安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

桜鯛

2006年04月28日 | 小噺
 片仮名のトの字に一の引きようで上になったり下になったりと言いまして、
片仮名のトという字、これの下に一を引きますと上という字になる。
逆に上に引くと、下という字になります。
つまり、下々の者には身分のある方の暮らしは分からない。
あべこべに身分のある方は下々の暮しがわからないという事なんでしょうか。
食べ物などでもそうです。
我々庶民から見ますと、昔のお殿様という者はさぞおいしい物を召し上がっいただろうと思いますが、実際はそうではありませんでね。
確かに高価なものかもしれませんが、身体に毒だからってんで、蒸して油をとって、のどに刺さらないように骨を毛抜きで一本一本抜いた鯛の尾頭付きが膳部に並んだって言います。
ところが、これ毎日出されますからお殿様も飽きてしまいまして、大概一箸付けて、後はもうお食べにならないというわけで・・・
あるお殿様、その日はどういうわけですか、鯛の尾頭付き、二箸三箸お付けになりますと、
「美味である。代わりを持て」
代わりを持てと言いましてもね、普段は一箸しか付けないんですから代わりなど焼いておりません。
「いかがいたした?代わりを持て」
「ははー」
仕方がないんで三太夫さん、とっさの機転というやつで、
「殿に申し上げます」
「なんじゃ」
「庭の泉水が脇に植えましたる桜、満開の折には見事であろうと臣等(シンラ)一同心待ちにしております」
「ほう、左様か」
ってんで、お殿様が桜を見ている隙に三太夫さん、鯛の頭と尻尾を持ってくるっと裏返しました。
「持参いたしましてございます」
「おう、来ておったか」
ってんで、二箸三箸付けまして、
「美味である。代わりを持て」
今度は困りました。裏返すってぇと元の粗が出ちゃうんですから。
さすがに三太夫さん、まごまごしておりますと、
「三太夫、いかがいたした?代わりはまだか?ならば、余がもう一度桜を見ようか」

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ふだんの袴

2006年04月24日 | 落語
 *付け焼刃は剥げやすい、なんてえことを申しますが、どうも自分の腹から出たことでないてえとものはうまく行かないようですな。

 *ただ今の上野の広小路、あすこを将軍御成りの道、御成街道と申しまして、武具を売る店が多くございました。ェェ鎧師(ヨロイシ)、槍なぎなた、刀剣、弓師なんてえものが軒をならべておりました。あおのあいだに道具屋の店先が、一、二軒ございます。今しも一軒の道具屋の店先へ立ちました一人のお侍、ェェ年齢は五十を二つ三つ出ておりますか、髪は本田銀杏に結び、黒ちりめんの丸羽織、仙台平の袴、白足袋に雪駄ばき、細身の大小をたばさんで、白扇をにぎっております。
侍: (上手へ、鷹揚(オウヨウ)に) あァ亭主、その方の店はここであったか?
店主: (下手へ)おッ、これは、殿様でございましたか。なんでございます、ご用でございましたらお使いを下さればあたくしの方から出向きましたものを、わざわざお越しでどうも恐れ入ります
侍: いやいや、わざわざ参った訳ではない。本日は墓参の帰りである。あァ供の者にはぐれてしまい、これまで参ると、その方が店先におったので心付いたが、いやァ結構な構えであるなぁ(と、その辺を見廻す)
店主: ヘッ、ありがとうございます・・・・ま、どうぞ、殿様、奥の方へおいでくださいまして・・・・お茶(オブウ)などさしあげとうございますが・・・・
侍: あァいやいや、奥へ参らん方がよい。あァ、伴の者がな、追っつけ遅れて参ろう。これにおればすぐ判るが・・・・うゥ、店では邪魔であるか
店主: いいえ、どういたしまして、邪魔なんてえことはございません・・・・では、どうぞ、ご随意になさいまして・・・・(下手奥へ) 小僧や、お茶を・・・・お菓子を、煙草盆を・・・・
 *と、下にも置かないもてなしでございます。
  侍は腰の辺りをさぐりますてえと (と、右手で右腰をちょっとさぐり) ひとつさげの煙草入れを取り出しまして、袂(タモト)から煙管(キセル)を取り出しまして、袋からすッと出しました煙管が、これが銀の無垢でございますな。むくなんてえのァ、犬ばかりかと思うとそうじゃァない、煙管の方にもございまして・・・・。
結構な葉を詰めますてえと (と、扇子の煙管に煙草をつめ) 煙草盆の火入れへかざします。 (と、扇子を右手に人差指を添えて持ったのを伏せ、火をつける態) 葉が結構でございますからすぐに呼び火をいたしまして、これを (と、それへ口に持って行き) すぱり・・・・と輪を吹かしながらあたりの骨董品を見入っておりましたが・・・・
侍: (上手へ)あァ、亭主、その隅に (と、上手高目を見て) 掛けてある鶴は結構なものだなァ
店主: はッ、恐れ入りました。殿様あれにお目が留まりましてございますか。 (と、上手奥を見て) 惜しいことに落款(ラッカン)がございませんが、文晁の作と心得ますが、いかがなものでございましょう
侍: む? まに、文晁と申すか。(と、改めて絵に見入り) おゥ、そうであろう。文晁でなくばかほどの絵は描けまい・・・・文晁は名人であるのゥ・・・・うゥ、うまいものじゃ。(と、煙管を口の前に構えたまま) うぅ・・ん(と、大感心に態でうなる)
 *煙管をくわえて感心をなすった。
  煙管の掃除がきれいに行き届いておりますところへ(煙管を構え) うゥ・・ん、てんで息が入りましたから、雁首の火玉がひょいっと (と、左掌を上へちょっと煽り) 跳び出すてえと、開いております袴のすそへ落ちました。
店主: おッ、殿様、たいへんでございます。(と、右手人指し指で下手低目を指し) お袴のすそへ火玉が落ちましてございます
侍: なに? (と、袴の右裾を見て) おゥおゥ左様か。 (と、煙管の雁首で袴の右裾を叩きながら) いやァ、奇な匂いがいたすと思ったが、これは身共の粗相、許してくれよ
店主: いえ、どういたしまして。お召物にきずがつきはいたしませんか
侍: いやァ案じてくれるな、これはいささかふだんの袴である
 *なおも話をしておりますところは、共の者がないりました。共の者を連れましてお侍は帰ってしまいましたが、これを脇で突っ立って見ておりましたのが、毎度ご厄介になります、われわれ同様と言いたいが、もう少ゥし様子(サマ)の変った、日当たりの悪い(ワリイ)所(トコ)でぼゥ・・・・っと育っちまったてえような江戸っ子でございますが・・・・
八公: えへッ、驚いたねェ・・・・二本差(リャンコ)なんてえものは大たばこなことをぬかしやがンね、どうでえ、あんな
おめえ、昆布めてえに突っ張らかった窮屈袋ォ焦がしときゃァがって、えゝ? これはいささか、ふだんの
袴だ (と、口真似)・・・・(と、にやにや笑いながら) えゝ? (と、とたんに真面目になり) だけどおれにゃァ袴
なんぞねえだもんなァ・・・・そうだ、家主(イエヌシ)ンとこィ行きゃァあるんだよ。あれァよく、自身番ィ行くときに
はいていくとこを見てるからなァ・・・・へへッ、そうだ、借りて来(キ)よう・・・・がらがらッ、ぴしゃんッ (と、口で
言いながら、上手へ) まっぴらごめんねえ (と、大声で)
家主: おゥ?(と、下手を見て) なんだ、たいへんな開けかたしてへえってきやァがったな・・・・なんだ・・・・だれだ?
