安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

二番煎じ(前)

2007年12月30日 | 落語
 *江戸の名物ン中に火事が入っております。まあ、日本国中、火事というものがないわけじゃァないんですが、名物ンなるぐらいに、ぇぇ、多かったそうですな。いろいろと自分でもって、こう、書物を紐解いて調べた・・・方に聞いたんですけども、とにかく江戸八百八町なんて自慢をしておりましたが、もうのべつ、火事があったそうですな。毎晩のように半鐘がなってる。で、何度も大火に見舞われて、えェもうどうしたらいいんだろうこれは、ってんで、お上のほうもたいへんにこの、頭痛めて、「いろは四十八組」なんという消防の組織をこしらえたり、あるいは各町内に、番小屋というものを置きまして・・・火の番小屋ですな、そこィ常雇いの 『火の廻り』 を置いたン。これァ各町内が自費でもって雇ったんだそうですが。
  この火の廻りというのは、血気盛んな若者というわけにはいかない。血気なんてえのはもうかなり前になくしちゃったような、えェ、お年寄りがなる。そのお年寄りも、若い時分に、ちょいと世の中やり損ねちゃったなんというような人・・・だいたいが道楽者ですな。
「なんにもすることがねえから、ひとつよ、番太にでも雇ってもらおう」
 なんてんで、この番太郎を詰めて番太といったんですな。で、この人たちが火の廻りをするんですが、今言ったように道楽者ですから、寒い晩に火の廻りをただするのはとてもつらい。
「こりゃァできねえや、ンなことァ、ただじゃ。いっぺえやろう」
なんてんでキュウッとひっかける。いい心持ちでもってふらふらふらふら一廻り廻ってくる。それで番小屋へ入っちゃうってェと、そこでもって寝ちゃったりなんかする。そうすると、すぐそばから火の手が上がったのにも
気がつかないで・・・寝てますから・・・、ぼやでおさまるやつが大火ンなる、なんということンなって、これァもう、あの連中に任しておいちゃとても物騒でいられない、自分たちの財産なんだから自分たちで守ろうじゃないかというんで、えェ、今度は一軒から一人っつ、この番小屋へ出張ってまいりまして、旦那方や
なんかがみんなでもって、火の廻りをしたんだそうですな。これをまた、きちっと廻っているかどうか改めて廻るというお役人もいたんだそうですが・・・

月番: (律儀な商人の旦那口調で) どうもこんばんは。ご苦労様でございます。ええ。お寒いところをどうも・・・。
へへ。えー、これでなんですか、皆さんお揃いンなったんですか? あァそうですか、へいへい。じゃァあの、出掛ける前にに、月番のあたくしから一言申し上げたいことがございましてな。というのがね、えェ、毎晩これだけの人数でぞろぞろぞろぞろ廻るてえのァねェたいへんねあたしゃァ無駄なことのような気がするんですよォ、ええ。ですからねェ、どうでしょうな、これをこう、二組に分けましてね、仮に一の組、二の組といたします。ねえ。ま、一の組が廻っている間、二の組はここで休んでてもらう。一の組が廻って来たら入れ替わりに二の組が出て行くという具合に代わる代わるに廻っていたら、みんな疲れなくてすむと思いますが、ええ、いかがでございましょうなあ
尾張: (やはり旦那口調) いやァ、それァ結構ですなあ、月番さん。いえ、あたくしなんぞはね、歳とってますんで、是非ともそうしていただきたいです。ねえみなさん。よろしいじゃございませんかねェ? (と確め) えェ、みなさんあの、いいということなんで、ひとつ月番さん、お願いしますよ
月番: ああそうですか。えェ、みなさんにご異議がなければ、そうさしていただきましょう。あたくしがまず一の組のほうを取り仕切らしていただきます、ええ。えー、二の組のほうは、尾張屋さん、おそれいりますが長(オサ)を務めていただきやしょう、ねえ。ええッと・・・それじゃあね、伊勢屋さん、すいません、(一の組に) お付き合い願います。鳴子をお持ちいただきたいン。ええ。そいから黒川先生、すいませんがな、拍子木を持ってください、ええ。そいから、辰つァん、金棒・・・頼むよ、うん。惣助さん、お前さん提灯だ、ね。
えー、それじゃァこれだけでちょいと廻ってきますんでな、えェ、あとの方はここで休んでてくださいまし、では行ってまいりますから
A: あァそうですか、ええ、行ってらっしゃいまし
B: どうーぞごゆっくりィ
月番: 冗談言っちゃいけませんよ。すぐに帰ってきますよ。さァ、じゃ、みなさん、行きますよ。おぉーーーッ(と外の寒風に身を縮めて歩き) アァーッ。あァ・・・どうも恐れ入りましたな、この寒さてえのは、ええッ?
あーアッ。みなさんねェ、あの、風邪引いちゃつまりませんから気を付けてくださいましよ、いいですか。
ねえ! 火の廻りしてて風邪引いたなんて、ンなばかばかしい話はありませんですから、ええ。えェ、それからね、あの・・・あんです、足元気を付けてください、怪我しちゃァいけませんよゥ? ねえ。ええ、お歳を召してる方なんぞァことにねェ、怪我するってェと治りが悪いですからなァ。いえェ、本当です。おーい、ちょっとっとっと、おい惣助さん、お前さん先ィ一人でどんどん行っちゃいけないよっ。提灯持ってんだろ?
え、みなさんと一緒に歩いて、みなさんの足元を照らしておくれよっ、ねえ。あーァ、そうそう・・・そんなもんだ。
な! いやァ、しかし、たいへんなことンなってきましたがねえ、ええ? ま、しかたがないですな、これも。
ええ。(年長の伊勢屋に気配りし) アッハハ、どうも、え、伊勢屋さん、へへ、ェェ、今夜はご主人自らの出陣で、へへ、おそれいりますな
伊勢: (少し老いた静かな口調で) いや、どういたしまして。ええ、いつもは番頭がたいへんにお世話ンなってましてな、ありがとう存じます、ええ。その番頭がね、風邪ひきましてな、ええ。番頭だけじゃないんですよ、もう店の者が小僧に至るまでみんな風邪っぴきなン、ええ。でまァ、倅はね、二、三日前から遊びに行っちゃったっきり戻ってきませんしね、達者なのはあたsとばあさんだけなン、ええ。いくらなんでもばあさん火の廻りに出すわけにいかないんでな、あたくしこうして出てきましたが、考えてみるってェとばかなはなしですなァ
月番: 何がです?
伊勢: 何がったって、そうじゃありませんか、ねえ。奉公人があったかい布団の中でいい心持ちで寝ているのにですよ、主がこうして寒い中、火の廻りをしてあるくなんてえのは本当にあたしゃァね、間尺に会わないと思いますよ
月番: そんなこと言っちゃァいけませんよゥ、ねえ。昼間一生懸命奉公人がですよ、ねえ、働いてくれて、あなたの身代を大きくしてくれてるン。ねえ? で、大きくしてもらった身代を自分で守るてえのは、あたしゃ大変にいい話だと思いますよ
伊勢: いや、そりゃ、そりゃそりゃ、話はいいン。話はいいんですが、・・・やっぱり寒い
月番: 寒いのはしかたがありませんよ。ねえ、なんか愚痴ィこぼしてちゃいけません。ええ! 愚痴をこぼしに歩いてるわけじゃないんですからな。火の廻りに歩いてるン。えー、みなさんね、音の出るものをお持ちいただいてんですがな、どうしました? 
伊勢: え、・・・どうもね、いったん懐へ手をいれましたら、とてもじゃァないがおもてへこう、手ェ出しにくくなりましたもんでな、ええ、鳴子をさっきね、このォ、お、帯のところにこう挟みましてな、紐を、ええ。で、前へぶる下げて、歩くたんびにこうして膝で蹴ってるんですが、あんまりいい音が出ませんな
月番: そら、そうだよ、あァたァ。だめだよ、それじゃァ。ばさばさいってますよゥ。ええ? 鳴子なんてェのァ、カラカラカラカラっていわなきゃいけないんですよ、カランカランッと・・・。ねえ!えェ。黒川先生、あなたの拍子木も妙ですな。ええ? 変な音ですね。なんかコツンコツンいってますが、拍子木なんてのァ、チョン、チョーンといってもらいたいんですよ、ええ。どうしてそんな音になるんです?
黒川: いやどうも・・・。ウハハ、あまりの寒さに、拍子木もいったん袂の中に入れましたるところ、出たがりません。しかたがございませんから、こうして袂の中にいれたまんま、こう・・・コツーン、コツーン
月番: 嫌な音だなァどうもォ。えェ? ンな不精しないでチョーン、チョンとやってくださいよ、ねえ。辰つァん、お前さんもそうだよゥ、金棒の音はどうしたんだい?
辰: えー、聞えませんかァ
月番: 聞えませんかって、・・・聞えないよゥ
辰: 聞えるでしょう。ほら、ねえ。ズルズルーッ、カタン、バシャーン。ズルズルーッ、カタン、バシャーン
月番: なんだい、その音は。どうしてそんな音がすんの?
辰: ええ、もうねェ、金棒がねェ、もう本当に冷え切っちゃって、まるで水みてェなんだい。握れやしませんよ。
しょうがねえからね、金棒の紐をね、指に引っ掛けてこゥやって懐ン中にこう、手は入れてるン、ええ、でもって、こう引きずって歩いてんですよゥ。そうするとズルズルズルッと音がするン、ええ。小石にあたるってェとカターンと音がしてね、えェ、道悪ィ飛び込むってェとバシャーンて・・・
月番: 嫌な音だなあ、ええッ。チャリーンッとやっておくれよ、威勢よくひとつさァッ! ン、しょうがないね、どうも。
あァ、それからねえ、あのォ、黙って歩いてちゃいけませんよ。『火の用心、火の廻り』 と言って歩かなくちゃいけない。ね、えェ。惣助さん、お前さん先歩いてんだ、えェ、ひとつやっておくれ
惣助: あァ、さいですか。へぇ。え、あたくしね、やったことァございませんですが、ひとつやってみましょう。ええ。うまくいけばよろしいんですが・・・。えへ、うン、あッ、え、えー、火、火、火の(せっかちに抑揚なく) 火の用心、えー、火の用心、えー、火の用心火の廻り、え、火の用心はいかがですな
月番: 売ってちゃいけないよォ。しょうがないねどうも。不器用だな、ええ?・・・あ、そう、黒川先生、あァたねェ、謡の先生だ、ねえ! 謡で喉を鍛えていらしゃるんだ、ひとつあってくれませんか
黒川: そうですか。あたくしも初めてでございますのでな、うまくいくかどうかはわかりませんが、やってみましょう。うん。(とひとつ咳払いして拍子木を打ち) コツーン、コツーン。(まるで謡で) ♪火ィのよォオじィん、火のーォまわァりィィ
月番: (あきれて) いいよ、それァもう。だめだよそれじゃァ。ええ? ちっとも『火の用心、火の廻り』 ンならないんだよ、それじゃァ・・・、ねえ。弱ったな、どうも・・・、あ、そうだ、伊勢屋さん、あァたお願いしますよ。え?(辞退され) いえ、だってあァたは若い時分からいろいろとお稽古事をしてるでしょ? ねえ? 声を出しつけてんだ、ねえ。ひとつ、やっていただけませんかな
伊勢: いえェ、いけませんよゥ。だめです、勘弁してくだはいな。え? いえ、もうここンところねェ、ちょいとね・・・
こないだうち辛いものをやりすぎたんでね、えェ、あんまりいい声がでないんでござンす。ええ。ですからま、ひとつ・・・それだけはひとつ、勘弁していただいて・・・。誰がどこで聴いてるかわかりませんからなァ
月番: あァた、色っぽいこと言ってちゃいけませんよ。別におさらいへ出てるわけじゃないんですよ、ね? 声を出しつけてんだからやってください・・・てんですから、おねがいしますよ
伊勢: う、そうですか・・・。まァ月番さんにそう言われればねえ、しかたがございません。やってはみますがねえ、いい声が出りゃいいんですがなあ。ウ、ウン、(絞った音曲調の発声) ♪あー、ウン、♪アー、ウン、♪アア
月番: 大変だなァどうも。大丈夫ですか?
