安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

たけのこ

2011年05月20日 | 落語
たけのこ

日本というのは、四季折々はっきりしておりまして、その時期時期によって旨い物があります。
うまいことを言った人がいて、春は芽を食って、夏が葉で、秋が実を食い、冬は根っこだと、うまいこと言いますよね。
その時期によっておいしいとこが違うというか、全て無駄が無いというかそういうことなんでしょう。いわゆる旬ってやつでね、まさしく旬そのものってのが、たけのこですね。漢字で書くと竹冠に旬と書いてたけのこなんですね。
 ところが、あいつばかりは地べたの中這ってくるもんですから、どうかするととんでもないとこからヒョイと顔をだすことがあるんですな。

主人: これ! 辺久内! 辺久内はおらんか!
辺久: はっ、お呼びにござりにまするか
主人: ん、何をいたしてしておるかな
辺久: はっ、只今、ご膳部のお支度をいたしております
主人: おぉ左様か。して、菜は何だな。
辺久: それが本日は、筍を差し上げる所存にございます。
主人: なに、たけのこ? おぉそうか、それはよいなぁ。早いもんだのぅ、もうそのような時候帯になったか。
いや、筍は好物だ、まことによい。で、なにか、出入りの商人からあがない取らせたか
辺久: (辺りを気にして、小声で)いえ、それがそうではございません
主人: ん? では、いずく方から到来でもいたしたか
辺久: いえ、それがそうではございませんのでな
主人: なんと、あがないもいたさず、到来もいたさず、何ゆえに屋敷に筍がある
辺久: はっ、それでございますが・・・(辺りを見渡し)実は、お隣の筍にございます
主人: 隣の筍!?
辺久: は、お隣の筍が塀越しにこちらの庭に顔を出しましたので、それを密かに採りまして差し上げる所存
主人: たわけ。何を言うかその方は・・・ん? 仮にも武士であろうが、その方は。武士たるもんががァ、隣の物を黙って食らうとは何ごとだぁ。武士たるものは課しても盗泉の水は飲まずとは、古来より儀者の戒め。まして、ことが一旦知れたらいかがいたす。町人なればなぁ、謝ってことが済むかも知れんが、それこそ武士たるもの、事としだいによっては腹を切らんければならん。もそっと前へ出ぇ。左様な盗人同然の者をのぉ、この屋敷において養うことはあいならん。前へ出ぇ。
(扇の先で床をトンと突き)筍の前にその方の首を落としてつかわす
辺久: あ、ちょちょちょちょ、ちょと、しばらく、いゃしばらくしばらく、いやいや、いや、私が悪ぅございました。
ま、ま、ま、落ち着いてくださいまし。旦ぁさま、まだ、あの、筍は採ったわけではございませんのでな。
まだ、採ってはおりませんのでな。
主人: 採っておらん・・? では、早よう採ってまいれぇ。
辺久: は、はァ?
主人: はァ?ではない。筍なぞというのはな、育ちが早い、堅くなってはなにもならん。
辺久: いやいやいや・・・しかし、あの、採ってはならんと・・・
主人: チェッ、わからん男だのぉ、それは表向きだぁ。んンん、わしとてな、あの隣の憎らしい爺ィの筍を食らうというのは、ハハハッ、愉快だ
辺久: 脅かしちゃいけません、びっくりいたしました
主人: いや、許せ許せ。しかしのぉ、黙って食らうというのはのぉ・・・・・ん、ちと、断りを入れて来い
辺久: は、何と申しますか
主人: ん、かよう申せ・・ん、『お願いにございます』とな、ん、『実はご当家様の筍殿が、手前屋敷の塀越しに泥面を差し出しまして、土足で踏み込んでまいりました。と、これが姓なきものとは言いながら、乱世の御世であれば間者同然の振る舞い、よって手前どもでひっ捕らえ詮議をいたしましたが、あまりにも不埒(フラチ)ゆえに手打ちといたしますが、この段ちとお断りに参りました』と言ってまいれ
辺久: (ニヤリとし)おもしろうございますな、では、行ってまいりますんで
