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ノーベル賞の光と影(日本海新聞コラム「潮流」・11月29日掲載分)

2008-12-04 07:33:59 | Weblog
 4人の日本人研究者が、ノーベル賞を受賞しました。日本のメディアは、最近では珍しい明るいニュースとして大きくこれを報じていました。日本人はオリンピック好きでノーベル賞好き。前者は東京オリンピックの、そして後者は湯川秀樹博士の日本人として初のノーベル物理学賞受賞に、その起源を求めることができます。戦後の成功物語の記憶を、まだ引きずっているのでしょうか。これは東アジアに共通の傾向でノーベル賞を、オリンピックの金メダルと同様、国威の発揚と結びつける発想は中国と韓国にも根強くあります。

  しかし、ノーベル賞受賞をオリンピックの金メダルと同じように騒ぎたてるのは、いかがなものでしょうか。科学的発見は人類の共有財産です。世界的に評価される業績を同胞があげたことは誇らしいことですが、4人の先生方の業績も海外の先人の達成の上に成し遂げられたもの。日本人だけの手柄にすることはできません。受賞の対象となった研究が、日本国籍をもっていた時代になされたとはいってもアメリカ在住でアメリカ国籍を取得している南部陽一郎さん(物理学賞)を、「日本人」にカウントすることには疑問を覚えます。

  アルフレッド・ノーベルは、自らの発明が戦争に用いられ、人類に災厄をもたらしたことへの贖罪の意味で、この賞を創ったのです。莫大な賞金と科学者としての名声をもたらすノーベル賞は、科学者間の競争を激化させ、新しい発明発見を生み出す上での大きな刺激となりました。ノーベル賞の制定後に生み出された発明のなかには、もちろん人類の福利を大きく前進させたものもあります。しかしそのなかには原子爆弾も含まれているのです。ノーベル賞が、ダイナマイト以上に人類に災厄をもたらした部分をなしとはしません。

 アメリカで深刻な金融危機が発生しました。魔術のようにお金を殖やす金融工学の過剰な発達が、その元凶の一つに名指しされています。ノーベルの死から72年もたってから創設された経済学賞の受賞者のなかには、金融工学の専門家が多数含まれています。ノーベルの遺志は、平和と文化への人類の福利への貢献です。金融工学の発達は、それにかなうのでしょうか。ノーベルは、自分が莫大なお金を稼いだことに罪の意識を抱いていました。お金を殖やす魔術を発明した人を讃えることを、彼は絶対によしとはしなかったでしょう。

  ノーベル賞の負の部分に目をつむり、ただよきものとして語る風潮に私は違和感を覚えています。しかし6年前、博士でも教授でもない普通の企業に勤める研究者だった田中耕一さんが化学賞を受賞した時には心底驚きました。日本で最高位の勲章や名誉ある表彰を、何の肩書きもない人が獲ることは考えることもできないからです。肩書きにとらわれることなく、ただ研究の質だけを選考の対象にしている姿勢が浮かびあがってきます。そのことが、ノーベル賞を長く世界でもっとも権威ある賞としてきた理由であると私は考えます。

10 コメント

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ちょっと無理がある (かつのり)
2008-12-05 13:47:20
>普通の企業に勤める研究者だった田中耕一さんが化学賞を受賞した時には心底驚きました。
>そのことが、ノーベル賞を長く世界でもっとも権威ある賞としてきた理由であると私は考えます

こういう議論はちょっと無理があると思う。
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ノーベル賞と文化勲章 (加齢御飯)
2008-12-05 14:02:41
「こういう議論はちょっと無理があると思う」。

 まあ、ノーベル賞の選考過程というのもどろどろとしていて、一概に業績第一とは言いがたいのかもしれません。田中さんのケースは、ノーベル賞の歴史のなかでもかなり異例のようです。田中さんはノーベル賞を取って文化勲章をもらいましたが、南部さんのように文化勲章の後にノーベル賞がついてくるということはなかったと思います。やはり日本は、肩書き第一の国ですから。文化勲章を辞退しながら、ノーベル賞はもらった作家が日本にはいましたね。彼のなかで二つはどう区別されていたのでしょうか。
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ぐちゃぐちゃ (加齢御飯)
2008-12-05 14:29:53
「まあ、ノーベル賞の選考過程というのもどろどろとしていて、一概に業績第一とは言いがたいのかもしれません」。

