安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

蛇含草

2009年08月15日 | 落語
蛇含草

八: こんちは、いますか
隠居: おや、めずらしいな、八っぁんじゃないかい、おやァ、おまえさんらしいね、また変なものこしらえたね。
なんだい、その着てンのは?
八: え? あっしの着てるもの? ははは、甚兵衛です
隠居: 甚兵衛? それが甚兵衛かい? はーぁ、あたしの着ている甚兵衛と違うね
八: そん所そこらの甚兵衛と違いますよォ。同じもんじゃつまらねえじゃないですか。
えェ? あっしがこしらえたんですよ。編みだしたやつ
隠居: おまえさんがこしらえた、あー、甚兵衛。それは物は何だい? タオルかい?
八: タオルなんすよ。大きいタオルをね、すーっと真ん中だけ切っちまうんすよ。で、首突っ込む、へへ、あと紐着けただけ
隠居: サンドイッチマンみたいだね、おまえさん。ふーん、でも、それおまえさんに合ってるよ
八: 合ってるでしょう? 何が合ってるかってね、湯に行くときは楽なんすよ。手拭いなんか持ってかない。
シャボンだけ持っていくんすよ。湯に行くでしょ、で、こうスッと脱いじゃうだけ。で、これにシャボンをつけてね、ゴシゴシやってるとね、体もきれいになってついでにね、甚兵衛もきれいになっちゃうんすよ。一挙両得ってやつですよ
隠居: おまえさんらしいね。考えることがおもしろいねェ。なるほど、いいもんだね
八: いいもんでしょ?
隠居: だから、いいもんだよ!
八: そんな、やけに言わないでくださいよ。いいもんでしょ!
隠居: ああ、いいもんだよ!
八: そんなに良かったら、売りましょうか?
隠居: 誰が買うもんかよ、そんなもの、えェ?・・・・・よく出てきなすったね、こんな暑いさなか
八: 暑いさなかったって、この家は涼しいじゃないですか。外は炎天下ですよォ。もう、歩くたんびに汗がだらだら止まらねえんですよ。そこいくってェと、この内はねェ、冬みたいですねェ、いい風が入ってきますもんね。
この風鈴の音がたまらないですね。いつ来ても感心しちゃうもんねェ。チリリーン、リーンリーン、なんてねェ
隠居: おまえさんね、風鈴なんてのは、まァどんなものでもチリリンと鳴るんじゃァないのかね
八: いえ、そうはいきませんよ。あっしの家はね、コツ、コッツン、コッツン、コッツンてんですよ
隠居: 何? 
八: コツ、コッツン、コッツン、コッツン
隠居: おまえさんねェ、風鈴はチリリンと鳴るもんなんだよ。コツ、コッツン、コッツンなんて鳴る訳ァないだろ
八: いえ、はなはチリリンと鳴ってましたよ。ねェ? 安いの買ってきちゃったんですよ、縁日で。
紐が切れちゃったんですよ、吊るしてるうちに。ね、落としたからヒビだらけなんですよ。でェ、新しいの買うってェと銭がでるでしょ? だからさ、じゃァ、無いよりましだろってってんでね、ヒビだらけのをぶらさげてあるんですよ。だから、チリリンと鳴っていたやつがね、ヒビだらけんなっちゃうと(首を左右に振りながら)
コツ、コッツン、コッツン、コッツン・・・・・これね、風が柔らかいからいいんですよ。こないだの台風、ひどかったねー。風がビューッときたとき、(早口で、首を左右に振りながら) コツコツコツコツコツコツ・・・・・・
隠居: つばきだらけだよ、ほんとに
八: だけど、本当にねェ、掃除がいきとどいていて、青いところから滴がポタリポタリと、水をうったんでしょ。
ねえ、だから、風が入ってきたって、みんな涼しく・・・・・あーァ、ここは天国だねェ、本当に。うちなんざァちらかってるし、暑くてたまらないもん
隠居: ははは、そういうもんかねェ
八: でね、前から気になってんですけどもねェ、風鈴を見てるとに、必ず横に変なものがあるんですねェ。
ニョロニョロっと・・・・・あれ何ですか?
隠居: あァ、あれは蛇含草だ
八: え? 
隠居: 蛇含草だよ
八: 蛇含草? あんまり聞いたありませんねェ
隠居: まあ、花屋さんで売っているとか植木屋さんに置いてあるとかいうしろもんではないんだよ。
おまえさん、ウワバミ知ってるかい? 
八: ウワバミ? ああ、蛇のでっかいやつ?
隠居: おろちなんてことを言うよ。あのうわばみはけしからんね。人間を呑むんだってな
八: そうですってねェ・・・・・呑まれたことありますか?
