安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

反対俥

2006年10月27日 | 落語
  明治から大将の初期にかけて、大変にこの人力車ッてな流行りましてねェ。まァ、いまでいうタクシーですがねェ。いいもんですねェ。えゝ。
  いまはァ・・・もう、ないかなァと思うとありますね。花柳界やなんかィ行くとね。あります。
  その時分はッてえと、町の足、梶棒に腰をおろしてェ・・・、赤ゲットゥにくるまってェ、客の来るのをまってる。ねェ・・・・・赤ゲットゥにくるまって居眠りしてるからそそっかしいやつァね、葉書ィ放り込んだりなんかしてねェ。


客: 弱ったねェ、忙しいんだよえゝ? 俥がねえんだよ。・・・・・あれッ、・・・・・この野郎こン畜生、しょァねえな本当にィ、えゝ? 寝てェやァら。おォうッ。・・・・・俥屋ァッ、俥屋ッ (と、打つ) 
俥屋: へいッ、どうも、ありがとう存じます
客: この野郎、客とる商売ねてるようじゃしょうがねえじゃァねえかァ。わるいけどなァ、えゝ? 万世橋渡って上野までやってくれいッ。
俥屋: へいッ、・・・・・ェェ・・・やってもよござんすがァ・・・、いくらくれます?
客: いくらくれますッてこっちァ客だ、おめえは俥屋だァ。おめえのほうから言えェ
俥屋: 左様(サイ)ですかァ・・・?どうであんたは、言い値じゃァ、乗らないでしょう
客: この野郎おめえはなんかおれに喧嘩をふっかけてンのかァ? いいから言えてんだよゥ
俥屋: 左様(サイ)ですかァ? じゃァ、(ポンと手を打って) これだけくださいな
客: おゥ? 指一本出しァがったなぁ? 指一本じゃわかンねえ。いくらだァ
俥屋: 百万円ですッ
客: ・・・・・引っぱたくぞこの野郎ォ。おらァ俥ごと買おうッてんじゃァねえぞゥ。百万円なんてたけえじゃねえかこの野郎ォ。一円に負けろォ
俥屋: ・・・・・あのねあアたねェ値切るに事をかいてねェ、百万円のものを一円だなんてあんたァ・・・ッはァ・・・・ン負けたァ
客: ァ負かっちゃったか
俥屋: えゝ。・・・・そのかわりですねェ、・・・あたしの俥はねェ、政府から、古いッて勲章もらってるくらいですからね、乱暴に乗らないでくださいよ あァ・・・ッと、だめェ、その蹴込ィ足ィ踏ンがけちゃァ。だめその、その、ブルキ、そ、ブルキ、ブル・・・・・そうそうおさいてなきゃだめですよ。こないだもその蹴ッ込みのブルキを抜いてェ、外しちゃってお客ゥあたしと一緒に走ったくらいですからねェ。それからあの、肘(シジ)掛けェ、肘掛けぇ・・・ッとすわっちゃだめッすわっちゃァ。えゝ。あの椅子のスプリングが出てますから、それでもってこうお尻噛まれますからねェ。スプリング・ハズ・カムなんてんでねェ、おどろきますからえゝ。ですからえゝ。デ肘掛けェぐっと肘ィ、えゝ。腕ェつっぱってください
客: なんか腕が疲れンなァ
俥屋: そのかわり腰が楽で