八公: あっしでござんす
家主: がらか?
八公: がらァ?・・・・ヘヘッ、おッどろいたねェ、おれのことみんな、がらッ八とァ言うけどなァ、八を取っちゃったなァ、
家主: なにをもそもそ言ってやンでえ、なんて開けかァするんだ、もう少しおめえ静かに開けらンねえか
八公: ヘヘッ (と、笑い) そうは行かねえ、静かに開けらンねえんだ
家主: 手加減つって手で開けるんだろう
八公: 今のァ手じゃねえ、足だ
家主: この野郎、なんだって足で開けるんだ
八公: 手がふさがってるからね
家主: この野郎、ふところ手なんかしやがって、間抜けめ、えゝ? なんてことをするんだ、そうやって威(エ)張って入(ヘ)って来るところを見ると、なんだな? 溜まってる店賃のひとつも持ってきたのか
八公: へッ、ひとつだなんて冗談じゃないよ
家主: ほゥ、ふたっつか
八公: ふたっつばかり (と、鼻であしらうように)
家主: みっつかァ?
八公: みっつだなんて、ンなこと言っちゃいけねえ
家主: よっつか?
八公: なにもひとつっつふやすことァねえだろう
家主: おゥ、えらいな、みんな持ってきたか
八公: 冗談じゃねえ
家主: なァんだい・・・・一体(イッテエ)いくつ持ってきたんだ
八公: ひとつも持ってこねえ
家主: なァにょ・・・・(と、呆れて) ひとつも持ってこねえで威張ってるやつがあるか、てめえがそうやっておめえ、なァ、大きな顔ォして入ってくりゃァおめえ、店賃の滞りを持ってきたと思うじゃァねえか
八公: そこが慾のまちげえだ
家主: 張り倒すそ、この野郎・・・・なにしに来たんだ
八公: へえ、すまねえ、大家さん、借りもんだ
家主: いやンなっちゃう、こン畜生ァ、ものを借りに来ンのに威張ってやァら、えゝ? おばあさん (と、上手奥へ)へ、どうも腹も立てらンねえ・・・・なにィ借りにきたんだ、えゝ? なにを借りにきたんだよ
八公: すまねえ、窮屈袋ォ貸してもれえてえんだけどね
家主: 窮屈袋?
八公: ほら、二本差(リャンコ)がへえてるでしょ
家主: なんだ、りゃんこがへえてるてえのァ?
八公: ほら、侍(サムレエ)がこう(と、両手で袴をちょっと払うような形) 突っぱらかったものをへえてるじゃァねえかよゥ
家主: あゝ、おまえの言うの袴と違うか?
八公: そうそう、その窮屈袋
家主: まだそんなことォ言ってやがら・・・・おめえは職人じゃァねえか、そんな袴の要り用があンのか、えゝ? なんで要るんだ・・・・なにか? 祝儀不祝儀でもあるのか
八公: ヘッ?
家主: 祝儀不祝儀か?
八公: へえ、そう (と、至って安直にうなずく)
家主: なに? (と、袴の右裾を見て) おゥおゥ左様か。 (と、煙管の雁首で袴の右裾を叩きながら) いやァ、奇な
八公: 祝儀不祝儀
家主: 祝儀不祝儀どっちなんだ
八公: 祝儀不祝儀なんだよ
家主: だからどっちだと訊いてるじゃァねえか
八公: ヘッ、判らねえなァ、大家さんも・・・・あのねェ、いま酒屋の角でもってさァ、あの、向こうから祝儀が来て、こっちから不祝儀が来てね、あの角でぶつかっちゃったン。で、祝儀が不祝儀の足を踏んじゃったんだね。
こりゃァ不祝儀ァだまっちゃァいねえやね、なんだっておれの足を踏みやがったんでえ・・・・なにを言ってやン、
てめえの足がおれの足の下へむぐずり込んだんだ・・・・この野郎ふざけたことをいうな・・・・この野郎ォ・・・・
ってんで喧嘩ンなっちゃたン。それ、あっしゃァ見てたもんですからえェ、これァ留めねえ訳にゃァいかねえや、
こっちだってね。そいからまァ、あいだィへえって、まぁまぁまぁまぁ・・・ってんで、これ、留めましてねェ、いま、鰻屋の二階でもって、この、仲直りをさせようてんだ。あっしゃァ仲人(チュウニン)ですからね、やっぱり、こう、突っ張らかったものをはいてねえと格好がつかねえから、へえ、そういう訳なんです、貸しつくンねえな
家主: なにを言ってやがる・・・この野郎まァ、祝儀不祝儀をなんと心得てやがる、えゝ? まァ使い道ァ言えねえんだろう・・・・おばあさん、大方茶番にでも使おうってんだろう、まァいいや、だしてやれ・・・・おいおい、箪笥から出すことァねえよ、その折れッ釘ィ (と、上手横高目を示し) 引っ掛かってンのでたくさんだ。それ、こっちィ持ってこい。 (と両手で上手奥から受け取り、下手へほうり出し) さァ、持ってきな
八公: (上手低目をじっと見て) へッへッへッへッへ、ふヮァ・・・・こ、こりゃなんだい、こりゃ?
家主: なんだてえことァない、袴だ
八公: (しげしげ見ながら) これがかい? ・・・・しでえ袴だなァ、こらあ・・・・これァなんじゃねえか、ほら、あれがないねェ?
家主: なにが?
八公: こう、ほら、でこぼこがよゥ
家主: なんだ、でこぼこてえのァ・・・・おまえの言うのァ襞(ヒダ)か?
八公: あゝ、それそれ。それがねえね
家主: うん。あァそんなものはとっくにくずれちまった
八公: くずれたァ? しもやけみてえな袴だなァ・・・・りゃんこのァもっと立派だったぜ
家主: そりゃァお侍は表看板におはきンなる、立派なものをつけるだろう
八公: ヘェ・・・・あァ、まァいいや、どうせ焦がしちゃうんだから・・・・
家主: なにィ? 質入(コカ)しちゃう?
