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ガラパゴス通信リターンズ

3文社会学者の駄文サイト。故あってお引越しです。今後ともよろしく。

♪あなた 私のもとから 突然きえたりしないでねー♪

2009-11-17 00:00:00 | Weblog
筒井康隆原作の「時をかける少女」は、NHKの「少年ドラマシリーズ」で「タイムトラベラー」というタイトルで放映されています。1972年の1月から2月にかけての放映で、ちょうど私の高校入試の直前の時期でした。あの連合赤軍事件の直前の時期ですが、このドラマに私は強いインパクトを受けました。

ヒロインの芳山和子は、未来からきたケン・ソゴルと恋に落ちます。他者、身体、世界、そして自己。思春期は様々な他者との出会いの季節です。未来からの来訪者以上の他者など考えることもできません。エリクソンも述べているように、思春期はしばしば時間的な展望を見失ってしまいます。一日のほとんどを眠り続けたり、逆に何日も不眠不休で勉強を続けたりした記憶を持つ方もすくなくないはずです。また幼児期への退行を果たし、逆に老人のような達観に達してしまう若者も珍しくありません。けだし、タイムトラベラーとは思春期を生きる人の別名というべきでしょう。

 70年代の半ばごろまで続いたこのシリーズは他にも「つぶやき岩の秘密」のような名作を数多生み出しています。私より少し年齢の若いサブカルチャーの旗手たちはこの「少年ドラマシリーズ」から大きな影響を受けた人が多いようです。世界に冠たる日本のサブカルチャーの揺籃として、このシリーズのもつ意味は再評価されるべきなのではないでしょうか。

 最近この手の少年向けドラマが放映されないのが残念ですが、2000年ごろにはNHK教育で「ドラマ愛の詩」というシリーズを放映していました。はやみねかおるの夢水清志郎シリーズをマナカナの主演でドラマ化するなど面白い作品が多数ありました。なかでも恩田陸原作の「6番目の小夜子」には、タイムトラベラーを彷彿とさせる雰囲気がありました。思春期の不安を見事に表現していたと思います。NHKの子ども向け番組には本当に優れたものが多いと思います。

半農半X

2009-11-14 00:00:00 | Weblog
 鹿児島にいた時の話である。大阪から赴任した同僚があることに気がついた。鹿児島はそれほど所得の高い地域ではない。その割には専業主婦率が高い。不思議に思って調査をしてみると(さすが社会学者!)こんなことが分かった。

 鹿児島市は県内では東京みたいなもの。周辺の農村的地域から人が集まっている。みんなルーツは農村だから米や野菜は夫婦どちらか、あるいは両方の実家から送ってくるのだ。漁村的部分にルーツがあれば、魚だってただで食べられる。食費の負担がとても軽いので奥さんが働かなくてもやっていけるというのがその先生の分析だった。たしかにぼくのまわりにも田舎にルーツのある人が多かった。休日には家族そろって実家に援農に行く。フリーライダーではないのである。子どもたちは自然に親しむことができる。お金を使わない余暇の過ごし方という点でも好ましい。

 ロシアはソ連崩壊後経済がむちゃくちゃになった。たしかに自殺や犯罪は増えたが、餓死者が出なかったのはモスクワ市民でさえみなダーチャ(畑つき別荘)をもっていてそこで自給をしていたからである。休日を大半の都市住民はダーチャですごす。国民皆農の国ロシア。ロシアのジャガイモの8割はダーチャで作られているというから驚く。そこまでではないが鹿児島の経済を支えているのも都市と農村とのこの連携である。

 骨子の幼稚園時代の友だちのお母さんに「大久保さん」という人がいた。ちなみに「西郷さん」も幼稚園ママの仲間にはいた。両方とも、かの地では多い姓なのだろう。「大久保さん」はよく田舎でとれた野菜をくれた。「いつもすみません」と妻がいうと「大久保さん」は、「加齢さんのところは何も作っていないの?」と不思議そうに尋ねた。「いや作っています」と言ってしばらくしてから、わが実家からとりよせたもなかをもっていったのである。 「大久保さん」は怪訝な顔をしていた。

東さんのこと(いまどこでどうしているのか・声に出して読みたい傑作選95)

