安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

引越しの夢

2007年06月13日 | 落語
 昔の川柳に、
   また一度十七、八で這いならい
 というのがございますが、どういうわけかあたくしによくわからなかったんで・・・・・。
 人間は生まれて、まァ、七、八カ月になると大抵はハイハイというものをいたします。これがまァ、動くはじめでございますね。お誕生間際になって、立っち立っち、なんてんでやっとこう立ち上がる。早いかたでございますと、お誕生の時にひと足、ふた足くらいは歩けるというわけで・・・・・、それから成長をするん
ですが、十七、八にもなってなんだって這うんだろうと思ったら、これは男性が女性のところへひそかに這って行く・・・・・これをその、夜這いといいますがね。これはまァ、前々に交渉をしておかなければいけないわけで、
「今夜、おまえのところに行くが、いいかい」
「おいでなさいよ」
 という、ちゃんと約束の上で行くんなら何事もないわけ。ところが、中には乱暴な奴は無警告でいきなり敵地にのりこむのがいる。で、そこで交渉をするんですが、まァたまねはまとまる事もあるんでしょうが、十中八九・・・だし抜けじゃァこりゃァうん、とは言わない。いろいろ、政治交渉をしてみたが遂に調和
ならずというわけで談判破裂、国交断絶というやつでね。へへ・・・・・しかしせっかく、敵地までのり込んでいるんだから武力をもって相手を征服しようとする、これに応じて向こうもまた、武力をもって撃退という
わけで・・・・・。女の方でも死に物狂いで、ぶつ、蹴飛ばす、ひッ掻くという・・・・・戦争ならば「我が方に多大なる損害をこうむり、遂に退却のやむなきに至る」 という、はなはだどうもみじめな形で引上げてくるわけで・・・・・。
   無名圓つける夜這いは不首尾なり
 「無名圓」という傷の薬が昔、あったんでしょう。これをつけるようでは、首尾はよくなかったわけで・・・・・。
   よっぽどの傷を夜這いは秘し隠し
「どうなすったんです? あァた・・・・・えらい怪我ァしたね」
「え?・・・・・ええ」
「何処で?」
「いえなに、何処でって・・・・・そんなものァ、ちょいとその・・・なにして・・・・・(どぎまぎと) え? いえ、へへへ・・・・・なァにもう、つまらんことで・・・・・」
 なんてんでね。なるほど、大した仕事じゃないんですから、つまらん事には違いないが、こういうのはたいていもう不結果に終わったというわけで・・・・・。
 
 *昔はこの大店といいまして、今でいえば何々会社というんでしょうが。大きいところは五十人、七十人。
ま、奉公人は大勢おりますが若い女中をおくと、どうもそれ、居つかないというわけで・・・・・といって、どうもあまり年寄りでは役に立たないし、女中をおきますが、たいてい長いので五日ぐらい、短いのは三日、一日でもって 「お暇をいただきます」 ッてんで、みんな帰っちゃう。どういうわけかというと、店の
者が大勢おりましてね、これが女中を口説くんです。ま、一人や二人ならなんとかなりましょうが、何十人という団体で申し込まれた日にゃァこれァもう、とても応じきれませんから女中の方でおどろいて引き下が
るというわけで・・・・・。なんとかして長くいてくれるようなものはなかろうかと、店の方でも頭を痛めている。
 と、そのうちに女中がまいりましたが、これはちょっと器量もいいが、なかなか人間がしっかりしている。
もう海に千年、山に千年、里に千年、三千年の劫(コウ)をつんで今度夕立が降ったら昇天しようかなんという、なかなかどうも腹のしっかりした女で・・・・・。ところがうわべはまことに柔和でございます。あんまり、ごつごつしたりすると若い者に憎まれる。
「なんだい、今度きた女中は・・・・・いやにどうもつんけんしてやがンじゃねえか。(舌打ちして) かまわねえから野郎、ひとついたずらしてやろう」
 なんてんで、若い者ですから仇(アダ)をしたりなにかする。そんなことのないように、口先ではなかなかやさしいことを言う。店の者たちはとにかく、我れ先陣というわけで、様子を伺って台所へ忍び込んでくる。
女中はなんにも知らず用をしている。そのうしろから、
A: (小声で) お清どん・・・・・お清どん
女中: え? (振り向いて、大仰に大声で) あッ。あら、あら、なに? びっくりした・・・・・
A: (あわてて制し) 大きな声をしちゃいけない
女中: なんです? (更に大きな声)なんかご用?