八公: い、いいえ、コカすようなのとァしねえ
家主: あたりめえだ、この野郎。貸してやったりコカされたりしてたまるか。済んだらすぐ持ってこいよ
八公: 大家さん、済んだらすぐ持ってこいよてえと、あっしゃなんだか他人(シト)様からものを借りて返さないように聞こえるねェ。冗談じゃァないよ。あっしゃァおぎゃァと生まれてこのかたねェ、しと様にものォ借りて返さないような男じゃァないよ
家主: 大きなことを言ったなァ・・・・じゃァおめえに訊くがなァ、去年の盆だ、おれンところから鳴海絞り(ナルミシボリ)の浴衣ァもってたなァ。あれ、あれっきり返さねえじゃねえか、あれァどうしたんだ
八公: あァ、あの、借りたやつ・・・・あれ、まだ覚えてるかい? ははァ、あいつを覚えているところをみると、まだ耄碌(モウロク)しねえな
家主: 張り倒すそ、この野郎・・・・どうした、あれァ?
八公: へえ、あれはねェ、留(トメ)ンとこで赤ん坊が生まれたときにね、おしめのぼろがねえってんでね、そいじゃァこいつをやっちまおうってんでくれちゃいましたがね、時々あの、おしめンなって、こう、かかってましたがねェ、もう要らねえでしょうから、じゃァあり、貰ってきようか
家主: 要らねえ、そんなものァ・・・・すぐ返せよ
八公: へえ、どうも、借りてきやす。(と、右手で袴をかかえる態で) へッへッへッ、有難(アリヤ)てえありやてえ、とうとう借りちゃった。やっぱりなんのかんの言っても大家だなァ・・・・(かかえている袴をじっとみつめ)
こりゃきけねえや、侍は大きな紋の付いた羽織を着てやがったんだ。いまさら借りに行ったら今度ァおどかされちゃうな、ま、いいや、この印半纏の上からつけちまえ・・・・
 *大紋付(ダイモンツキ)の上から袴ァはいてな、ふところ手のできないのを無理に袖ンとこへ手を突っ込むと、横ンなって蟹みてえね格好をして・・・・
八公: 亭主(テイシ) (と、間抜けな大声で) おめえの家ァここかァ
店主: あァ・・・・へ? なんだい、あまり見かけたことのないかただが・・・・(上手奥へ) え? 知ってるかたかい?
・・・・へえへえ、どうぞ・・・・どうぞこちらへ
八公: あァ・・・・実はなァ (と、相変わらず一ッ調子声高に) 墓参の帰りだ。供の者にはぐれてな
店主: (上手奥へ小声で) なんだ、自分が供みてえじゃァねえか
八公: これまで来るとおねえが店先にとぐろを巻いてたから気が付いた。大きな家だなァ・・・・なかなか家賃も出るだろう、えゝ? それともふたっつみっつ溜まったか
店主: ご冗談さまで・・・・まァどうぞおかけ下さいまし
八公: おかけ下さいてえのァ違うだろ? どうぞ奥の方へ、と行かなくちゃいけねえ。いや、奥へ参らん方がいい
店主: だれも奥とは申しません
八公: あァ・・・・おい、小僧、ぼんやりしてンじゃねえやな、えゝ? 茶ぐれえ持ってこい
店主: これはどうも・・・・お茶を持ってきな
八公: あ、おい、あのね、茶を飲ませる親切があったら冷でもいいからきゅゥッといっぺえやらしてくれい・・・・
はッはァ驚いてやらァ、これァ冗談だ。おい、小僧、煙草盆を持ってこい、煙草盆を・・・・ぼんやりしてンない、この野郎ァ。そんなこっちゃァなんだぞ、いい番頭にゃァなれねえぞ、えゝ? ・・・・そこィ置け、そこィ・・・・
えゝ? ンとにィ、鳩が豆鉄砲くらったようなツラァしてやがって・・・・今に驚くな、この野郎ァ。(ふところから煙草入れのこころの手拭を取り出し、両手で大事そうに持ち、それを眺めながら) おれの煙草入れァ千住(センジ)の河原の煙草入れ、かますだ、なァ? 煙管だって(と、煙管のこころで扇子をとりあげ) どうもりゃんこのとァ違わあ、真鍮の鉈豆(ナタマメ)ときてやがら (と、じっとそれを眺める) なあ? ヘッヘッ・・・・
(と、煙草入れの中を見ると) あァ、こらいけねえや。煙草がねえや、こらあ・・・・粉ばかりになっちゃった・・・・
いまさら買いに行ったって間に合わねえや、なァ・・・・いいや、これでやっつけよう、へへ、まとめときゃァいいだろう。(と、かまわず煙管につめ) あァあァ、しょうがねえや・・・・まず、こう、煙草盆・・・・(と、気取って大げさに前の侍の型を真似て火をつけようとする・・・・雁首の下を覗き込み) あァあ、いけねえ、粉だからにんなあかっちゃたい。(と、もう一度煙草をつめ) 口の方からお迎い火だ、なァ・・・・(と、今度は口からもって行き) へッへ、火が付きゃァこっちのもんだ・・・・(と、肘を張って煙管を大きく構え) 亭主(テイシ)、あの隅にぶら下がってえる鶴はいい鶴だなァ
店主: は、これはどうも、お見それをいたしました、あれにお目が付きましてございますか。惜しい事に落款がございません。文晁の作と心得ますが、いかがなもので
八公: なに? ぶんちょう? あれが? ・・・・文鳥じゃァねえだろ、あれァ・・・・文鳥でえのァもっと小さな鳥だろう、くちばしが赤くって・・・・あれァおめえ、首が長くって、くちばしが長くって、おめえ・・・・冗談を言うねえ、この野郎、おれがなんにも知らねえと思ってやがらァ、あんな文鳥があるかァ、鶴じゃァねえか、あれァ
店主: はッはッは、これァどうも、失礼をいたしました。へえ、いかにも仰せのとおり、あれは鶴でございます
八公: 鶴だな。あゝ、いい鶴だな、これァ、うん、いい鶴だ、うゥ・・ん (と、うなる)
 *いくら感心しても掃除の行き届いていない煙管ですからな、火玉が跳び出しません。口惜しいから、いい鶴だ、ぷいッ (と、煙管を吹く形) と吹いたからたまらない、火玉がきりきりッと舞い上がるてえと、袴へ落ちないで頭のてっぺんへ(と、右手で頭を指し) 落っこった・・・・
八公: たッはッはッはッは・・・・(と、熱さのあまり、目をぎゅっとつぶって、それでも煙管を構えたまま)あァ・・・ァ、いい鶴だァ
店主: おほッ、どうも、親方、冗談じゃァこざいません、頭(ツムリ)ィ火玉が落ちました
八公: なァに心配(シンペエ)すンな、こいつァふだんの頭だ


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二人旅(ににんたび) (後半)

2006年04月14日 | 落語
甲: また始まりゃァがった、しょうがねえなァまったくなァ。おうおう、むこうの景色でも見ろよ、『一富士、二鷹三茄子び』 なんてよくいうけどもなァ
乙: まァ、山ァいいってえが、富士が一番親玉だなァ
甲: あゝ、そりゃそうだろう
乙: おめえ富士の山へ登ったことがあるか?
