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安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

不動坊 (後)

2006年05月23日 | 落語
噺家: (上手へ) こんばんは
徳: おッ、おゥ来た来た。こっちへ上がってくれ
噺家: どうもありがとうござい、へえ。ェェお座敷はこちらで
徳: いやァ、お座敷てえ程のもんじゃァねえんだがね、まァこっちへ来てくれ。実ァねェ、ま、大して銭は出ねえけれども、ひとつ頼みてえんだけどね。ま、幽霊をやってもらいてんで
噺家: おゥ、左様(サヨ)でございますか、へい、怪談噺を・・・・
徳: 怪談噺じゃねえんだ、おまえさんがひとつ幽霊になってもらいてえだがね
噺家: おゥ、あたしが? 左様ですか、へえ、よろしゅうございます。え、こちらでやるんで・・・・?
徳: いや、ここでやるんじゃねえ、ほかへ行ってひとつね、やってもらいてんだ
噺家: あゝあゝ、ェェほか様でやるんですか、へえへ、よろしゅうございます。どういうことになっておりますんで
徳: つまりな、長屋の引窓から出てもらいてんだ
噺家: 科白(セリフ)はどんなことで・・・・
徳: 科白ってほどのもんじゃねえが、『不動坊火焔の幽霊だ、四十九日も過ぎぬのに嫁入りするとァうらめしい』かなんか言ってくれりゃァいいんだ
噺家: あゝ、さいですか
徳: それで、いろいろまァ、道具やなんかも要るだろうが、おれァよく判らねんだがね、ェェどういうことにしたらいいんだい、まァ、幽霊が出るまでにァ、いろんな道具なども要るだろうけども・・・・
噺家: へえ、左様でございますなァ、まず、なんです、幽霊が出ますのには焼酎火なんてえものが要りますな
徳: あゝあゝ、そうですか、焼酎火なァ、よくやってらァ、あのごま竹に先へぼろっきれくっつけて、あれだね?
あゝ、じゃァあれ、用意すりゃいいや、それからほかになんかあるかい
噺家: ェェどういうところへ出ます?
徳: どういうところっておめえ、引窓から ずっと (両手を前で七三に垂らして見せ) ぶら下がろうってんだからね
噺家: あ、引窓からぶら下がって出る? あァ(と、ちょっと考え) そうしますてえと、こう吊るすものがなくちゃいけませんからなァ、あァ細紐じゃァ痛うござんすから何か、こう・・・・きれのようなものが・・・・
徳: 白木(シロキ)の三尺がある・・・・
噺家: あゝ結構です。じゃそれでこう、ぶらさげて頂くようなことにしまして、へえ。ェェそれからあアた、鳴り物が要りますな
徳: 鳴り物?
噺家: へえへえ、ェェ薄どろてえやつでもって、どろどろどろ・・・って出ませんてえと、幽霊が引き立ちませんから
徳: あゝ、太鼓だね? うん・・・・おゥおゥ、万さん、おめえは、なんじゃねえか、広目屋の手伝いにでるんだからおめえ、なんだ、あの太鼓借りてきてもらいてえな。えゝ? いいな? うん。そいじゃァひとつ頼むぜ。
そいからな、あの、借りて来るついでにな、そこにほら、壜があるだろ。小壜があらあ、あゝ。そン中にな、アルコールをひとつ買って来てくンねえか。こぼれねえようにしっかり栓をしておかなけりゃだめだぜ。で、こっちへもう来なくっていいよ。じかに吉公ンとこへ行っとくれ。おれたちはもう先へ行ってるからな。いいね?うん、そいじゃひとつ頼むよ。あゝ(下手へ見送って、また噺家の方へ向き直って) そいでもういいかい?あとは、いらないかい、道具は・・・・?
噺家: それからそうですなァ、あとは、幽霊の衣装はありますか?
