジャワでは、味噌は肥料で無税として取り扱われた。本当に糞便だと思っていたのだろうか。
満州から輸入した大豆や落花生が、途中の港で荷役の際に大量に抜き取られるという話を、貨物船の船長から聞いたこともあった。このような荷抜きは、マルセイユやジェノバ、アントワープでよく起こるが、ロンドン、ロッテルダム、ハンブルグなどでは少ないようだ。船長らは、宗教との関連を指摘していたが、本当だろうか。若くて正直者の晃には、この世の中には理解できないことが多かった。
「いったい何が世渡り上手なのだろうか。」
つづく
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