伊勢: ええ、まァ、何とかなるでしょう、へぇ。うん、・・・チャチャチャチャーン、チャーンチャーン
月番: お? 三味線が入るんですか
伊勢: え、三味線を入れないってえと声がでないんだ、ねェ! (清元の節で) ♪火のよォォォ字ィンンンン、火のォォォまわァりィィィ、互いィィィにィィィーイイ火のォォもォとォォォゥう、気をつけェェェェェまァッ・・・
(陶酔して声が裏になり) しょーォ・・・
月番: (あきれかえり) 冗談じゃないよ、あァた。あのねえッ、自分ばかり気持ちよくなったってしょうがないんだよ。ほんとォに弱ったなあ。辰つァん、何とかしとくれよォッ
辰: タハハハハ、旦那方のを聴いてたら、ばかばかしくなっちゃってね、冷たい金棒握っちゃった、あっしゃア、えぇーッ、それァね、ま、素人にゃ無理なんですよゥ。ええ。あっしなんぞァね、今じゃこんなンなってくすぶ
っちゃってるが、若え時分にゃァ道楽がもとで勘当されてね、なかの鷲頭(カシラ)ンとこに転がり込んでた。ねえ。そんときに火の廻りやったことァありますよ。えェ。あいつァまたねえ、なりのこしらえがいいんだ。ねえ、ええ。腹掛けに股引き、え? 刺子の長半纏を着てねェ、ええ! こんな恰好をして腹ンところィ提灯だ。ねえッ、こうやって、(金棒を突いて) チャリーンッとこう歩いてる。ねェ! そうするってェと女がみんな心配してくれるよ。ええッ。あたしたちのためにこうやって火の廻りを廻っててくれるんだ、うれしいねッ、なんてんでね、『ちょいとォ、火の廻り、ご苦労だねェ、こっちィ来て、ま、一服やっておくんなまし』 なんてんでね、(助六気取りで) ま、キセルの雨がァ・・・降るようだァ
月番: 何を気取ってんだよォ。ンなことどうでもいいからは早くおやりよ
辰: はい、わかってます、やりますよ、ええ。こうやってね、こんな恰好して、チャリーンッとォ、こうくるよゥ。・・・(本調子で) ♪火のよォオーゥじィんーーー、さっしゃァーりやしょォオーーう!
月番: (感心して) ・・・なるほど。なるほどねえ・・・。ヘヘーエ、おそれいりましたね、伊勢屋さん
伊勢: え、え、本当ですな。へーえ、あの、辰っつァん、たいした喉だねえ
月番: そんなことはどうでもいいんだよ。え、続けておくれ
辰: へいへい、どうもありがとうごさんす。え、こういう具合にね、チャリーンッとォ、エッヘッヘヘ、♪えーエエ、お二階をーゥ廻らっしゃりやしょォォォゥォゥォゥ・・・・・
月番: なんだい、終いのそのホゥホゥってのァ?
辰: えェ、声が北風に震えてるんだ
月番: 話が細かいんだ、どうも。(番小屋へ戻って) さァさ、ご苦労さま。うぅ・・・(と中へ入って改めて凍えた体を震わせ) どうも・・・だたいま帰りました。さァさァ、みんなこっちへお入んなさい。さァさ二の組、出てってください、出てってください。お替りお替りお替りッ
二組: ええ、外はたいそう寒かったでしょうな
月番: いいえ、ンなことありません。ぽかぽかと春のような陽気で
二組: 嘘だようゥ、あァた・・・。そうですか、じゃ、二の組のほうは出掛けましょう。行ってまいりますよ
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二番煎じ(中)

2007年12月30日 | 落語
月番: へぃ、行ってらっしゃい。どうぞごゆっくりお廻りを。アッハッハッハ、人情だ、言いたくなりますよ。
おそれいります、閉めてってくださいよ。ねえ、ええ。おう、ちょっと辰っつァん、そこピタッと、ね。隙間っ風が入るってえと寒いから。なあ、あァ。で、こっちィお寄り、こっちィ。みなさん、さァさ、どうぞ火のそばへお寄んなさい。えェ。(火を見て)・・・あーア、しょうがねえな、これじゃ、ええ? うん。おい、あの惣助さん、あの、炭箱取っとくれ。えッ、もっとどんどん注いどくれ。ね。これっぱかりの火じゃね、暖まりゃしない。(不満気に) うん、あたしたちが帰ってくんのァわかってんだからねえ、二の組のほうでこういうところ (と言いかけ) ・・・、そ、かまわねえからガバッと・・・、そうそう・・・そうそうそう (多量の炭を補給させ)、そう、あ、sれでいい、だいたい。(使いすぎ、との声に) 大丈夫ですよ、何を言ってン、え? 豪勢に火を熾さなくちゃいけません。ね、うん。いやいや、し、心配することァありません。大丈夫ですよ。(吹いて火を熾し) フーッ、フーッ、ゴホッ (と、むせ) いえいえだ、だいだい大丈夫です、も、すぐに・・・こうしておけば火が熾きますから、ええ。(ようやく人心地つき) へっへっへへ、どうも・・・。なにしろね、こういうときにはね、ええ! 火が何よりのご馳走でござんす、えーエ。いやーァ、おそれいりました。あの寒さてえのァ・・・なかったですねえ。ええ。ごらんなさい、鼻でも耳でもね、みんなね、ほら! まるでね、こっちが氷みてえンなっちゃったン、ねえ。(つくづくと) うゥーん・・・。(一同に) おそれいりました、申し訳ございません。い、いえ・・・何がじゃァないン、ええ? 一の組のほうへお誘いをしてね、そいませんでした、というの。え? いや、はなあたしね、考えたときにね、これァ一の組のほうが先にお役ご免になって、これァ得だな、楽だなと思ったン。え? それでお誘いしたんですよ、ええ。ところがね、考えてみるってェと一の組はね、とくに暖まってないうちにスーッといきなり出ちゃうでしょ? すっかり体が冷え切って帰ってきて、これでもって、うー、すぐに暖まるもんじゃありませんよ。ね? ろくに暖まらないうちにまた二の組が帰ってくる。またすぐに出て行く。暖まるひまなく廻らなきゃなんない。ね。二の組はこれの逆、逆いくんですから。ええェ、これァ二の組のほうが得でしたな、どうも、こう寒くっちゃかないませんな
黒川: ええ、月番さん
月番: なんでう、先生
黒川: 実は、・・・・・(何かを取り出し、言いにくそうに) 出掛けに、娘が、おとっつァんは寒い中、火の廻りで歩くんだから・・・、え・・・、風邪をひいてはいけない。これを持ってって飲んだらどうだと・・・、瓢(フクベ)に酒を入れて持たしてくれましたのでな、えェ、これをひとつ、みなさんで飲むというのは・・・どういうもんでございましょう
月番: ・・・酒を持ってきた?・・・あァたねえ、(きつい調子で) 考え違いされちゃァ困りますよォッ。ここは番小屋・・・火の番小屋ですよ。茶屋小屋じゃァないン! ええッ。こんなところでもって酒飲んでごらんなさい、お役人に見つかったらどんなお咎め受けるかわかんないんだよゥッ。・・・本当にィ。(叱るように) あたしたちが仮にそういうことをしていたら、なぜそんなことをするんだと・・・諌めなきゃいけない立場にあすンだ、あァた先生じゃない・・・。もゥ、歳甲斐もない。困りますよッ
黒川: ・・・そらあどうも、いや、おそれいりました。気がつきませんもんで
月番: 気がつきませんもなにもないン。本当にィ。ん、そ・・・困るんだなあッ。こっちィ貸しなさい。(と瓢箪を没収)辰っつァんッ、そっち持ってきな、そっちへ。(怒った調子のまま) その土瓶ね、お茶空けちゃって。中、きれいに濯いでさ・・・。濯いだかい? (まだ不機嫌な調子だが) んー、瓢箪の酒そっち (土瓶) ィ移してごらん。いっぱいンなった? いっちンなったら、こっちィ持っといで、ふたして、だめだよ本当にィ、(と言いつつ土瓶を火にのせて)、・・・うん、これでいいや、ねえ
黒川: ・・・・・(理解に苦しみ) 月番さん、・・・何をしてらっしゃる?
月番: 何をしてらっしゃるって、・・・見りゃァわかるじゃありませんか。ええッ。火の上にお酒があるんです。こうやっときゃ、お燗がつくでしょ
黒川: ・・・ふゥん、・・・そりゃお燗がつくでしょ。・・・お燗をつけて、・・・どうなさる
月番: (じれったそうに) どうなさるってェ・・・、あァたもわかんないねえ。冷で飲んじゃァ毒だから、(押すように強調して) お燗をして飲むんですよ!
黒川: (わけがわからず) だってあァた、飲んじゃいけないって
月番: そりゃそうですッ。瓢箪から出る酒飲んでちゃ、まずいでしょう。(抑えた言い方だが宣告調で) 土瓶から出る煎じ薬だったら、どうてェことはないン・・・
黒川: (大いに納得) はァはーァ!なるほどォ
月番: ねえッ。あたしだってこっちに (酒を) 持ってきてる
黒川: おどかしちゃいけませんよ
月番: へっへっへっへ。(内緒ごとめいて) こういう楽しみがなきゃァね、寒い晩ですから。ええ? いや、番太の了見がわかりますよ。おう、辰っつァん、(自分の持参した酒を) そっちィやっときな、そっち。ね、うん。
いや、こっちがね、少なくなったら足すんだから、ね、うん。あー、(酒を持ってこない伊勢屋の気遣いに)いえいえ、伊勢屋さん、いいんですよ、そんな気ィ使わなくたって、ええ、みんなで一緒にやりましょう。あ、えへっ、こうすればね、あったまるんですから、ええ。だいぶ火も熾きてきましたからな、すぐにお燗がつきますから
惣助: ええ、月番さん
月番: なんだい、惣助さん
惣助: えー、あたくしね・・・、みなさんがそういうものをお持ちんなるんじゃないかと思いまして、・・・え、あたくし、これ持ってまいりました
月番: ・・・なんだいそれ、肉じゃァないか。何?