徳: 幽霊の衣装? さァあんなものはある訳がねえや
噺家: あ、そうですか。よろしゅうございます。じゃァあたしが一旦家へ引っ返しまして、えゝ、衣装を持ってまたあがりますから
徳: おゝ、そうかい。そうしてもらえば助かるんだ。いやよろしく頼むよ。あゝ、どうもご苦労さま・・・・

徳: いやァ、すっかり、揃ったね。じゃ、むこうはね、ちゃんと、梯子でもなんでもちゃんとしてあるんだ。いえもう丁度ね、大家の夫婦は帰えっちまてね。やつ、寝るあかりだ。もう寝ようてえとこだから、今行くと丁度いいんだ。幽霊は丑満時なんてえことを言うが、それじゃァどうにも間に合わねえから、これから直ぐ出掛けるから・・・
じゃ、行こうじゃねえか・・・・(と、目的地へ来たこころ) うん、梯子、梯子。(と声をひそめて) いいかい?
そこへかけろ、いいな? じゃ、おれが先ィ上がるから、下を抑えてくれよ。ね・・・・(と、両手を前に突き、屋根の上へ上がったこころで低目をのぞきながら) さ、上がったよ、さ、さ、抑えてっから (と、梯子の先端を両手で支えて) 幽霊先ィ上げてくれ。え? ・・・・気をつけてな、落ちると危ねえから・・・・えゝ? 落っこておめえ幽霊が目ェ回したなんてのはいけねえかえあね。よし、こっち (と、右手で相手を支えて右わきに上げてやり、下のもう一人に) さァさ、上がってこい上がってこい。え? おい、鉄つァん早く上がンなよ。
お、よし (と、同じく) それから引窓の方へね、えェ・・・・っと、え、あいつが来なきゃしょうがねえな、えゝ?
万さんだよ。何をしてやがンだい。早く来るがいいじゃねえかなァ。え? (と、ちょっと下手低め遠くを見て)お、おゥ、来たよ来たよ。(と、よく見て) えゝ? なんだい、あの野郎、大変な格好してやって来たなァ。太鼓だけ持ってくりゃァいいんだよ、おめえ。広目屋の格好すっかりしてやって来やがったぜ、傘かついで来やがったぜ、おい・・・・(下手低目へ小声で) おい、万さん。何をしてやンだなァ、そんな格好して来なくたって太鼓だけ持って来りゃいいんだよ
万: (高目を見上げて) いえ、でもね、せっかく何だからね、すっかり支度して・・・・
徳: そんなの、支度して来ることァ・・・・なんでえ、背中にしょってやがら。えゝ? なんだい、おい (と、読み)『底抜け大安売り越後屋』 としてあるじゃねえか。呉服屋の宣伝かい、おい。おめえその、前へ太鼓くっつけちゃって、おめえ、どうして梯子上がるんだよ、えゝ? 『後ろ向きに上がります?』 おい、大丈夫かい、おい。じゃ、抑えてるからなァ、(と、梯子の先端を両手で持ち) 落ちねえようにしっかり上がって来いよ。(右手を出して後ろ向きの相手の脇の下に添えてやり) うん、う、よしよし、おい (と、右脇へ助け上げた態)
おゥ、よし、こっちィ来い・・・・さ、みんな揃ったぜ。さ、引窓、引窓・・引窓をそっとあけろ、音のしねえようにな。いいな? そゥッとあけるんだ。よ。お、こいでな、ずうっと風が入えってくだろ、な? なま暖かい風が、
すゥッと入えるってのが、これがおめえな、始まりだよ。それから、お、じゃ、おい、幽霊、支度してね
噺家: え、結わいて下さい。へえ、あの、結わき方が悪いと、前へころびますからね。なるべくこの、胸の方へ(と、自分の胸を指し、両脇の下を開けるように両肘をちょっと上げて) え、上の方へ、ええ、それで結構、ええ、え、よろしゅうござい・・・・へえへ
徳: そいじゃひとつはいってくれ
噺家: へいへい、その前(マイ)にひとつ焼酎火の方を焚いて頂きます。へ、そのあかりで足もとを見て降ります
徳: あゝ、そうそ、そうそ、焼酎火焼酎火、お、こま竹の、それ貸せ・・・・(と、棒を受け取ったこころで扇子を前へ置き) おゥ、万さん (と、下手へ) 買って来たかい? え? その壜を貸してくれ、え?こっち、こっち。(と、右手に取り) ずいぶん重てえな。(と、口をあけ) え、いっぺえ入えってンのか? おい、(右手でびんの栓を抜き、脇へ置いて、左手で下から取り上げた棒の先の綿にアルコールを振りかけるこころで、びんをかたむけ、ややあって、びんを置き、たもとからマッチを取り出したこころ、右手でシュッと擦ったのを左手でかこうようにして火をつけるが、つかないので、も一度すってもつかず、再びびんをとってアルコールを注ぐこころ。液体の出る様子がないので) ・・・・おかしいな、おい。出てこねえようだな、おい・・・・(と、右手でびんをすっかりさかさにして振り)おい、こりゃ逆さにしても出て来ねえじゃねえか
万: うん、うん、そりゃね、ちょいとぐらいやったって逆さにしたって出ないよ。箸かなんか入れてね、掻きださなきゃ駄目だろ
徳: おい、おめえ何言ってンだ、おい、何買って来たんだ、おい。え? なんだい、こりゃ?