2009-11-10 06:35:51 | Weblog
入院中は、たくさんの看護師さんのお世話になります。検温や採血、そして食事の世話をする看護師さんは、毎日変わります。そして患者にはそれぞれ「担当」の看護師さんがつきます。入院の間中ずっと、責任をもってその患者を見守ってくれる大切な存在です。骨髄移植が近づいてきたある日、無菌室での担当の看護師さんとの面談がありました。

 面談の内容は事務的なものです。しかし話をしているうちに「もしかして」と思い、こう尋ねたのです。「鹿児島の方ですか?」。彼女は驚いたように「そうですが…」と答えます。私はその年の3月まで鹿児島にいました。では何故彼女を鹿児島人だと思ったのか。一つは東さん(仮名)という名前。鹿児島では東西南北の性が北以外大変多いということ。もう一つは顔だちです。鹿児島人の顔には、沖縄の人に近い「南」を思わせる系統と、色白で鼻筋が通った「北」の系統の二通りがあります。彼女は典型的な後者のタイプでした。

 無菌室ではつらい治療がまっています。なじみの土地の人が担当の看護師さんとしてついてくれるとは。どんなに心強く思ったことでしょうか。まさに「地獄に仏」。しかも彼女は、鹿児島の看護学校の時代に私の書いた教科書で社会学の勉強をしていたのだといいます。私の元同僚にも習ったことがあるらしい。鹿児島のこと。看護学校のこと。話のタネはつきませんでした。

 東さんはテレビドラマでみた骨髄移植に感激して、看護の道を志しました。看護学校の卒業時には、骨髄移植で知られるこの大学病院に自ら進んで就職したのです。しかし、馴れない関東での生活と無菌室の激務のダブルパンチ。この時点で彼女は、はっきりと憔悴していました。翌年4月に私は、無菌室のナースステーションを尋ねました。職場復帰のあいさつをするためです。そこに東さんの姿はありませんでした。3月末をもって大学病院を辞め、故郷の鹿児島に帰ったということでした。彼女にもう一度会えるとよいのですが。


出でよ、平成の高橋是清!(日本海新聞コラム潮流・10月29日掲載分)

2009-11-07 10:29:27 | Weblog
自公政権は大企業を減税等で優遇し、景気を浮揚させる経済政策を採用していました。そのかいあって、また好調なアメリカ経済にも支えられて、リーマンショックまでの数年間、日本企業は「史上最高益」を更新し続けていたのです。しかし日本の勤労者の所得は、この期間にも減少を続けていました。また正社員が次々と非正規雇用の労働者に置き換えられていきました。いくら企業は富んでも働く人たちは豊かになれなかった。2002年から6年近く続いた「戦後最長の好況期」が、庶民に実感されなかったのはこのためです。

 新政権は、自公政権とは対照的に家計を直接支援することで消費を活性化し、景気を浮揚させる経済政策を採用しています。方向性そのものは正しいし歓迎すべきものでしょう。しかし、日本人の多くが暮らしの将来に大きな不安を抱いています。様々な形の給付がなされたとしても、果たしてそれが消費にまわるのでしょうか。「子ども手当て」の使い道として「家計プランナー」たちは一致して、貯金にまわすことを勧めています。おそらく庶民はこの勧奨に従うことでしょう。「子ども手当て」等に景気浮揚の効果は期待できません。

 家計支援政策には莫大な費用がかかります。新政権は天下り等の無駄遣いを徹底的に削り、それを財源に充てると言っています。そして少なくとも4年間の任期中には消費税率を上げないとも言っています。しかし「大きな政府」の方向性をとる以上、近い将来の大増税は不可避です。1997年の橋本内閣による消費税率の引き上げは回復基調にあった景気を一気に冷え込ませました。山一証券と北海道拓殖銀行の破綻も相まって日本経済は、奈落の底に沈んだのです。来るべき大増税は、97年の悪夢を再現するに違いありません。

 不況→景気対策のための財政出動→財政赤字の悪化→増税と緊縮財政→消費の低迷→不況…。恐慌のスパイラルがもう20年近くも続いています。バブル期には世界一だった1人当たりGDPも近年には20位前後にまで落ち込んでいます。新政権も税収の2倍近い予算を組まざるをえないのです。①この国は返済不可能な債務を抱えている。②国民生活を維持するためには、現在の歳入をはるかに上回る歳出が必要とされている。③しかし大増税は国民生活を破壊する。日本経済はこの3つの厳しい制約条件のもとにおかれています。
  