客: なんかいうなよおい。・・・・・忙しいんだやってくれェやってくれェ。急ぐんだ急ぐんだァい。やってくれッ
俥屋: じゃ、行きますよゥ。よござんすかァ。じゃァ、行きますからねェ。ぷッ、ぷッ(と、両掌に唾を吐き、ポンと手を打って) よォッ、はァッ、しょう、へへへ。へェ・・・よォゥはァッ、はッ。・・・・・はッ・・・・・はは、・・・・・はッ・・・・・
客: なんだァおい、持ち上がらねえじゃァねえか
俥屋: 持ち上がらないッたってあたしだって、力ァ入れようとしてンだけど、力がはいらないんです。あアたァねェ、あたしがきのうまで何してたか知らないでしょう。だからそういう冷たいことォいうんだよ。あたしァきのうまで病院に入院してたんだからァ。デ入院費(シ)がなくって、俥屋ンなっちゃったんだからァ・・・・・デあんたァ乗せるでしょう?デあんたのお金もらうとォ、そのお金持ってまた入院するんだからァ
客: ・・・・・おゥ嫌(ヤ)だなァおい、えゝ? なんかか知らねえけどおれ保健所みてェな按配ンなっちゃったなァ。
じゃァまァこうしよう、(ポンと手を打って) おれが体を後ろへ反らすから、そうすッとなァ、前(マイ)の梶棒が楽ンなるからァ。いいかァ? どうだァ。・・・・・こんなもんでどうだァこんなもんでェ
俥屋: へえ、へえ、最初から協力してくださいよゥ。そうすりゃァね持上ゃァがンないことはないですよゥ。プップッ(と、同じく唾を吐き、手を打って) ・・・・・よォッ、はァッ・・・・・
客: とォッとォッとォッ。・・・・・おォい、おォいッ、持上ゃァがりすぎだァ
俥屋: あたしだってそう思ってる
客: なんだァおい。どうすンだいッ
俥屋: お客さんすいませェん。もうちょっとからだァ前の方へ来て、前の方へ
客: 前の方かァ・・・・・? よゥし。・・・・・こんなもんでどうだァ・・・・・
俥屋: ヘヘッ。・・・・・あァ・・・。あァ・・・ァ。ついたァ・・・・・
客: いえ、ついたッて、ま、まだおまえ俥ァ動いてないよゥ
俥屋: いえ、足がついたの・・・・・
客: なんだァおまい、いままで、持上ゃァがってたのかおい、えゝ? でもまだこうやって上ェ向いてンなァ
俥屋: えゝ。このくらい持ち上げないとだめなんですよ。なにしろね提灯つけないとお巡りさんやかましいでしょう?
うちに提灯がなかったもんですから、お稲荷さんの奉納提灯借りて来たもんですからねェ、このくらい持ち上げないと提灯が引きずっちゃうんですよゥ。・・・・・(節をつけて) 提ォ灯へ借り物ォ、お客はァ、他人ッ
客: なァにをいってやァがんだァおい。いいから行けいッ
俥屋: 左様(サイ)ですかァ? じゃァ、発車しますよゥ? いいすかァ? ・・・・・はァッ。・・・・・ちょいさァ。・・・・・はァッ。・・・・・こらしょォ。・・・・・はァッ。・・・・・ちょいさァ。・・・・・はッ。・・・・・こらしょ
客: おいおいおいおォい。からだがよじれるよゥ?