A: 大きな声をしちゃいけませんよゥ
女中: なんかご用なんですか?
A: (正面から切り込まれて言葉につまり) うん・・・・・ゥゥ、ご用はご用なんだけどもね・・・・・まァまその、調子を上げないでおくれよ。お前さんに実はね、相談があって来たんだ
女中: なんですの、相談ッて・・・・・
A: ほかの事じゃないが・・・・・あたしはね、ここのうちがもう、来年の三月になると年期(ネン)があけるんだ。
音?そうすれば家へかえる。お父ッつァんの方からお金を出してくれて、旦那から暖簾をわけていただき店の一軒も持って、まァ若い者と、それから小僧の一人くらいおいて、女中もおきますよ。ね?・・・・・で、お前と夫婦ねなって・・・・・(ちょっと照れ笑い) くらしたいという、あたしも男だ。いったん言い出したこのままあとへ引けないから、出刃包丁もありゃ、菜ッ切包丁もあるから・・・・・返事をしておくれ
女中: まあ、いやだわね、そんなこわいことを言って・・・・・
A: いやかい
女中: いいえ・・・・・いやッてことはありませんよ。そりゃあたしだってねえ、家には兄さんがいるから、どっかへお嫁にいかなきゃァならないんですから、まァそうして、あなたがあたしを女房に持ってくださるというんなら本当に願ったり叶ったりよ
A: 願ったり叶ったり? (嬉しそうに) ふふふ、俺は滑ったり転んだりてな事になるんだがね。じゃ、いいてェのかい? うーん・・・・・じゃァね、ものはね・・・・・手付けという事があるがね。今夜、お前さんのところにこっそり行くが、いいかい?
女中: いやだわね、まあ。手付けだなんて・・・・・じゃ、くるの? 本当に?
A: 行きますよ
女中: 本当?
A: 本当だよ。大行きですよ、うん。大行き(大雪)だるまは、目は炭団で堅炭てェくらいだ。きっと行くよ
女中: (色っぽく) いやね、そんな洒落なんぞを言って・・・・・じゃ待ってるわよ。きっとよ、嘘を吐くと諾(キ)かないわよ
 *なんてんで、背中をひとつ、ぽーんと叩かれる。まず、この女は俺の方へ札がおちたというわけで・・・・・店へ来て何食わぬ顔をして、
A: ふふふふ。しめた、しめた
 *なんてんでね、喜んであごを撫ぜている。で、ほかの若い者が行って交渉すると、これも請け合う。
店の者四十人ばかり、こっちの端からこっちの端まで、
「(みんなそれぞれ、にやにや笑い)ヘッヘヘヘヘ・・・・・しめた」
 ッて、何が 「しめた」 んだかわからない。そんなに請け合ってどうするのかというと、そこはもうちゃんと心得たもので・・・・・。台所の上に中二階のようなものがあってここへ女中が寝るわけなんですが、昔の猿梯子といいまして、軽い梯子でずうッと上へ引き上げられるようになっている。二階へあがったとたんに梯子を引いちまう。これがなきゃ、上がってくる事は出来ないからというんで、もう女中さんの方は安心してぐっすり寝込んでいる。ところが、若い者はもう今夜、すきを見て行こうというんですから蒲団へ入るやいなや、総がかりで鼾をかきましてね・・・・・空鼾(ソライビキ)という。これがどうも騒々しいのなんの、
「(高い声で) じゃ、お休みなさいまし」
「(低い声で) お休みなさいまし」
「お休みなさいまし」
「お休みなさいまし」
「お休みなさいまし」
「ェェお休みなさいまし。・・・・・くうーッ、くうーッ」
甲: (右横へ) 源どん・・・・・寝た? 源どん
源: くうーッ・・・・・
甲: 早いねこのひとは。寝つきがいいね、もう寝ちゃったのかい? (今度は左横へ) 芳どん、寝たかい?