隠居: 呑まれるわけはないじゃないか。えェ? これにはいろいろ訳がある、この蛇含草が吊るしてあるのは。
山奥でもってね、人間が迷い込むだろ、そうするってェと、うしろで狙ってんのがこのウワバミだ。
大きな口だそうだなァ。いっぺんに人間を呑み込むんだそうだ。後ろからだからね、逃げ場がないよ。
呑まれた人間は苦しいから、お腹ン中で七転八倒で暴れるだろ、暴れられてごらんよウワバミだって苦しいから、あー、この苦しいのを治そう治そうと思うから、動物の知恵というのかね、山奥の谷あいにごく稀に咲いているこの蛇含草をね、ムシャムシャっと食べに行くんだ。すると、不思議なことがあるもんだね、中の人間がすっかり溶けちゃう。で、元のように軽くなって、ニョロニョロと歩き始めるらしいよ
八: えェ!? 本当? そんなことあるんすかァ。へェー、じゃァこれウワバミの胃の薬
隠居: まァ、そういうことンなるかね
八: はァー・・・・・で、なんでここにぶら下がってんですか? ここんちにウワバミが居るの?
隠居: 居るわけないだろ。悪い虫が入ってこないためのおまじないみたいなもんだ
八: ああ、まじない。まじないはよくあるもんね。あっしもねェ、そのまじない欲しいんですけど
隠居: 悪い虫が入ってくるのかい? 
八: 出てくるんですよ。ね、そのまじない、ほんの少しでいいですからくださいな
隠居: 何でももらってくひとだね、かまわないよ。踏み台貸そうか
八: 踏み台いりません。(膝立ちになり) あっしはね、どろぼうじゃないけど、人一倍手が長いもんですからね。
(ちぎりながら) この半分だけいただきますからね。(ちぎったものを摘みながら座り) へへ、これがこまっちゃうン。ふところがないもんですからね、しまうところがない・・・・・この紐ンとこへ縛っときゃ・・・・・
・・・・・それからね、いろんなことを聞いて申し訳ないんですけどもねェ、暑くてたまらない夏ですよ、真夏、おたくはいい風が入ってきて寒すぎるってんですか? 
隠居: なにが言いたいんだい
八: ほら、火鉢に火が熾きてますよ、カンカン カンカン。寒いからあたろうってんですか
隠居: 誰がそんなことをするかい。おまえさんが甚兵衛を着てるような暑さじゃァないか、そんなことする訳ァないよ
八: じゃ、どうしようってん
隠居: あたしは子供みたいなところがあってね、餅が好きなんだよ。夏場の餅はカビが早いなんてことをいうからね、親類がつきたての餅を届けてくれたから、じゃァ茶菓子代わりに摘もうかなと思ってるところへおまえさんが来たとこういう訳だよ
八: うそ・・・・・本当? つきたての餅があるのォ? (うれしそうな顔になって) 夏なのに? こりゃいいところに来たなァ・・・・・ありがてえ・・・・・あっし、でェ好物なんですよ、ええ、ありがとうござんす、ごちそうさま
隠居: なにがごちそうさまだよ、まだ召し上がれともなんとも言ってないじゃないか、それをなんで勝手に、ありがとうございますとかごちそうさまとか
八: いえ、あっしとあなたの仲ですからねェ、たぶんあなた、そういってくれると思って、先ィ・・・へへだめですか?
隠居: だめってことはないけども、いま、食べようと思って焼こうと思うんだけど・・・おまえさん好きかい?
八: 好きですね・・・・・もう、餅があればなんにもいりません
隠居: あたしとおんなじだ、へーえ、そうかい。じゃね、たくさんあるから、食べるかい?
八: あっしはね、沢山のが好きなんで・・・少ないのはどっちかっていうと嫌いなんです。どのくらいあるんですか?
隠居: おまえさん見て驚くよ・・・・・どっさりあるから
八: どっさりってえとうれしいですねェ
隠居: (脇から持ち上げ) どっこいしょ、このお盆に乗ってるから・・・・・これだけある
八: (拍子抜けしたように) えッ? それだけ? いま、どっさりって言いましたよ
隠居: 言ったよ
八: (盆を指して) これで、そっくり? たった? 
隠居: 失礼な男だねェ。切り餅にして五、六十あるんだよ、これだけあれば充分だよ
八: 充分じゃないよォ。どっさりあるってェから (両手で山を描き) これくらいあるかと思ったよ。
こんなもん、あっしの歯糞だよ。
隠居: 歯糞
八: そうだよ、こんなもの、朝飯前だよ、こんなもの
隠居: 朝飯ま・・おまえさんね二つ三つ食べたってすぐにお腹がきつくなるもんだよ。そんなに食べられるもんじゃないよ。じゃおまえさん、このお餅そっくりあたしの前で食べることができるのか?
