5月12日の西武戦、2回途中9失点で降板した斎藤佑樹
5月12日の函館劇場、幕間を挟んでの第2幕――その主役を務めたのは、涌井秀章だった。開幕投手を務めながら調子が上がらず、いったん二軍落ち。一軍に復帰後は、ライオンズのクローザーを任されている。
9回裏、得点は9-5でライオンズが4点をリードしていた。ゼロに抑えても涌井にセーブはつかない局面だったが、一時は9-1と大きくリードしながら7回に2点、8回に2点と追い上げてきていたファイターズの勢いを断ち切るために、ライオンズは敢えてクローザーをマウンドへ送った。
ところが、万全の構えを敷いたはずだったライオンズの切り札が、ファイターズ打線に捕まる。先頭の小谷野栄一からひとつのフォアボールを挟んで稲葉篤紀のツーベースヒットまで、怒濤の3連打を浴び、9-8となって、あっという間の1点差。なおも涌井はワンアウト満塁と、8点差のゲームを同点にされてしまうかもしれない大ピンチを背負うこととなった。
もし同点になれば、ファイターズの先発ピッチャーの負けが消える。
よもや、1、2回のわずか2イニングで9点も失った先発ピッチャーに負けがつかないなんてことがあったら、”持ってる、持ってる”の大合唱が始まったことだろう。何しろ9点も失ったのは、幕間を挟む前、第1幕のほうの主役を演じたもうひとりの開幕投手、斎藤佑樹だったのだから……。
それにしても、この日は寒かった。
聞けばこの日、北海道沖の低気圧のせいでオホーツク海側では16年ぶりの遅い積雪を記録したのだとか。しかも気温が低いだけではなく、風の通り道として知られる函館オーシャンスタジアムでのゲームである。
1回表のマウンドに立った斎藤は、想像以上の強風に戸惑っていた。北北東から吹く強風は、ピッチャーにとっては強烈な向かい風となる。正午の風速は秒速9メートル、気温は12度。 試合開始の時点では陽光が完全に雲に遮(さえぎ)られており、グラウンドを吹き抜ける風がさらに勢いを増しているとなれば、体感温度は零度に近かったということになる。いつもの試合前の遠投では、斎藤のバランスは悪くなかった。いや、むしろ、いいバランスで投げているようにさえ見えた。しかし、マウンドの上で向かい風に晒(さら)されていた斎藤は、今までの斎藤ではなかった。
ライオンズのトップバッター、栗山巧が左打席に入る。電光掲示板に掲げられた旗は、引きちぎられんばかりにはためいていた。ホームからセンター方向への強風は、バックスクリーン脇に置かれたテレビカメラを激しく揺らしていた。
斎藤が初球を投げる。
鶴岡が構えたアウトローとは逆に、インローにストレートが外れた。
2球目、またもアウトローを狙ったボールが、今度は高めに浮く。
これでツーボール、ノーストライク。
3球目、今度は真ん中低めに構えた鶴岡だったが、ストレートが暴れて栗山の懐(ふところ)を抉った。これでスリーボール、ノーストライク。
今シーズン、斎藤が初回、先頭バッターに3つめのボール球を投じたのは初めてのことだ。もちろん、ストレートのフォアボールは先頭バッターに限らず、今シーズン、ここまで一度も出したことがなかった。
しかし、4球目もストライクが入らない。
134キロが高めに浮いて、栗山をストレートのフォアボールで歩かせてしまう。
これが予兆だった。試合後の斎藤はこう言った。
「最初のフォアボールがすごく痛かった。自分の調子自体、悪くなかったのは確かですけど、最初のフォアボールは、4球連続で(ボール球が)いってしまったので……」
斎藤は、ここでいったん言葉を切った。
そして長い沈黙の末、振り絞った言葉がこれだ。
「……難しいですね、あそこから立て直すのは……」
わずか4球。
されど4球。
立て直すのが難しいとまで感じさせたこの4球に、この日の斎藤の苦悩が垣間見えていた。
最大の誤算はマウンドに立ったときの違和感だった。マウンドに立った感じが、ブルペンとはあまりに違っていたのだ。斎藤自身は「マリンで投げる予定だったのがズレただけですから(10日の先発予定が荒天で中止)、風が強いのは変わらないんで……」と強風を言い訳にはしなかったが、吉井理人ピッチングコーチがこう明かした。
「ブルペンとマウンドの環境があまりに違いすぎたね。室内は風もないし……(斎藤の)調子はよかったと思うよ」
函館オーシャンスタジアムのブルペンはグラウンドの一、三塁の両側にある他、室内にもある。ライオンズの先発、石井一久は外のブルペンで、しかも半袖のアンダーシャツを着て、試合前のピッチングを行なっていた。斎藤は室内のブルペンでピッチング練習を済ませ、いつものように外のファウルゾーンに出て、遠投による最後の調整を済ませていた。そこで斎藤は、改めて強風を体感することになる。球筋を確認してゲームに臨む最後の遠投で、ボールが思うよりも風に流されるのを感じたのだ。そしてゲームが始まるや、立て続けに4球もボールを思うように操ることができず、斎藤は焦った。これまで2球投げればストライクがひとつは取れるという1-1ピッチを徹底することで優位に立ってきたピッチャーが、2球投げて2球ともボール、また2球投げて2球ともボールでは、何かが狂っていると思ってしまっても不思議ではない。
斎藤は1回、栗山を歩かせた後、満塁のピンチで6番のエステバン・ヘルマンにインコースへのストレートを、詰まりながらもライト前へ運ばれてしまい、まず2点を失った。さらに7番の大崎雄太朗にも高めのストレートをライト前に弾き返され、さらに2失点。2回はショートの飯山裕志が跳ねる打球を捕り損ね、ライトの糸井嘉男も強風に判断を誤るという、名手のエラーが続いた。しかもここで秋山にライトオーバーのスリーベースヒットを打たれてしまい、またも4失点。最後はせっかく捕ったピッチャーゴロを斎藤自身がサードへ悪送球して、9点目。流れを止められない斎藤に、さすがの栗山英樹監督も重い腰を上げざるを得なかった。
「守りのミスがなければ2回の斎藤はスッといったかもしれないけど、でも、軸になるピッチャーはああいうときこそ、みんなを守ってあげないといけないよね。踏ん張れるピッチャーなんだから……何点とられても5回までは投げさせようと思っていたんだけど、(斎藤の)サードへの悪送球を見て、頭が真っ白になっているように見えたから、2回途中だったけど交代させた。今日はダメなピッチングだったけど、こういうこともあるんだと考えて、肥やしにしてほしいと思ってます」
ところが、である。
2つめの黒星を喫したゲームが終わって小一時間ほどした頃、斎藤はもう次を見据えていた。久しぶりにビッグイニング(1イニングに大量失点を喫する)の感覚を味わえたのもいい勉強だったと、悪夢のような出来事を前向きに捉えていたというのである。
これも、斎藤佑樹の武器だと思う。
向かい風が吹いても、サッとその風に背中を向けて、追い風に変える能力──。
つまり、考え方ひとつで向かい風も背中を押してくれる、ということだ。
去年、ケガで投げるチャンスがなかった交流戦。ファイターズのローテーションから八木智哉が外れ、多田野数人も抹消された。4人で回すローテーションの軸は、変わらず斎藤である。彼はまず19日の土曜日、広島で行なわれるカープとの一戦に先発する予定だ。順当にいけば、カープのルーキー、野村祐輔との投げ合いになる。1学年下とはいえ、東京六大学では早稲田大と明治大のエースとして凌ぎを削った間柄。アイツには負けられない──野村というのは、斎藤がハッキリそう口にできる、数少ない存在だ。
向かい風を、追い風に変えられる。
新たな刺激を、成長の種にできる。
そんな斎藤佑樹だからこそ、まだまだ余白があり余っている気がしてならないのだ。(スポルディーバ Web)