芳どん・・・・・おい、芳どん
芳: (寝ている態で、馬鹿げて大きな鼾) ぐうーッ・・・・・
甲: お・・・おどろいたね。出し抜けに大きな鼾をかいて・・・・・うわばみだね、まるで。芳どん・・・・・寝たの?
芳: くうーッ
甲: 本当に寝たの?
芳: くうッ
甲: おい
芳: くうッ
甲: おい、おい
芳: くうッ、くうッ
甲: なんだい、馬鹿にしてやがる。ひとが呼んだら鼾で返事をしてやがる。『くゥ、くゥ』 だってやがる。
およしよ、そんな下らねえことするの。早くお寝なさいよ、あした早いんだから・・・・・(と言って、自分も鼾をかきながら) くゥーッ・・・・・くゥーッ
 *そうッとあたまをあげて見まわすと、みんなもう、すっかり寝込んだ様子で・・・・・。
甲: うふッ、ありがてえ。みんな寝ちまいやがった。くゥーッ・・・・・くゥーッ
 *大きな目を開いて見まわしてね、まるで泥棒猫が秋刀魚をねらってるような目つきをして、これから鼾をかきながらそうーッと這い出す。あとからまたくっついてくる奴がある。
甲: (両手をついて這って行く態。あとを振り向き) くゥーッ・・・・・おい、だれだ、あとからついてきたのは?
芳: (吹き出して、嬉しそうに) ふふふ・・・・・あたし
甲: なんだ、芳どんじゃないか。なんだい?
芳: へへへへ・・・・・なんだいったってお前さんこそなんだい。どうも、越中褌で這ってく恰好はうしろから見てあんまりいいもんじゃないねえ。帆前船が疾風(ハヤテ)ェくってるようだ
甲: 何を言ってるんだ
芳: 何処へ行くんだい
甲: うん・・・・・(困って) ど、どこへ行くったって・・・・・厠(ハバカリ)へ行くんだよ
芳: 厠へ行くのに這ってくのかい?
甲: 這ってくのかったって、しびれが切れて立てないから這ってるんだよ
芳: しびれが切れる? 寝ていてしびれが切れンのかい?
甲: あたしは寝てるとしびれが切れる性分なんだからしょうがないよ。お前さんだって這ってるじゃないか
芳: へへへ、あたしは真似ェしたんだ
甲: なんだ、真似ェしなくたっていいやな
芳: 第一、おかしいな。厠ィ行くのに鼾をかいてンね
甲: 鼾じゃないよ。痰が喉にからんだからエヘンッといって切ってるんだ
芳: へえ? ずいぶんながいなんだね、痰だね
甲: うるせえなァ、どうも。いいよ
芳: いいよッたって・・・・・厠ぃ行くのかい? じゃ一緒に行こう
甲: 一緒に行かなくてもいいよ
「(他の者も起き) あたしも行くよ」
「あたしも行くよ」
甲: あ、大勢出て来やがった
 *あとからぞろぞろついてくる。これじゃどうにもしょうがない。小用を足して帰って来て、寝まして・・・・・。
もうひとッきり寝たから大丈夫だろうッてんで、一人這い出すと、あとからぞろぞろッとくっついて出てくるんで、まるで牛の子をひっぱって出るよう。一晩のうちに十五、六度(タビ)出たり入ったり、出たり、入ったり。
しまいにはくたぶれちまって、一人這い出すと、あとは首だけ出してやがる。
「(寝床から首を出して) ふふ、ごらんよ。また兼どんが這い出したよ。あの人はマメだね、どうも。
・・・・・おい、兼どん、また小便かい?」
「ううん、今度はうんこだよ」
 *なんてんで、まるで駄駄ッ子の始末。
 こんな具合ですから、店へずらッと並ぶてェとどうも、こっくりこっくり、居眠りの競争というわけで・・・・・。
 と、坊ちゃんのお祝いだというので、店も早く終いまして、『さ、おあがり』 というわけでお酒がでる。
旦那は一、二杯召し上がったがそこにいちゃみんなも飲みにくいだろうというので、気を利かして奥の方に引っ込む。さァ、鬼がいなくなったというわけで飲むわ飲むわ。そのうち酔っ払ってくると、
「じゃァね。あたしがひとつ唄うから・・・・・」
「(手を打って) ようようッ。じゃ、俺がかっぽれを踊るから」
 *なんてんで、丼鉢を叩いて立ち上がって、乱痴気騒ぎになる。そのうちにあっちへ倒れ、こっちへぶったおれ、魚河岸にまぐろがついたようで、ごろごろそこいらにみんな寝ちまったというわけで・・・・・。
酔っているうちはそうでもないが、あの酔い醒めぎわに、すきまから、すうーッと入ってくる風というものは冷たいもので、
源: (目がさめ、寒さに身体をふるわせて) ううッ・・・・・あァいけねえ、うっかり寝込んじゃった。(ハナ一つ
すすり上げて) ああ、こんなところに寝てえて風邪ェひいちゃつまらねえ。あーあ、どうもおどろいたね、
今夜は。いつの間に寝たんだかわからねえ、あァ、すっかり・・・・・(辺りを見まわし) あ・・・・・あら!
