甲: 「おーい、どうしたい?」
乙: 「やいやいッ、うちの前黙って通るねえ。やい、寄ってけやい、こンちきしょう。ここンとこ、鼻の頭ァ見せなかったじゃねえか、えゝ? おい、どこィもぐってたんだよ?」
甲: 「おれかァ、うん。おらァ、峰の灸すえに行ったンだ」
乙: 「え、峰の灸を? へえェ、この野郎ァまた大変なものをすえに行きゃァがったなァ。実ァ、おれもすえようと思ってたンだ。なンてったって、熱いッて評判だからナ。そいつを、てめえに先(セン)を越されちまったなァ悔しいなァ。だけこもよ、熱いったって、大したこたァあるめえ、えゝ? どうでえ?」
甲: 「大した事ァあるめえじゃァねえや、大した事ァ、あるよ」
乙: 「ほう、あるかい・・・・・」
甲: 「あァ、あらァな」
乙: 「で、熱いのか?」
甲: 「あァ、熱い。おめえなンぞ、そんなとこへいくンじゃないよ、え、恥ィかきに行くようなもんだ。とても、おめえになんぞ、すえられっこねえ」
乙: 「そんなかい?」
甲: 「そうさァな」
乙: 「うゥん、そいじゃァこっちィ上がって、その話しをしねえな、え、聞いてやらァな、うん。どんなに熱いったって、おめえ、たかが灸じゃねえか」
甲:「たかが灸だって・・・・・おめえ、それがいけねえてンだ。誰だってす思わァな、たかが灸だってなぁ・・・・・。
ところが、そいつをおめえ、すえられてみなよ、え、こんなちっちゃな灸だから、何でもねえと思うが、サッと火ィ点けられるてえと、その熱さなンざァおめえ、気のちっせえ奴なンざ、キャーッと悲鳴をあげて、とび上がってョ、えゝ? 天井こわして、どっかィ行っちゃた奴がある」
乙: 「てえと、ずいぶん熱いンだなァ」
甲: 「熱いのなんのって・・・・・、そいつをナ、おれがすえて来たといってンだ、どうでえ」
乙: 「本当か?」
甲: 「本当かァ? かァア?かァア? 冗談言っちゃァいけねえ、べらぼうめッ」
乙: 「じゃ、こう人ァ・・・・・空いてンだろ?」
甲: 「それが混んでんだよ。なァ、体にきくてえから、みんな行くんだ。えゝ? あそこへ行ってみるてえとナ、ウーッと熱がって、苦しんでいるのを見ると、やっぱりすえそびれんだな、うん。だから、たまっちゃってしょうがないから、番号ですえるようになってんだよ、うん。
おれの番号てえのを、ひょいと見るてえと、への36番だ。“これはどのあたりだ?”って訊くてえと、“ケツの方だ”てえから、なんとかならねえかとグズグズ言ってるてえとナ、前の方にナ、女がいるんだよ。年の頃ァ、うん、20と・・・・・ろうだ4,5だナ、いい女だったぜ」
甲: 「そんないい女かァ?」
乙: 「いい女だァ。頭のてっぺんから足の爪先まで、こうスーッとなってやがってな、おめえ・・・・・」
甲: 「よだれなんぞたらすねえ」
乙: 「まァ、隙のでえ女てンだな、ああいうなァ・・・・・隙間のあるのは、鼻の穴ぐれえのもんだ、うん。その女がナ、おれの方を見やァがってナ、
“あなたは、お急ぎでございますか” と、こう訊くからネ、
“えゝ、ちょいと急ぐんですがネ”
“そうでございますか。あたくしは先ほどから、番が来てるンでございますが、みなさんのおすえになっておりますのを見ておりますと、熱そうなので、ついすえそびれているンでございますョ。もし何でしたら、あなたさまのと、あの、お札ァかわりましょうか” っていやァがる。えゝ?
