※ 昔は銭湯と申しますと、湯屋だったそうですな。今は午後三時くらいから始まりまして、夜中の一時くらいまで。それでも今は正月になりますと、朝湯なんてものがございます。
あれは入ってみると、なかなか気分のいいものですよ。また、江戸の湯というのは大変に熱かったそうでね、熱湯(あつゆ)好きなんて連中がたくさんいたんだそうで。ごくごく熱い湯でございますけれども。
お年寄りがこう蛇口の所におりましてね、若いのが入ってきて水でもうめようかなんかするってぇと、
『おい、うめるんじゃないよ、お前。こんなの入れなくてどうするんだよ、風邪ひいちゃうじゃァねえか』
っておどかされましてね、埋めるわけにはゆかないし、湯の中に入ることができない、てンで、しょうがないから、湯土間で顔だけ洗って、家帰って風邪引いちゃったなんて馬鹿な話がございます。
また、江戸っ子は大変に着物を脱ぐのが早かったそうです。湯屋の五、六軒手前から、鼻歌まじりでもって三尺(さんじゃく)ゥほどいて歩いてる人がいる。湯屋に着くってェと、足で持って格子をガラっと
開けましてね、耳に挟んだ湯銭を番台にポーンと置いた時には既に裸になってたってんですから、その早さと言ったらなかったんだそうで。
A: 「何をやってんだ、何を。着物を脱ぐんだ、着物を。誰が自分の顔をかけってそう言ったよ。何をしてるんだよ。
ふんどしの紐か? 駒結びになって、ほどけなくなっちゃった? 何をしてんだ、しょうがねえな、口でやってどうするんだよ、口でやって。蛇じゃねえんだからよ。早くしねえか、お前なんざ待っちゃいられねえからな、俺は先に入るぞ、後からゆっくりおいで」
A: 「冗談じゃねえやな、本当に。おや、こりゃどうも、おはようございます。番頭さん、相変わらず早いですね、どうです? 湯の按配は? 熱い? 熱くなくちゃいけませんよ。
朝湯ですからね、こっちはね、この熱い湯に入って仕事へ行くっていうか、仕事にかかりゃいいって奴ですよ。
江戸っ子ですからね、熱くなくちゃいけませんよ。そうですか? これかい? どのくらいの按配なんだ?
(手を入れて、大変あついのに) ヨーーーーっと、ぬるい、ぬるいッスねェ番頭さん。
はっはっはっはっは。おーい、何やってんだよ。早くこねえかい」
B: 「どうした? 湯の按配は?」
A: 「湯かい? いや、お前、湯だよ」
B: 「湯は分かってんだよ、ぬるいのか、熱いのかってんだよ」
A: 「いや、ぬるくてしょうがねえんだよ、ひなた水、めだかが泳いでるんだから」
B: 「お前はそれがよくないってんだよ。あのね、江戸っ子ってのは熱い湯ばかりがいいって奴がいるわけじゃねえんだよ。ぬるい湯が好きだって奴だっているんだよ。今日がそのぬる湯だからいい按配じゃねえか。
俺は一度でいいから、ぬるい湯に入ってみたいと思ってたんだよ。そうかい、そうかい、どけどけどけってんだよ。どんな具合かね?(手を入れて、大変あついのに)ヨーーーーっと。はっはっはっはっは。ぬるいな」
A: 「ぬるいだろ? ぬるいから、お前先入れ」
B: 「馬鹿な事言うんじゃねえよ。こういう時はお前一緒に入らなくちゃいけねえよ」
A: 「一緒に? 一緒に入るの? いいよ、一緒に入るよ、一緒に入るんだからな、お前。逃げ出すんじゃねえぞ。
一緒に入るんだからな、逃げるんじゃねえぞ。いいか、じゃあ入るぞ、いくぞ、
一(ひ)の、二(ふ)の、三(み)!三!三――――――っ!」
B: 「兄い、兄い、どうでもいいけれどもよ、このぬる湯ってのは随分ケツに食いつくな」
A: 「馬鹿やろう、しゃべりかけるんじゃねェんだ、この野郎、ぬるい湯に入ってる時にこっち向くんじゃねェんだ、