みんな寝てやがる・・・・・(思わず嬉しそうに笑って) ありがたいね、へへへ・・・・・このみんな寝ている
なかで、あたし一人だけ目がさめるてェのは出雲の神の引き合わせてェやつだね。え? 約束だけして行かないのもなんだから怒ってやがったね。
『どうしたの? 約束だけして来ないんじゃないの』
『来ないたって、駄目なんだよ。行こうと思ってもみんなが邪魔をするんだ』
『ううん、そんな嘘ばかりついて、お前さん、眠いんで寝込んじまってるんだろ? 本当にお前さんは実がないよ。今夜こないときかないよッ』 なんてやがって・・・・・俺の背中をどーんッ、と叩きやがったがね、叩き方が違うね。やっぱり惚れてるんだ。痛いような、痛くないような、加減をしてどーんと叩きやがる。
・・・・・(台所へ這って来、困ったように舌打ちして) あァ、これァいけねえな、この台所の障子がガタガタ音がするんだからなァ。油でもひいときゃよかったが、下司の知恵と猫の睾丸(キンタマ)はあとから出るなんてェことをいうが、どうにもしょうがねえな・・・・・(両手で障子を開け) これァいけねえ。えーと、(両手で前をさぐり) 何しろ真っ暗だからなァ・・・・・なんだ、台所だって何かあったら困ンじゃないかなァ。明かりの一つくらいつけとくがいいんだな。えーと・・・・・あ、ここだ。ここんところ、こう・・・・・あれ?(不審そうに) はて、おかしいな。たしかここに梯子があるわけなんだがなァ・・・・・あッ、(手をぽんと打つ)そうだ、わかった。あの子守りの奴だよ、え? 俺がなんか話をしてたら傍へきて 『イーだ』 なんて、そ言ってやがって・・・・・ちぇッ、忌々しいな本当に・・・・・梯子ォいたずらして引いちまいやがったんだ。残念ですねえ、どうも。今夜行かなきゃ、なかなか行かれないんだからなァ。宝の山へ入りながら手をむなしく帰るなんてェのはどうも、くやしいねえ。どうしてこう・・・・・(扇子で床を叩き、同時に額を押さえ)あッ、あ痛ッ・・・・・おう痛え。真っ暗だからやけに頭ァぶつけちゃったい、どうも。なン・・・・・なんだ、ねずみ入らずじゃねえか。この家も間抜けだよ、こんな半端なとこィねずみ入らずを吊っとくから頭をぶっつけ (言いかけて)・・・・・と、不平(コゴト)はいうようなものの事によると・・・・・そうだ、このねずみ入らずをなんとかして、二階へあがれないことはないな。ねずみ入らずの吊ってあるこの・・・腕木へこう、手をかけて (上手高目へ左手をかけ)、手をこっちをのばすと蔵の折れ釘へ・・・・・(右手で下手横高目をさぐり、それをにぎって) おッ、いい塩梅だ。つかまれらァ、え? それでぐゥーッと、体を宙にうかして、蔵の腰巻へ足が届く・・・・・二階のそとから上がれるだろう。えへッ、やってみよう
 *よせばいいのに、久しい以前(アト)に吊ったねずみ入らずで木が腐って釘が少しゆるんでいる。
そこへもってきて、奴さんが重いときているからたまりませんで。両手をかけて、ぐゥッとぶら下がろうとする途端に、みりみりッ・・・・・。