甲: 富士講にへえってっから、そうさなァ、二度ばかり登ってらあな
乙: あゝ、それじゃおめえに聞いたらわかるだろうが、あの富士の山の上からおれンとこの物干しがみえたろう
甲: バカなことを言うない、駿河の山のてっぺんから、江戸の神田の物干しが見えるか
乙: じゃァおめえ、富士へ登ったてのは嘘だ
甲: どうして
乙: おれんとこの物干しから富士のやまァよく見えらァ
甲: それァあたりねえだァな、低いところから高え物ァよくみえらァ、まァ早え話しがなァ、ノミが人間をめっけてよく食うが、さて人間がノミをつかまえようという段になって わからねえのと おんなし理屈だ
乙: はァ、をういうもんかなァ。あの富士の山の夢ェ見るといいことがあるなんていうなァ
甲: よくそんなことをいうなァ
乙: 茄子の夢はどうだ?
甲: 茄子の夢もいいだろう
乙: おれァずいぶん大きな茄子の夢を見た
甲: そんなにおおきかったか
乙: うん
甲: 玄白茄子なんて このぐれえあるだろう (と、両手で六、七寸(20㌢位)くらいの大きさを示す)
乙: そんなもんじゃねえや、もっと大きいや
甲: このぐれえか? (と、も少し大きくしてみせる)
乙: そんなもんじゃねえ
甲: こんなにもあったか? (と、更に広げる)
乙: まだ大きかったなァ
甲: このぐれえか? (と、手をいっぱいに広げる)
乙: いや、もっと大きい
甲: それじゃもう手が広がらねえじゃねえか、家(ウチ)のような茄子か?
乙: そんなもんじゃねえ
甲: 山のような茄子か?
乙: そんなもんじゃなかった、もっと大きいなァ
甲: いってえおめえ、どんな茄子なんだ
乙: ま、なんでもねェ、闇の夜に蔕(ヘタ)ァつけたような茄子だなァ
甲: なにを言ってやがる、そんな訳のわからねえ茄子があるかい
乙: どっかで昼喰をやろう
甲: また始めやがった、しょうがねえなァ本当に。じゃァ、おめえはそっちを見てな、おれはこっちをみてるから、お百姓がいたら、本街道へ出るのになァ、どう出ていいか聞いてみろ
乙: 百姓にか?
甲: いや、そんなことを言うんじゃねえ、丁寧におの字をつけて 『お百姓、お忙しいところをお手ェ休まして申し訳ございません、本街道に出たいと思いますが、どう出たらよろしうございますか』・・・丁寧に聞いてみろ
乙: ほいきたい・・・・あ、いたいた、。(下手遠くへ)やァい、お百姓ォ、少々物をうかがいますがねェ、本街道へ出てえと思うんですか、建場のようなとこへ出てえと思うんですけどねェ、もしィ、お忙しいとこをすみませんがァ・・・・(上手へ振り向いて) おい、ちょいと見つくれ、あすこにいる野郎は啞かつんぼかなァ
甲: でれ、どこに(と、下手遠くを見る)
乙: あの畑のまん中へ突っ立ってる野郎よ(と、下手を示す)
甲: 馬鹿、ありゃ案山子じゃァねえか
乙: 案山子かあれァ、よくできてるから本物かとおもったなァ、案山子がああやって突っ立てるとくたびれるだろうなァ。
甲: 案山子はこしらえもんだい、くたびれる訳がねえや
乙: くたびれてらい、それが証にゃァごらんよ、脚が棒になってるじゃァねえか
甲: なにを言ってやがる、口がへらねえことばかり言ってやがる。おう、ごらんよ、道巾が広くなってきたぜ、車のとおった跡や馬のとおった跡があらあ、これァ本街道へ出た証拠だ、なァ。おう、むこう見ろ、むこうを・・・・(と、右手の指示で正面を指し) むこうだ、どっちをめてンだ、こっちだよ、指の先をごらん
乙: 爪がはえてンな
甲: なにを言ってやがる、爪の先そ見ろよ
乙: あかが溜まって黒いぞ
甲: だれが爪のあかァ見ろっつった、むこうになァ、柳の木が二本すうッと見えて、行燈がちらちら見えるだろう
乙: え? どこに
甲: むこうに柳の木がすうッと、行燈がちらちら・・・・
乙: あゝ、柳の木も行燈もみえるなァ、すうッとてえのと、ちらちらてえねが見えねえや
甲: そりゃことばの飾りだ、そんな物ァ見えるかい。ありゃァおめえ建場だ、あそこへ行きゃァなんかあるだろう
乙: そうか? あ、行燈になにか書いてある、読んでみようか
甲: 読んでみろ
乙: えェと、なんだ? 一つ、せ、ん、め、し、あ、り、や、な、き、や・・・・はァはァはァこりゃァだめだ、あそこへ行ってもめしがあるかねえかわからねえぞ
甲: おめえ変な読み方をするない、ひとつとよむからいけねえんだ、ありゃイチと読むんだなァ、『一ぜんめしあり』 で切るんだよ、あとは『やなぎ屋』 じゃねえか、それをおめえが『ひとつせんめし、ありや、なきや(と、”り”と”き”にアクセントをつけて)』って、上がっちゃうからいけねえんだ
乙: あッはッは、そうかい
甲: 一膳めしあり、せに点が打ってあるからぜだ、やなぎ屋、きに濁りがうってあるからぎよ、なァ
乙: なんだい濁りてえのは
甲: 字の脇にぼちぼちと打ってある、あれがそうだ
乙: あゝ、そうか、おれァ墨が跳んだのかとおもったなァ、あれを濁りってのか
甲: そうよ、いろは四十八文字に濁りを打ちゃみんな読み方が違ってくらあ
乙: そういうもんかァ、みんな違うか
甲: 違うとも
乙: じゃァ、いの字に濁りを打ったらなんてんだい?
甲: いの字に濁りを打ちゃァおめえ・・・・いィいィいィ・・・・
乙: 馬が啼いてるみてえだなァ
甲: いのじにゃ濁りは打てねえんだ、文字の頭(カシラ)だ、頭ァ濁らしちゃァいけねえから濁らさねえ
乙: そうかい、じゃァ、ろは?
甲: え?
乙: ろ。ろロ ロ ロ ロ(と、口をとがらして、舌をふるわせながら) てえか?
甲: なに言ってやがる、ろだって頭のすぐ下にいるんだよ、頭が風邪しいたときやなんかに名代(ミョウダイ)に出なくちゃならねえ、こいつもやっぱり濁らさねえでおくんだ
乙: そいじゃァ、りは?