俥屋: よじれてのいいの、前へ進んでンだから。こないだァ一つ(シトツ)とこまわってたんだからァ
客: 嫌(ヤ)だようおい。冗談じゃァないよおい。えゝ? ほかの俥ぁどんどんどんどん抜いてくじゃァねえかァ
俥屋: へいッ・・・・。若(ワケ)え者ンには花ァもたしましょうようォ
客: 年寄りの俥も抜いていくんだよォ・・・・ォ
俥屋: 年寄りにも花ァもたせましょうよォ
客: おまえ花ァ持たせすぎるよゥ
俥屋: そう。花の多い方が弔いはにぎやかッて・・・・・
客: なァにをいってやァる。上野へいつ着くんだァい
俥屋: あさっての夕方
客: だめだよおい。冗ォ談じゃないようおい。ェェもうもういゝいゝ。・・・・・冗談じゃないよおい。おりるよ
俥屋: おりる、そうはいかない、えゝ?あたしゃァこうやって男のねェ、俥屋だからそうィ冷たいことを言ってン。
あたしが女の俥屋だとねェ、『(やさしく)俥屋さァん、ゆっくり行きなァ。デ暗いとこィ行ったらねェ、ふたりで、歩こうかァ・・・・・』なァんでんで口説こうと思ってこの助平
客: なァにを言っていやァン。もういいったら、もうおりッから、えゝ?さァさァさァさァさァさァさァ、おうッ、ほらッ、金だァ
俥屋: へいッ、どうも、ありがとう存じます
客: ほらッ
俥屋: こ、これ五十ッ銭ですけど
客: いいじゃァねえか
俥屋: あの約束は一円ですけど
客: この野郎、目の玉ィ指ィ突っ込むそォこンちきしょうォ。いいかァ? えゝ? 上野まで行くから一円だ。
まだおまい俥が半分しか、動いてねえじゃァねえかァこの野郎。五十ッ銭だって高えくらいだこンちきしょう。
そィでもこっちァがまんしてンだぞォ
俥屋: ァそうすか、じゃァ、よござんす、へえ、五十ッ銭でよござんす、へえ。そィではまたね、お急ぎのときはまた乗ってください。あの柳の木の下にいますから

客: お化けだねこンちきしょうァえゝ? しょォ・・・がねえなまぬけな俥ィ乗っちゃったなァ。もっと早いく、・・・・・(ポンと手を打って) さ、あいつァいいねェ・・・、いいよォ、足元ァぴちッとしてるしねェ、若えし、あいつァいいよゥ。おゥッ、(ポンポンと手を打って) 俥屋ァ、(ポンポン) 俥屋ァ、おめえはやいかァ?
俥屋: なにをォ? 早えかァ? まぬけめェ、一(イ)ィッ潟(シャ)千里虎の子走り、“韋駄天”の熊ッてなァおれの事(コ)ったァ。おれァな、梶棒、プップッ(と、手に唾を吐き) こう持ってな、あァッ、あァッ、ラァラァラァラァラァラァッ、どいたどいたどいたどいたどいたどいたどいたァ・・・い(と、走り出す)
客: (遠くへ) まァだ乗ってないよォ、・・・ォ。・・・・・馬鹿だねあいつァ。・・・・・空ッぽのまま行っちゃったよ。
あんなとこ曲がっちゃった。・・・・・あァこっちから出て来たよ。どうしたいッ
俥屋: へえッ。・・・・・どうも、軽いと思った。乗ってください
客: わるいけどねェ、万世(マンセイ)を渡って北へ真っ直ぐいってくれェ
俥屋: 行ってくれァよござんすけどねェ、あっしァ早えですから、いいすかァ、蹴込みィぐうッと足を踏ん掛けてねェ、えゝ、肘掛けへ腕をからみつけてねェ、あんまり口ィきかねえでくださいよ。こないだもねェ、えゝ、あの、あたしと一緒にねェ、バーッと走っててねェ、舌ァ噛み切って死んだ人がいるんですからねえ。えゝ。かまわねえから口ンなかィ新聞紙(ガミ)突っ込んでください、いいすかァ? よござんすかァ? 引きますよぅ。プップッ(と、唾を吐き、ポンと手を打って) あァッ、はァッ。・・・・・ラァラァラァラァーイィ・・・。さァどいたどいたどいたァ・・・い
客: へへ。さっきの俥とァわけが違わァ。えゝ? 乗ってて気持ちがいいじゃねえかァ。ピィーッと風ェ切ってってなァ、おめえ早えなァ
俥屋: えゝ。早えことでァひけをとらねんですからァ。こないだの急行列車と競争して大宮で抜いたんですからァ
客: おいおいおいッ。そんなに早くなくたっていいんだよゥ。もうちょっとゆっくりでいいんだよゥ
俥屋: ラァラァラァラァラァラァイ、どいたどいたどいたどいたどいたァ・・・い
客: だんだんだん、からだがゆれてきた。おっとォ、おい、なんだか知らないけどいま、からだ全部がスポォーンと浮いたよ。どうしたんだァい?
