スッキリしましたよ。
生田杏子さんからようやく解放されて。
正直なところ、かなり参ってましたからね、杏子さんのセンパイ気取りには。
…でも、今こうして思い返しても、色んな意味で哀れなヒトだったなぁ、って思います。
今頃、地方回りをしながら、また新たな“身代わり”でも探しているのかなぁ…。
はい?中一の時にアレを、って…?
あ、ああ、ははは、そんなのデタラメですよ。
ただ、当時クラスに、ホントにそういうコがいたんで、そこから思い付いて出任せを言ったまで…、って言うか、何でそんなところに反応してんですか!
はい?…あのですねぇ、そんなの、いくつの時だろうがいいじゃないですか。
セクハラですよ。
そうです、ヒミツです。
そんな、読者のユメをブチ壊すようなこと、言いたくないです。
これじゃまるで、フーゾク誌の取材みたいじゃないでか、もう…。
そうですか?そういう冗談は止めて下さいね。
知りませんよ、読者数が減っても…、って言うか、逆に増えたりしてね…、ははは、ゴメンナサイ。冗談、です!
では…。
いやいや、それがまだ、「メデタシ、メデタシ」にはならないんです。
このあともう一人、面倒臭い人がわたしの前に現れるんです。
例の、飛鳥琴音さんです。
…もっとも、このエピソードは内容が内容なんで、すっ飛ばしてもいいんですけど、でもそうすると、生田杏子さんが片手落ちになってしまうんで…、でもサラッと書いてくださいよ。
要するにですね、劇団ASUKAの“花形”さんは、異性を愛せない人だったんです。
そこへ生田杏子さんが、高島陽也と云う男名前の、女優経験など皆無に等しい当時十九歳のタマゴちゃんを連れて来た。
わすが一歳違いの琴音さんのハートは、ドキドキ鳴る…。
一方、そんなことなど知らないタマゴちゃんは、彼女の視線を“監視”と思って…。
杏子さんと琴音さんとは、もともと仲が良くないところへわたしが連れ込まれて、しかも琴音さんの本性を知っている杏子さんは、わざとわたしを傍から離そうとしないものだから、琴音さんはイラつくやら嫉妬するやら…。
もうグチャグチャですよ。
ところが琴音さん、オバサンが志波姫文化会館の楽屋でタマゴちゃんにみっともない形でフられたことをキャッチ…。
これはチャンスだわ…!ってなわけで…。
わたしは杏子さんを振り棄てると、地下の楽屋風呂へ行きました。
もう、あらゆるものを洗い流したくって…。
楽屋風呂と言っても、ホテルの大浴場並みに広くて、すっげ~って感じでした。
女湯にはわたし以外誰もいなかったので、広々とした湯船に目一杯体を伸ばして浸かっていると、湯気の向こうに人影が見えたので、わたしは「やだ、誰だろう」と、慌てて縮こまりました。
「はるやちゃん、お疲れさん」
それは、琴音さんの声でした。
……。
仕切り戸の動く音が聞こえなかったし、いつの間に入て来たんだろうと思っていると、琴音さんは湯に片足を入れて、「わ、ちょっと熱っ…!」と足を引っ込めてから、ゆっくりと肩まで入って、わたしの傍に来ました。
うわぁ…。
わたしのなかで、かなり気まずい空気が流れました。
出来ることなら、「お疲れ様です」と、さっさと上がってしまいたく思いました。
でも琴音さんの方は、昨日のことも、さっきのことも、すっかり忘れたかのように、やけに優しげな微笑みを浮かべて、
「今日はゴメンね、迷惑かけちゃって…」
「あ、いや…」
わたしを見る目が初めて笑っていたので、わたしは却って怖くなりました。
なんかウラがありそう…。
お湯に浸かっているハズなのに、背中にゾクゾクっとくるものがあって…。
ここから抜け出せないまでも、せめてもう少し、この花形サンから離れたいと思っていると、まるでそんな心中を察したかのように、彼女はさり気ない感じでわたしの方へ寄って来ました。