甲: り(利)は付くてえと出しにくくなるからやっぱり付けねえ
乙: ヘェ? ゆは?
甲: ゆゥ(湯)は濁らねえ朝湯のうちにへえるんだ
乙: なんだ、変な話になったなァ、じゃ、わの字に、まの字、れの字にんの字に・・・・
甲: 待て待て、おめえ濁りのねえものばかり選ってるからいけねえ、なァ。はに濁りを打ちゃァば、かに濁りを打ちゃァが、しに濁りを打ちゃァじだ
乙: はァ、そうか。じゃ、おねえの顔は顔じゃァねえ、がおだなァ、鼻じゃァねえばなだぞ
甲: どうして?
乙: ここンとこに(と、右手で自分の鼻の頭を指して)濁りがある
甲: ほくろだよ、顔に濁りをつけるやつがあるかい。おら、もう建場にぶつかったぜ、ばあさんがかまどの下ァ
炊きつけてらあ・・・・ばあさんごめんよ、休ましてもらうよ
婆: はいはい、いらっしゃいまし、どうぞお掛けなせえまして
甲: 一服さしてもらうからなァ
婆: はいはい、おめえらの煙草出してのう、遠慮なくどっさりおあがり
甲: あたりめえだい、てめえの煙草を遠慮してのむやつァねえや(と、ふところから煙草入れを出して膝に乗せたまま)ま、いいや、田舎の人はお世辞がなくってなァ・・・・おう、火なんざいいや、そこまで貰いに行くよ。
ばあさん、茶なんぞ淹(イ)れたっていけねえんだ、おれたちァ酒にこがれてンだからなァ、酒はあるかなァ
婆: はいはい、この村ァ造り酒屋ァあって、酒(サカ)場所だァよ
甲: ヘェ、それァ豪儀だなァ、いい酒があるか?
婆: 越中の 『村さめ』 つって、ええ酒があるだ
甲: ほう、うめえのがあンだな、その『村さめ』ってのァいい酒か?
婆: はい、いい心持ちに酔ってましてものう、この村ァ出るてえと醒めるだァよ
甲: なんでえ、むらァ出て醒めて『村さめ』か? 変な酒だなァ、ほかにはあンのか
婆: ほかには『庭さめ』だァ
甲: それァどういうんだ
婆: ほかほか酔ってましても、庭ィでるてえと醒めるだよ
甲: いやな酒だなァ、じゃまたすぐ飲み直さなくちゃならねえじゃねえか。ほかには
婆: 『じきさめ』
甲: なんだ、だんだん悪くなってきやがら。じゃいいや、あおの『村さめ』ってんでいいからなァ、そいつしとつ貰おうじゃねえか、燗なんぞすることァねえ、冷やのまんまでいいぜ、猪口なんぞ持ってきたってしゃァねえ、湯飲み茶碗かなんかもってこい、急ぐんだから早えとこ
婆: はいはい、まァ気ぜわしねえこン(事)だのう・・・・お待ちどうさま(と、両手で下手へ差し出す)
甲: お、早かったな・・・・(ちょっと正面低目を見て)なんだいこれァ、変な膳だなァ、細長くってまん中がくぼんでやンな
婆: まァ、それ膳でねえだよ、おめえがたえかくせく様子だでなァ、まな板の上へ乗(チ)っけただ
甲: まな板か、どうも変だと思ったよ、え? 湯呑茶碗かなんか持ってこいッたら、汚ねえ湯呑茶碗しとつ持ってきやがった、茶屑がいっぱいついてやがら・・・・おい、ばあさん、これおめえがもむ茶碗じゃァねえのか?
婆: はいはい、そてァおらのむ茶碗だね
甲: (口をとがらして)汚ねえじゃねえか
婆: (目をしょぼつかせながら しゃあしゃあと)なんの汚ねえことがあるもんかね、おねえらァのんだあと、おら よォくゆすいでのむだから
甲: なんだい、どっちが汚ねえんだか訳わからねえや・・・・え? やってみようじゃねえか、いや、色はこれで
あけえけど地酒なんつって、案外(アンゲエ)こくがあっていいもんだ、よかったらまたあと貰ってみようじゃねえか、なァ、え? じゃ、おれが先にお毒見だぜ。(と、茶碗を取り上げて一口飲み)むゥッ・・・・(と、口を曲げて顔をしかめ)なんだいこれァ変な酒だぜ
乙: そうか?悪い(ワリイ)悪いと思うからじゃねえのか、どれ貸してみろ。(と、茶碗を受け取って一口飲み、これも顔をしかめて)むゥむゥむゥ、これァいけねえや、これァ『村さめ』じゃァねえよ、これァ、のどさめの唇(クチブル)さめの舌ざめだなァ
甲: ひでえ酒だなァ・・・・おゥ、ばあさん、なにかこう口直しにつまむものァねえかなァ
婆: はいはい、つまむものてえと鼻でもつまむか
甲: 鼻ァつまんで飲んだってしゃァねえやな。なんか食い物ァねえかい、田舎へ来てぜいたく言ったってしゃァねえがなァ。地卵なんつって、卵のいいのがあるだろうなァ、卵でも貰うかなァ
婆: はい、卵ってえと、なんの卵だ?
甲: なんの卵って、烏天狗の卵なんざねえだろう、鳥の卵でよ
婆: 鳥の卵どうしなさる?
甲: どうしなさるって、のむのよ
婆: あり?のむのかねまァ。(と、驚いた態で目を丸くして)青大将(アオデエショウ)みてえな・・・・
甲: よせ、こン畜生、丸ごとのみこんじまおうってんじゃねえんだよ、割って醤油(シタジ)かなんか落として
のもうってんだ、あるだろう?
婆: はい。(と、心細い口調で)いま孫ォ呼んでのゥ、梯子ォ掛けて取らせるでのぅ。(下手遠くへ)これェ・・・・、
孫之丞オホオホオ・・・・
甲: 情けねえ声してやがら。梯子を掛けて取らせるって、どっか高えとこにあンのか
婆: はい、表の榎になァ、みみずくが巣ゥ掛けただ、まだ巣立ちしねえからまだ卵あるだんべえ
乙: おい、いいよ、持ってこねえでも・・・・これァいけねえや、みみずくの卵は困らァな、青大将とまちげえるのァ
無理もねえや、えゝ? おゥ、あすこに口上書きがあンな、どぜう汁、くじら汁・・・・汁で酒も飲めねえなァ
甲: 田舎味噌なんつって味噌がいいだろう。じゃ、おばあさん、そのどぜう汁を貰うかなァ
婆: はてまァ、弱ったの
甲: 味噌がねえのか
婆: 味噌はあるだよ、今、裏のたんぼへ行って、どじょう しゃくってくるでの
甲: なんでえ、これからどじょうすくいか。でも、人がへえらねえから うんと取れるだろう
婆: それがおらァ目が悪いでのう、しゃくおうかと思うと どじょう 動くだよ
甲: それァ動かあな、じっとしちゃァいねえやな。でも、うんと取れるだろう
婆: 一日かかれば三匹ぐれえ・・・
甲: そりゃだめだ、いつンなってできるかわからねえや。じゃ、くじら汁でいいや
婆: はいはい、では買い出しに行ってねえりますだ
甲: どこィ行くんだ
婆: 紀州の熊の浦まで
甲: ちけえのか?