万: だからさ、あんころだよ
徳: なにィ?
万: 餡ころ、あのね、隣町内へ行くとね、餡がいいんだよ。で、わざわざ隣町内まで行って買って来たんだ
徳: 餡ころ買って来た? おい、馬鹿だなァ、おい。おれは、アルコールっつったんだよ。餡ころ買って来てどうすンだよ
万: アルコール? あそうかァ、おれも変だと思ったんだおめえ、壜でもってあんころ買って来いってえから、おかしいなと思って。向こうのおやじも言ってたよ。『ずいぶん永いこと商売してますけどね、この壜の中へ餡ころ詰めたのは初めてだ』 って・・・・
徳: なんて馬鹿なことを言ってやがンでえンとに。これじゃおめえ火がつかねえじゃねえかよ。燃えないよ
万: いえ、でも、そりゃァね、あのゥなんだよ、うんと食やあ胸がやけるよ
徳: なにを言ってやンで、馬鹿。張り倒すぞ、ンとに
万: 張り倒すってことァねえじゃねえか
徳: てめえぐれえどじな奴はねえや、だからおめえ、ちゃら万だとかなんだとか言われるんだ、間抜けめ。しっかりしろッ
万: なにを言ってやンでえ、そんなぼんぼん言うことはねえじゃ・・・・
噺家: (制して) いけません、喧嘩してちゃ、いけませんよ。いえ、いえ、よろしゅうございます、もう。あのゥ、焼酎火はいりません。そのまま、じゃァ出ますから
徳: そうかい、じゃァひとつね、さァさ早く、早くはいって (と、上手へ押す)
噺家: へえへ、いや (振り向いて) 押しちゃいけません。今はいりますから・・・・よくかきまわしまして・・・・
徳: おい、湯ィ入えるんじゃねえ、馬鹿なことを、言ってンな。さァさ、早いとこ・・・・
噺家: へい、よろしゅうございます。じゃ皆さん、お先に
徳: 寝ようってんじゃねえ、馬鹿だな。さァさ、いいかい? さァいいね? 降ろすよ、しっかりつかまえてろ。(と、両手で紐を持ち下手横を見て) さァさァさァ、ほら、いいかい?(と、両手で綱をたぐり下ろすように)大丈夫かい。どうだい (のぞきこみながら) まだ、まだ、まだ降ろすかい
噺家: (ちょっと中腰になり、両手を七三に前へ垂れ、体をふらふらとゆすって上から吊るされている態、下手上の方を見上げて) ヘェヘェヘェ、ずっと、ずっと、もうちょいと、へ、下へ、へえ、いえあの、竃(ヘッツイ)ンとこへ足が掛かりますから・・・・は、は、そこらでよろしうございます。そいじゃひとつお願いいたします、鳴り物の方お願いいたします、薄どろを願います
徳: ヘッ? あゝ鳴り物ね、太鼓、あゝ、待ちな・・・・。おゥおゥ、万さん (と、下手横へ) 太鼓だよ。太鼓ッ
万: (まだふくれている) 打ちゃァいいんだろ? 何言ってやンでえ。ぼんぼんぼんぼん、言いやがって・・・・
(両手に撥を持ったこころで、突然太鼓を) テドン (と、素っ頓狂な高調子) ドドン (と、大太鼓) テテドン、ドンドンドン、ててッととんとんとん、ッてどんどんどん・・・・(と、馬鹿々々しく派手に)
噺家: (ぶらさがった形のまま、びっくりしたように体を上下にゆすりながら見上げて) おいおいおい、それ、いけませんいけません。幽霊が踊り出しちゃいますから、太鼓は要りません
吉公: なんだ、偉え騒ぎだな、なんだなァ台所の方で、えゝ?(右手で障子をあけ、下手やや高目を見てぎくりと)お、おゥ、何だ、なんかぶら下がってやがら・・・・なんだ、おめえは
噺家: はァ (と、しょうがないので) へへ (と、ちょっと笑いをみせて、両手を前へ七三に幽霊にして) ェェうらめしい (と、いたってだらしなく)
吉公: なにィ? うらめしい? なんだ、おめえは。なんの幽霊なんだ
噺家: (ぐッとつまって、へどもどしながら、下手高目の屋根の上を見上げて) なんの幽霊でしょうか?
徳: (両手で綱を持ちこたえている形で、のぞきこんで) 不動坊火焔の幽霊てんだよ (と、ささやく)
噺家: (気をとりなおし向き直って幽霊手で、いくらか芝居がかって) 不動坊火焔の幽霊だ
吉公: なに、不動坊火焔? なんだってこんなとこへ迷って出やがったんだ
噺家: (また、困って) へえ、なんで出たんでしょう?(と、屋根の上へ)
徳: あのね、四十九日も過ぎないのに、嫁入りするとはうらめしい (と、のぞきこみながら教える)
噺家: (やゝもう上ずって) 四十九日も過ぎぬのに、嫁入りするとはうらめしい
吉公: なにを言ってやンでえ。てめえが間抜けだからだよ。えゝ? おめえがずいぶん借金があってなァ。その借金返しを俺がしなくちゃならねんだ。大家さんが中へはいって大家さんの口利きでもって、こうやっててめえの女房もらったんじゃねえか。えゝ? てめえがだらしねえからだ。てめえに礼を言われればってなァ、おれァ恨みなんぞ言われる覚えは、これっぱかりもねえんだぞ
噺家: あ、さようでござんすか。(と、うなずきながら) そういう事情をよくしりませんもんで (恐縮し) それァどうも、そりゃァおそれいりました
吉公: なに言ってやがンでえ・・・・まァおめえだってそうだよなァ、まァ、自分の女房がほかの男のとこィまァ、嫁いだとなりゃァ、あんまりいい気持ちはしねえだろう。おゥ、いいよ、だからおめえのなァ、浮かばれるように、まァ墓でもおれァ拵(コシラ)いてなァ、で、ちゃんと経の一つもあげてもらって、おめえのまァ、菩提を弔うようにしてやるから、それでおめえも浮かびねえ
噺家: ェェヘヘ、そんなことすンのは大変ですから、それより十円札の一枚もくだされば、あっしはすぐ浮かぶんでございますが・・・・
吉公: おゥそうかい。そんな事で浮かぶのかい。じゃよしっよし、おゥ、じゃ十円札の一枚、これやるから持って行きねえ (と、差し出す)
噺家: ありがとうござんす。もう少しこっちの方へ置いてくださいまし、へえ。足でかき寄せますから・・・・
吉公: なんでえ、幽霊に足があンのか?
噺家: へへ・・・・有難うございます。どうもすいません (と、左手をのばして拾い、たもとへ入れ) どうも恐れいります。
じゃどうぞ御夫婦仲良く、末永くまァ、お暮らしくださいますように、へえ、有難うございます。
(目をつむって) 高砂やァ・・・・
徳: (屋根の上で呆れて) おい、なに言ってやがンでえ、おい、幽霊の野郎、金貰って妥協してやがら、しょうがねえな、やい、こン畜生ッ駄目だ、こン畜生(と、両手で綱をグッとひっぱる)
噺家: へえ、へえ。(と、綱でゆすぶられたこころで、上下にがくんがくんと体をゆすって、また情けなさそうな声で)うらめしい・・・・・
吉公: なんだいおい、おめえ十円貰えば浮かばれるってやったのに、まだそいじゃ浮かばれねえってんで、まだ宙に迷ってンのか?
噺家: いいえ、宙にぶら下がっております

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