俥屋: へえ、いまドラム缶をォとび越しましたァ
客: おいおォい。そういう不自然なものとび越す、うォ・・・っとォ、また持ちゃがったなァ?
俥屋: えゝ、もどっても一度やりました
客: おい、そう、・・・・・そういうこと、もどるなァ
俥屋: えゝ、そのほうがうけるから
客: なァ・・・にをいってやァン。おいおい、踏切踏切来た来た来た来た来た来たァ。大丈夫かァ
俥屋: 大丈夫かァッてこう勢いがついたらねェ、汽車が助かるかねェ、あたしが助かるかァ
客: 冗談じゃないよおい。えゝ? ・・・ぶつかったことあンのかァ?
俥屋: えゝこないだねェ、あたしァ助かったんですけどねェ、うしろの俥ァ持ってかれちゃいましてねェ、あたしァ梶棒だけ持ってうちへ帰りました
客: おいおい。冗談じゃないよ。汽車が来たァ・・・あァッとォ。・・・・・(ほっとした態で) よかったねェ、汽車がスポーッととんでってくれたねェ。汽車がよけてくれたのかァい?
俥屋: いやあすこはガードです
客: ァガードか、よかったァおい。前(マイ)が土手だァ土手土手土手ッ
俥屋: 土手ッ・・・・・。止まりました
客: 止まりましたじゃないよおい。・・・・・土手でよく止まった。えゝ? 土手があったから止まったんだけどね。そうでなきゃふっとんでっちゃうよおまえ、えゝ? ちょいと待ってくれェ、なんか知らないけどねェ、ちょっとさびしいよゥ、あすこに道しるべがあるから読んでごらん
俥屋: ェェ・・・埼玉県浦和
客: 馬ァ鹿ッ。このやろッ。浦和へ来た・・・・・だめッ、おれは、・・・・・馬鹿だな、本当に。・・・・・上野なんだよ
俥屋: 上野、わかってます、わかってます。来ちゃったものしょうがないでしょう? えゝ。・・・・・もどる・・・・・
客: ・・・・・早くもどれって
俥屋: もどれッたってね、こういう息の切れる噺はね、少し、えゝ、・・・・・休むときがなきゃァ・・・・・
客: 休むなこの野郎ォ。これからあと池袋ィ行くだけだあとは水割り飲めンだから行けェ
*・・・・もうすこし、あと、もォ・・・じきでサゲですからねェ、がんばっちゃいますからねェ、
俥屋: 行くぞォ・・・ッ、プップッ、(ポンと手を打って)あらァたァたァたァたァ・・・ッ、あぶなあぶなあぶなァ・・・い、子供どいたどいたどいたどいたァ・・・い
客: おまい口きくんじゃない口ィ、えゝ? 風ェ切って口きくから見ろォ、唾(ツバキ)がみんなおれの頬っぺたへひっかかるじゃねえかァ
俥屋: そんなら頬っぺたへワイパーつけたらいいでしょ
客: ガッタガッタいうな。川ぷちだ芸者だ芸者だァ
俥屋: 芸者、おうッとォ、・・・・・いけねェ
客: ・・・・・ほォ・・・ら、芸者さん川へ落っことしちゃったよ。いけねえ、おねえさん、ちょっと杭ィつかまってな、えゝ?
ちょっ・・・、・・・・しょうがねえな、おら、泳ぎ知らねえんだ、おいッ、俥屋こンちきしょッ、ぼんやりしてやがってェ、えゝ? おめえあげてやれ、おめえが落としたんだよ。芸者さんをあげてやんなさい。俥屋、芸者をあげろォ
俥屋: へえッ? ・・・・・芸者あげる? 冗談いっちゃいけねえ、芸者あげるくれえなら、俥屋なんかしてねえや



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