“そりゃァすみません、じゃァ、かわっておくンなさい”
てんでナ、かわってもらったから、すぐおれの番になっちゃったンだ」
甲: 「うまくやりゃァがったな、この泥棒ァ」
乙: 「なンだい、おいッ、泥棒てえなァねえだろ。それからおらァ、すえるとこィ入えってったんだ」
甲: 「おめえがかい?」
乙: 「あゝ。するってえと、中にもョ、こっちに8人、こっちに7人ばかり、ズーッと待ってる奴があるんだよ、つまらねえ面ァしてる奴がよォ」
甲: 「おめえの面の方が、よっぽどつまンねえ」
乙: 「でナ、その真中を、おれが手拭いを、こう持ってナ、
“ごめんなさいよ、ごめんなさいよ、えゝ、ちょいとごめんなさいよッ”
と、スーッと入えってゆくてえと、みんなの目が、おれのうしろをズーッと見てやがンだ。えゝ、そいからナ、みんながなんか言ってやがる。
“この人ァ、我慢できますかなァ”
“さァ、どうでしょうかなァ”
なんて言ってやがる。えゝ? そいつが耳ィ入えったから、癪にさわちゃった。なァ、そこでおらァ、すえるとこへスッと行って、クルッとけつゥまくって、あぐらァけえて、パッと肌ァぬいで待ってるてえと、すえる野郎が出てきやがった。
“えー、このお灸はお熱うございますが、体のためなンでございますから、どうぞ我慢なすってくださいまし。
どうかすると、(急に声を強めて) えー、途中でおやめになるかたがございます。がまんしていただけましょうか”
こういやァがる。
“なんだい、そりゃァ”
“へえ、灸でございます”
“なにォいってやがンでえ。え、どれだけ熱いかしンねえが、たかが灸じゃねえか。べらぼうめィ、背中で焚き火をするわけじゃあるめえ”
って、こうおれがいったもンで、みんなァおどろきゃがったぜ、ウン。
“どういうふうにすえるんだい、え、数ゥそういってくれよ”
“さようでございます。えー、16ッつふた側・・・・・32すえるんでございます”
“なンでえ、それッきりかい? ふーん、何だい、それだけかい。じゃァ、一ッぺんにすえてもらおうじゃねえか”
って、こうおれがいったンだ。ここンとこを、おめえよォくきいとかなくちゃいけねえよ。“いっぺんに、すえてくれッ”
てえとこをなァ・・・・・。ひとつでも熱いって、とび上がっちゃうところを、おめえなァ、いっぺんにすえようてンだ。
“そんな乱暴なことをして、よろしいンですかな”
と、そういうから、
“あー、おれのからだだァッナ、すえてくれッ”
と、こういってやったンだ、なァ。まさかすえやァしめえと思ってよォ、ウン。
“さいでございますかァ”
ってやがて、その野郎もまた、人のいうことォ、やに信用する野郎だよ。え、おれの背中へこう、百草ァくっつけ始めやァがった。ウ、うん、そうなりゃァ、こっちもしょうがねえや、え、まな板の鯉だ。どうなるもンかと思って、え、手拭いをこう、グッとしぼっておいて、股の間へ、こうグーッと・・・・・(両手の指の間に、ねじった手拭いをはさんで)斜(ハス)の構えンなったなァ。いいかっこうだってそういったよ、え、先の羽左衛門に似てるって・・・・・。そんなこたァかまわないけど、こうみンなが目ェ丸くして、見てやがる。するってえと、線香に火ィつけやがって、
“え、よろしいですか?”
“いいよッ”
“へ、さいですか”
ってえと、そいつが馴れてやがって、早えンだ。え、ひとつでさえ、とび上がっちゃう奴ォ、32もおめえ、いっぺんに火ィつけたんだから、その熱さてなァおめえ・・・・・おらァ、背中に爆弾が落っこちたのかと思ったよ。
そいでナ・・・・・もう、どうもこうもしようがねえンで、おらァグーッと我慢してたんだ。な、今更ンなって、表へ逃げて行かれるかッてンだ。カチカチ山の狸だよ。そんなこたァできねえから、がまんしているてえと、不動さまねてえに、火ィ背負っちゃってウウン・・・・・てえのを、まわりを大勢が取り巻いて、いろんなことをいってやがる。
“なんてまァ、この人ァ、我慢強い人なんでしょう”
“こういう人が男の中のおとこですなァ”
なンてんでネ。おらァ、写真に撮っときゃァよかったとおもってンだ。
おれによォ、さっき番号とっかえてくれた女なンぞは、みんなの間から、背伸びィしておれの顔ォ見て、ニッコリ笑いやがって、
“まァ、この人ァ、なんて我慢強いンでしょうねえ、本当に男らしいわァ。あたしだって、いつまでも独り身じゃいられないンだから、こういうような人を、わが亭主に持ちたいものだわねえ・・・・・”
乙: 「そう言ったのか?」
甲: 「なんて、思ってやァしねえかと思って・・・・・
乙: なんだよォおいッ、いやな野郎だなこいつァ。え、これっぽっちの灸をすえて来やァがって・・・・・。
そんななァ灸じゃァねえぜ、えゝ? おいッ、百草ァ持って来いッてんだ、こンちきしょう!