惣助: え、ししの肉なんですがなァ
月番: ははあ、冬場にはもってこいだよ、寒い時ァ。体が暖まるんだ、ねえ! ごらんなさい、ええッ。へえー、ちゃあんと肉の上にネギが切って、載ってますなあ。味噌も添えてある。ええッ。え、じゃあここで、ふ、ふ(とほくそ笑み)、しし鍋しようてえの?ええ!ふっふっふっふ、いいねえ、そらァ。気が利いたなあ、ええェ。(と喜んだものの) ・・・えー、だめだァ。だめだよ、お前さん。ええ? 気が利いてねえや。こういう番小屋には鍋なんざないよ
惣助: ええ、そんなこっちゃないかと思いましたんで、背中に背負ってるんです
月番: 偉い人だねーえ・・・。そういや、なんか猫背だなとは思っていたんだ。鍋が入ってたの、ええ? ふうん・・・。じゃ、(煮るのを) やってくれんの? あ、そう。じゃこれ(土瓶)、どかしましょう。この火でもって大丈夫かい、煮える? あ、そう。いえいえ大丈夫、土瓶はね、別にね、お酒を煮るわけじゃないんだから、お燗をするんですから、脇だってすぐにお燗・・・もう、もうね、だいぶ温まってますよ、ええ。じゃ、ここでやってください、ええ。(鍋がうまく載るか危ぶみ) だいじょうぶ? おお、なるほど、あァあァ、それをつっかいにして? (感心し) 手慣れてんなァどうもォ、ふうん・・・。(うれしくて)へへへ、うれしいな。え、すぐに煮える?あそう、うふ、じゃ一杯やって待ってますかな。お、あ、辰っつァん、お前さんね、ちょっとすまないけども、そこの心張りかっちゃっとくれ、心張りを。(なぜかと聞かれ) ええ? いやいや、あの、土瓶から出る煎じ薬のごまかしはきくがね、鍋があったんじゃ、ごまかし、きかないから。人に見られるとまずいから、ちょいとかっちゃいなッ。ん、そうそうそう。そいからね、あのう、みなさんに湯呑みを配んなさい湯呑みを。うん。(湯呑みを渡され) はい、ありがとう。へい、(隣の黒川にも渡し) どうも先生、へい、へいへい、どうも。えー、もう大丈夫だろう (と燗の加減をたしかめ)、うん。おぉ大丈夫大丈夫。ええ、じゃ先生、参りましょう。
(と酌をもちかけ) い、いやいや、ンな遠慮なさらないでね、まず・・・、へへ、どうもね (と酌をしつつ)、持って来た方から差し上げ・・・。へ、どうも。へい、じゃ伊勢屋さん。えェ・・・(なおも遠慮するので) いえいえ何を言ってンです、かまいません。そんなね、気になさることはない。え、どうも、大丈夫です。どうぞやってくだはい。存分にやってくだはい。おい惣助さん、お前さんもおやり。いやいやいや、煮てンのはわかってるよ、ね、うん。だだ煮ないでさ、ね、一杯やりながら煮ておくれ。ね、うん。お役目ご苦労さま、ね、たいへんだァ、な、うん。さ、おい、辰っつァんもいこうっ
辰: (もう、ろれつが怪しく) へい、ろうも、ありあっとざん・・・・・
月番: ・・・何? お前さん赤い顔してるねェ、あれェ? 酔ってンのかい?
辰: ええ・・・、少しィ、酔ってますゥ
月番: どうしてェ? さっきまで酔ってまかったよ。いつ飲んだんだい?
辰: いや、あの、あのー、ひょ、瓢箪からそン中に移したでしょ、それ、いっぱいンなっちゃttんだけど、まだ瓢箪のなかに・・・いっぱいあったんで・・・ええ。そいからもう、捨てちゃうのももったいないからと思って、それスーッと飲んじゃ・・・
月番: おいおい、するいなあ。こっちが足ンなくなってきたらそっちを足しゃァいいンだからさァ。なにも無理に飲んじゃうことはない。ずる・・・(思い直し) ま、ま、ま、いい、まァいいよ、ね、うん。じゃ今度ァ熱いのおやり、熱いのを。うん。さァさァさァさァさァ、遠慮することァない。えい、どうも。(伊勢屋が酒を勧めるので)え、あ、そうしか、おそれいりますな、え、伊勢屋さんに、えへ、お酌をしてもらっちゃ。へい、じゃいただきます。え、え、(酌を受け) どうも、んん、え・・・え・・・へい、へいどうも、ありがとうございます。ええ。じゃ、ひとつみなさん、いきましょうか。ねへっへっへっ、どうも。・・・・・(ぐっと飲み) ハッ・・・ハァー、あーア、いやあ・・・、結構だねえ、こりゃァ。ええッ! 熱いのがキュウーッとはいってって、うう、腸(ハラワタ)こう揉みますねェ! いいなァ、これァ。すぐ暖まりますよォ、これァ。ねえ!うゥ・・・、火と・・・それからね、この温かいやつとで、うち外がら暖まるンだからたまンない。・・・・・(また飲み) うゥー。へい、あッ、そうすかァ、おそれいりますなどうも、(酒をさされ) ええ。え、いや、あのね。あの、うう、あんまり落ち着いてやってるわけにいきませんですからな、みなさん、あんまりちびちびでなくね、かなりグイグイとやってくださいましよ。
ええ。どうもどうもどうも、ありがとう、え、え、先生、いきましょう、まァまァまァ、ンなこと言わないで。ねえ、ええ、娘さんがせっかく持たしてくだすった、ねえ、うん (と酌をし)。さあ、じゃ、伊勢屋さんもいきましょ、さ、いきましょ。あー、とっとっとっ (伊勢屋が湯呑みの中の残りを飲み干そうとするので)、・・・そう言ったからったってなにもあなたね、一気に飲み干すことァないんですよ。ゆっくりやってください。それぐらいはかまいませんよ
伊勢: いえ・・・(とひと息つき)。あたくしはね、どうもその、注ぎ足されるのが嫌いなんでございます、ええ。も、なにしろね、えェ、一杯っつ、きっちり飲まないとね、なんか損をしたような気がするん・・・・
月番: はあ・・・、そうですか。たいへんですなァどうも、ねえ。へい、へいへい、へい、(お好きなように) どうぞやってください
伊勢: え、ええ、どうも、ありがとうござい・・・、ええ、もう結構でござ・・・・・、へっへっへ、どうも。へへ。(ぐっと飲む)えェーッ、うーッ、よろしゅうござんすなァ、ええ。えー、もうね、さっきおもてがあんまりその、寒かったもんですから、火にあたったでしょ、こう、火照ってました。ええ。そこへこの酒が入ったんで、パアーッと・・・、もう、たいそう暖かくなりましたよ、ええ。ありがたいですなァ、じわっときてます、ええ、どうも、へっへっへっへ、どうもっへっへ。ええ、こういうことがあるんでしたらねえ、ええ、番頭は寄越しませんよ。もーう、明日っからあたくしが毎晩出てまいります。ええ。えー、あしたはこれで寄せ鍋かなんか・・・
月番: 何を言ってン・・・。今夜はたまたまこうなったン。ねえ!毎晩こういうことをしてるわけじゃありませんですからなァあ。ええ、も、本当にね、さァさァ、どんどんやってください
伊勢: ええ、いただ、いただいてます。ええ。(と飲み、酔いがまわってきて) いや、あたくしこのね、お酒ね、ええ、たいへん好きなんでござんす、ええ。いえ、あまりね、外でね、お付き合いをするほど、酒飲めないんです。ええ。そうですなァ、うちにいて毎晩、この湯飲みで、二テレツ(杯)っつぐらいやるんでござんす、ええ。ぇぇ、そうしますとね、え、体ァ暖まりますし、え、食は進むしね、えー、夜分よく寝られますし、こんな結構なものはありません、ええ。(自分のところは) みィんな風邪ひいてン、ええ。あたしがこうやってピンピンしてられるのはこの、おー、酒のおかげですよ、ええ。酒は百薬の長ってますが、んん、まったくですなあ
月番: (少し酩酊) おっしゃるとおり。おっしゃるとおりですよ。いやァ、そりゃそうですよ。ね、うん。こんないいものはないんです、ええ(飲み)。よくねえ、酒は体によくないって、そういうこと言うン・・・。そらね、飲み過ぎるからいけな・・・。いや、あなたみたいにね、ほどほどに飲んでりゃ・・・。あたしもそうですよ。え、おもてへ出てね、わァわァわァわァ、これをやるとね、やりすぎちゃうン。だからうちでやるんです。だからね、人にはね、酒はいただいてないんです、と言ってはいますがね、ええ、そりゃァ、こんないいものはありませんよ。ええ、今おっしゃったとおり百薬の長。薬です、これは。ね。よくね、これァたいそう効く薬だよ、とか、え、何とかいう名医が調合した薬だよ、なんてえの、いただくン。寝?ところがねえ、のんだってすぐに効くもんじゃありません、薬なんてものァ、じわじわじわじわ長いことかかってやっと効いてくるン、ええ! これはそうじゃないんですから。キュウーッといくでしょ、ね、スウーッと腹に納まるとたんに、もう、じわっといきなり効くんですから。ええ、こォんなねえ、結構な薬ってのはありませんですよ、本当に、ねえ。へえ? なァに?もう、煮えてきてる? あ、もういただけるの? あ、そう、うん。うふっ、もう大丈夫だそうですよ、ねえ、この、お、音がたまんない、こういうものは。ね、煮てる時に、ごとごとごとごとごとごとって、うん。この音聞いてるだけで、え? 暖まってきますな、ええ、体が。あっはっはっはっは。ええ、え、じゃァ、やろうか。じゃ、ひとつみなさんに箸・・・・・え? 箸、それしかないの? しょうがねえな。じゃァ、あの回しっこでいこう、回しっこで、へい、貸してくだはい。さ、先生からどうぞ (と箸をすすめ)。いえいえ、遠慮することァありません、ええ。さ、どうぞ
黒川: あ、そうですか。おそれいります。それじゃ、あたくしが先に。みなさん、お先に失礼をいたします。これが・・・これが猪の肉。ほほう・・・、いえ、実を申しますとな、わたくしは、きょう初めて、この猪というものをいただくんでございます、ええ。話には聞いてるんでございます。たいへんに体にいいなどという・・・、ええ、では、いただきます、ええ。(箸でつまんで眺め) ははァ。フーッ、フーッ、フーッ (と吹いて) フッフッフッ、(口に入れたがまだ熱く) はッはッはほッ、うん、うーん、なるほど・・・。これはまた・・・、いやァ、美味でございますな。うん、これはいい。さっそくあした、娘に買わせましょう、ええ。フーッフッはフはフはフはフ、うんうんうん、は、はァ、(舌鼓を打ち) いいですなあ。こりゃあ! うん。このまた色合いといい、何とも言えません。へえへえ。いやあ、よいものを教わりました。は、またこうして、ェェみなで猪をこう食べているなぞというのも、風情があるもんですな。うん、いや、座敷で食べたりするのもまた結構ですが、こうした番小屋なぞで、ウハッハッハッ、よろしいですな、これは。うん (と一考し)、え、ば、『番小屋で猪を食べてる火の廻り』・・・あまりうまくありませんな、うん。『木枯らしや猪鍋の音ごとごとと』、うん、『猪鍋を・・・』
月番: あァた、いい加減にしてください。落ち着いてちゃだめです、落ち着いてちゃ。ええ、二箸か三箸チャッチャッとやってどんどん回してくれないってえとね、え、ひとが入ってきたら困るんだから。はやくしてくださいよォ本当に。ね、こんなものはね、早くやんなきゃいけない。(箸を受け取り自分が) フーッフーッフ、はッはッはッはッ、ね、惣助さん、おそれいりました。え? いい味加減だよ。甘くなく辛くなくね、これでなくちゃいけない、ええ。フーッ、このね、猪の肉ってのは豪儀なもんでね、うん、熱いやつ口ィ放り込んでも火傷しないン。え、本当に、ええ。フーッフーッはッはッはッ。うん、ああ、こりゃいい、うん。さ、伊勢屋さん、いきましょう
伊勢: ん、いえ、え、もう・・・、あたくしは・・・あたくしは (となぜか尻込み)
月番: う? あの、肉、いけませんか?
