ガラパゴス通信リターンズ

3文社会学者の駄文サイト。故あってお引越しです。今後ともよろしく。

少年と親分(10月18日投稿分)

2005-11-14 16:15:31 | Weblog
「光は街の央(なか)よりと…」。ぼくが卒業した小学校の校歌の一節である。校歌が示すようにこの学校は、学校令発布とともに生まれた古い歴史と、T市の中心に位置するその立地とを誇りとしてきた。ぼくの小学生時代は、高度経済成長の最盛期と重なる。この小学校の校区では商店街が賑わっていたから、わが同級生の多くは商売人の子どもたちだったのである。活発でかわいいあかねちゃんの家は、バー「ブラック」。お店はお母さんがやっていた。お父さんはT市では知らぬものとてない、泣く子も黙るヤクザの親分だったのである。

 ぼくたちはよく「ブラック」に遊びに行った。あかりちゃんのお父さんは「堅気」ではないから、平日の昼間に家にいることが多かった。子煩悩な彼は、よくぼくたちと遊んでくれたのである。ワキタ君という男の子は、格別親分になついていた。「おじちゃん、馬になれ!」。ワキタ君は親分を馬にして遊ぶのが好きだった。極彩色の入れ墨をほどこした親分の背中にまたがってご満悦のワキタ君の表情を、いまでもぼくは鮮明に思い浮かべることができる。

 ワキタ君は参観日に「学校で楽しいことは?」と先生に聞かれて、「給食!」と答える元気のいい子どもだった。おじいさんも、お父さんも、二つ上のお兄さんも警察官。警察一家に育った彼は、工業高校を卒業すると当然のように警察官になった。就職してしばらくするとワキタ君にとんでもない役目がまわってきた。親分を逮捕しなければならなくなったのだ。

 ワキタ君は「ブラック」の2階に踏み込んだ。親分はそこにいた。目を閉じて警察無線を聞いている。床には『警察無線ファン』だかの雑誌が散乱していた。親分は無線傍受マニアの間でも、名の知れた存在であった。「〇〇。銃砲刀剣類等不法所持の疑いで逮捕する」。ワキタ君は、親分の目を見ないようにして、事務的に罪名を告げると手錠をかけた。警察に連行されるパトカーのなかで、親分はワキタ君にこう話かけた。「坊主。大きゅうなったのお」。