婆: 三十六里ある
甲: そんなとこまで行っちゃァいけねえやな、そんなとこへおめえが行くのをここで留守番しちゃァいらンねえや
婆: いや、娘ッ子が嫁に行ってのう、赤子(ヤヤ)ができたちゅうでの、一度はァ、ややこの顔を見てえと思ってよ、丁度いいだよ、おめえらにここで店番してもらって・・・・
甲: バカなことを言っちゃいけねえや・・・・しょうがねえ、弱ったなァなんにもねえ・・・・おゥ、いいものがあらあ。
(正面遠くを右手で指さし)あの畑にある青い菜、あれむしってなァ、ゆでておしたしにして持って来い
婆: あの菜をゆでてどうしなさる?
甲: どうしなさるって、食うんだよ
婆: あれはなァ、ゆでてもたべられませんぞ
甲: なにを言ってやンだい、食えねえものを畑にこしらえる訳ねえじゃねえか、いいから持ってこい
婆: ほんとにたべなさるか?
甲: 江戸っ子だ、食うつったら食うんだ、持ってこい
婆: 江戸の方ァあれたべなさるのか、あれ煙草の葉だがええかの
甲: あれ煙草かあれ、青けりゃなんでも食えると思うじゃねえか
婆: あれゆでるか・・・・
甲: ゆでたってしゃァねえやな。なんだ、酒は悪(ワリ)いし食う物はねえし・・・・おう、ばあさん、おめえのうしろにいいものがあるじゃァねえか、そこの砂鉢に入れてあるのはタニシだろう、それ持ってこい
婆: あれかねェ、あれァタニシでねえだよ、焼豆腐のたいたんだね
甲: 焼豆腐? 豆腐ならおめえ、四角く切りそうなもんじゃァねえか、まァるいなァ
婆: はじめ四角だった打よ、二回煮直ししたでのう、角が取れてまァるくなっただ
甲: (苦笑いしながら)おやおや、焼豆腐が煮られちまやがったなァ、そいだけ煮込むにァ大変だ、それァよっぽど前から煮たんだな
婆: はい、この村の八幡さまのなァ、ご祭礼のときのお煮しめの残りだァな
甲: ふゥん? その八幡さまのご祭礼なんてのはおめえ、去年あたりでもあったんじゃねえのか
婆: なァにおめえさま、去年ではねえさ
甲: そうだろうなァ
婆: おととしだ
甲: なおよくねえじゃねえか。冗談じゃねえやおめえ、酒は悪い、食う物はねえ、驚いたなァ、もういいよ、えゝ?いくらだい、これで銭取っちゃへでえな、え? じゃ、なんだぜ、ここへ勘定置くからなァ。(と、ふところから出して前へ置き)おい、ばあさん、この酒はなんじゃァねえのか、酒ン中へ水割ったな
婆: なにを言ってるでえ、酒の中に水なぞ割りましねえ
甲: 割りましねえッたっておめえ、のんでみねえな、ずいぶん水ッぽいぜ、え?水割ったんだろう
婆: 何を言ってるだァおめえさま、そんなもってえねえことァしねえだよ、酒ン中へ水は割らねえでどのう、
水の中へ酒落としますだ
甲: 冗談じゃねえや
*二人旅というお笑いでございます

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二人旅(ににんたび) (前半)

2006年04月14日 | 落語
  旅行をいたしますのも、ただいまと昔ではたいへんに相違がございまして、今はもうどこへおいでに
なるのも容易でございます。そこィまいりますてェと、昔の旅てェものは大変で、わらじ穿きでもって、てくてく歩いたものですから、これァもう日数もかかります。
  で、旅行をなさるのも、春か秋がいちばんよろしいようですな、春の旅ときますてェとこれァまことに
のどかで、麦畑が青々して菜の花がめッ黄色、蓮華の花が赤い、かげろうが立ち昇り、また山が霞の帯を締める、何処か(ドッカ)でひばりの声が聞こえようなんという田舎のたんぼ道を、そう急ぐたびじゃァない、遊山旅(ユサンタビ)という、気のむくまま、足のむくまま、ぶらぶらでかけようなんてェのは、またのんびりしておりますが・・・・

甲: どうした、おい、だいぶ遅れるじゃァねえか、早く歩かねえか
乙: いやァだめだよもう、腹ァへっちゃったし、くたびれちゃったしね、もうあるくのァいやだ
甲: どうするんだ
乙: おんぶがいいや
甲: なにを言いやがる、おめえにてえなものをおぶってあるけるもんか、ええ? おまえはくたびれたくたびれたって、歩きようが悪いや、なァ、かかとをずるずるひきずるからいけねェ、かかとァつけねえで爪先でもってよって歩け、そうすりゃァわらじもいたまねえしくたびれも少ねえや
乙: ああそうかなァ、かかとをつけねえとくたびれねえかァ、それで軍鶏なんぞずいぶん駆け出すけどもなァ、あれはかかとをつけねえからくたびれねえ
甲: なにを言ってやンでえ、軍鶏にかかとなんぞあるかい
乙: どっかで昼喰(チュウジキ)をしようじゃねえか
甲: おめえ、さァてえと昼喰だなァ、昼喰なんてのァ日に一度やりゃァいいもんだぜ。あそこに乙な女がいるからいっぺえ飲もう、かわいい新造ッ子がいるから昼喰にしよう・・・・女の顔さえみりゃァ飲むの食うの言うじゃァねえか
乙: は・・・・(と、軽く笑って)おれァもういい女の顔を見りゃァ腹のへる性分だ
甲: いやな性分だなァ、こんなとこで飲みてえ食いてえ・・・・どっちを見たっておめえ、田畑ばかりだ、本街道へ出なきゃァだめだ、そうすりゃァ建場(休憩所の意)のようなところもあるから、なァ、そこへ行きゃァまァ飲む物食う物ぐらいはあらあ、まァそれまでしとつ辛抱して歩け。腹へった、くたびれたってェとこでどうだ、むこうの景色でも見てみろ
乙: ええ?
甲: 景色をごらんよ
乙: 景色? 景色ってのァどれだ
甲: どれだって探すことァねえや、これそっくり景色だよ
乙: (見廻して)ヘェえ、ずいぶん大きい景色だ
甲: 張り合いのねえ野郎だなァ、むこう見ろよ(と、右手で上手遠くを示し)麦畑が青々して菜の花が黄色く咲き乱れて蓮華の花が赤くって、黄色いとこだの青いとこだのって、いい心持ちだなァ
乙: ええ?