動くなーーー!」
※ …ってんで、馬鹿な奴があったもんでございます。
あれは入ってみると、なかなか気分のいいものですよ。また、江戸の湯というのは大変に熱かったそうでね、熱湯(あつゆ)好きなんて連中がたくさんいたんだそうで。ごくごく熱い湯でございますけれども。
お年寄りがこう蛇口の所におりましてね、若いのが入ってきて水でもうめようかなんかするってぇと、
『おい、うめるんじゃないよ、お前。こんなの入れなくてどうするんだよ、風邪ひいちゃうじゃァねえか』
っておどかされましてね、埋めるわけにはゆかないし、湯の中に入ることができない、てンで、しょうがないから、湯土間で顔だけ洗って、家帰って風邪引いちゃったなんて馬鹿な話がございます。
また、江戸っ子は大変に着物を脱ぐのが早かったそうです。湯屋の五、六軒手前から、鼻歌まじりでもって三尺(さんじゃく)ゥほどいて歩いてる人がいる。湯屋に着くってェと、足で持って格子をガラっと
開けましてね、耳に挟んだ湯銭を番台にポーンと置いた時には既に裸になってたってんですから、その早さと言ったらなかったんだそうで。
A: 「何をやってんだ、何を。着物を脱ぐんだ、着物を。誰が自分の顔をかけってそう言ったよ。何をしてるんだよ。
ふんどしの紐か? 駒結びになって、ほどけなくなっちゃった? 何をしてんだ、しょうがねえな、口でやってどうするんだよ、口でやって。蛇じゃねえんだからよ。早くしねえか、お前なんざ待っちゃいられねえからな、俺は先に入るぞ、後からゆっくりおいで」
A: 「冗談じゃねえやな、本当に。おや、こりゃどうも、おはようございます。番頭さん、相変わらず早いですね、どうです? 湯の按配は? 熱い? 熱くなくちゃいけませんよ。
朝湯ですからね、こっちはね、この熱い湯に入って仕事へ行くっていうか、仕事にかかりゃいいって奴ですよ。
江戸っ子ですからね、熱くなくちゃいけませんよ。そうですか? これかい? どのくらいの按配なんだ?
(手を入れて、大変あついのに) ヨーーーーっと、ぬるい、ぬるいッスねェ番頭さん。
はっはっはっはっは。おーい、何やってんだよ。早くこねえかい」
B: 「どうした? 湯の按配は?」
A: 「湯かい? いや、お前、湯だよ」
B: 「湯は分かってんだよ、ぬるいのか、熱いのかってんだよ」
A: 「いや、ぬるくてしょうがねえんだよ、ひなた水、めだかが泳いでるんだから」
B: 「お前はそれがよくないってんだよ。あのね、江戸っ子ってのは熱い湯ばかりがいいって奴がいるわけじゃねえんだよ。ぬるい湯が好きだって奴だっているんだよ。今日がそのぬる湯だからいい按配じゃねえか。
俺は一度でいいから、ぬるい湯に入ってみたいと思ってたんだよ。そうかい、そうかい、どけどけどけってんだよ。どんな具合かね?(手を入れて、大変あついのに)ヨーーーーっと。はっはっはっはっは。ぬるいな」
A: 「ぬるいだろ? ぬるいから、お前先入れ」
B: 「馬鹿な事言うんじゃねえよ。こういう時はお前一緒に入らなくちゃいけねえよ」
A: 「一緒に? 一緒に入るの? いいよ、一緒に入るよ、一緒に入るんだからな、お前。逃げ出すんじゃねえぞ。
一緒に入るんだからな、逃げるんじゃねえぞ。いいか、じゃあ入るぞ、いくぞ、
一(ひ)の、二(ふ)の、三(み)!三!三――――――っ!」
B: 「兄い、兄い、どうでもいいけれどもよ、このぬる湯ってのは随分ケツに食いつくな」
A: 「馬鹿やろう、しゃべりかけるんじゃねェんだ、この野郎、ぬるい湯に入ってる時にこっち向くんじゃねェんだ、
動くなーーー!」
※ …ってんで、馬鹿な奴があったもんでございます。