 文科系の賞だともうぐちゃぐちゃです。佐藤栄作の平和賞受賞だとか。
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平和賞 (もも)
2008-12-06 13:19:21
 ノーベル平和賞の候補者となると「どろどろ」を超えて「おどろおどろ」しているようです。

 平和賞候補者となった人々のなかでもっとも有名な人はヒトラー総統(1938年の候補者だったはずです)ではないでしょうか。

 ヒトラーと並ぶ、いや、受賞したのですからヒトラーをもしのぐ佐藤栄作氏は、キッシンジャーよりは見劣りがするかもしれません。
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時の試練 (加齢御飯)
2008-12-06 17:53:26
「ヒトラーと並ぶ、いや、受賞したのですからヒトラーをもしのぐ佐藤栄作氏は、キッシンジャーよりは見劣りがするかもしれません」。

 ももさま。不思議に思うのはノーベル賞の授賞のタイミングです。今回の物理学賞など随分以前の研究成果です。ところが田中さんは割合最近の業績。平和賞の方は、「その年平和に貢献した人」みたいなイメージがあります。本当に平和に貢献したのかどうかは、長い時間の経過をへてはじめて明らかになることのはずなのに、これはおかしいですね。だから核の問題で嘘をついた佐藤さんやキッシンジャーが賞をとり、ヒットラーが候補になるという馬鹿げたことが起こるのではないでしょうか。
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経済学 (かつのり)
2008-12-06 20:54:21
文系ではなぜか文学賞と経済学賞です。まさらに文系の両極端ではありませんか。どういうことなんでしょうね? 

(仮に経済学賞に心理学、言語学、統計学の分野も含めるかにしたら、ピアジェ、チョムスキー、スキナーとかが入ってしまうのだろうか?)


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マスコミの怠慢 (ひろの)
2008-12-07 00:14:30
ノーベル経済学賞というものは存在しません。実際にあるのは「スエーデン銀行経済学賞です。ただスエーデン中央銀行はこの賞に箔をつけるため「ノーベル記念」という冠をつけ、まんまとマスコミにノーベル経済学賞なるものがあると思い込ませてしまった。賞の名前をちゃんと読まないマスコミ人の怠慢です。マスコミをひっかけるのは容易いですね。
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マスコミだから (まつもと)
2008-12-07 06:15:51
ニュースソースとしての価値を考えて、知っていても敢えて言わない、というのはありそうな話です。
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何故ノーベル財団は? (加齢御飯)
2008-12-07 08:32:22
「ノーベル経済学賞というものは存在しません。実際にあるのは「スエーデン銀行経済学賞です。ただスエーデン中央銀行はこの賞に箔をつけるため「ノーベル記念」という冠をつけ、まんまとマスコミにノーベル経済学賞なるものがあると思い込ませてしまった」。

 ひろのさま。お久しぶりです。そうなんですね。たしかに経済学賞はノーベル賞ではないんです。しかし、ストックホルムで12月10日に他の賞と同じに授賞式をやるから、誰でもノーベル賞だと思ってしまう。天国のノーベルもかんかんに怒っているのではないでしょうか。なんでこの賞が創られた時に、ノーベル財団はノーベルの名を冠することを拒否しなかったんだろうか。
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クルーグマン (加齢御飯)
2008-12-11 09:41:38
クルーグマンがノーベル賞授賞式で講演をしていました。「ノーベル経済学賞受賞者」として。NHKのニュースは経済学賞本来のあの長ったらしい名前を紹介したりしませんでした。経済学賞というノーベル賞もどきは、制定以来完全に「ノーベル賞」として流通してきたのだと思います。ヘッジファンドも「ノーベル賞経済学者」を抱えていることを売り物にしてきました。また「ノーベル賞学者」が関わってきたことで金融工学が信頼を得てきたところがあるのではないか。その意味ではノーベル賞は、アルフレッド・ノーベルのまったくあずかり知らぬところで人類に大きな災厄をもたらしたといえるのではないでしょうか。
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