甲: 黄色くって青くって、いい心持ちだよ
乙: はァ、そうかなァ、黄色くって青くっておめえいい心持ちか? じゃおめえなにか、病人がウコンのふんどし締めててもいい心持ちか?
甲: (笑いながら)よせよ、それとァ訳が違わァ。黄色く青く、縁(ヘリ)を取ったようでいい心持ちだてんだ
乙: はぁ・・・・なんだ、おの青いのォ
甲: 麦畑だ
乙: あァ麦畑か。あれ、とろを掛けて食うとうめえな
甲: 畑へとろを掛けられるかい
乙: 黄色いのは?
甲: 菜畑だ
乙: ああ、あおうか、花が飛んでるなァ
甲: 花じゃねえや、おめえあれは蝶々だ
乙: あ、蝶々か。蝶々だか花だかわかんねえじゃねえか
甲: そこだ、花が蝶々か蝶々が花か・・・・てェとこだなァ。『黄な蝶がまぎれて遊ぶ菜種かな』てえとこだ
乙: はァ? じゃ『白蝶が・・・・』てえのはどうだ
甲: 『白蝶が・・・・』?
乙: うん、「・・・・まぎれて遊ぶ大根の花かな』
甲: 大根の花なんてのァまずいなァ。『菜の花や月は東に日は西に』 これはいちばん日の長え峠を言ったんだろうなァ。『菜の花や腰より上の人どおり』 こいつはまた見た様だ
乙: なんだい?
甲: 菜の花ンとこをとおてる人を見ると、腰から上しか見えねえとこを歌ったんだなァ
乙: ああそうか。じゃ『菜の花や腰より下のひとどおり』 なんtのァどうだ
甲: そんなおめえ、背の小せえやつァいねえだろう
乙: でも、いざりが這って歩けば
甲: よせよ、つまらねえことを言うない
乙: あァ、どっかで昼喰をしてえ
甲: また始まりやがったな、どうもおめえは、さァてえと昼喰だなァ。じゃァどうだい、腹がへったくたびれたってとこで、むこうの景色でも見ろ、山水てえがなァ、山ァいつ見てもいい心持ちだなァ
乙: ええ?
甲: あの山を見ろよ、こう山がスゥっとをびえてるとこを見ると、なんとも言えねえ心持ちだなァ
乙: いやな心持ちだ
甲: どんな心持ちなんだ?
乙: おめえが死んでお通夜をしているような心持ちだなァ
甲: おかしな心持ちンんりゃァがる。杉の木がスゥっと立ち並んでるとこを見るてえと(と、右手をたてたのを、上手から下手へ動かして見せ) すッとするじゃァねえか
乙: ぞおッとすらあ
甲: どんな気持ちだ?
乙: おめえが死んで初七日のようだ
甲: へんな心持ちになってやがら。流を見ろよながれを、綺麗な水がチョロチョロ、チョロチョロ流れて、ああいうとこを見ると、なんとも言えねえいい心持ちだ
乙: いやな心持ちだ
甲: いやに逆らうねァ、どんな心持ちだ
乙: おめえが死んで四十九日・・・・
甲: やめろ、この野郎、続き物の心持ちになってやがら
乙: あッはッは、どっかで昼喰を・・・・
甲: また始めやがった
乙: 兄きのめえだけどなァ、おれァうめえことを考げえたがねェ
甲: なにを考げえた
乙: 着物を着ねえで裸でもって道中できるてェことを考げえたがね
甲: そんなことができるもんかい。『裸で道中なるものか』 ってなァ、よく言うだろう、裸でなんぞ旅ができる訳のもんじゃァねえ
乙: いや、それがそうでねえんだ、できるんだ
甲: どうしようってんだ
乙: なァにこのね、据え風呂桶をねェ、車につけてこれへ縄をつけて引っ張るんだなァ。で、一人が引っ張って一人が炊きつけちゃァね、風呂ン中へへえってあったまってんだ。で、体のあったまったところで跳び出して、今度ァ代わりにまたへえってあったまらあ。そうすりゃァ着物なんぞ着ねえで裸で道中ができるだろう
甲: つまらねえことを考げえやがったなァ。第一、薪やなんかどうするんだ
乙: その方は心配(シンペエ)ねえや。どこだって枝の落っこたのがあらあな、そんな物がいくらでも薪の代わりになるぜ
甲: だけどそんなことァできねえや。おめえはつまらねえことばかり考えやがンなァ
乙: だけどおめえ、どっかで昼喰をしなきゃァ
甲: また始まりゃァがった、しょうがねえ、ことばの合いの手にゃァ昼喰だ。じゃァこうしよう、しとつ謎がけでもして歩くか
乙: ええ?
甲: 謎がけだよ
乙: なんだい、謎がけてのァ
甲: よく子供がやってるじゃァねえか、『なんと掛けて なんと解く』 そんなことを言ってりゃァなァ、おたげえにことば仇になってなァ、くたびれたのも腹がへったのも忘れるぞ
乙: うゥん、そうかなァ、じゃァやってみようか
甲: できるか
乙: えェと、『絹糸がこんがらがっちゃった』 と掛けてなんと解く
甲: こりゃまた綺麗な題だなァ、あげましょう
乙: 『木綿糸がこんがらがっちゃった』
甲: その心は
乙: 『麻糸がこんがらがっちゃった』
甲: じゃァおめえのはちっとも解けねえ
乙: そうだろう、こんがらがってるから
甲: そんなやつがあるか。じゃおれからいこう 『おめえの着物と掛けてなんと解く』
乙: え?
甲: いや、わからなきゃァあげましょうと言いな
乙: あげましょう・・・・あげましょうったってこの着物はやらねえ
甲: 貰やしねえ。そいつを貰うと 『正宗の名刀』 と解く
乙: ほう? おれの着物は正宗の名刀か、いよッ、すげえな
甲: 喜んでちゃいけねえ、その心はと聞きなよ
乙: その心は?
甲: 『さわったばかりでも切れそうだ』 てのはどうだ
乙: こりゃひでえことを言いやがった、誉めたんじゃァねえな。じゃおれもだ 『おめえの着物と掛けてなんと解く』
甲: うん、真似したなァ、あげましょう
乙: それを貰うと、『村正の刀と解く』
甲: そのこころは
乙: 『さわらぬうちに切れらあ』
甲: そんな着物があるかい。じゃァ、『おぬしと こうして ふたァりで歩いてンのと掛けてなんと解く』
乙: うん、あげましょう
甲: それを貰うと、『馬が二匹と解く』
乙: ヘェ、そのこころは?