伊勢: いえェ、肉がみんないけないてえわけじゃァないんで・・・、ええ。えェ、鳥などはいただくんでございます。ええ。へへへ、どうも、う・・・、その猪というのはねェ、ええ、これァも・・・、あの姿を想い浮かべますとねェ、ああ、とても食べる気ンなれないんですが・・・。うーん、あたしその、(ことさら強調し) 葱が・・・、好きなんですがな・・・。葱をいただいてよろしいですか?
月番: あァ、結構ですよ。(箸を渡し) さ、おやんなさい
伊勢: そうすか、ありがとうございます。えェ、(箸に挟み) あのね、このね、葱というものにあたくしは目が無いんでございます。え、いつもね、えー、うちでいただいてますが、この、よく煮えてるんでないとだめなん・・・・・、ええ、(口元で吹き) フーッフーッフーッフーッ (頬張って) はッはッはッはッ。これ、ね・・・・・、このね、好きな方ンなるってえと生煮え加減がいいなんてェますが、あたくしはどうもあれ、ツウンときていけませんですな。うん。それにね、歯が悪いもんですから、やっぱりねこのね、よく煮えたトロッときてるね、(また箸に挟み) こ、こういうやつがいいんです。こういうのが、ええ。これがまたね、あの、なんでございます、ええ、えー、甘味がありましてな、ええ、えー、結構なもんですよ、ええ。はッはッはッ・・・・・、(うまそうに噛締め)、ああー、うん、いいですなァ、こりゃどうもねえ、へえ。あの、(生煮えを挟んで) こ、こういう、これがね、こういうのがいけないんでござんす、ええ。え、・・・でもまァ、好きですからいただきますがね、ほ、ほ、骨折るんです、食べるのに・・・、本当に。ええ。フーッフーッ、はーッ(口に入れ) うゥん、(噛みながら不明瞭にしゃべり) ん、ここ、ね、・・・こここ、ん、ウッ、ウッ、(手で口を押える)
月番: どうしました?
伊勢: (どうにか呑み込み)だからあたしゃ嫌だってン。ええッ! 無理に噛むと芯の熱いのがピュウッと飛び出してきた・・・、喉へトーンと突き当たるン。ねえッ。やっぱりよく煮えてね・・・、(よく煮えたのを挟み) こういうところ・・・、フーッ、はッはッ、こういうね・・・。葱がよろしいン、ええ (と、しきりに食べる)。んー、この葱てえものはね・・・
月番: ・・・・・うゥん、どうでもいいけど伊勢屋さん、さっきからこう拝見してるとねえ、葱だ葱だって言いながら、葱と葱の間に肉を挟んでますなァ
伊勢: ふふふふ(と、しのび笑い) めっかりましたか?
月番: なにを言ってるん・・・。ずるいよあァた! ええッ。早く回してやってくだはいよ
伊勢: へいどうも・・・。へい、辰っつァん、お待ちどおさん (箸を渡す)
辰: (酔って非常に嬉しそうに) うっふっふっふっふっ、もう、あたしゃァね、猪の肉、目が無いん、ハッハッハッハッ、あーッ、(酒を飲み干し) えーエ、え? いや、(酒をすすめられ) もうそんなに・・・、いえもう、ここは・・・いや、もうよしましょう、またこう・・・廻ったりしなきゃなんないんですからあ、いえエ、そんな・・・、え? いや、だけど・・・。あ、そうですか、ええ、じゃ (と酌を受け)。ハッハッハッハッ、えへ、じゃあの、半分で結構でございますから、ええ。いやいや半、(たっぷり注がれてしまい) 半分でいいってェのにまたァッ、(とは言ったものの)・・・いやいや・・・そ、その、(だいぶ酔ってきて) はっはっは、おそれいりますな・・・。これねえ、きりがないんですよ、飲みだすとねえ。ええ。もう毎晩ねえ、もう・・・五、六杯やるんですからァ、えっへ、(それが定量かと問われて) え? (定量は) 二テレツだって・・・そ、そ、そんなことを言ってんですがね、だめなン、飲みだすとねえ、えっへっへっ、ばあさんにいつも怒られる。(ぐっと飲み)いーい・・・心持ちンなりましたなァ・・・。ええ。(大声で) どうですな、月番さん、ここらでもってひとつ、都々逸の回しっこかなんか!
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二番煎じ(後)

2007年12月30日 | 落語
月番: (こちらも酩酊してはいるが) 何、何を言、何を言ってんのなァた。ばかなこと・・・ばかなこと言っちゃいけませんよ。都々逸の回しっこ、・・・ここはねえ、火の番・・・小屋ですよゥ。え? そこでェッ・・・、その・・・、都々逸なんぞうたっててごらんなはい、人はなんとおもいますゥ。ええ! お役人にみつかったら大変なんだからァ、ねえッ。そらあ、だめですよオッ
辰: そら、あァたね、堅すぎるよ、そらァ、ねえ。(益々酩酊) それァ月番さんね、そういうこと言うけど、い・・・、そらァ、い、いいじゃありませんかァ、ね。酒飲んで、あァただって気持ちがいいでしょ、ねえ。酒飲んで、ただ気持ちがいいってェの、あたしァ嫌いなんだ。飲むとあたしァ唄うの好きなんだ。ねえ? 唄ぐらい唄わしてくだはいな
月番: (こちらもすっかり酩酊) う、いや、だから、今言ったとおりね、いけません。月番のあたしがなんか・・・
辰: いや、そらわかってます。あァたは月番だ月番だって威張るけどね、歳はあたしのほうが上ですよオ。ええッ。あァたがこんな小さい時分にね、寝小便して、それェ親に・・・その寝小便の跡のついた布団を背負わされて、町内をぐるっと廻された・・・、そんなことだってあたしは知・・・
月番: そんなあァた、古いことを言うこたァない。わ、わかっ、たかりましたよゥ。わかった・・・、じゃァおやんな・・・おやん、おやんなさいですけど、いいですかァ? 大きな声を出しちゃ困りますよゥ。ねえッ。小さい声ッ、小さい・・・
辰: わ、わ、わかっ、わかってますよォ。ねえッ。だてに遊んでんじゃァないんだ、んな、んなことァ心得てます。えェ。じゃあたしから、はないきますから、いいすかァ? ね、うん。(声を小さくし) 小さい声で、えっへっへ、どうも。テトンテツトントン、と。(声は) こんなもんでよろしいでしょ?
月番: う、(ごく小さな声で) そんならいい
辰: (小さいまま) うふふ、どうも。♪ええーエ さわぐ烏ゥにィ』 と、♪石ィィーィ投げつけェりゃーァ、それてェェーェおてェらのォォォ鐘が鳴るゥゥゥ』 ・・・なんてェのは・・・どうです
月番: (小さく) ようようようようよう。(と小さく手も叩き) ハッハッハッ、(次第に普通の声量になって) 結構ですなァ
辰: ハッハッハッハッ、どうもッ
黒川: 月番さん
月番: なんです、先生
黒川: どうでしょうな。『猪鍋を食っておかしくもあり、ししししし』 てえのは
月番: (大きな声になって) 酔ってるよゥ! あァたアッ。ばかなこと言っちゃいけなッ・・・(笑いながら)、やだなアどうもオ! ハッハッハアッ!
役人: (表から) 番ッ!
月番: ・・・う・・・、なんだい? なあに、辰つァん。なあに?
辰: 何がです?
月番: (酔ったまま) 今、なんか言ったろ?
辰: (やはり酔ったまま) いいえ、言いませんよォ
月番: おかしいね・・・
役人: 番ッ!
月番: う、ほら、言ったじゃねェ?
辰: あ、表。ええ? あのね、蒲鉾屋のあの、アカ。犬。あれがね、あの、匂いをかぎつけてね、一緒に食いてえってんで来たんだよ、うん
月番: 冗談言っちゃいけェ、犬なんぞに食わしてたら、これっぱかりしかねェん。まだ二箸しかやってねェん。あとまだねえ、こっちがいくんだから
役人: 番ッ!
月番: シッ!
役人: 番、番ッ!
月番: シッ、シッ
役人: (表の声、厳しく) これッ、番の者はおらんのか!
月番: (震え上がって声をひそめ) おゥい、大変だ!・・・おい・・・・・、あの、犬じゃない、お役人・・・、お役人だ、お役人ッ。(慌てふためき早口に) さ、は・・・、湯呑みやなんか、みんな片して・・・、どーっど、土瓶、ど、ど、土瓶、そっちに早く持ってって。惣助さん、そんなとこ落ち着いてちゃいけない。そ、の、鍋を、鍋を早・・・、(戸を) 開けちゃいけないよッ! ま、まだ開けちゃいけない。な、な、鍋を早く、(あせって) 何を、ええ?そ、そんな、(熱い鍋を) 持つもの捜してたって駄目、いきなり掴んじゃいなさい! あ、熱いったってしょうがないんだッ、いいよあたしがやるッ。(素手で鍋を掴み火から下ろしたが運びきれずに脇に置き)あっちあちあち、あちあちあち、あちあちあち、そ、(大声になり) 開けちゃだ・・・、開けちゃ駄目だってンだ!おい、惣助さん、そこ (鍋の上) へ座っちゃえ座っちゃえッ! (指差して) ここへッ
惣助: そうすか・・・。(と恐る恐る座ったが熱いので中腰に跳ね上がり)、アアーッ・・・・・アーッ・・・(開けたので役人が入る。一同平伏)
月番: (努めて平静を装い、酔いを抑えて) ・・・うう、・・・ん、どうも・・・。お役目、ご苦労様に・・・ございます
役人: (小屋の中を見回し) ・・・・・みな廻っておるのか。何をしておる
月番: は・・・今夜より、・・・ふた、二組に分かれて廻っておりまして、一廻りして、ただいま・・・、ここで休んでおりますところ・・・。他の、組が・・・廻っております
役人: まことだな
月番: う、嘘ではございません
役人: うん、それならよい。・・・今、拙者が入ってまいった折に、何か、土瓶のようなものをしまったな。あれは何だ
月番: えっ、(ちょっと考え) ああ・・・、あれはなんでございます、このォ・・・、惣助さんが・・・
惣助: (小声で) ちょっと月番さん、なぜそこであたしの名前を出すんです
月番: ・・・風邪をひくと、いけないから、薬を煎じて飲もうと・・・。薬を煎じておりました
役人: うむ。拙者が 『番』 と申したら 『シッ』、『番、番』 と申したら 『シッシッ』 と申した。あれは何だ
月番: え・・・、あれはあのォ、この、(答えにつまって) 惣助さん・・・
惣助: (小声で) ま、ま、ちょっとォ、嫌だよゥ、あたしの名前を出しちゃァ。覚えられちゃうよォ、ええ?嫌ですよォ
月番: や (と目顔で惣助をとどめ、思いついて)・・・、寒いから火(シ)をどんどん起こそう、火だ火だ、火、火、とこう申してたン・・・
役人: うむ。風邪薬か。よし、ちょうどよい。拙者も両三日(リョウサンニチ)前より風邪をひいておる。拙者に一杯もらいたい
月番: (窮し) いえあの・・・、それなんでございます。・・・あの、あたくしたちには効くんでございますが、ええ、あの、お、お侍さんには効かない薬なんです
役人: そのような薬があるか。うん? さあ、一杯もらいたい。これへ出せ
月番: ・・・あ、そうすか・・・。出せってェの・・・同仕様?(と小声でみんなにはかり) ええ? (腹をくくって) ・・・いいよいいよ、わかったよ (と自分に言い聞かせるように小声で) あの、月番、月番のあたしがね、万事責めを負いますよ。湯呑みに一杯お注ぎなさい。心配することァありません。こう見えてもあたしは江戸っ子だよ。何を言ってるン、ねえ! へい、お待ちどうさまで
役人: うむ。いやァ、毎年このあたりんいなると必ず風邪をひいての。ハッハッハッ、だらしのないものよ。うん、ハッ(と笑いながらグッと飲んで舌鼓したあと低い声で) そのほうたちはこれを飲んでおったのか?