「出口なし」の状況のなかで近年、高橋是清の名前をよく耳にするようになりました。藤井財相も就任会見で彼に言及しています。犬養内閣の大蔵大臣だった高橋は、国債の日銀引き受けを敢行し、日本は世界でもっとも早く大恐慌の痛手から立ち直った国になりました。高橋には経済についての大局観がありました。政府こそが信用の最大の源泉であるという認識を彼はケインズと共有していたのです。高橋に倣って政府紙幣と無利子国債の発行を主張する人たちがいます。彼らには果たして高橋のような大局観があるのでしょうか。

トイレット博士

2009-11-04 00:00:00 | Weblog
よく言われるようにマリー・アントワネットの時代のヴェルサイユ宮殿にはトイレらしいトイレがなく、貴婦人たちが平気でそこらの茂みで用を足していた。下層階級の家庭ではバケツで用を足して、それを二階の窓からぶちまけたりしていたようである。アンシャンレジュームのパリは不潔で臭くて、公衆衛生という面で危険極まりない街であった。

 他方、当時世界最大の都市であった江戸の清潔さは、幕末にこの地を訪れた外国人たちの賞賛の的となっていた。人糞を主要な肥料とする日本農業のスタイルが、巨大都市の抱えるし尿処理問題を楽々とクリアさせていったからである。し尿はやっかいものではなく、売り物になったから、明治になっても一部屋に3人住むと部屋代がただになっていたという。

 欧米人と違って日本人は、し尿と歴史的にフレンドリーな関係を結んでいた。日本のお母さんは、子どもがものを食べてから排泄するまでのすべてを見守ってくれている。このことと日本人の情緒的安定との関係を重視する外国人研究者もいる。「うんち」や「おしっこ」は、日本の家庭のなかでは、いまでもさほど忌むべきものとはされていない。

 排泄物、とくに「うんち」への忌避感をもたらしたのは学校制度だろう。学校は、日本人の身体と頭を西欧風に改造する装置として明治の初年に創設された。西欧の排泄物に対して敵対的な観念がここで根を張っていった。学校では「うんち」ができなかったという方はマイミクのなかにも多いのではないだろうか。それには深い歴史的ないわれがある。

ドイツは地味である

2009-11-01 00:00:00 | Weblog
この前の土曜日に妻と娘が、「天皇がOB」の大学の「オープンキャンパス」なるものに行ってきました。妻もこの大学の出身で一年間だけここで働いていました。都心にありながら緑豊かなキャンパスと、どことなくおっとりとした学生さんたちの雰囲気は彼女の学生時代から、変わっていないようでした。

 しかし、このお上品な大学も世の中の流れから無縁でいるわけにはいきません。彼女が学生時代には、ここの独文科は非常に定評があったのですが、いまは「ドイツ語圏文化学科」と名称を変えています。「文学」では学生が集まらないのでしょう。学部のパンフレッドを二人が持って帰っていたのでみたところ、「ドイツ語圏文化学科」のカリキュラムに「ドイツの若者文化」と「ドイツのサブカルチャー」という科目があるのをみつけて驚きました。学生喜ぶんでしょうか?地味というか楽しくなさそうというか…。そもそもそんなものがドイツにあるのか?

 幼い頃から日本のテレビゲームやアニメに親しんだことから大学で日本語を専攻し、国際交流員として鳥取市に来た若者が、「鳥取は夜でも明るいきらびやかな街」と感嘆していたのを思い出します。この若者は、たしかデッュセルドルフの出身だったと思います。そんな大きな街でも鳥取の方が「きらびやか」であるとは。ドイツは「環境大国」と呼ばれていますが、それを支えているのは、国民の質素な暮らしぶりであることがうかがえます。

 ちなみに鳥取市は80年代に、夕方6時になると商店がシャッターを下ろしてしまう街としてタモリに揶揄されたことがあります。「6時にシャッターが下りる、嘘を言うな!」。タモリのセリフをぼくは腹立たしく思いました。実際には鳥取の商店街は当時、夕方5時にはシャッターを下ろしていたのですから。タモリに揶揄されたやる気のない商店街は、いまでは朝からシャッターが下りています。




あなたをもっと知りたくて(気をつけよう、おれおれ詐欺・声に出して読みたい傑作選94)

2009-10-29 10:27:51 | Weblog
 何年か前の話です。入試の終わった2月のこと。平日の昼間自宅にいると、電話がかかってきました。ぼくが出ると男の声がします。「加齢さんのお宅でしょうか」。ぼくが「はい」と答えると、男は少し驚いたようで「御飯さんのお父さんですか」と聞きます。このあたりからおかしいと思った。何故「御飯さんですか」と聞かないのか。平日の昼間にぼくが家にいるとは思わなかったのでしょう。不審に思ったぼくは、「御飯の父です。あなたこそどなたですか」と問い返します。男はぼくの勤務校の事務職員だと答えました。

 大学からの電話ならナンバーディスプレイに代表番号が表示されますが、これは非通知になっている。「振り込め詐欺」の類だとぴんときました。ぼくが大学の教員だということを、この男は知っている。セクハラか何かの問題をお前の息子が起こした。だから金を所定の口座に振り込め…。そういうストーリーなのだろうな、と思いました。ぼくはこう尋ねました。「どちらの部署の方ですか」。相手は不快そうにいいました。「そんなことどうでもいいじゃないですか」。

 ぼくは勝ち誇ってまくしたてます。「本当にあなたが、うちの大学の職員なら、まず自分の名前と所属を明かすはずです。そして事務職員が教員のことを『御飯さん』と呼ぶはずがない。いや、電話の主がたとえ学長であっても必ず私のことを『先生』と呼ぶでしょう」。

 男は完全に狼狽してぼくに尋ねます。「なんでそんなこと、あなたが知っているんですか」。「それは私が加齢御飯、本人その人だからです!ずばりあなたは、振り込め詐欺の人でしょう!!」。ぼくの声は完全に裏返っていました。まるで「ちびまる子」ちゃんの丸尾末男です。

 それにしても不思議です。この詐欺師は格別お粗末な輩だったのでしょうか。それともこういうお粗末な手口に世の善男善女はひっかかっているのでしょうか。男は、「大学の先生が嘘なんかついていいんですか」と捨て台詞を残して電話を切りました。


「酒とつまみ」12号(本のメルマガ 10月25日掲載分)

2009-10-26 18:56:31 | Weblog
ロシア人のアルコール摂取量は、一人年間18リットルに達するそうです。アルコールだけで、ちょうど一斗!日本酒換算ならその6倍強!月平均5升です。未成年者やまったくお酒を飲まない人まで含んでこの数字です。

酒好きは、どれだけ飲むことやら。ロシア男性の平均寿命は、59歳にまで落ち込んだことがありました。ロシアは日本以上に自殺率が高い数少ない国の一つです。男性が短命であることや自殺の多さの背景に、過度の飲酒があることは明らかです。メドベージェフ大統領が、「国民的災厄」と叫ぶ所以でしょう。

アルコール中毒といえば連続飲酒がイメージされます。しかし日本人の体力では、なかなかそれはできません。だから絵に書いたようなアル中は少ないのでしょうが、アルコール依存症とその予備軍は増加傾向にあるようです。

飲酒の量の多寡に関わらず、健康を損ない、仕事や家庭生活に悪い影響が出ても酒をやめたり控えたりできない人は、立派なアルコール依存症患者であるといえます。テレビには酒のコマーシャルが溢れ、コンビニでは24時間簡単に酒を買うことができます。飲酒に対するこの寛大さにも疑問を覚えます。

「酒とつまみ」というマイナーな雑誌が酒好きたちの間で静かな人気を博しています。編集長の大竹聡さんは、いまや「メディアの寵児」です。「酒とつまみ」と言っても。グルメ雑誌ではありません。有名無名の酒好きたちの、ゲロを吐いたとか失禁したとか、酒の上での失敗談が延々と出てくる雑誌です。大酒飲みの著名人への酒場でのインタビューがこの雑誌の目玉商品。第1回には中島らもが、第5回には高田渡が登場。両雄はともに本誌登場からほどなくして亡くなりました。酒がお二人の命を縮めたことは否定できませ
ん。

 12号の冒頭には大竹さんがラジオの番組に出演した後、泥酔し、顔面から大出血した話が掲載されていました。大竹さんの古典落語を思わせる語り口は軽妙そのもの。この「痛い」エピソードも良質の笑い話に仕立てあげられています。この辺りの才覚はさすがと思います。

しかし不安になります。大竹さんも40を超えています。若い頃のように無茶がきくはずがありません。こんな飲み方をしていれば、いつか中島らもと同じようなことが大竹さんの上にも起きるのではないか。ファンであればこそそんな心配をしてしまいます。

 「酒とつまみ」にはしかし何の罪もありません。楽しい雑誌です。だが世界の超大国の指導者が酒びたりであるとすれば、これは由々しき問題です。ジョージ・ブッシュ・ジュニアが、若い頃はアルコール依存症患者であったことは有名です。大統領としての彼の衝動的な意思決定にアルコール依存症の残滓をみるのは私だけでしょうか。日本では最近、「酔いどれ会見」によって大臣の椅子を棒に振った政治家が亡くなりました。アルコールに曇らされた頭脳が、世界を動かす重大な意思決定を行っていた可能性を否定できません。

野ギャル

2009-10-23 12:04:46 | Weblog
 若者の間で農業ブームが起こっています。「野ギャル」と呼ばれるタレントが人気を博し、若者向けの農業雑誌も創刊されているようです。「おしゃれじゃなければ農業じゃない!」などという惹句をみると?と思わないでもありません。しかし、5、6年前から若者たちの間では農業のボラバイトが結構盛んに行われていました。ボラバイトとはボランティア+アルバイト。農作業を手伝って日当はもらうだけれどもどんなに遠くに行っても旅費は自弁。北海道や沖縄にも長期働きに行った学生もいました。そう考えてみるとこの農業ブームも一過性のものとばかりはいえないでしょう。

 今年はぼくのゼミで初めて、農業で卒論を書いている学生がいます。彼女のおじいさんとおばあさんが、神奈川でみかんを作っていて、30年前は、みかんの価格が一キロ200円だったものが、いまでは50円にまで下がっていると言っていました。30年前といえば、ぼくが大学院に入った年で、そのころ大卒初任給は10万円ぐらいだったはずです。物価は倍。収入は4分の1。いまは果物はいろいろある。しかもジュースやアイスクリームに押されて消費量も減っています。愛媛等ブランド産地のみかん以外は外国産果物並みの値段しかつかないことが原因のようです。

 これでは一部のブランド農産物を生産している農家以外は生き残れないでしょう。農家への所得保障は絶対に必要であると思いました。やはり農業では食えません。しかしその食えない農業に何故若者たちが惹かれていくのか。これは考えるに値する問いかけです。やはり土と触れ合う人間的な生き方に魅力を感じる若者が多いということなのでしょう。そして「食えない」とは言っても、それはお金が稼げないという意味。「食う」ものを作っているのです。食糧危機にでもなれば、これほど強い職業はありません。フリーターならずとも、農業に憧れる所以でしょう。


模倣の法則

2009-10-20 08:14:28 | Weblog
 ガブリエル・タルドは社会学史のなかではデュルケームによって葬り去られた存在である。だが、彼の模倣の理論は、社会学や文学の理論のなかにも大きな影響を与え続けてきた。彼の『模倣の法則』は、昭和初期の邦訳しか存在せず、長らく「幻の名著」とされてきたが近年、若い社会学者によるよい翻訳が出版された。

 社会を成り立たせるものは模倣であるとタルドはいう。そしてタルドによれば、社会は圧倒的多数の模倣とごく少数の発明からなるものである。本質的な革新は、常に少数者の頭のなかに生じる。人類が二足歩行をはじめたのも、「二本の足で歩こう」と考えた独創的な個人がいたからに他ならない。

 中世のヨーロッパでは、様々な地域で、「妻に殴られた夫はロバの背中にくくられて町中を引き回され、さらし者にされる」という慣行があった。こんなくだらない考えが同時多発的に、複数の人間の頭に浮かぶとも思えない。この事例の存在も文化伝播における模倣の力を証明しているとタルドは言う。

 ヨーロッパと南米の古代帝国の同時代に、同じような建造物が見出される。これもタルドのみるところ模倣の所産である。同じ地域のなかでは比較的短期間で模範は伝播する。そして地域と地域の間には境界的な部分があって、そこを行き来する人たちがいる。だから世界の隅々まで、昔から模倣は伝わっていたというのがタルドの見解である。グローバリゼーションということばなどない時代から、世界は模倣でつながっていた。
 
 タルドの議論は、広く生命界はもとより物質の世界にもおよび、原子や分子も模倣しあっているという記述すらある。この議論はちょっと分からない。しかし、日本の近代化はすなわち欧米列強の模倣であり、東アジアの国々が日本の経済発展を野方したと考えれば、マクロな歴史もまた模倣としてとらえることが可能になる。模模倣の理論の射程には大きなものがある。