なんでえ、豆粒みてえな灸をすえやがって、熱いの熱くねえのって、ヘッ、わらわせるンじゃねえや。あゝ?
おれの灸のすえかたてえのを、よっく見とけッ!
百草ァな、みんなこうやって・・・・・(両手をいっぱいにひらいてもみほぐしながら) 散らかしちゃうんだ、なァ、こうやって・・・・・こうやってすえるンだ、よく見とけ!・・・・こう・・・・・(左手をグーッと出して、直角に曲げて、その太いところを右手で叩いて) 腕の上へナ、こう・・・・・(右手で百草をつかんで、山のようにして) 盛るンだよ、なァ、こうやって・・・・・(さらに盛って) なァ、どうだァ」
甲: 「なんだい、おいッ、アイスクリームみてえなものをこしらえやがって・・・・・。のっけておくだけかい?」
乙: 「のっけとくだけじゃァねえやい、これに火ィつけるから、灸てンだ。なァ、よく見とけ、線香でつけるゥ?
おれなんざァ、(扇子を火箸の態で、火鉢の炭をつかみ、フーと吹いて) これッ、炭でつけるンだ。灸てえ奴ァ、皮ァ焼いて肉を焼くンだ。なァ、こうやって・・・・・(右手の扇子で煽ぐ) 熱くもなんともねえ」
甲: 「まだ火がまわってねえからだよ。わかった、あやまるからもうよしなよ」
乙: 「てやんでェ、こんな、灸なンぞ、ふん、笑わせやがらァ、ンとうにィ・・・・・これぽっちの、灸すえて、熱いのなんの
って、おめえ・・・・・おれなんぞナ、裸ンなってナー、腹ン這いになってナ、え、背中でもってナ、堅炭(カタスミ)を起こしてナ、なんか、ウーン、煮られたって、タハーッ、おどろかねンだァな、ウーン、おれはナ・・・・・
(と、精一杯熱いのをこらえてる表情)
なンでえ、こんな、灸なんぞ、ンとうにィ・・・・・ウー、ウーン。えー、おい、石川五右衛門てえ人、知ってっかァ?
石川五右衛門てえ人ァ、釜ゆでンなったンだ。釜ゆでったって湯じゃねえ、油だぞォ。グツグツ煮えたぎった油ン中ァ入えって・・・・・衣もつけずに・・・・・え、ニッコリ笑って、ウー、辞世を詠んだンだ、知ってるか?
“石川や・・・てんだ、ナ、石川や、浜の真砂は、つきるとも、なー・・・・・、我泣きぬれてカニとたわむる”
てンだぞッ、えゝ? てめえなんぞ、そういうこたァ、知るめえ、アーッ!五右衛門ぐれェになると詩だって盗まァ。
うー、ツツッ・・・・・。な、八百屋お七を、見ろい、八百屋お七ィ・・・・・。火あぶりだァ、ふンとにィ・・・・・。ウーン、アー・・・・・。小娘が火にあぶられながらニッコリ笑ったって・・・・・何をいやァがる、え、たかがこれっぽっちの灸じゃねえかッ、てめえなんざァ、べらぼうめッ、うはは・・・・・。
(我慢しきれなくなって、泣き声で) なんだってンだ、ウゥー・・・・・、灸なんて・・・・・、トホホホホ・・・・・、これっぽっちの灸、すえやがって、あヮヮ・・・・・、八百屋お七ィ・・・・・火あぶりィ・・・・・、タッハッ八ハッは・・・・・、石川五右衛門・・・・・熱ッ・・・・・石川五右衛門・・・・・・ワーッ(たまらず百草を振り払い) あー、冷たッ」
甲: 「なにを言いやがる。石川五右衛門がどうしたい?」
乙: 「いやー、石川五右衛門は熱かったろう」