月番: (覚悟をし、殺した声で) さいでございます
役人: (きつく) 間違いなく、これを飲んでおったかッ!!
月番: ・・・(見が縮むよに) さいでございます
役人: ・・・(ニンマリ) よい煎じ薬じゃ。(さらに飲んで) ウーッ。いま一杯もらいたい
月番: あアー、そうですかァ・・・。(ほっとし、みんなに小声で) よかったよォ、もう同罪だよ、おい。ヘッヘッヘッ、あア! ヘッヘッヘッ。へい、お待ちどうさま
役人: うむ、アーッ。体が暖まって何よりだ、のう? うむ。(飲み) アーッ。これ、表戸(オモテド)を閉めよ。棒をかえッ。・・・・・鍋のようなものをしまったな
月番: は・・・あ・・・、い、い、いや、あの、あれは、あの、この惣助さん
惣助: またあたしの名前!
月番: いや、あの、え、あの、煎じ薬の口直しを・・・煮ておりました
役人: おーおお、さようか。拙者もほしい。これへ出せ
月番: ・・・ああ、さいですか。・・・あんまり出どこはよくないんですが・・・。(惣助に) 立ってごらん、立ってごらん。(鍋を見て) ・・・つゆがなくなっちゃったじゃないか。あと、たいへんだよゥ、痒くなってェ・・・。うん・・・。ちょっと見場よくしてね、うん、おすすめしなさい。そうそう。さ、さ、さあ、どうぞ、どうぞどうぞ。ええ、へい(と鍋を差し出す)
役人: ん、何だ? 肉だあな、うん。猪の肉? (満足そうに) おお、そうか。ウッハッハ、寒い晩にはなによりな。はっはっはっ、うむ、はフ、うむ、これはよい。うん。(しきりに食べ) あーア、口直しがよいと、煎じ薬も進むのう、うーむ。いま一杯もらいたい
月番: ああそうですかァ。もう一杯だってさァ
惣助: (小声で) おゥい、断わっちゃいなさい、断わっちゃいなさいよゥ、みんな飲まれちゃいますよ
月番: ゥゥ、そうかい? えエ、おそれいりますが、煎じ薬が切れましてございます
役人: なに煎じ薬がないか?
月番: はい、一滴もございません
役人: うむ、しからば拙者、いま一廻りしてまいる。その間に、二番を煎じておけ
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芝浜(前)

2007年12月13日 | 落語
女房: ねえ、おまえさん、おまえさんっ
亭主: ・・・・・おう・・・・・あゥ・・・・・、なんだなぁ、人がいい心持ちで寝ているのに、おい、こん畜生、邪険な起こし方ァしやがって・・・・・なんでえ?
女房: ねえ、早くってすみませんけどねえ、起きて河岸へいってくださいよ
亭主: えッ?
女房: 商いに行ってくださいよ
亭主: なんでえ、商いに行けってェなァ?
女房: なんだじゃァないよ、きのうお前さん言ったじゃァないか、あしたの朝っからおれァもうまちがいなく商いに行くから、今夜は飲むだけ飲ましてくれってお前さん、ぐでんぐでんに酔っ払うほど飲んだじゃないか
亭主: うふん・・・・・ゆんべ? そんなことを言ったか、おれァおめえに? え? ふうん? 商いってェやつも、いえ、行かねえってわけじゃァねえけどもよッ、ものにゃァついでてえこともあらァな、いいじゃァねえか、まだ、行かなくったって、もう二、三ン日
女房: ばかなことを言っちゃァいけないよ。もう、おまえさん、十日も二十日も商売を休んでるじゃないか。
暮れもちかいってェのに、どうするつもりなんだい?
亭主: わかってるよ。おめえがなにも鼻の穴ァひろげて、暮れが近いって言わなくったって、うちだけが暮れが近けェわけじゃねえや
女房: なにを呑気なことを言ってんのさ。釜の蓋ァあきゃァしないよ
亭主: 釜の蓋があかなきゃァ、鍋の蓋かなんかあけときゃァいいじゃねえか
女房: 釜も鍋もあかないんだよッ
亭主: うふん・・・・・なにもうおめえ釜だの鍋だの無理にあけるこたァねえじゃねえか、あかねえもんなら。
どうしてもあけてえなら水がめの蓋かなんかあけて、間に合わしときねえ
女房: 鮒や鯉じゃないから、水ばっかし飲んで生きてるわけにゃァいかないじゃないか。そんなことを言わないでさァ、しっかりしとくれよ、ねえ、昨日あれだけ約束したんだから、行っとくれよ、商いにッ
亭主: そんな約束したかい? 昨夜?・・・・・行かねえとは言わねえけどもよう、考げえてみねえな、そう、すらっといくもんじゃァないよ。そうだろう。十日も二十日もおめえ、商い休んじゃったんだぜェ。得意先がおめえ芋だのごぼう食ってつないでるわけァねえだろ? どっかほかの魚屋が入ってるとか、な? なんかしているとこへ、間抜けな面ァして荷を担いで 『こんちァ、魚勝でござんす』 『なんだい勝っぁん十日も二十日も来ねえでいまごろ来たってしょうがねえや、ほかの魚屋が入ェってるんだい、だめだよ』 ・・・・・なんてンで剣のみォ食って引き下がってくるなんざァ気がきかねえじゃァねえか
女房: なにを言ってるんだよ、おまえさんが行かないからほかの魚屋でもなんでも入るんじゃァないか、お前さんの得意なんだよ、お前さんが行きゃァ、『どうしたんだい魚勝、また酒に飲まれやがった』 ぐらいそれァ一度は小言はいわれるだろうけれどもさ、蟹の一杯でもかれいの一枚でも買ってくださるんだよ。そりゃはなのうちは少しぐらい、いやな顔をされて断わられたって、そこはお前さん十日も二十日も休んだほうが悪いんだからしょうがないよう、ね? それともなにかい? お前さん、もうひとにとられた得意先を取り返すだけの腕ァねいのかい?
亭主: なによゥ言ってやがんでえ、こちとらァ餓鬼のうちから腕でひけェとったこたァねえや
女房: そんなら行っておくれな
亭主: 行けったっておめえ、・・・・・二十日も休んじゃってんだろう? 飯台がしょうがねえじゃァねえか・・・・・
たがァはじけちゃっておめえ、水がたらたら洩れる飯台なんぞ担いで歩けるけえッ
女房: なにを言ってんだい、きのう今日魚屋の女房になったんじゃァないよ。ちゃんと糸底ィ水が張ってあるからね、ひとッ垂らしでも水の洩れるようにゃァなっちゃァいないんだよ
亭主: ・・・・・包丁はどうなったい?
女房: ゆんべ出して見たんだけどねえ、お前さんがちゃんと研いで、そば殻ン中へつっこんであったろう?ピカピカ光って、生きのいい秋刀魚みたいな色ォしているよ
亭主: ・・・・・草鞋(ワラジ)ァ?
女房: 出てます
亭主: フッ、よく手が回ってやがんな。商えに行くったっておめえ、仕入れの銭だっているんだぜ?
女房: 馬入(バニュウ)に入ってるよ
亭主: ふ・・・・・煙草ァ?
女房: 馬入に入れといたよ
亭主: いけねえ、こっちィくれ、どうも煙草ァ馬入ィ入れとくてえと、すぐ出そうったって間に合わなくってしょうがねえ、こっちィかしねえ、・・・・・やっぱし煙草てえやつァ腹掛けのどんぶりに突っ込んどくのが一番いいんだい。ええ? 行くよゥ、行きゃァいいんじゃねえか、行きゃァ・・・・・やいやい言うない、うるせえなッ
女房: ・・・・・いやな顔しないで行っとくれよ。久しぶりで商いに出るんじゃないか、ね? ほうらごらんな、支度をすればやっぱしいい気持ちだろ? 草鞋ァ新しいからさあ、気持ちがいいだろう?
亭主: よかないよ・・・・・気持ちがいいってえのは、好きな酒飲んで、ゆっくり朝寝しているときを言うんだ
女房: 勝手なことを言うんじゃないよ。しっかりやっとくれよ、河岸行って喧嘩しちゃァいけないよ
亭主: あー、言ってくるよ (と天秤を肩に)・・・・・うー、寒い、寒い。眠気なんかすっかり覚めちまった・・・・・
ちぇッ、やだやだ・・・・・なあ、考げえてみると、魚屋なんてなァ、つまらねえ商売だなァ。どこの家だってみんないい気持ちでいびきィかいてるさかりだあ、なあ? あたりは真っ暗だし、起きてるとこなんざ一軒もありゃァしねえや、なあ? 起きてンなあおれとむく犬ぐれえなもん・・・・・
シッ、シッ、こん畜生ッ、なんでえ吠えつきやがって、よせやい、二十日も面ァ見せねえもんだからこん畜生忘れちまやがって、おれだいおれだい、あッはッは、やっと気がつきやがって尻尾ォ振ってやがら、なんでえ、ええ? 犬に忘れられちまうようじゃァ商えに行っても心細えな、・・・・・あーあ、しかしなんだな、愚痴をこぼすようなもんの、餓鬼のうちからやってる商売ェだ、な? だんだん浜ァ近くンなってきて、こう磯臭え匂いがぷうんと鼻へ入ェってくると、この匂いはまた忘れられねえや。
けどなんだねえ。ここまで来るとてえげえ明るくなるんだけどなあ・・・・・いやにうすっ暗えじゃねえか。
ああ、なんでえ・・・・・問屋ァまだ一軒も起きてねえじゃァねえか、なんでえ浜ァ休みか、今日は? ええ? 
