昨夏の甲子園で日大三のエースとして優勝に貢献した吉永健太朗は、早大でも即戦力として大活躍。1年春の4勝は2007年斎藤佑樹(早大)以来史上5人目。4戦4勝は29年小川正太郎(早大)以来2人目で、戦後初の快挙である。
東京六大学リーグは早大が3シーズンぶり43回目の優勝を飾った。この優勝回数は法大と並ぶもので、過去10シーズンに限れば早大4回、法大1回と、勢いは早大のほうにある(他校の優勝は明大3回、慶大2回)。最終週の早慶戦が残っているので個人成績を云々するのは拙速だが、投打とも次のようになっている(すべて5月28日現在/以下の[ ]内数字はリーグ戦順位)。
<打撃成績>
[4] 杉山翔大 (4年・一塁手) 打率.379、本塁打4、打点10
[6] 小野田俊介 (2年・右翼手) 打率.357、本塁打3、打点7
[7] 茂木栄五郎 (1年・三塁手) 打率.344、本塁打0、打点9
<投手成績>
[1] 吉永健太朗 (1年) 4勝0敗、防御率1.26
[2] 高梨雄平 (2年) 3勝0敗、防御率1.38
有原航平 (2年) 1勝1敗、防御率5.06
投手陣の頑張りとともに目立ったのが野手の走塁。首位攻防戦となった第5週の法大戦を振り返ってみよう。
早大の強さは全力疾走で果敢に攻める機動力野球にあり。
3対1で勝った第1戦は4回に2点を先制するが、突破口を開いたのは3番中村奨吾(2年・二塁手)が誘因となった法大のセカンドエラーである。打者走者・中村の一塁到達タイムは俊足と評価していい4.28秒。二塁手が中村の全力疾走を見て捕球を焦ったと考えるのが普通である。
二塁に進んだ中村を6番茂木が右中間三塁打で返したときの茂木の三塁到達タイムは、私がここまで見たプロ、アマ91試合の中で4番目に速い11.25秒。普通の選手なら二塁に止まったかもしれない打球である。この三塁走者・茂木を8番高梨のヒットで返して2点目を挙げるという得点パターンは、早大の機動力野球を鮮明に印象づけた。
7回の追加点はさらに脚力がモノをいった。2死二塁の場面で二塁走者の大野大樹(3年・左翼手)が三盗を企図。この想定外の走塁に強肩の土井翔平が送球を焦り、三塁に悪送球して大野が生還するというシーンだ。法大の捕手、土井は東京六大学屈指の強肩捕手として知られ、イニング間の投球練習の最後に行われる二塁送球ではたびたび1.8秒台を記録する。強肩の基準は2秒切り。実戦ではないといえ、1.8秒台の二塁送球はめったに見られるものではない。その土井を相手に二盗、三盗を果敢に仕掛けるのである。早大の走塁の迫力が伝わると思う。
慶大のお株を奪う、“走るワセダ”の執念が実った。
ちなみに、私は全力疾走(俊足)の基準を打者走者の「一塁到達4.3秒未満、二塁到達8.3秒未満、三塁到達12.3秒未満」に設定している。そして、この第1試合で基準タイムをクリアしたのは法大の2人3回にくらべ、早大は4人9回と圧倒している。
翌日の14対2と大差がついた第2戦でも目についたのは早大の走塁である。1回は1死後、2番大野が二塁内野安打で出塁するとすかさず二盗。2死後、4番杉山が石田健大の147キロストレートを振り抜いてレフトスタンド一直線の2ランホームランという具合に大技、小技を繰り出して先制点を奪取している。
4回の追加点を挙げる場面では1死後、茂木がショートのエラーで出塁するとすかさず二盗を決め、2死後、8番吉永の二塁打で生還。さらに二塁に進んだ吉永を9番東條航(3年・遊撃手)が中前打で返すという波状攻撃ぶりだ。
法大との2試合で全力疾走の基準タイムをクリアしたのは次の5人(特定していないのは一塁到達タイム)。
<佐々木孝樹3.84秒、中村奨吾4.07秒、地引雄貴4.15秒、茂木栄五郎3.91秒、*三塁到達11.25秒、高橋直樹*二塁到達8.12秒>
昨年まで打者走者の全力疾走は慶大の十八番だったが、今春全力疾走に率先して取り組んでいるのは早大である。そういう“走るワセダ”の、1つ先の塁をうかがう執念がこの法大戦ではよく見えた。
BIG3卒業後のマウンドを建て直した1、2年生投手陣。
投手陣は、成績を見ればわかるように1、2年生の頑張りが大きかった。斎藤佑樹、大石達也、福井優也を擁した2010年までの4年間、早大には目立った投手の入学がなかった。入学してもあの3人がいるのでリーグ戦には出られない、と嫌われたのかもしれない。
斎藤たち3人が卒業した'11年春、3シーズンぶりのBクラス(5位)に転落して早大は目が覚めた。否、'11年からの監督就任を打診された岡村猛は早大の現状を見て、新人の力が必要なことを痛感したはずである。現在の1、2年生に逸材が多いのは、早大の凋落を予感した岡村の危機管理能力の賜物と言っていい。
第1戦・高梨、第2戦・吉永先発が早大の基本パターンで、抑えの役割をまかせられているのが有原である。有原は防御率の悪さがひときわ目を引くが、明大3、4回戦で自責点7を喫する以前、東大、立大、法大戦では防御率1.54と安定していた。
東大1試合、法大2試合を見た印象で言えば、もし有原が今大学4年生でも、ドラフト1位で指名されるだろう。ストレートの速さは東大1回戦149キロ、法大1回戦152キロ、法大2回戦149キロと猛烈で、変化球は130キロ台前半のツーシーム、130キロ台後半のカットボール、140キロ前後のチェンジアップを備え、これらの直・曲球をやや腕を下げたスリークォーターから猛烈に腕を振って投げてくる。
技巧派の先発2本柱と本格派の守護神が早稲田を守る。
アマチュア球界では、長身の本格派右腕を“ダルビッシュ2世”と形容することが流行している。
九州のダルビッシュ(ソフトバンク・武田翔太)、下町のダルビッシュ(ソフトバンク・吉本祥二)、浪速のダルビッシュ(大阪桐蔭・藤浪晋太郎)、みちのくのダルビッシュ(花巻東・大谷翔平)という具合である。
しかし、「長身の本格派」という要素以外、彼らとダルビッシュの共通点はない。ストレートの速さ、スリークォーターの投球フォーム、速くて変化が小さい変化球というダルビッシュ有(レンジャーズ)の特徴を最も強く受け継いでいるのは有原である。明大戦での乱調は気になるが、本調子なら相手打線を完璧に抑える実力を備えている。
高梨、吉永は変化球の精度が高い技巧的ピッチングに特徴がある。高梨のストレートは140キロ前後がせいぜいで速くはない。しかし、カーブ、スライダー、チェンジアップを使った高低の攻めを基本線にして、左右の揺さぶりは横変化のスライダーを使いと、緩急、コーナーワークを自在に操る。リーグ戦で投げた最長イニングは6回3分の2なので、残り約3イニングには2人くらいのリリーフにまかせることになる。そして後ろには有原という抑えがデンと控えているので、力の配分を考えないで投げることができる。
吉永の特長は打者の心理状態を読んだ配球の妙。
もう1人の吉永を「技巧的ピッチングに特徴がある」と書くことには抵抗があったが、140キロ台後半のストレートを投げていた日大三時代と打って変わり、現在はせいぜい最速143キロ、ほとんどのストレートは130キロどまりである。しかし、変化球のキレが半端ではない。
100キロ台のスローカーブ、110キロ台前半のシンカー、110~120キロの斜め変化のスライダーは目線を高低で揺さぶるだけでなく、スピード変化で打者の腰をたびたび折る。とくに攻略を困難にさせているのがシンカーで、ストライクゾーンに入れても打者は空振りをする。当然、打者は追い込まれる前に打とうとするのでボール球に手を出してくる。そういう心理状態をうまく読んでボール球を振らせる技が吉永にはある。
東都大学リーグを制覇した亜大の“元祖・全力疾走”。
駆け足で早大の強さに迫ってみたが、6月12日から開幕する第61回全日本大学野球選手権大会で最大のライバルとなるのが東都大学リーグの覇者、亜大である。
亜大と早大は持ち味が似ている。元々、全力疾走をここまでポピュラーにしたのは亜大の功績である。グラウンドでは「全力疾走」の4文字を石碑に刻むほど全力疾走を徹底し、松田宣浩(ソフトバンク)が2年生だった'03年春には、7人が全力疾走のタイムクリアを果たしたこともある(4月9日の中大戦)。
3連覇達成時のチーム状態を彷彿させる走塁の冴え味。
今年の亜大は3連覇を達成した'02~'03年当時のチームによく似ている。5月9日の東洋大戦では4人(6回)がタイムクリアを果たし、盗塁企図3(成功2)も上々の成果である。この試合で東洋大の岡翔太郎捕手が記録したイニング間の二塁送球タイムは最速1.85秒。この強肩をかいくぐって敢行した盗塁は成功・不成功にかかわらず価値がある。「野選1、暴投1、捕逸1」も全力疾走の副産物といってよく、亜大の走塁の冴えがよくわかる。
タイムクリアを果たした4人の名前も紹介しよう。
<中村毅3.76秒、*二塁到達8.16秒、高田知季4.19秒、中村篤人*二塁到達8.08秒、*三塁到達11.77秒、藤岡裕大*二塁到達7.50秒>
打撃成績の最高順位は中村毅の15位で、打率は.278。それに対して盗塁数は高田の5個がリーグ2位と、亜大の特徴がよく出ている。
リーグ1位の防御率を誇る東浜の完成度はプロ級!?
この野手陣をバックに投げるのがリーグ通算31勝、21完封を達成した東浜巨(4年)で、投球フォーム、持ち球が東浜に酷似する九里亜蓮(3年)が2回戦で投げるというのが亜大の基本線。今季成績は東浜が5勝1敗、防御率0.92(リーグ1位)で、九里が2勝2敗、防御率2.25(5位)と、安定感は十分である。
とくに東浜の投球は見応えがある。ツーシームを軸に、スライダー、チェンジアップ、フォークボール、カーブを交えたピッチングはプロでの活躍を視野に入れた完成度の高さを誇り、攻略は至難の技と言っていい。
因縁浅からぬ両校のつばぜり合いが神宮を暑くする!
亜大の弱みは全国大会の勝利から遠ざかっている点だろう。昨年秋の明治神宮大会では初戦で愛知学院大に完封負けを喫し、優勝はそもそも'06年秋以来と、近年の低迷ぶりをうかがわせる。
勝つのが当たり前だった'00~'03年は僅差で粘り勝ちする野球を身上とし、大学選手権は'00年が5対4で東北福祉大を、'02年が2対1で早大を退けて優勝している。この当時の野球を再現するメンバーが今年は揃っている。
早大と亜大が決勝に進出すれば早大にとっては10年ぶりの雪辱戦になり、亜大が勝てば10年ぶりの大学選手権優勝となる('06年の明治神宮大会でも両校は決勝で対戦し、亜大が5対2で早大を破っている)。因縁浅からぬ両校の激突は、斎藤佑樹の卒業でおとなしくなった神宮球場のスタンドに再び観客を動員する可能性を秘めている。私はそれを期待している。(Number Web)