八: え?
隠居: 食べることができるのか?
八: 食べさせることが、できるのか?
隠居: おっ・・・・・こりゃおもしろい、じゃあたしが焼いてあげる、あたしは手を出さない。
そっくり、あたしの目の前で食べるんだよ
八: (うれしそうに) ほんとですか? そっくり頂いていいんですか? あなた摘まない? 
(ひとつ手を打ち) いいところへ来た。ほんとに好きなんですよ? 
隠居: そうかい?
八: あっしの先祖はね、望月(餅好き) ってェの
隠居: なにを下らないことを言ってんだい。ひとつでも残したら承知しないよ。(箸を持って) さァ、最初に聞いておこう。何を付けて食べる? 醤油かい?・・・ 黄な粉かい? ・・・砂糖かい?
八: えッ? 何か付けて食べてたのォ? 嫌だな素人は・・・これだから困っちゃうんすよォ。ついた人に悪いでしょ。心を込めてつくんですから、そのままパクッていくんですよ。噛んでるうちに米の甘みが広がって、香ばしい香りがして、これがたまらない。何か付けちゃダメ! 
隠居: 付けないの。あらッ、あたしは下地ぐらい付けてもいいと思ったけども、付けないのかい? 
本当に好きなんだねー。じゃァ、いいかい、あたしが焼いて、ポンポン、ポンポンそこへ置くよ? 
そしたら、おまえさんドンドン、ドンドン食べとくれ。一つでも残したら承知しないよ
八: あー、そんなこと心配しなくたっていいですから、ドンドン、ドンドン焼いてください、余所見しないで
隠居: うるさい、余所見しないでなんて・・・・・(火箸で炭を足し、フーフーと火を熾し、餅を乗せ)
八: あの、焦がさないでください
隠居: わかってるよ、うるさいね
八: だって、勿体ないじゃないですか、せっかくの餅なんだから、ねー。あの、小さいお盆ありますか? 
(お盆を受けとり自分の前に置く) あァ、ありがとうございます。ここへポンポン、ポンポン来たヤツを、パッパッパッパッいただきますからね、早いですよォ、驚きますよォ
隠居: ほォ、楽しみだな、どうもな
八: へっへっへ、(手もみしながら) ありがたいね、だから人間てのは頭の使い方だよね、えぇ? 言葉の使い方でね、ひとの餅をタダ食えるんだよ。これは頭のいい証拠だね。馬鹿なヤツはてめえの餅を焼いて見てなきゃなんない・・・・・
隠居: なんか言ったかい?
八: こっちの話、こっちの話。ええ、余所見しないでおねがいしま・・・おォッとと、ポーンの来ましたね・・・・
(餅を取り) あっちちち (両手のひらでさましながら) え? 猫舌? いえ、手が猫なんで・・・・・
いただきます・・・(口に近づけ) 旨そうな匂い (一気に口に放り込んで飲み込み、次もたべる) 
ドンドン焼いてください
隠居: 忙しない食べ方だね、噛まないのかい?
八: 噛まない、あっしはどんなものでも大概のものは呑み込んじゃうん。だけど黒糖ってんですか黒い角砂糖、あれだけは噛むことにしてんですよ。こないだ、間違えて石炭呑呑み込んで偉い目にあっちゃった、ハハハ
隠居: なにを下らないことを言ってんだい。あたしが手を出すわけじゃないんだから、おまえさん、そっくり食べていいんだから、ゆっくりお食べ
八: ゆっくり食べていいの? そう、それなら、ゆっくり頂きますよ。こっちはウワバミじゃないんだから、呑み込みたくて呑み込んでんじゃないんだから、じゃァ、頂きまァす (餅を両手のひらで冷ましながら) 
ありがてえ、ありがてえ・・・あァ、いい香りだね、たまんないね、じゃァ、本当に味わいますからね。
フーフー(半分くわえ、グーッと伸ばし、クチャクチャ食う) ンー、(もう半分もクチャクチャ食い) ンーン、旨い餅ですね。
隠居: お茶入れてやろうか?
八: いらない! そんなもの飲んだ日にゃ餅の入るとこ少なくなっちゃうからね・・・・・えーと、ただあなた焼いて見ているだけじゃつまんないでしょ? ね、じゃァ、ひとつ芸当をご覧にいれますからね・・・・・まず、餅を引っ張って伸ばしますね、ほらほら、いい餅だから伸びますね・・・・・出世は鯉の滝登り・・・・・
(右手で餅をぶら下げて、小刻みにゆすり) これ、滝なんです、滝に見えるでしょ。下から鯉が狙ってんです。
ほら、いいですか? チャカチャンチャンチャン (右手を上に上げ、下から、手に向かって立ち上がり、一気に餅を吸い込み、クチャクチャ、クチャクチャ) 
こんだ、違うやつ、いいですか? こんだはね、また餅を伸ばします・・・・・こんだはね、大猿小猿はブランコの餅 (右手に伸ばした餅を持ち、ブラブラ揺らす) こんだはブランコに見えるでしょ。え? 滝に見える? 
そういうことを言っちゃいけませんよ。ブランコなの! いいですか?(餅をくわえ、揺らし、振り上げる。顔に餅がくっ付き、はがし口に入れる) クチャクチャ、クチャクチャ・・・・・
こんだ、二ついっぺん。・・・・・お染久松相生の松。いいですか? (一つづつ放り上げ、口で受け止める、が、天井にくっ付きひとつ落ちてこない・・・・・飛び上がると落ちてきて口で受け止める。喉につまらせ・・・胸をたたき、隠居に背中を叩く仕種)
隠居: なんだよ、喉へつかえさしちゃって、あわてるからいけないんだよ。いいかい、(背中をポンポン、ポンと叩く) 
八: はァ、はァ、あァ驚いた、はァ、はァ、危うく餅と心中するとこだった。あァ驚いた。あーあ・・・・さァ食おう
隠居: まだ食べんのかよぉ
*さー、一気に食いましたが、四つぐらい残して目を白黒さっしゃったから大変
八: はー・・・、フゥー・・・、はー・・・、フゥー・・・あゥィー、(腹を突き出し、上を向いて、ハーハー言わせながら 前を手探り)
隠居: 座頭市の真似かい?
八: そうじゃない・・・・・手が届かない・・・ハァ、ハァ・・・・・お盆こっちィやって・・・・・こっちィ、もうちょっと手前に
隠居: ・・・・・あった、あったぁ、ハァ、ハァ (くわえようとして、げっぷ。恨めしそうに隠居を見て) いただきます 
(口にくわえるが、なかなか噛めない。やっと半分くわえ、伸びた餅を反対の手で切る) ク ッ チャ・・・ク ッ チャ・・・ク ッ チャ・・・ク ッ チャ・・・クチャ、クチャ・・・・・(やっと呑み込み) ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、(手に残った半分を見て、うんざりな顔。何度も口に近づけるが、やめて、ドンドンと詰めて、後ろ手に反って口に入れ、手で顎を動かしやっと呑み込む) ハァハァ・・・餅まだありますかァ?
隠居: あと三つ残ってるよ
八: (かるく万歳し、首を横に振り、苦しそうに) もう、だめ
隠居: どうしたい?
八: (泣きながら) 食べらんない。だめ
隠居: だめェ? さっきなんて言った? 江戸っ子らしい啖呵きったねェ。こんなものは朝飯前って言ったね
八: (首を振り、泣きながら) 昼飯過ぎ
隠居: なにを馬鹿なことを言ってんだよ、食べれれりゃしない、お帰り、お帰り。無理だから、おかえり!
八: すいません、ひとりじゃ立てなくなっちゃった。起こして下さい・・・・・立たしてください
隠居: しょうがないね、本当に。ひとの餅を食べながら、いい気んなって・・・(立たせようと八五郎をかかえ) 
すごいね、これ、餅かい? 大丈夫かい? (抱え上げたたせる) どっこいしょのしょッと
八: ありがとうございました・・・・・鏡あったら貸してください
隠居: おいおいおい、鏡なんて、めかしてどうすんだい?
八: そうじゃァない・・・・・下向くと餅が出ちゃう・・・・下駄をさがすんで・・・・
*さー、奴さん家へ帰りましたが、苦しいのなんの、布団を敷いて横んなっても苦しい。あぐらをかいても苦しい。どうしたらいいかと、胸をさすっているとヒョイと触ったのが、さっきもらった蛇含草。
『そうだ、ウワバミが人間呑んで苦しいからってんでこれをムシャムシャって食べたら中の人間が溶けたんだ。じゃァ人間にも効くだろう』 ってんで、これをムシャムシャって食べてしまった。
 さァ、一方ご隠居さんも心配になって、様子を見に来る。
隠居: さっきはウーンウーンくるしそうだったけど・・・・静かだね・・・・・八っつぁん、八っつぁん!
返事が無いね。寝てんのかな?
*ご隠居が戸をスーッと開けると、人間がすっかり溶けて、甚兵衛を着た餅があぐらをかいてました
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