2年越しの夢を叶えてメジャーリーガーとなった岩隈だが、登板機会に恵まれていない
15日(現地時間)の試合前のこと。狭いボストンのビジタークラブハウスのソファーで横になりながらテレビを見ていたシアトル・マリナーズのブレンダン・ライアンが、突如として起き上がり、慌ててスニーカーを履くと、「テレビを見ておけよ」と言い残して、脱兎(だっと)のごとくクラブハウスから消えた。
テレビに目を向ければ、フェンウェイ・パーク内で立ちリポートが行なわれている。隣りのソファーに座っていたブレーク・ビーバンが言った。
「おそらくライアンは、あのレポーターの後ろで何かをやるつもりなんだろう」
確かに実現したら面白かったが、問題があった。リポートは、録画だったのである。
やがて、戻ってきたライアンは言った。「おい、もうリポートは終わっちゃったのか? 誰もいないぞ」。
周りにいた選手らはその時、腹を抱えた。
今のチームには欠かせない存在と言える。彼がいなかったら今頃、連敗を重ねるチームは、いっそう暗い雰囲気になっていたに違いない。彼は意識して道化を演じているわけではないが、天然のキャラクターがチームに癒やしをもたらしている。
■ロングマンの役割を果たすも増えない登板機会
存在感の意味合いはちょっと違うが、今の岩隈久志にとっては、イチローと川崎宗則が同じチームにいることが救いになっているのではないかと想像する。
彼の置かれた状況を考えたら、1人で乗り切れているかどうか。時間があれば、イチロー、川崎らが声を掛け、ときに気の置けない時間を過ごすことで気持ちを切り替えているように映る。
今、それほどまで彼の登板機会が少ないのだ。
開幕から40試合(5月17日現在)が経過したが、岩隈の登板はわずか4試合。内容は以下に記す通りである。
4月20日 対ホワイトソックス 4回1安打1失点
4月28日 対ブルージェイズ 1回3安打4失点
5月7日 対タイガース 3回3安打1失点
5月16日 対インディアンズ 4回3安打1失点
ロングマンという、先発が早い回で崩れた時、あるいはアクシデントがあった時にマウンドに上がるのが役割である以上、どの投手よりも展開に登板が左右されるのは理解できるが、それでもなかなか名前が呼ばれない。
彼の登板が多いようでは、先発投手陣が崩壊しているということなので、見方を変えれば、先発が安定しているということなのだろうが、実際は先発が序盤で4~5点を取られながらも中盤まで持ちこたえるケースが多く、5回を越えればほぼ岩隈の登板はないので、こういう形になっていると言える。
突発的な起用が多いにも関わらず、内容が悪いわけではない。ブルージェイズ戦を除けば、結果も出している。持ち味である緩急とコーナーを使ったピッチングは、若い投手のお手本となりそうだ。
「いろんなことを知っていく意味では、ブルペンでも勉強できる」と岩隈。現状を前向きに捉え、できることに集中している
■見えてこないウェッジ監督の方針
ならば、もう少し違う使われ方をされてもおかしくないが、そこに関して、エリック・ウェッジ監督の方針が見えてこない。
先日も、7日の試合で右肘に打球を受け、途中降板したビーバンの代わりとして岩隈を13日のヤンキース戦に先発させることを示唆していたが、最終的にはケビン・ミルウッドの先発を前倒しして穴を埋めた。
そういえば、8日の監督会見が不可解だった。
米国人記者が「13日は誰を先発にさせるんだ」と聞くと、ウェッジ監督は急に不機嫌になって「重要なことじゃない」と、口を尖らせたのである。
あれはどういうことだったのか?
いずれにしても理解に苦しむ岩隈の現状についてジャック・ズレンシックゼネラルマネージャーに聞けば、彼もまた「岩隈を必要とするときはきっと来る」と、曖昧にしか答えなかった。
考え方を変え、岩隈がリリーフに不慣れだと考えているなら、マイナーから誰かロングマンを昇格させ、岩隈をマイナーで先発させながら、調整させる選択肢はないのか――とも聞いたが、「その考えはない」と明言している。
その裏には契約上“マイナーに落とせない”という縛りがあるのかどうかも確認したものの、答えは「NO」だった。
「そういう条項はないと理解している」
なかなか腹を割らないが、考えてみれば今、起用が読めないのは岩隈だけではなく、クローザーのブランドン・リーグ以外のリリーフ投手全員が役割を把握せず、ウェッジ監督のパニック的な起用に振り回されている。
スティーブ・ディレイバー、トム・ウィリヘルムセンなど、負けゲームでも勝ちゲームでもマウンドに上がり、明らかに登板過多。果たして後半まで持つかどうか……。
■「岩隈の使い方」こそ監督の選手起用、采配の混乱の象徴
もっとも采配の疑問を挙げ始めたら最近はきりがなく、先日のタイガース戦でも、2点を追う9回、無死一、二塁でダスティン・アックリーにバントを命じ、失敗して三振に終わると反撃の勢いがしぼんだが、それについてはシアトル・タイムズ紙のラリー・ストーン記者が、「チームの将来を背負う選手に、なぜバントなど命じたのか? 自分だったらあんなサインは出さない」と明確に批判している。
こうして見ると、岩隈の使い方というのは、ウェッジ監督の選手起用、采配の混乱の象徴のような一面が伺え、そんな指摘が地元メディアから出始めている。
例えば、「U.S.S. Mariner」というブログがあり、ここはデータを交えながら、的確にマリナーズの現状を分析することで知られ、地元紙以上に影響力があるが、彼らはもう「ビーバンと岩隈の役割を変えるべきだ」とはっきり書いている。
彼らに言わせれば、ウェッジ監督は選手の役割を見極める力に欠けるそうで、「あまり意味を持たないキャンプの成績を重視しすぎ」と主張。先のアックリーのバントについては「愚かの極み」と切り捨てていた。
こんな混乱した状況では、岩隈の役割もしばらくはこのままかもしれないが、彼に「今の自分が何を試されていると思うか?」と聞けば、「我慢の時期なんじゃないでしょうか」と、自分に言い聞かせるように言った。
その間はできることに集中する。
「いろんなことを知っていく意味では、ブルペンでも勉強できる。あとは気持ち的にはいつでもいける用意をするだけ」
耐えるしかない現状。岩隈のメジャー1年目は、かくも不透明な中で2カ月を終えようとしている。(スポーツナビ)