「今日の舞台さ、はるやちゃん、なかなかイイ感じだったよ」
「ああ、どうも…」
何だか今度は、わたしが琴音さんの心中を探るような目つきになりそうで、わたしはなるべく彼女の方へ顔を向けないようにしなくてはなりませんでした。
「やっぱさ、はるやちゃんって踊り上手いね」
「ありがとうございます…」
「習ってた?」
「はい、ちょっとだけ…」
「そっか。やっぱりね…」
さぁ、どのタイミングで立とうかしら…。
「でもさぁ、はるやちゃんって踊ってる時、いつも表情が無いじゃない。今度の座敷踊りの場面でもそうだったし、舞踊ショーでもさ。アレって、絶対に損だよ」
「はぁ…」
「もしかしたら日舞のセンセイからそう教わったのかもしんないけどさ、古典舞踊の人たちのアノしかめっ面して踊ってんのって、見てるこっちとしては、やっていて楽しいのかしら、って思っちゃうのよね。なんかキライ、ああいうの。なんであんな澄ましたカオして踊るんだろ?」
「……」
ここの劇団の人達は舞踊ショーの時、なぜか作り笑いを浮かべて踊るクセがあって―どうも大衆演劇って、そういうものらしいんですけど…―、
「表情は顔ではなくて、踊りで見せるものですよ」
と日舞の先生から教わっているわたしには、その媚びたような表情がイヤらしいし気持ち悪いしで、どうしても好きになれなくて、自分が踊る時は最後まで、それだけは絶対にマネしませんでした。
「ま、いきなりスマイルで、なんて言ったってムズカシイだろうからさ、徐々に慣れていこうね」
ヤです。
お客にイヤらしい媚び笑いを浮かべ、基礎も何も無い見てくれ本位の紛いモノを見せて、その場限りの拍手とオヒネリを貰うことに腐心しているあなた達のようなんか、誰がなるもんか。
おどりから表情も読み取れない、そんなうわべしか見られない人に、古典のことをとやかく言ってほしくないわ。
「やっぱりさ、どうせ踊るなら、楽しくやんなくちゃ。そうでないと、お客を楽しませられないよ。あんな無表情はただエラそうに見えるだけだし、第一、お客をつまらなくさせるだけだって」
お客さんを楽しませるには、基礎を踏まえた“本物”を、本式に則った形で見せること。“いいもの”はそこから生まれるんです。
それが、お客さんに楽しんで貰うための基本です。
相手の顔色を窺いながらコロコロ芝居を変える、そんな節操も理念も無いやり方に“命”を“懸け”ているあなたやあなた達に、解り得ることじゃない…。
それにしてもこの人、どうも本流の古典に対して、反感を抱いているみたいだけど…。
ああ。
そっか…。
“コンプレックス”か…。
中央(ピン)から外れて旅芝居堕ちしたもんだから…。
僻んだところで、そこからは何も生まれないのよ、飛鳥琴音さん…!
大したキャラじゃない、この人…。
向こうもハダカだから、ってこともないんでしょうけど、この時ようやく、飛鳥琴音と云う人の衣を纏わないナマの姿がチラッと見えたかな、と思っていると、
「はるやちゃんは顔が可愛いんだからさ、ね…」
と、琴音さんは湯のなかから手を出して、わたしの頬から顎にかけてを、さッと撫でました。
わたしがビクッとして思わず身を引くと、琴音さんはクスッと笑いながら更にこちらへ寄って来て、
「なにビビってんの、はるや」
突然に呼び捨て。
しかも少し鼻声になってるし…。
「ちょっとだけ、スマイルの稽古しよっか」
今度は両手でわたしの頬を触ろうとしたので、「いいです…」とその手を退けようとして、
「わ、はるやって、指キレイ」
と指を絡ませてきて…。
「琴音さん、やめてください…」
まさか、まだ酔っ払ってんのかしら、このアル中予備軍は…。
「いや?」
「はい…」
「これがあのオバンだったら?」
「え?」
「生田杏子だったら、どうなの?」
「何を言ってるんですか!?」
そんなキモチ悪い!