おれが出てきたら問屋ァ休みだなんてんじゃまずいじゃねえか、やすみなわけァねえやァ、どうしやがったんだい、浜へくれァいつもいまごろは夜が明けてこなくちゃならねえんだがなあ、(と、空を見て) おかしいなあ・・・・・あ、切り通しの鐘だい、ええ? ああいい音色だな、おまけに海へぴィんと響きやがるからたまらねえなあ、あの味がよォ、また、なん・・・・・一つ刻(トキ)ちげえやがるじゃねえか (と、も一度空を見上げ) 暗えわけだ。かかあ、ときィまちがえて早く起こしやがったッ・・・・ちぇッ忌々しいなあ、本当に・・・・といって家ィ帰ェってかかあおどかしたって、またすぐここへ出直してこなくちゃならねえんだ、まあま、しょうがねえや、浜へ出て一服やってるうちにゃァ、しらしら明けになんだろう・・・・・
よッ、どっこいしょっと (と飯台を肩から降ろし) ああいい心持ちだい、ああゆんべ飲み過ぎてやがんだ、そいでなんかこうにたにたしてやがんだな、塩水で口でもゆすいで、な? (両手に水をすくって、口をゆすぎ、ペッペッと唾を吐き、それから顔を) ううッなまらねえ、たまらねえッ、(と二、三度ぶるぶるッと洗って) ああいい気持ちだ・・・・・ああさっぱりしてきやがったい、ありがてえありがてえ、はっきり目が覚めてきやがった、ここらで一服やるかなあ
 *飯台を左右に置いて、その上に天秤を渡して、傍らへどっかりと腰をおろした。火口(ホグチ)とって、石をカチッカチッと打って、煙管の煙草に火をつけて、ぷうッと吸い、
亭主: ・・・・・あっ、ぽおゥッと白んできやがった・・・・・ああ、いい色だなあ、ええ? あーあ後光がさすってえことをよく言うが、なるほど雲の間から黄色い色がでてくるなァたまらねえな、え? どうでえ、だんだん薄赤くなってきやがるなあ、どうみても、鯛(テエ)の色だな・・・・・あ、帆掛け舟が見えやがらあ。なんだ、もう帰ェるんだな、あいるァ、え? おれが早ェえと思ったら船の方はまだ早ェえや、愚痴も言えねえやな、考えてみりゃァ・・・・・ああ、海ってえやつァいつ見ても悪くねえが、こいつを十日も二十日も見ねえで暮らしていたんだ・・・・・へッ、どうでえこの海・・・・・
 *と、一服吸って、火玉をはたき、ふと、その火玉がすうッと波打ち際に消えたところへ目がいってじいっと見ながら、も一つぷッと煙管吹いて、持っていた煙管をぐうッと伸ばして、その雁首に砂に埋まっている紐をひっかけて、ぐいッとたぐり寄せた。
亭主: ・・・・・なんでえ、え? あれっ、汚え財布(セエフ)だな、ええ? 革にゃァ違えねえが、ぬるぬるだよ。ながく水に入ェってやがったんだよ。砂ァ入ェttるとめえて、なんだか重いてえな、なげえあいだ波にもまれてる間(マ)に、いつ入ェるともなく、な? 砂を出しちまわなきゃどうにもしゃあねえや・・・・・あッ―――
 *覗き込んで中身を認めると、身体が小刻みに震え出し、あたりを見回すと、あわてて財布の紐をくるくるッと巻き、ぐうッっと水を絞って、腹掛けのどんぶりへねじこに、飯台を肩へ・・・・・。
ドンドンドンドン~~~~・・・・・。
亭主: おっかァ、ちょっと開けつくれッ、おい、おっかァ・・・・・
女房: はい、いま開けます、すみませんねえ、いえ、一つ時刻ちがえちゃったんでねえ、お前さん怒って帰ってきやしないかと思って気にしてたんだよ、すみません、いま開けるから待っとくれ・・・・・なんだよう、そうドンドン叩かないでさあ、近所へみっともないからさ、いえいま開けるからお待ちなさいよ。いま開け・・・・・どうした? お前さん、喧嘩でもしてきたんじゃないのかい?
亭主: おっかァ、あとォ締めろいッ、だれもついてこねえか、え?・・・・・おっかァ、おめえ時刻ィまちげえて早く起こしたな?
女房: すみません、お前さんが出ちゃってから気がついたんだよゥ。また怒られるとおもって、追っかけて行こうかなと思ったんだけど、女の足じゃァ間に合やァしないし。すみません、ほんとうに
亭主: それァいいんだよ・・・・・おれァ河岸ィ行くとねえ、問屋ァ一軒も起きてねえや。起きてねえわけだ、早ェえんだもの、え? ま、浜へ出て一服やってようとひょいと波打ち際ンところを見ると、なんかこう動くもんがありやがる・・・・・はなァ魚だと思ったんだ。それから煙管の雁首ィ、引っ掛けて引きずってみたら、やけに重いんだ、たぐっていくとおめえ・・・・・(小声で) だれもいねえか、革の財布が上がってきやがった。
汚ねえ財布なんだ、そいからおめえ、なんお気なしに中ァのぞいてみるとなあ、おっかァ・・・・・これだ、見つくれ、おい、銭で一杯ェだ
女房: え? なんだって? お前さん革の財布を芝浜で拾ってきた?
亭主: ま、黙ってみてみろいッ、勘定してみろいッ
女房: まあ・・・・・ほんとうかい、お前さん、え?・・・・・たいそうな目方だねえ・・・・・おや、銭じゃない、金(カネ)だよッ。二分金じゃァないか、たいへんな・・・・・いえ、勘定してみるからさあ・・・・・
ちゅう、ちゅう、たこ、かい、な・・・・・
亭主: じれって勘定のしかたをしてやがんなあ、ええ? いくらあるィ?
女房: 待っとくれよ、数えてんのにわきからなんか言っちゃだめだよ・・・・・だいいち手が震えて、勘定しているうちにあとにもどってしまうんだよう
亭主: こっちィかしてみなこっちィ・・・・・ェェひとよひとよ・・・・・ふたふたふた、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、よッちョよッちョ・・・・・(小声で) おいっ、おい四十八両あるぜ!
女房: まあ、たいへんなお金だねえ・・・・・どうするい、お前さん
亭主: なによゥ言ってやんでえ、どうするってことァねえじゃねえかなあ、おれが拾ってきたんだ、おれの銭だあ、商えなんぞに行かなくったって、釜の蓋でもなんでもあくだろう、ええ? へっ、ざまあみやがれってんだ。ありがてえありがてえ。これだけ銭がありゃァ、おまえ、明日っから商えなんぞに行かなくっても大いばりだあ。毎日毎日ぐうッと好きな酒を何升飲んだって、びくともしねえや。おっかァ、江戸中捜したって四十八両も持ってる金持ちァ一人もあるめえッ、ここんところねえ、金公だの寅公、竹、みんなにもう借りっぱなしだよ、いつでも向こうに銭払わしちゃってたんだよ、きまりが悪いッたってねえやな。おればっかり飲んじゃあいねえや、え? 呼んできてやってくれ、でな、あいつら好きなものをうんとな、山ほど誂えてきて、で、みんなで、今日はもう、祝え酒だ、うんとやるんだから、おい、ちょっと声かけてきてくれ
女房: なにを言ってんだよう、お前さん。いま夜が明けたばかしじゃないか、金ちゃんだって寅さんだって、商いもあれば仕事もあるんだよう、お昼過ぎンでもならなけりゃ、どうもしょうがないやね
亭主: ちげえねえッ、へっへっへっ・・・・・あんまりうれしいんで夢中ンなっちゃったい。そうか・・・・・といって昼過ぎまでつないじゃァいられねえなァ。ゆんべの酒ァまだ残ってるだろう? え? 今朝ァ早えからよ、眠くってしょうがねえやな、うん、ぐうッと一杯ェやってね、ひと眠りをして、そいから昼過ぎンなったらみんな呼んできて、家で飲むから・・・・・ああ、湯飲みでいいよ、めんどうくせえから、うん、注いでみつくれ・・・・・ああ、うめえなあ。ああ、ありがてえありがてえ。ええ?
正直な事をいうとねえ、ゆんべは明日から商え行くんだってやつが胸につけえやがってよ、飲む酒がうまくねえや・・・・・ああ、もうこれで商えなんぞ行かなくていいってんだから、どうでえ、酒の味がちがうなあ。
ああ、たまらねえなあ、・・・・・え? 香こでもなんでもいいや、なんでえハゼの佃煮があったかい? ちょっとつまみゃァいい・・・・・はあ、ありがてえなあ・・・・・まだあるか? 注いじゃってくれ・・・・・うん、おっとっとっと、なんでえ、ずいぶん残ってやがるじゃねえか、そうか、ふふ、ヘッこのごろ弱くなったのかな・・・・・ああ、ありがてえありがてえッ、ええ? おれは運がいいんだな、昔っからよく早起きは三文の得てえが、三文どころの得じゃァねえや、まさかおめえ浜で財ェ布を拾おうたァおもわねえじゃァねえか・・・・・
ちゅうッ、ちゅうっ・・・・・よしよし、そいでおつもりか。またあとでみんなとふんだんに飲めるんだから、もういい・・・・・ああ、利きやあがんな今朝ァ・・・・・あっ、いけねえッ、さっきから妙だと思ってたら褌もなにもびしょびしょだ。おい、褌出してくれッ、ああ腹掛けも取らなくちゃァ、・・・・・おいおっかァ、腹掛け脱がしてくれよ。おう、おれァ寝るからな、昼ンなったら起こしてくんな
 *床の中へ入ると、ぐうーッと・・・・・。
女房: ねえ、おまえさん、おまえさんっ
亭主: ・・・・・おう・・・・・あゥ・・・・・、なんだなぁ、おうッ、畜生、びっくりするじゃねえか・・・・・なんだ火事か?
女房: 火事じゃァないよう、商いに行っとくれよ
亭主: ・・・・・なに?
女房: 商いに行ってくださいよう。ぐずぐずしてると河岸ィ行くのが遅くなるよう
亭主: なんでえ、商えてェなァ?
女房: お前さんが商いに行ってくれなきゃァ家の釜の蓋ァあかないじゃないか
亭主: ・・・・・また始まりゃがったな、こん畜生。釜の蓋も鍋の蓋もあるかってんだ、きのうのアレであけときゃいいじゃァねえか
女房: なんだい、きのうのアレって?
亭主: おい、よせよゥ、おい。なんだってえこたァねえじゃねえか、え? おめえに渡したろう?・・・・・(小声で) 四十八両! あれであけとけってんだい
女房: なんだい、四十八両ってなァ・・・・・・?
亭主: おッ、畜生、この野郎ッ・・・・・いい加減にしろよう、少ゥしぐれえいくなァかまわねえけどもよ、そっくりいくなァひでえじゃァねえか、なんだいそのうすっとぼけて四十八両なんだなんで・・・・・おれが昨日芝の浜で拾って来た四十八両があるだろう?
女房: なにを言ってんだよう、お前さん昨日芝の浜なんぞに行きゃァしないじゃァないか
亭主: なにィ? おれが芝の浜へ行かねえ? そんなことがあるもんか。おい、お、お、おめえが起こしたろう、え? そいで、おれァ芝の浜へ行ったじゃァねえか? そうしたら時刻間違ェて起こしたもんだから、まだ問屋も一軒も開いちゃァいねえ。しかたねえから、おれが浜へおりて、一服やってるうちに革の財布を拾って、家ィ帰ってきて、おめえと勘定してみたら、四十八両あって、おめえに渡したじゃァねえか
女房: ・・・・・情けないねえ、この人ァ・・・・・いくら貧乏しているからって、お前さんそんなものを拾った夢ェ見たのかい?