甲: 『同道』 だから、な? 馬が二匹で、どうどうと、こううまくやらなくちゃいけねえ
乙: なァに、うまかねえ。じゃァおれもだ、『おめえとふたァりで歩いてンのと掛けてなんと解く』
甲: うん、あげましょう
乙: それを貰うと、『豚が二匹と犬っころが十匹と解く』
甲: うん、その心は
乙: 豚二ながらきゃんとう者』
甲: なに?
乙: 二人ながら関東者だろう、『豚二ながらきゃんとう者』
甲: おめえのは謎だか駄洒落だかわかんねえ。じゃァその先だ、『おめえとふたァりで歩いてンのと掛けてなんと解くてえと、豚が二匹に犬っころが十匹と解く、その心は二人ながら関東者と解くと掛けてなんと解く』
乙: うん、あげましょう
甲: それを貰うと、『男が帯を解いて女にもほどかせると解く』
乙: えッヘッヘェ(と笑って)その心は?
甲: 『解いたあとをまた解かせる』てえのはどうだ
乙: あ、なるほど、こりゃァうまかったなァ、解いたあとにまた解かせるなんぞはなァ・・・じゃ、おれもだ、『おめえとふたァりで歩いてンのと掛けてなんと解くてえと、豚が二匹に犬っころが十匹と解く、その心は二人ながら関東者と解くと掛けてなんと解くてえと、男が帯を解いて女にもほどかせると解く、その心は解いたあとをまた解かせると解くと掛けてなんと解く』
甲: おっそろしく長くなったなァ、うん、あげましょう
乙: それを貰うと、『おおぜいで衣桁(イコウ)へふんどしと解く』・・・・衣桁てのァ着物をかけるやつだなァ
甲: そうよ
乙: 『おおぜいで衣桁(イコウ)へふんどしと解く』
甲: うん、その心は?
乙: 『解いては掛け解いては掛け』・・・・
甲: 衣桁へふんどし掛けちゃァ困るなァ。じゃァその先だ、『おめえとふたァりで歩いて・・・・・』
乙: それよそうよ、だんだん長くなって息が続かねえ、なお腹がへってきやがら。どっかで昼喰を・・・・
甲: また始まった、ことばの合いの手には昼喰だから困ンだなァ。じゃァどうだい、なんかほかのことをやって歩くか、唄でも唄うかなァ
乙: ええ?
甲: 都々逸かなんかやってみろ
乙: いやァ都々逸はできねえなァ
甲: なんならやるんだ
乙: 念仏なら唱えられらァ
甲: くだらねえことを言ってやがら、都々逸ァいい文句があるなァ、 『たまたま逢うのに東が白む 日の出に
日延べがしてみてえ』 ・・・・なんてのァ乙だなァ
乙: あァ、おもしろくねえねァ
甲: そうか? 『やつれしゃんした三日月さんはそれもそのはず病みあがり』 ・・・・なんてのはどうだ
乙: おもしろくねえや
甲: おめえ、なんかいいのがあるかなァ
乙: 『山の上から海を眺めて桟橋から落ちて泳ぎ知らずに焼け死んだ』・・・・
甲: なんだそれァ
乙: なんだかわからねえ、でたらめだ
甲: でたらめはだめだ。都々逸なんてェものは、だでが聞いても もっともだなァと思うようなもんでなきゃだめだ
乙: そうかい、じゃもっともだと思うようなものをやってみようか
甲: やってみろ
乙: 『姉が女で妹が女・・・・』 てのはどうだ
甲: うん、それから
乙: 『・・・・中のあたしは男でござる』 ・・・・てのは
甲: なんだいそれは
乙: だれが聞いても もっともだろう
甲: なにを言ってやンでえ(と、軽く笑って)じゃァもっともすぎるじゃァねえか。もう少し気の利いたのはねえか。
『この舌で嘘をつくかと思えば憎い 噛んでやりたいときもある』 ・・・・なんてなァ
乙: あはッ、色っぽくなってきやがったな。 『雪のだるまをくどいてみたら・・・・』なんてのは
甲: うん、『雪のだるまをくどいてみたら』か、それから
乙: 『・・・・なんにも言わずにすぐ融けた』 ・・・・
甲: だらしがねえじゃねえか、もっと腹へ力のへえるようなのはねえのか
乙: 腹へ力のへえンの? さァ、むずかしくなってきたなァ。 『実に器用ないざりのおなら・・・・』なんてのは
甲: うん
乙: 『・・・・砂と砂利とを吹きわける』 ・・・・
甲: きたねえや、そうんなもの
乙: でも、腹へ力がへえらァ
甲: よせ、だめだよ
乙: おめえ何でもだめだだめだってェなァ、じゃァこういうのはどうだろう
甲: どういうんだ
乙: 『道に迷って困った時は・・・・』 ってのを知ってるかなァ
甲: 『道に迷って困った時は・・・・』 か、知らねえなァ
乙: 『・・・・知らなきゃどっかで聞くがいい』 ・・・・
甲: ふざけちゃいけねえや、そんな都々逸があるか
乙: 『道に迷って困った時は・・・・』 ってのを知ってるかなァ
甲: 『今聞いたから知ってるよ
乙: 『・・・・知ってりゃその道行けばいい』 ・・・・
甲: ふざけるなこの野郎、人をからかってやがら
乙: はッはッはッはッ、怒っちゃだめだよ、都々逸聞いてはらを立てちゃァ困るなァ・・・・どっかで中喰をしよう


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氷をひとつ

2006年04月09日 | 小噺
よく夏場になりますと、列車に乗って旅行したりなんかする方が大勢いますが、これはある老夫婦でして長距離列車に乗って旅をしている。奥さんが乗り物酔いのせいか気分が悪くなって氷が食べたいと言い出しまして、
A:「なんだって?氷が食べたい?それは困ったな。こんなところだしな。水じゃいけないのか。どうしても氷が食べたい。そうかい、氷と言われてもなあ」
B:「あの、よろしければ私氷を持っていますが」
A:「え、氷を。そうですか、ありがとうございます。じゃあ一ついただけますか。恐れ入ります。助かりました。あちらの方が氷を持ってきた。さあお食べ。どうだい。おいしい。それはよかった。じゃあ少し休んだらどうだ。え、もう一つほしい?じゃあちょいと待ちなさい。恐れ入りますが、家内がもう一つなめたいと言っておりまして」
B:「そうですか。よろしゅうございます。じゃあ、どうぞ」
A:「どうもありがとうございます。さぁ、もう一つきたよ。どうだい。だいぶすっきりした、それはよかったね。  もう一つ?すいませんが、もう一つ頂きたいんですけれども」
  こうなるともうきりがありませんでね。あとをひくってやつで八つぺろっとなめてしまった。
A:「どうだい?大分気分が楽になったか?じゃあ、これで…。なんだい?もう一つ食べたい?しょうがないな、どうも。すいませんが、家内がもう一つほしいと言っておりまして」
B:「そうですか。私は構わないんですけれどもね、この猫の死骸が持つかどうか」
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