すると琴音さんはあははは、と天井を仰いで、
「そう云えばはるや、ようやくあのオバンをブッた斬ったわね」
「はい…?」
「はるやエラいよ、ああやってビシッと言ってやるなんて」
「あ、あぁ…」
楽屋での一部始終を、どうやら物陰で聞いていたようです。
「ああ云うKYはさ、はっきり“ウザイ”って言ってやんのがイチバンいいんだよ。ね、はるや」
琴音はわたしの名前を、やけ気持ちをこめた声で言いました。
「ウチの劇団は若い人がメインなんだから、オバンは黙って言われたことだけやって、あとは大人しくジッとしてりゃいのにさ、何も分からないくせにいちいちわたしたちの会話とかに口はさんできて、そんでピントのズレたこと言ってシラケさせてさ、そのくせ本人はそのことにぜーんぜん気付いてないんだもん、マジでウザイ…」
まぁ、それは否定しませんけど…。
「これであのオバンも、しばらくは静かだわ。…それよりもさぁ」
声はますます甘い調子になって…。
「飛鳥の名前のことなんだけど…」
わたしにとっては、殆ど忘れかけていた話題でした。
「…あのオバンがいくら口きいたって、絶対にムリ。わたしがぜーんぶ握りつぶすから。でもね、わたしとしても、はるやには飛鳥を名乗らせたいと思ってんのよ。…そしたらさ、ずーっとはるやと一緒にいられるわけじゃん…」
琴音さんは絡ませた指をこう…、わたしの手の感触を確かめるようにキュッと握って…。
これはキケン信号。
特にトロンとした目つきなんか…。
わたしがさらにスッと身を引こうとすると、
「逃がさない、はるや」
と、手を握ったまま無理にわたしを引き寄せて、
「あんなオバンなんかにはるやを渡すもんか…」
「……!」
琴音さんの腕がわたしの肩にまわると、わたしは湯しぶき上げて彼女の豊満な胸元に抱き寄せられ、視界が急に暗くなるのと同時に、唇に、熱くて柔らかいものが押し付けられたのを感じました。
〈続〉
生田杏子さんからようやく解放されて。
正直なところ、かなり参ってましたからね、杏子さんのセンパイ気取りには。
…でも、今こうして思い返しても、色んな意味で哀れなヒトだったなぁ、って思います。
今頃、地方回りをしながら、また新たな“身代わり”でも探しているのかなぁ…。
はい?中一の時にアレを、って…?
あ、ああ、ははは、そんなのデタラメですよ。
ただ、当時クラスに、ホントにそういうコがいたんで、そこから思い付いて出任せを言ったまで…、って言うか、何でそんなところに反応してんですか!
はい?…あのですねぇ、そんなの、いくつの時だろうがいいじゃないですか。
セクハラですよ。
そうです、ヒミツです。
そんな、読者のユメをブチ壊すようなこと、言いたくないです。
これじゃまるで、フーゾク誌の取材みたいじゃないでか、もう…。
そうですか?そういう冗談は止めて下さいね。
知りませんよ、読者数が減っても…、って言うか、逆に増えたりしてね…、ははは、ゴメンナサイ。冗談、です!
