迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

ニッポン徘徊──亂るる戀、愛しき地蔵尊

2024-03-28 17:40:00 | 浮世見聞記




“河原左大臣”源融の古跡──文知摺石(もぢずりいし)を一見せんと、奥州は文知摺觀音を訪ねばやと、存じ候。

古へより塔や石碑が多く奉納された境内に、一際目を引く苔むした大きな石塊が、件の文知摺石なり。



源融と相思相愛となった當地の長者の娘が、融の帰京後は音沙汰も無く想ひ患ってゐると、件の石に戀しき男の姿が映って見えたことから、またの名を「鏡石」となむ云ひける。

その後すぐに娘のもとへ届いた源融からの戀歌が、小倉百人一首にも詠まれてゐる、

『陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 亂れそめにし われならなくに』
──私の心がこれほど亂れてしまったのは、あなたのせいですよ



その歌碑は文知摺觀音堂のそばにあり。


(※文知摺觀音堂)

觀音堂の後方に建つ長身の石造は「足止め地蔵尊」、



この地蔵の足のあたりを縛っておけば家出人が帰って来るとの御利益から派生して、足を守るお地蔵様として古くから信仰云々、私にとっては自らの足が重要な移動手段ゆゑ、地蔵尊の足を撫で、我が足の健康と加護を祈願せり。

そしてなにより、姿態がやや右に傾ひだ地蔵尊の、唇の厚ぼったい素朴な表情に深い親しみを覺えて、



予定時間のギリギリまで佇み拝したことが、文知摺觀音参詣いちばんの記念なり。




さて、福島驛から再び東北本線を乗り繼ぎ、


伊達家六十二萬石──仙臺へ向かはばやと、存じ候。











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