リモートワークに潜む伏兵

2021年02月27日 19時24分00秒 | Weblog
コロナ禍で私もリモートワークをすることが多い一年だった。
今までならあちこち遠方へ出張して研修や講習を行うという業務は、
コロナ禍に入ってからは全て自宅よりオンラインで実施していた。
そしてそういった形態は今も続いている。

いろんな場所へ赴いて行う仕事は、
ついでに観光したり、
ついでに地域の近辺に住む友人に会ったり、
ついでに息子のところへ寄ったり、
ついでに実家へ寄ったり、
と、楽しみも多かった。
(こう書き出すと、ついでなのはむしろ仕事の方なのではという気もする)

本当は2020年度は沖縄での仕事も予定されていたので、
それがキャンセルになってしまったことは実に残念だった。
あれもしよう、これもしようと画策していたのに。
(ほんま、「ついでなのは仕事の方」感が否めない。笑)
これまでも、沖縄へ行けそうだったのに行けなくなったり、
行ったものの体調を崩して観光を十分に楽しめなかったり、と、
どうも沖縄との相性が悪い私。
夫には、
「アンタは『沖縄と縁が無いんちゅ』やなあ!!」
と「海んちゅ」とか「やまとんちゅ」を模した無理くりなカテゴライズを
されてしまった。

「沖縄と縁が無いんちゅ」で話が大きく逸れてしまったので戻す。
で、出張仕事がなくなって、家のピアノ部屋から受講者さんに向けて
ずっと発信しているのだが、これはこれで良い面もある。
.
なんたって、早起きして出掛けていかなくていい(率直すぎる感想)。
なんだったら、開始5分前くらいまでお皿洗ったり、掃除機をかけていてもいいのだ。
(気持ちの準備をしなさいよ…)
また、今までなら遠方の場合は、午後の通常レッスンまでに帰宅できないので
どうしてもオフにできない生徒さん(コンクール前など)は
別日に振り替えたりなどということもよくあった。
それが午前中に自宅よりオンライン仕事、午後はレッスンをというダブルヘッダーも可能となった。

とは言え、悩ましい問題もあった。
うちの猫、特にはなの方。
トムは母屋の方で暮らしているが、はなはそのピアノ部屋のある離れで暮らしている。
(トムとはなの折り合いが悪いので家庭内別居させてる)
で、はなは昼間は外の畑や築山で遊んでいて
お腹が減ったり昼寝したくなったら帰ってくる。

この帰ってくるタイミングが厄介なのです。
「アンタ、絶対に狙ってるよね?わかってやってるよね?」というほど
絶妙なタイミングで戸や窓から
「にゃ〜〜〜〜」「にゃ〜〜〜〜」
と大声で鳴き、その声がオンライン講習で丸聞こえになるのです。
うまいこと鳴き声をあまりあげさせることなくそっと中に入れることができたとしても、
尻尾をぴーんと垂直に立てて優雅にゆったりと歩いて
画面を何度もフレームイン&フレームアウトしたり、
画の隅っこでベロベロと身体中グルーミングなどして
己の存在をアピールするのである。

さて、先日の某講習でのこと。
うまい具合に、その日は天気も穏やかだったおかげかはなは講習中に一度も戻って来ず、
あとは質疑応答をおこなったら講習終了というところまでこぎつけていた。

ある方からの質問を受けているとガサゴソを外から音がしてきた。
も…もしや…
「にゃ〜〜〜〜」「にゃ〜〜〜〜」
頼むッ、あと少しで終わるからッ、そしたら中へ入れてあげるからッ

脇汗びっしょりになりつつそう祈る私の気持ちを知ってか知らずか、
はなの鳴き声はますますトーンが高くなり、
「にゃああああああああおおおおおおおううううううう」
と、もうどう誤魔化しても無理なほどの音量になってきた。
すると!
質疑応答コーナーで発言していた方の後ろから
「ワンワンワンッ!!!ワンワンワンワンワンワンッ!!!」
とこれまたもうどう誤魔化しても無理な音量で犬の鳴き声がし始めたのだ!

きっと猫と犬の声がオンラインを通して呼応し合ったのだろう、
質疑応答コーナーは犬猫の鳴き声の応酬でカオスとなった。
質問者さんと私は顔を引きつらせつつ、なんとかコーナーを終了。
えっと…私、どんな質問にどんなふうに答えていたっけ…
って言うかちゃんと答えだんだっけ…

もういっそのこと講習のご案内のところに
「猫同伴です」
と最初から堂々と告知しておく方がスッキリするのかしらん…
などと、今後もまだまだ続くであろうリモートワークに頭を悩ませるあさひさんなのでした。
コメント (2)
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祖母の置き土産

2021年02月24日 20時54分00秒 | Weblog
ブログ再開とか言いながら、またもや更新せずにそのままズルズルと日が過ぎていました。

コロナ禍で世界の有り様が一変してしまってから、もう1年が経ちます。
みんな、本当によく頑張ってここまでやってきたよね…

真夏のマスク着用なんて
「これは一体どういう罰ゲームなのか…?」
と、毎日怒りを覚えるほどでしたが、
今では「新しい生活様式」とやらにもすっかり慣れてしまい、
マスク無しで外出するのはなんだかパンツを履かずに出歩くような気にすらなります(大袈裟)。

さて、そのマスク。
今でこそ不織布マスクが十分に供給されていますが、コロナ禍初期の頃は本当に品薄でしたね。
私などは、はなから不織布マスクは諦めてもっぱら布マスクを愛用していました。
今でも、さほど三密でない場所であれば布マスクです。

同僚や生徒さんのお母さんなどに手の器用な方がたくさんいらして、
おしゃれなマスクを次々といただきました。
また、さまざまな可愛いマスクもあちこちの店頭に並び始め、
それらを買い求めた私はちょっとした「マスク持ち」としてひと財産(?)成していました。

さて、昨年の夏、コロナ第2波が訪れる少し前に実家へ行きました。
私は母に
「おばあちゃんが生きてたら、きっと大量にマスクを作ってあちこちに配り歩いてたやろなー」
と言いました。
と言うのも、私の祖母はたいそう手先が器用で、なんでもミシンや手縫いで縫い上げてしまって
いたからです。

みんなの、エプロン、カバン、巾着袋、ワンピース、ブラウス、帽子なども作っていました。
私が夫の両親に初めて会いに行くときのワンピースも祖母が縫ってくれて、
たいそう気に入ってその後も何度も着たものです。

ですから、この可愛い布マスクブーム、絶対祖母なら乗っからないはずはない、と思い、
先ほどのようなことを母に言ったのです。

すると母は
「おばあちゃん、デイサービスへ行き始めてから、
 自分でおしゃれなマスク作ってそれをつけて行ってはったで」
と言うではありませんか!

さすがおばあちゃん、手作りおしゃれ布マスクがこんなに市民権を得る前から既に
そのようにして自分のお洒落を楽しんでいたとは…!!
自分の祖母ながら、あらためてその慧眼さと行動力に感動を覚えました。

そして母は続けてこう言いました。
「今も何枚か残ってるから、欲しかったら持って帰り」

!!!!!

ひゃー!!実物が残っているですと!?

私は母を急かし、タンスの小引き出しからその祖母お手製の布マスクを出してもらいました。
それがこちら。






ベージュ地に小さな水玉模様のとても洒落たマスクです。
しかもちゃんと立体になっている。
なかなかのクオリティです。

聞けば、市販の不織布マスクを分解して調べて型紙から自分で作っていたのだとか。
今でこそ手作りマスクの型紙はネットに上がっていたり本屋さんに売っています。
また作り方もYouTubeで丁寧に教えてくれています。

それらを全部、当時90歳近い祖母がやっていたのかと思うと胸熱ですわ。
まあ、もちろん、祖母、というか祖母の世代の方々からしてみたらそれが当たり前なのでしょうけれど。

同じ柄のものが何枚もあり、私は3枚もらってきて、一枚は義母に、一枚はピアノの師匠に差し上げました。
いろんな人に手作り品をプレゼントすることが好きだった祖母は私が独り占めするよりも
きっと喜んでくれると思ったので。

義母も師匠もたいそう喜んで、毎日のマスクのワードローブの一軍選手となりました。
もちろん私も。

マスクが要らない生活になるのはまだ数年先と言われています。
でももう必須じゃないよ、と言われる時が来ても、コロナ禍以前よりマスクを普通に着用しそうです。
そんな時に、できるだけ長くこのマスクを使い続けられるよう、
丁寧にお手入れして祖母を近くに感じていたいな、と思います。




コメント (2)
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