では…。
いやいや、それがまだ、「メデタシ、メデタシ」にはならないんです。
このあともう一人、面倒臭い人がわたしの前に現れるんです。
例の、飛鳥琴音さんです。
…もっとも、このエピソードは内容が内容なんで、すっ飛ばしてもいいんですけど、でもそうすると、生田杏子さんが片手落ちになってしまうんで…、でもサラッと書いてくださいよ。
要するにですね、劇団ASUKAの“花形”さんは、異性を愛せない人だったんです。
そこへ生田杏子さんが、高島陽也と云う男名前の、女優経験など皆無に等しい当時十九歳のタマゴちゃんを連れて来た。
わすが一歳違いの琴音さんのハートは、ドキドキ鳴る…。
一方、そんなことなど知らないタマゴちゃんは、彼女の視線を“監視”と思って…。
杏子さんと琴音さんとは、もともと仲が良くないところへわたしが連れ込まれて、しかも琴音さんの本性を知っている杏子さんは、わざとわたしを傍から離そうとしないものだから、琴音さんはイラつくやら嫉妬するやら…。
もうグチャグチャですよ。
ところが琴音さん、オバサンが志波姫文化会館の楽屋でタマゴちゃんにみっともない形でフられたことをキャッチ…。
これはチャンスだわ…!ってなわけで…。
わたしは杏子さんを振り棄てると、地下の楽屋風呂へ行きました。
もう、あらゆるものを洗い流したくって…。
楽屋風呂と言っても、ホテルの大浴場並みに広くて、すっげ~って感じでした。
女湯にはわたし以外誰もいなかったので、広々とした湯船に目一杯体を伸ばして浸かっていると、湯気の向こうに人影が見えたので、わたしは「やだ、誰だろう」と、慌てて縮こまりました。
「はるやちゃん、お疲れさん」
それは、琴音さんの声でした。
……。
仕切り戸の動く音が聞こえなかったし、いつの間に入て来たんだろうと思っていると、琴音さんは湯に片足を入れて、「わ、ちょっと熱っ…!」と足を引っ込めてから、ゆっくりと肩まで入って、わたしの傍に来ました。
うわぁ…。
わたしのなかで、かなり気まずい空気が流れました。
出来ることなら、「お疲れ様です」と、さっさと上がってしまいたく思いました。
でも琴音さんの方は、昨日のことも、さっきのことも、すっかり忘れたかのように、やけに優しげな微笑みを浮かべて、
「今日はゴメンね、迷惑かけちゃって…」
「あ、いや…」
わたしを見る目が初めて笑っていたので、わたしは却って怖くなりました。
なんかウラがありそう…。
お湯に浸かっているハズなのに、背中にゾクゾクっとくるものがあって…。
ここから抜け出せないまでも、せめてもう少し、この花形サンから離れたいと思っていると、まるでそんな心中を察したかのように、彼女はさり気ない感じでわたしの方へ寄って来ました。
「今日の舞台さ、はるやちゃん、なかなかイイ感じだったよ」
「ああ、どうも…」
何だか今度は、わたしが琴音さんの心中を探るような目つきになりそうで、わたしはなるべく彼女の方へ顔を向けないようにしなくてはなりませんでした。
「やっぱさ、はるやちゃんって踊り上手いね」
「ありがとうございます…」
「習ってた?」
「はい、ちょっとだけ…」
「そっか。やっぱりね…」
さぁ、どのタイミングで立とうかしら…。
「でもさぁ、はるやちゃんって踊ってる時、いつも表情が無いじゃない。今度の座敷踊りの場面でもそうだったし、舞踊ショーでもさ。アレって、絶対に損だよ」
「はぁ…」
「もしかしたら日舞のセンセイからそう教わったのかもしんないけどさ、古典舞踊の人たちのアノしかめっ面して踊ってんのって、見てるこっちとしては、やっていて楽しいのかしら、って思っちゃうのよね。なんかキライ、ああいうの。なんであんな澄ましたカオして踊るんだろ?」
「……」
ここの劇団の人達は舞踊ショーの時、なぜか作り笑いを浮かべて踊るクセがあって―どうも大衆演劇って、そういうものらしいんですけど…―、
「表情は顔ではなくて、踊りで見せるものですよ」
と日舞の先生から教わっているわたしには、その媚びたような表情がイヤらしいし気持ち悪いしで、どうしても好きになれなくて、自分が踊る時は最後まで、それだけは絶対にマネしませんでした。
「ま、いきなりスマイルで、なんて言ったってムズカシイだろうからさ、徐々に慣れていこうね」
ヤです。
お客にイヤらしい媚び笑いを浮かべ、基礎も何も無い見てくれ本位の紛いモノを見せて、その場限りの拍手とオヒネリを貰うことに腐心しているあなた達のようなんか、誰がなるもんか。
おどりから表情も読み取れない、そんなうわべしか見られない人に、古典のことをとやかく言ってほしくないわ。
「やっぱりさ、どうせ踊るなら、楽しくやんなくちゃ。そうでないと、お客を楽しませられないよ。あんな無表情はただエラそうに見えるだけだし、第一、お客をつまらなくさせるだけだって」
お客さんを楽しませるには、基礎を踏まえた“本物”を、本式に則った形で見せること。“いいもの”はそこから生まれるんです。
それが、お客さんに楽しんで貰うための基本です。
相手の顔色を窺いながらコロコロ芝居を変える、そんな節操も理念も無いやり方に“命”を“懸け”ているあなたやあなた達に、解り得ることじゃない…。
それにしてもこの人、どうも本流の古典に対して、反感を抱いているみたいだけど…。
ああ。
そっか…。
“コンプレックス”か…。
中央(ピン)から外れて旅芝居堕ちしたもんだから…。
僻んだところで、そこからは何も生まれないのよ、飛鳥琴音さん…!