源: おッと・・・・・(あわてて両手を左肩の上でねずみ入らずっを支えている態で) あァ、大変だ。落ッこってきやがったこらァ・・・・・いい塩梅に担いじゃったけれども・・・・・あらら、なにかころがってきやがった
・・・・・いやッ・・・・・ああ・・・・・ゥゥ、衿元から何かこらァ、ぽたぽたぽたぽた・・・・・なんだいこらァ、(ねずみ入らずを支えたまま右手で首にさわり、それを舐めて) あッ・・・・・醤油注ぎがひっくり返(ケエ)った・・・・・あァら、いけねえ。だんだん醤油が流れてくるよ。・・・・・あァいけねえ。へその脇の、おできへしみてたまらねえや。これァどうも・・・・・

佐吉: あァ・・・あァ、(目を覚まして大あくび。目をこすりながら起き上がる態) どうもすっかり・・・・・ハックション!(風邪声にあっている) あァ、いけねえ、いけねえ。おどり踊れッてェから、かっぽれ七、八つ踊ったのは覚えているけど、あとはわからなくなってぶっ倒れて寝ちゃった。おお、(ハナをすすって) おう寒い。
こんなとこに寝ていて風邪ェ引いちゃつまらねえ。早く寝よう・・・・・(と、辺りを見回して) なんだ・・・・・
みんなよく寝てやがる。(ぽんと手を叩き) ありがたいねえ・・・・・えへへへ、みんな寝てェる中で、一人だけ俺が目が覚めるというのは出雲の神の引き合わせてェやつだ。ね? やっぱり縁があるんだな。
(女の声で)『お前さん、約束だけしてこない。本当にひどい人よ。今夜こないときかなわよゥ』 ッてやン、俺の頬っぺた、きゅうーッとつねりやがった。やっぱり惚れてるんだね、痛くないように加減をしてつねりやがった。ありがてえ、どうも。(台所へ来た心で正面を見つめ) ほらッ、この台所障子が音がするってんで、ちゃァんと開けといてくれる・・・・・やつは利口だね。へへへ、こういう細かいところまで気がつくんだからな。なにしろ真っ暗で・・・・・(前をさぐる)(前の男がねずみ入らずを担いだまま、暗いのをすかして見ている態)
佐吉: おかしいね、ここに梯子があるはずだが・・・・・あァ、だれかいたずらしやがったんだ。畜生。梯子がなきゃ、二階へ上がれないとおもってやんだなァ。・・・・・ようし、そうなればまた、裏をかくてェやつだ。
俺ァ昼間、見当をつけておいた。この辺にねずみ入らずが・・・・・(両手でさぐり) あ、ありました、ね?
このねずみ入らずへ手をかけて、蔵の折れ釘ィ・・・・・
 *同じような事を考える。片っ方が落っこって担いでいる。そんなことは知らないから、向こう側へまわってねずみ入らずへ手をかけて、ぐッと引っ張る途端に、がたがたがたァ・・・・・。
佐吉: ああッ、(あわてて両手を、今度は右肩の上でねずみ入らずを支える態で) あァ、おどろいた。(大きな息をついて) なんだ、ちょいと引っ張ったのに落っこってきやがる・・・・・あァ、下へ落っことしたらえらい事ンなったんだけど・・・・・いい塩梅に担いじゃっていい事した。・・・・・あぁ、おどろいた
源: (前と同じく左肩に担いだ態で、以下交互に左右へ担ぐ) おいおいおい、押しちゃいけねえ、押しちゃいけねえ
佐吉: (びっくりして) おい、だれかいるのかいそっちに・・・・・だれだい? おい。源兵衛さんかい?