主人: ん、早う行ってまいれぇ。その間にな、鰹節をかいて待っておるでな(眉毛をピクピクさせ目配せしながら)
辺久: は、行ってまいります・・・・・
お願いにございます。お願いにございます!
隣人: どうれ。おっ、これはこれは、どなたかと思えば隣屋敷の朴殿ではござらぬか・・して、本日は何用でござるかな
辺久: はっ、それがちと、お断りに来たしだいでございます。と、申しますのは、ご当家様の筍殿が手前主人屋敷の庭先に塀越しに泥面を差し出しまして、土足で踏み込んでまいりました。
これが性なき者とは言いながら、乱世の御世であればまさしく間者同然の振る舞い、よって手前どもでひっ捕らえ詮議をいたしましたが、あまりにも不埒ゆえに手打ちといたしますが、この段お断りに上がりました次第にござりまする
隣人: なんと!・・・左様でござったか。・・・・・いやぁ・・・言って聞かせたつもりではござったがのぉ・・・
なにをしでかすやら・・・いやいや、お手打ちの儀、ごもっとも。いさい承知つかまつった。・・・
だがの、あの筍めは、当屋敷におきまして長らく慈しみ育てましたるもの故、・・・なにとぞ、武士の情を持ちまして、亡骸だけはお下げ渡し願いたい
辺久: (困惑)は、はぁ・・・
隣人: しかも、鰹節殿を供にお付けくだされば、これに勝る喜びはござらぬと、くれぐれもよろしくお伝え下さい
辺久: はぁ、では、帰りまして左様伝えます。ごめんくださいませ・・・
なんだいこらぁ、向こうの方が一枚上手だったね、えぇ? 亡骸って・・・
旦ぁさま、行ってまいりました
主人: ふふッ、どうした? あの爺め驚いておったろうが
辺久: いえ、それが、かつ節かいてる場合ではございません。全て向こうが一枚上手にございます。
お手打ちの儀申し上げたんでございますけど 
『いさい承知仕った』 と 『ただあの筍めは、長らく当屋敷にて慈しみ育てましたるもの故、なにとぞ、武士の情を持ちまして、亡骸だけはお下げ渡し願いたい』 と・・・
主人: なきがらァ?!
辺久: は、しかも・『鰹節殿を供にお付けくだされば、これに勝る喜びはござらん』 と、全て見透かされております
主人: あ の 爺ィ・・・・・あれでなかなかやりおるなァ・・・アー、亡骸とは気が付かなかったなァ・・・もはや既に掘り出してなァ、皮をむいて、このとおり待っておったのだがなァ
辺久: やはりあの、お返ししたしますか
主人: だまれェ、だれが返してなるものか・・・よぉし・・・今一度行って来い!!
辺久: な、なんと申しますか
主人: いいか、かよう申せ。そォ、ん、最早手遅れにございますとな。ん、正九つ手前どもで手打ちにいたしまして亡骸は腹なかに収まりましてございます、とな。
また、骨(コツ)は明朝当家(トウヤ)の雪隠方(セツインかた)に収まることになっております。と・・・
で、そこにむいた皮があろう? それをザルに入れて持って行きな。そこでこれはせめてお召し物、お形見にございますと、ばら撒いて来い!!
辺久: (ニヤリとし)なるほど、これはおもしろいことでございますな・・・行ってまいります・・・
(愉快そうに)お願いにございます、お願いにございます!
隣人: どうれ、おぉ、これはこれは、辺久内どの、して、お下げ渡しの儀、ご承知いただけたかな?
辺久: (真剣な顔で)それが実は、最早既に、手遅れにございます
隣人: 手遅れとな!
辺久: は、正九つ手前どもで手打ちにいたしまして、亡骸は腹なかに収まりましてございます。
また、骨(コツ)は明朝当家(トウヤ)の雪隠方(セツインかた)に収まることになっております。
そこで、これはせめてお召し物。(扇をパッと広げ)お形見にございます(と、差し出す)
隣人: ・・・・・なんと、・・・もはやかような姿にあい成り果てましたか・・・
(洟をすすり片手で拝みながら)いや、かわいや・・・皮イヤ

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする