『あの世までの行程』、臨死体験者の話から・・・

2018-08-20 18:40:35 | 日記
『あの世までの行程』(臨死体験者からの話より)は、以下の通りという。『心臓が止まると“魂”は肉体を離れトンネルを抜ける。そこには林があり、林を歩いていくとお花畑が見えてくる。お花畑は自分が好きだった花で満たされていて、おもしろいことに、花も、空も、雲も半透明で、色も形もわかるのに透き通って見えると。お花畑を100mほど進んだ先には一本の川が流れていて、川の流れは三種類。①流れが速い川、②せせらぎのように穏やかな川、③流れがまったくない川。この三種類の川を“三途の川”という。生前、誰からも愛されず、よき仲間にも恵まれず、いなければよかったと否定されながら生きてきた人は流れが速い川を渡ることになる。愚痴も悪口も言ったり、ときには喜んで幸せだったなど一喜一憂しながら普通に生きてきたという人は、せせらぎのように穏やかな川を渡る。そして、愚痴も悪口も言わず、常に喜びに満ちあふれていた人、喜ばれる存在として“感謝”を忘れなかった人は、流れがまったくない川を渡る。』そのあと、天から声が聞こえてくる。「川べりまで行ったら“人生のまとめ”について尋ねる。自分がどんな人生を歩んできたかをまとめておきなさい」と。そして、川べりにたどり着いたとき、再び、あの声が聞こえてきた。「それでは訊く。人生をどれほど楽しんできたか?」と』。人生を楽しんだかどうかの答えに躊躇したとき、「あなたは人生を勘違いしている”もう一度やり直しなさい」と。えっと思った瞬間に意識を取り戻したという。つまり、人生は努力するものでも、頑張るものでも、地位や名誉を手にいれるものでもなく、“楽しむ”ものだということなのだ。きょうの楽しかったことは、○参考書「パワーハラスメント」を読み進めていること、○熱闘甲子園準決勝2試合のTV観戦したこと、○天ぷらと冷やしそうめん、うまかったことだ。(11,980歩)
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『菜根譚』、人づきあいの要諦とは・・・

2018-08-19 20:06:43 | 日記
ひさしぶりに『菜根譚』を手に取りペラペラとページをめくっていると赤ペンで大きく囲っている箇所があった。4年前の購入書籍なので、マークも4年前に記したもの。その箇所は「人とつきあう際に、やってはいけない三つのポイント」についてだ。『不責人小過、不発人陰私、不念人旧悪。三者可以養徳、亦可以遠害』(人の小過を責めず、人の陰私を発かず、人の旧悪を念わず。三者は以て徳を養うべく、亦た以て害を遠ざくべし。=人の小さな過失を責めたてず、人のプライバシーをあばかず、人の過去の悪事をいつまでも覚えていない。この三つのことを守れば、自分の道徳心を養い、また、危害を遠ざけることができる。)。もう一つは、「人づきあい全般についてのアドバイス」だ。『人之過誤宜恕。而在己則不可恕。己之困辱当忍。而在人則不可忍』(人の過誤は宜しく恕すべし。而れども己に在りては則ち恕すべからず。己の困辱は当に忍ぶべし。而れども人に在りては則ち忍ぶべからず。=人の過ちは許すがよい。だが自分の過ちは許してはならない。自分のつらさは堪え忍ぶのがよい。だが、他人のつらさは見過ごしてはならない。)。いずれも人づきあいの中で自分の誠を保つために探し求めた言葉に違いない。きょうの楽しかったことは、○読書と映画鑑賞で終日を過ごせたこと、○映画(DVD)『1900年』(伊仏西独合作1976年 異なる階層出身の幼馴染の2人の男性の生き様を中心に、20世紀初頭から第一次世界大戦、ファシズムの台頭から第二次世界大戦の終了までのイタリア現代史を描いた作品。318分長編物)最長の映画を飽きずに鑑賞できたこと、○肉野菜炒めとサバの煮付け、うまかったことだ。(11,040歩)
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心の訓練、「五つの習慣」を実行する・・・

2018-08-18 20:14:01 | 日記
心の訓練は言葉を繰り返すのではなく、一定の思考ができるようになるための訓練なのだ。同じ文章を何度も聞いていれば、それはいつのまにか信念となる。そして、いつも同じような思考をもつようにすれば、それが習慣となり、私たちをつくりあげる。心の訓練を行なう目的は、一定の思考様式にしたがって考える習慣ができるまで、その思考を用いて繰り返し考えること。それは『5つの習慣』を実行することだという。第一の習慣は、「正しい見方をもつ」(この宇宙に間違っているものなど何もない。何か間違っているものがあるとしたらそれは自身の態度だけだ)第二の習慣は、「身をゆだねる」(自分の身体を心の支配にゆだねる。心は魂に、魂は神の導きに従わせる)第三の習慣は、「一体となる」(この世界には、ひとつの実体、ひとつの源が存在するだけである。私はそこからつくられ、それとともにある)第四の習慣は、「理想を描く」(こうなりたいと願う自分の姿を心に描き、その姿を自分のものとする)第五の習慣は、「実現する」(なりたいものになり、したいことをするための力をもっている)だ。『こうなりたいと願う自分の姿を心に描き、あなたの想像力を最大限に働かせなさい。しばらくじっくり考え、その姿を自分のものとしなさい』(ウォレスD.ワトルズ)と。きょうの楽しかったことは、○熱闘甲子園の準々決勝4試合、面白かったこと、○猪名川花火、リズンと眺めたこと、○昼食は海老天丼、ウマかったことだ。(13,180歩)
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幸福と不幸は同じ程度の長さ!?

2018-08-17 21:20:29 | 日記
6時過ぎに起床した後、水月公園池ノ端コース3周のウォーキング&リスニング。帰宅後すぐに朝ぶろ入浴~朝ドラ「半分、青い。」鑑賞~日経新聞朝刊記事のチェック~箕面O鍼灸整骨院でボディケア~カラオケ店Cでのボイストレーニング~郵便局(預金引き出し)~セブンイレブン(振込み)~川西阪急(ショッピング)~紀伊国屋書店(川西)~高校野球(金足農VS横浜 5-4)の逆転劇TV観戦~映画(DVD)『ストレイト・ストーリー』鑑賞と気づいたら夕飯時も過ぎていた。慌ただしい一日、これを心を亡くす=忙しいというのだろうと思う。夕暮れ時のウォーキングで何気なくクライアントとの会話を思い出した。それは、「禍福はあざなえる縄のごとし」についてだ。つまり、このフレーズは幸福と不幸が交互にやってくる意味ではなく、幸福と不幸は同じ程度の長さを意味する。だから、不幸と思われることが今を含む前半にあるとこれからの後半には幸福と感じられることが必ずやってくると理解すれば、これから先が楽しみになる。きょうの楽しかったことは、○効率よく一日の行動が図れたこと、○老いていく人生の処し方について映画から学べたこと、○ボリュームたっぷりの焼肉野菜炒めランチ、ウマかったことだ。(13,670歩)

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一流と二流の接客対応から学んだこと

2018-08-16 19:29:21 | 日記
昨日の正午過ぎ大丸心斎橋店12F眼鏡コーナーを訪れた。そして、「近頃、裸眼の視力が良くなったように感じる。そこで、現在使用中の眼鏡度数が適切かどうか調べてもらいたい。検査の結果次第でレンズの交換を検討したい」と申し入れた。するとすかさず、「視力検査と検眼をいたします」と応じて、結果は「確かに裸眼の視力は良くなっているようですが、ご使用中の眼鏡レンズを変更されるほどではなさそうです、ご安心ください。」とにこやかに対応してもらった。同じ日の夕刻、ドコモショップM店を訪れた。今年一月に購入したばかりのスマホの機能不具合について確認するのが目的だった。「タップへの反応が異常なほど遅いこと、そしてウォーキング歩数のカウントができていなかったこと」など尋ねた。最初は若い女性が応接していたがこちらへの何らの断りもなく男性スタッフが突然でてきて専門用語を交えて説明しはじめた。挙句、「契約時の説明は聞かれていませんか?」「お使いの機種は何を気に入られて購入されたのですか?」など、まるでこちらを問い詰めるかのように慌ただしく訊いてくる。思わず小生は、「あなたの説明は甚だ不愉快だ。こちらの疑問に答えないばかりか機種の選択に問題があるかのように聞こえる」。つまり、店側には落ち度がないと主張しようとしているのだ。たまたま同日に体験したことから気づいた。一流の接客はあくまで顧客目線、顧客の気持ちに寄り添って対応する。二流の接客は自分側(店側)の都合を優先させて顧客の言い分を謙虚に聴かず押し込めようとする。いい学びの機会を得た昨日の体験を記した。きょうの楽しかったことは、○「転職・再就職個別相談会」(8月度)を無事に終えたこと、○小さな体験から良い研修事例を得たこと、○ランチは鶏どん、うまかったことだ。(12,430歩)
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