亭主: おいッ、夢ェ・・・・・? 夢じゃねえ、おれァちゃんとおめえに渡し・・・・・
女房: なにを言ってるんだよ、おまえさん、しっかりしておくれよ。四十八両、どこにそんなお金があるんだよう・・・・・・そんなお金がありゃァ、この寒空にあたしゃァ洗い晒しの浴衣ァ重ねて着ちゃァいないよ、いいかい? 
たいして広い家じゃァない、天井裏でも縁の下でもどこでも捜してごらんな、どこに四十八両なんてお金があるんですよう、しっかりしておくれよ。お前さん、情けない夢ェ見るねえ、いいかい? よくお聞きな、昨日の朝起こしたとき、なんったんだい。うるせえッて、ひとのことをどなりつけてさ、ね? あんまりしつこく言ってまた手荒なことォされちゃつまらない。だからあたしゃァ、いま起きてくれるだろうと思ってそのままにしといたら、いつの間にかお前さんはまた床の中へもぐりこんで寝ちまって、そして今度ァ、起こそうとゆさぶろうと、どうしたって起きるどころかじゃァ、ありゃしないじゃないか。そいでお昼時分にぽっくり目を覚まして、『おッ、手拭出しな』 ・・・・・手拭持って朝湯へ行っちゃって、帰りに寅さんだの、金ちゃんだの、竹さんだの大勢お友だちをいっしょに連れて来て、『おう、酒ェ買ってきねえ、天ぷらそういってこい、鰻を誂えてこう』 友だちのいる前でおまえに恥をかかせるようなこともできないと思うから、どうしたんだろうとは思いながらも、お酒を無理に都合して借りてきたり、天ぷらを頼んだり、鰻を誂えたりしてさ、なにがうれしいんだか知らないけれども、さんざんお前さん飲んだり食ったりしてさ、お前さん、もうぐでんぐでんになるほど酔っ払ってさあ、そのまま寝ちまったじゃァないか、そうだろ? いつお前さん芝の浜ィ行ったんだい?
亭主: ・・・・・ちょっと待ってくれ、おい!・・・・・えッ? 昨日、おれァ、朝、おれァ芝の浜へ行かなかったか?
女房: 行きゃしないじゃないか、起こしたって起きないで、床ン中へまたもぐずりこんで寝ちまったじゃないか
亭主: えッ? じゃァなにか? おれ、昨日の朝、行かねえ? 夢だ?・・・・・ずいぶんはっきりした夢だなあ・・・・・・なにをゥ言ってやんでえ・・・・・え? おッ、切り通しの鐘はどこで聞いたんだい?
女房: なに言ってるんだよ、鐘ァここだって聞えるじゃァないか。いま鳴ってるのは切り通しの明六刻(アケムツ)ですよう
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芝浜(後)

2007年12月13日 | 落語
亭主: ・・・・・あっ、・・・・・夢だ、しまったァッ、そう言われると、おれァ餓鬼のころからときどきはっきりした夢ェ見る癖があるんだ・・・・・でなにか? おいっ、友だちを連れて来て飲んだり食ったなァほんとうかい、おいッ?・・・・・えっ? 銭を拾ってきたなァ夢で、飲み食いしたなァ本当かい、おい? そいでおめえ、そんな恰好ォしてんのか、・・・・・そうか、えれえことォしちゃったなあ、十日も二十日も商え休んで、家ン中へ銭あるわけやァねえやなあ、その挙げ句に友だちを大勢連れて来て飲んだり食ったりしちゃっちゃァ始末がつくめえ・・・・・えれえことォしたなあ、おっかァ、面倒くせえから、死のうか
女房: なにを言ってんだよ、お前さん、しっかりしておくれよ。死ぬ気でやれァどんなことだってできるじゃないか、お前さんがね、少うし身を入れて、商いを四、五日してくれりゃァ、あのくらいのものはすぐに浮いちまうよ
亭主: おれが商えに行きゃなんとかなるか? え? (身を引き締めて) おっかァ、おれァな、酒が悪いんだ、え? もう金輪際飲まねえッ、酒飲まねえでおれァな、一所懸命に商えするッ、おめえに苦労かけてすまねえ、おれァもう酒飲まねえから安心してくれッ
女房: ・・・・・おまえさん、本当に、酒をやめてくれるかい? えッ? 好きな酒だよ、やめるったってやまるもんじゃァないんだよ
亭主: なにを言ってやんでえ、おれだって男だ、一遍こうと歯から外へだしたことァ・・・・・、やめるったからにゃァ、きっとやめるよ、おれァ、一所懸命商いにいくよッ
女房: (泣いて) ほんとうに商いに行ってくれるかい?・・・・・そうしてくれりゃァ、このくらいのものはどうにでもなるよ、じゃァおまえさん、しっかりやっとくれよッ
亭主: よしっ、こうしちゃァいられねえッ、支度しようッ、なんだ? 二十日も休んでるんだ、飯台、箍(タガ)ァはじけちまったろう?
女房: 糸底へちゃんと水がはってあるから大丈夫だよ
亭主: 包丁はどうなってる?
女房: おまえさんが研いで、そば殻ン中へつっこんであるから、ピカピカ光ってるよ
亭主: よしッ、草鞋(ワラジ)ァ?
女房: 出てます
亭主: ・・・・・あー・・・・・妙なもんだなァ、夢にもそんなところがありゃァがったい、仕入れの銭ァいくらかどうにかなるか
亭主: わずかだけどもね、こしらえて馬入へ入ってるから、今朝はそれで我慢しといておくれな
亭主: おっかァ、おめえはえれえな、なあ、こんな飲み食いしたりなんかァして、その上まだおめえに仕入れの銭まで都合させたりなんかして、すまねえ。そのかわり、おれァもう酒ェやめてうんと働くからな、じゃァ、行ってくるぜ
女房: しっかりやっとくれよ、河岸ィ行って喧嘩ァするんじゃないよ
亭主: 大ェ丈夫でえッ・・・・・
*町々の時計になれや小商人――
 人間ががらっと変わって、商売に精を出す。あの魚屋さんが来たから、もう何刻だ、あの豆腐屋さんが来たから、そろそろお昼だよと言われるようになれば、商人も一人前――。
 好きな酒をぴたりとやめて、早く河岸へ行って、いい魚を仕入れてきて・・・・・もとより腕のいいところへもってきて、お得意を持っている.
「やっぱりなんだねえ、魚ァ魚勝じゃァなきょだめだねえ」
「おう、寄ってってくれよ、おれンところへも・・・・・」
「じゃァ、あしたの朝まちがいなく来ておくれ。夕河岸(ユウガシ)ィ、いつかまた来てくれよ」
・・・・・三年経つか経たないうちに、裏長屋にいた棒手振りが、表通りへ小体(コテイ)だが魚屋の店を出すようになった。・・・・・『御料理仕出し』 というのを障子へ書いて、岡持ちの三つ、四つ、若い衆の二人、三人置くようになった。
     ちょうど三年目の大晦日――。
女房: お帰んなさい、どうだったい?
亭主: どもこうもおどろいたい、ええ? 混んでて、まるで芋ォ洗うようだぜ。・・・・・そこいらどんどん片付けて、ぐずぐずしねえで、なんだァ、みんな早えとこ湯ィ行ってきねえ。もォなんだろう? お得意さまンとこァ届けるもんは届けちゃったんだろう? おう、片付けちまいな、ああ、どんどん。うん、残った魚ァどうにでもまた始末ァつくから、そっちンとこへまとめといてな。早えとこひとっ風呂浴びてさっぱりしろい。ここんとこずうッ遅くまで働いたんだ。ぐずぐずしてると、どんどん湯ァ汚くなっちゃうんだ。・・・・・ああ、そうよ、どうせすきっこねえや。それから、なんだ? 包丁はどうした? 研いでそば殻へつっこんどいた? ようし、包丁の始末さえついていれァ大ェ丈夫だ、道具だけは大ェ事にしとおけよ、うん。そいから、その飯台の上へ、ちょい輪飾り載っけときねえ、うん、ようしようし。高張(タカハリ提灯)は出てるな、今夜ァ出しっぱなしにしとかなくッちゃいけねえよ、うん、・・・・・それからもっと炭ィついどきな、景気が悪くっていけねえ。勘定ォ取りにくる人が、表は寒(サブ)いんだからねえ、火がなによりのご馳走じゃァねえか。もっとうんと火をつけとけえ。
で、ああ、なんだ、みんないっぺんに行っちゃっちゃァいけねえや、まただれか勘定取りにくるともわからねえからな、代わりばんこに、早間に・・・・・
女房: いいんだよ。みんな、そっくり行っちゃっとくれ。勘定なんぞ取りにくる人ァ、もう一人もありゃしないんだから、あと、あたしが細かいことはやっとくからかまわないよ
亭主: なんだ、そうか、払えはもうみんな済んじゃったのか、そんならいいや・・・・・かみさん、あとォやるとよ。早く湯へ行ってきねえ
女房: いいから、湯はまとめて行っちゃっておくれよ。それでないと、いつまでも寝られなくてしょうがないから・・・・・それからそこにねえ、蕎麦の入れ物があるだろう? 向うだって忙しいからなかなか下げに来られやしないよ、ついでだから行きがけにちょいと放り込んどいてやんな。うん、銭はそこに載っかってるよ。お釣りは少しあるだろうけどねえ、担いでった人が煙草でもなんでも好きなものを・・・・・ま、およしよ、みっともない、わずかの煙草銭で奪い合いなんぞしてさあ、正月が来りゃァやるじゃァないか・・・・・で、あとぴったり閉めてっておくれよ・・・・おまえさん、そんなところへいつまでも立ってないでお上がんなさいな
亭主: うん、上がるけどもよう・・・・・おや? やけに明るくって、なんだかてめえの家のような気がしねえと思ったら、畳を取っ替(ケ)えたのか
女房: おまえさん、朝から店にいたから気が付かなかったろうけども、前々からあたしゃァどうにかなったら畳ァ暮れにとりかえたいてえのが念願だったんだよ、いえ、ここんとこだけね、さっきから畳屋さんに骨を折ってもらってね、すっかり替えてもらったんだよ、いい心持ちだろう?