源: ふふふ、佐吉ッつァんかい? へへへ、どうもおめでとう
佐吉: 何を言ってンだよ、おめでたかないよ。ちょいと、おい・・・・・ねずみ入らず、担いじゃったからさ、なんとかしておくれよ
源: あたしゃ、先ィ担いでンだよ。お前の方はなんにもころがってこないだろう? それだけ幸せだな。
あたしの方は醤油注ぎがひっくり返っちゃって、衿元からずうーっと醤油が流れて、へその脇のおできへしみてビリビリ、たまらねえんだ。ちょいとこれ、舐めてくれ
佐吉: 冗談言っちゃいけない。ど、どうするんだよ。え?
源: どうするったって、いつまで担いじゃいられませんよ。・・・・・だ、駄目だよ。今落っことしたらお前、びしょびしょになっちまって大勢みんな起きてくる、しょうがないからこのままそうッと担いで、ね? あしたの朝、権助でも起きたらたのんで吊ってもらおうじゃないか
佐吉: よわったねえどうも・・・・・夜の明けるまでかついでんのかい、これを。ゥゥ・・・・・おどろいた。なんだか知らねえが重たいもんだね、これッ
源: 重いッったって俺ァ、さっきから担いでるんでもう肩ァめり込みそうになってるんだ。どうにも重いよ・・・・・(たまらず少し大きな声) ああ、重い
 *重い、重いってんで、だんだん声が大きくなる。これを聞いて、小僧が目をさましたんで、・・・・・店の者でも起こしァよかったんですが・・・・・。
小僧: 旦那、(ゆり起こす) お起きなすって下さいまし。旦那・・・・・旦那
旦那: はいはい、(咳をしながら起き上がり) どうしたんだ? 早く寝なさい。え? 明日はお店があるんだ・・・・・いつまで騒いでる
小僧: 大変でございます
旦那: なんだ、大変ッて・・・・・どうせまた、喧嘩でも始めたんだろう
小僧: いえ、そうじゃないんです。泥棒が入ったんです
旦那: なにを言ってるんだ、寝呆けるな
小僧: いえ、寝呆けたんじゃないんです。今、厠ィ行こうと思って台所のわきを通ろうとしたら・・・・・『重たい、重たい』 ッてそう言ってるんで、何かみしみしいって担ぎだしてんです
旦那: そうか。お前が気がついた・・・・・あァ、こういうめでたい事のある晩は、えてしてそういうことがあるもんだ。お前がそうして気がついて、あたしを起こしてくれたのはえらい。お前は早く出世をさしてやる
小僧: ありがとう存じます。じゃ、明日から番頭に・・・・・
旦那: そうはいかない
小僧: あの、千代どんを起こしましょうか
旦那: 千代どんを起こしてどうする
小僧: 暖簾棒ふりまわして威(エ)張ってましたよ。剣術はたいへんこのごろうまくなったなんてそ言ってましたから、千代どんを起こしまして、泥棒ひっぱたいてふン縛っちゃいましょう
旦那: 馬鹿なこといいなさい。台所へ入るくらいだ。そんなものは木っ端盗人だ。家から縄つきを出すこともいけませんから・・・・・あァ、あたしが行って見てやるからいい
 *旦那のほうでは泥棒を逃そうという料簡で、むかしのぼんぼりというやつへ、蝋燭をつけました。
旦那: お前は先へ出るんじゃないよ。怪我でもするといけない。あとの方からついてきな
源: (担いだ態で、遠くを見て) おいおい、灯りがくるよ
佐吉: (これも遠くを見て) いけねえッ。灯りが・・・・・旦那だ。(すっかり狼狽して) 旦那だよ、これァ弱ったねえ・・・・・これは
旦那: なんだ、これは一人じゃないね。・・・・・(ぼんぼりをかかげて見て) あッ、まァ・・・・・なんだ、源兵衛に
佐吉、なんのザマだ、それは!
源: うへェッ・・・・・(仕方なく、鼾を) くゥーッ
佐吉: (同じく) くゥーッ
旦那: 馬鹿野牢。そんなものを担いで鼾をかいてやがる。どうしたんだ
源: (ぐッと詰って) うーーんッ。へへへ、(泣き声で) 引越しの夢を見たんでございます


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