大したキャラじゃない、この人…。
向こうもハダカだから、ってこともないんでしょうけど、この時ようやく、飛鳥琴音と云う人の衣を纏わないナマの姿がチラッと見えたかな、と思っていると、
「はるやちゃんは顔が可愛いんだからさ、ね…」
と、琴音さんは湯のなかから手を出して、わたしの頬から顎にかけてを、さッと撫でました。
わたしがビクッとして思わず身を引くと、琴音さんはクスッと笑いながら更にこちらへ寄って来て、
「なにビビってんの、はるや」
突然に呼び捨て。
しかも少し鼻声になってるし…。
「ちょっとだけ、スマイルの稽古しよっか」
今度は両手でわたしの頬を触ろうとしたので、「いいです…」とその手を退けようとして、
「わ、はるやって、指キレイ」
と指を絡ませてきて…。
「琴音さん、やめてください…」
まさか、まだ酔っ払ってんのかしら、このアル中予備軍は…。
「いや?」
「はい…」
「これがあのオバンだったら?」
「え?」
「生田杏子だったら、どうなの?」
「何を言ってるんですか!?」
そんなキモチ悪い!
すると琴音さんはあははは、と天井を仰いで、
「そう云えばはるや、ようやくあのオバンをブッた斬ったわね」
「はい…?」
「はるやエラいよ、ああやってビシッと言ってやるなんて」
「あ、あぁ…」
楽屋での一部始終を、どうやら物陰で聞いていたようです。
「ああ云うKYはさ、はっきり“ウザイ”って言ってやんのがイチバンいいんだよ。ね、はるや」
琴音はわたしの名前を、やけ気持ちをこめた声で言いました。
「ウチの劇団は若い人がメインなんだから、オバンは黙って言われたことだけやって、あとは大人しくジッとしてりゃいのにさ、何も分からないくせにいちいちわたしたちの会話とかに口はさんできて、そんでピントのズレたこと言ってシラケさせてさ、そのくせ本人はそのことにぜーんぜん気付いてないんだもん、マジでウザイ…」
まぁ、それは否定しませんけど…。
「これであのオバンも、しばらくは静かだわ。…それよりもさぁ」
声はますます甘い調子になって…。
「飛鳥の名前のことなんだけど…」
わたしにとっては、殆ど忘れかけていた話題でした。
「…あのオバンがいくら口きいたって、絶対にムリ。わたしがぜーんぶ握りつぶすから。でもね、わたしとしても、はるやには飛鳥を名乗らせたいと思ってんのよ。…そしたらさ、ずーっとはるやと一緒にいられるわけじゃん…」
琴音さんは絡ませた指をこう…、わたしの手の感触を確かめるようにキュッと握って…。
これはキケン信号。
特にトロンとした目つきなんか…。
わたしがさらにスッと身を引こうとすると、
「逃がさない、はるや」
と、手を握ったまま無理にわたしを引き寄せて、
「あんなオバンなんかにはるやを渡すもんか…」
「……!」
琴音さんの腕がわたしの肩にまわると、わたしは湯しぶき上げて彼女の豊満な胸元に抱き寄せられ、視界が急に暗くなるのと同時に、唇に、熱くて柔らかいものが押し付けられたのを感じました。
〈続〉