亭主: そうか、道理で・・・・・(上がって、座につき) ああいい心持ちだ、ええ? うん昔っからよく言うな、ええ? 畳の新しいのとかかあ・・・・・は古いほうがいいけどよ
女房: なにを言ってんだよ、変なお世辞を言わなくってもいいよ
亭主: しかしなんだなあ、おっかァ、ええ? 考げえてみりゃありがてえやな、大晦日ァ怖くなくなってきたんだ、はっは、三、四年前ェだったか、おどろいたことがあったな? どうにも勘定がつかなくってよう、ええ? どこへ行ってもそこいら中で断わられちまって、一文の銭もどうにもならねえ、『おっかァ、なんとかならねえか』 ったら、『あたしがうまく言い訳をするから、おまえさん顔を見せるとまずいから戸棚ン中へ入ってらっしゃいよ』 ってえから、おれァ戸棚ン中にいたら、おめえが 『伯父さんところへ行ってますから夜が明けるまでには目鼻ァつけます』 なんてうまくごまかして、みんな借金取りを帰ェしたけど、いちばん終えに米屋が来やがって、米屋が帰ェっちゃって、『もうだれも来る者ァないから、おまえさん出てきてもいいよ』 
ってえから、おれァ戸棚から出るとたんに米屋ン畜生、提灯忘れやがって引っ返ェしてきやがった。
おどろいたねえ、あンときにゃァ・・・・・もう戸棚へ入ェってる間がねえや、どうしようかと思ったら、おめえがそばにあった風呂敷をおれの頭からぱッとかぶせやがったから、おれァ中でガタガタ震えちゃった。けど、米屋の言い草がいいや 『おかみさん、よっぽど寒いとみえて、風呂敷が震えてますね』 ってやがった。
春ンなって、米屋に顔を合わして、あんなきまりの悪いと思ったこたァなかったけどねえ、はっはっは、大笑えだ・・・・・ええ? 本当に、今夜はもう取りに来るところはねえのかい?
女房: 取りにくるどころじゃない、いえね、こっちから二、三軒いただきにいくところも残っているんですけどね。
なあに大晦日だからってあわててもらわなくっても、春永(ハルナガ)ンなってゆっくりもらやァいいと思ってね
亭主: そうそう、そうだよ、うん。お互えに覚えのあるこった、な? 無理に取りにいったって払えねえもなァ払えねえんだ、ああ春永に、それよりな、お互いにいい顔してもらったほうが心持ちがいいやな。・・・・・おう、茶を一杯ェくんねえ
女房: いまちょうど除夜の鐘が鳴っている。福茶が入ってるから福茶ァ飲んじゃってください
亭主: また福茶ってえやつあk、おい? 大晦日になると妙な茶ァ飲ませたがりゃがんな、おいつァどうも、あんまり好きじゃァねえんだよ、え? 飲まなくっちゃいけねえのか、ああしょうがねえ、縁起もんだ、ちょいと、じゃァ、ひと口だけだぜ・・・・・なんだいおい、雪が降ってきやがったのか、いまおれァ湯から帰って来るときにゃァ、めずらしくいい天気の大晦日だと思ったけども・・・・・
女房: なにを言ってんだよ、雪が降るもんかね、笹がさらさら触れ合ってるんだァね
亭主: ああ、そうか、あッははは・・・・・雪が降るわけァねえと思った。明日は、いい正月だぜ。なァ、飲むやつァ楽しみだろうなあ
女房: あまえさんも飲みたいだろうねえ
亭主: いやあ飲みたかァねえや、うん。・・・・・茶ァ一杯ェくんねえ
女房: そうかい?・・・・・ねえ、おまえさん、あのう、実は・・・・・見てもらいたいものがあるんだけどねえ?
亭主: なんでえ着物か、おい? だめだい、おれァ女の着物なんざァまるっきりわからねえ、おめえが気に入ったやつゥいいように着ねえな
女房: いいえ、着物なんかの話じゃァないんだよ、あたしがおまえさんに聞かないで着物なんぞ買うもんかね、いえ、実はお金なんだけどね
亭主: ああ、へそくりか、いいじゃァねえか、おめえにへそくりができるようならでえしたもんじゃァねえか、お? 
春ンなったら芝居へいくとも、好きな着物をかうとも、いいように勝手にしたらいいじゃァねえか
女房: いえ、そんなこっちゃないんだよ、じつァ、おまえさんこれなんだけどね・・・・・この財布に覚えはないかい?
亭主: どれ?・・・・・汚え財ェ布だな、こういう汚え財ェ布に入れとくほがへそくりゃァ気が付かれねえでいいってえのか、へッ、いろいろ考げえてやがんな、だけど、これ・・・・・女の財布じゃァねえや、これ・・・・・、え? 財布は汚えけどもずいぶん貯めやがったなあ、おい? こんなにへそくられちゃァ、おい、たまらねえぜおれだって、ヘヘッ、ほほ、あるあるゝゝゝゝ・・・・・なんだいこれァおい? へでえことァしやがったな、なんだいこれァおい、いい、ちゅうちゅうたこかいな・・・・・ちゅうちゅうたこかいな、ひとよひとよ・・・・・
ふたァふたァゝゝゝゝ、みッちョみッちョ、みッちョみッちョ、・・・・・
   *勘定してみると、小粒で四十八両――。
亭主: おっかァ、なんだ? この銭ァ?
女房: ・・・・・おまえさん、その革財布と四十八両に覚えがないかい?
亭主: ・・・・・革財布と四・・・・・(と、考えて、ぽんと一つ手を打ち) おっかァ、もう三、四年前か、おれァ、芝の浜で、革の財布に入ェった四十八両の銭を拾ってきた夢をみたことがあったな?
女房: ・・・・・実ァおまえさん、これァ、そんときのお金なんだよ
亭主: そんときの銭? おめえッあんときァおれに夢だと言ったじゃァねえか
女房: だからさ、それについちゃァおまえさんにね、今夜話を聞いてもらおうと思ってね、おまえさんは腹立ちッぽいから、途中で怒ったりなんかっしないでね、あたしの話を終わりまできいておくれよ、いいかい? 
それだけは頼んだよ、実ァね、このお金、お前さん芝の浜で拾ってきたんだよ
亭主: おめえ夢だってたじゃねえかッ、じゃァ、じゃァ、あれァ夢じゃァねえのか
女房: 本当のことを言えば夢じゃ・・・・・、まあゆっくり聞いておくれよ、だからさ、ね? 本当のことを言うと夢じゃァないんだよ。おまえさんがこのお金を拾ってきてね、二人で勘定してみると四十八両、『おまえさん、このお金どうするつもり?』 ってえと 『明日っから商売なんぞに行かなくて毎日毎日好きな酒を飲むんだ』 とおまえさんが言ったね? ああ弱ったことになったなあと思ったら、おまえさんがいい按配に、お酒を飲んで、そのまま床ン中へ入ってぐっすり寝こんじまった。その間にあたしゃあ自分ひとりじゃァどうも始末がつかない。大家さんとこへ、この財布とお金を持っていって、『実ァ勝五郎が芝の浜でこれを拾って来たと言いますけど、どうしましょう?』 『どうしましょうったって、そんなお金、おまえ、一文だって手をつけてみろ、勝公の身体ァ満足でいやァしない、とんでもねえ話だ、すぐにあたしがお上へ届けてやるから、おまえは、勝公のほうを寝ているのが幸い、夢だとかなんとか言ってうまく誤魔化しておきな、後はおれがいいようにやってやるから』 と、家主さんがお上のほうのことをすっかり受け合ってくれたんだよ。いえ、おまえさんが目を覚ましたときに、よっぽど言っちまおうかなと、ここんとこまで出かかったんだけどもさ、いや、そうじゃァない、ここで本当のことを言っちまっちゃァたいへんだ。それよりも夢にしておくほうがいいと、とうとうおまえさんに、夢だ夢だで、あたしゃァ、押し通しちゃったけどもね・・・・・それからてえものはおまえさん、あの好きな酒をぷつりとやめて、夢中ンなって商いをしてくれる (と、目頭を袖口で拭き) 雪の降る日なんぞは、ああ気の毒に、あんなに一所懸命ンなって商いをしてくれるんだ、帰ってくるまでに一本、つけて、好きなものでも取っといてやったら、どんなに喜ぶかしらん、と。何度もそんなこと思ったこともあるけども、いやそうでもない、なまじそんなことをして、せっかくここまで辛抱してきたものを、また昔のようにお酒を飲まれては尚更大変なことになると思ってね.いえね、このお金だってもっと早ァくお上から落とし主がないてえことで、お上からあたしの手元へ下がってきてはいたんだけれどもね、いえ、そんとき、よっぽどおまえさんに打ち明けて話をしようと思ったが、実ァ今夜まで黙ァって内緒にしていたんだよ。今日このお金をおまえさんに見てもらって、今まであたしが隠し事をしていたことをおまえさんに詫びして・・・・・
腹が立つだろうねえ、連れ添う女房に隠し事をされて・・・・・さ、これだけ話してしまやあ、あたしゃァねえ、おまえさんにぶたれようと、蹴飛ばされようとなにされてもかまわない。気の済むまでおまえさん、あたしのことォなぐっておくれ
亭主: (両手を膝に目をつぶったまま) ・・・・・そうか・・・・・おっかァ、待ってくれ。なぐるどこじゃァねえ・・・・・
いや、えれえ、えれえッ、いや腹ァ立つどころじゃァねえ・・・・・いま、おめえに言われて、おれァ気がついたい、ねえ? あんときにこの金ェ見たときにゃァ、商いに行くどころはァねえや。毎日毎日、朝から晩までおれァ酒飲んで、うん、友だちを呼んできて、酒ェ飲ましたり、好きなものを食わしたり、まあ、そんなことをしていたら、これっぱかしの金ァまたたくうちになくなるだろう。元の木阿弥だ。ばかりでなく、このことが、
もしもお上に知れたひにゃァ、おれの身体ァ満足じゃァいねえや。佃の寄せ場送りンなって、いまごろァもっこォ担いでいたかもしれねえ。そいつをおめえのおかげで、ま、こんな店の主ンなって、親方とかなんとか言われるようになれたんだ。なぐったりするどころじゃねえや、おっかァ、おれァおめえに礼を言う・・・・・このとうり・・・・・
女房: なにを言ってんだねえ。両手をついらりなんかしてさあ。じゃなにかい、おまえさん、堪忍してくれるかい?
亭主: 堪忍するもしねえもねえ、おれァおめえに礼を言いてんだ
女房: いいえ、礼なんぞ言われちゃァ、きまりが悪いやね。あたしゃァ今日はおまえさんにうんと怒られるだろうと思って、機嫌直しに一杯飲んでもらおうとおもって・・・・・これ、お燗もついているんだよ・・・・・
亭主: 酒かい? おい、え? お燗がついてる? どうもさっきからなにかいい匂いがいやがったけど、おれァ畳の匂いだけじゃァねえと思ったんだ。本当か?
女房: いいえもう、こうやって若い衆の二、三人もいるんだし、いつおまえさんがお酒を飲んだってお得意さまへご不自由をおかけ申すようなことはないと思ってね、もう今夜っからはおまえさんにお酒を飲んでもらってもいいなあと思ってさ、好きなものも二品三品こしらえといたんだけど・・・・・
亭主: そうか、いいのか、ほんとに飲んでも、え? そうか、飲みたかったんだよ・・・・・ありがてえなあ、おっかァ、おおお、茶碗の方がいいや、久しぶりだ、猪口なんぞでちびちび飲んじゃァいられねえや・・・・・注いでくれッ、おっとと、(湯飲みの中をしみじみと眺めて) どうでえいい色だな、え? ぷうんと匂やァがる、匂いをかいだだけでも千両の値打ちがあンなァ、(一つ、頭を下げて) 暫く・・・・・、いいんだな? ほんとうに飲んでも
いいのかい? おい・・・・・ああ、ありがてえなあ、たまらねえや (と、湯飲みを口元まで持っていって) 
あ! よそう・・・・・また夢になるといけねえ
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