安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

熊の皮

2014年07月16日 | 落語
熊の皮

甚平: おっかぁ、今帰ェったぞ。おっかぁよぉ、今帰ェったよ~
女房: あらぁ、どうして帰ってくんの、お前は・・・・いいよ、帰ってきたって、ここはお前の家なんだから。
いいけど、まだ昼回ったばかりじゃないか、だめだこの人はぁ・・・ェえ、お前さんの商売何なの?
八百屋さんなんでしょ? 八百屋さんてどういう商売なの? 人様の所まで伺ってお声掛けして
買っていただく商売なんでしょ? こんな時間に帰ってきちゃダメなの。もう一回りして来んの!
甚平: そんな怒ることねぇじゃねぇかよぉ・・おれが帰ぇって来たのには訳がある、見てくれ車ん中よぉ。
何にも残ってねェんだ。今日はいい日なの。おもて出た途端に方々から声が掛かって
みんな売り切れちゃった。だから、だから帰ェって来たんだよぉ
女房: そういうこと、早く言いなさい。本当に売り切れたの? どっかに捨ててきたんじゃないんだろうね。
売り切れたの? あらそう、そんなにいい日もあんのね、あ、そうなの・・・・ご苦労様でした。
ぼんやりしてんじゃないよ、折角早く帰ってきたんだからね、水汲んどいで
甚平: 水ぅ? 水ぐらいなんじゃねえか俺が仕事行ってる間に女房のお前ぇが汲んできたらいいだろぅ
女房: 何言ってんだよぉ、あたし今起きたばっかりなんだよ。それに、お前、立ってんだろ、あたし、ここで
座ってんだからさ、お前のが井戸端に近いんだよぉ。井戸端に近い人が水汲んで来んだからさぁ。
いいから、がたがた言わないで行きなさいってんだ、本当に・・・だめだよぉ、そうやって桶片っぽだけ
持つんじゃないよ、両方の手に持ちなさい、その方がつり合いがいいでしょ。ね、一遍で済むでしょ。
そういう要領を覚えなくちゃいけないんだから、しょうがないね、本当に・・・・・・・行ってきたの? 
はい、ご苦労さま。じゃ、ついでに水瓶の中にこぼさないように入れて、こぼさないようにね。
そうそうそうそう・・・・ご苦労さま。 ついでに、隣ご覧、お釜ン中にお米計ってあンでしょ、研ぎなさい。
甚平: ・・・・・おれが水汲んできたんだから、米はお前ェが研いだらいいだろ
女房: あら、知らなかったァ? 水汲んできた人がお米研ぐンだよ・・・・したら、お米が喜ぶんだから・・・・・
いぃン、なんか言わないでやるんだよ、教えたでしょ? やんなきゃ覚えないからそう言ってンだからさ、
がたがた言ぅンじゃ、口動かさないで、手ぇ動かしなさい、手を・・・本当にまぁ・・・・・
そうそうそう、やれば出来るじゃない、中々いい手つき、ね、あー! 水は捨てんじゃないの。
脇の桶に入れて・・・なんでも捨てないの、使うんだから。そいで水の計り方も教えたでしょ、ね、
そうそうそう、ね、そんでもってね、かまどに掛けちゃいなさい、かまどに掛けたら蓋ぁ閉めて、
蓋ぁ閉めたら、火はいじんじゃないの、火はぁ! どうして教えてないことやろうとすんのお前は・・・・
そんな気が回るんだったら隣ご覧、洗い物があんだろ、そう、茶碗とか、ついでに洗って
甚平: 洗い物ぐらい、おまえやっとけよ
女房: そうじゃないの。今の水、そうお米のとぎ汁。それで洗うの。そうすると、よく落ちるんだから、ね、
そう、ほら、きれいになるだろ
甚平: 本当だ、水だけよりも、きれいになるな。おまえ、何でも知ってんな
女房: ね、あたしの言うこと聞いてりゃ間違いないんだから、ね・・・・で、感心ばかりしてないで、
横ぉ見てご覧、たらいン中洗濯もん山ンなってンだろ、ついでに洗って
甚平: ・・・いいかげんにしろぉ、この野郎・・・洗濯は女房の仕事
女房: うるさい、まぁぁ、あたしゃのべつやってんだからサァ、たまに早く帰ってきたンだから、やるんだよ、
本当にまァ・・・今、手に取ったのあたしの腰巻なんだから丁寧にチャンの洗うんだよぉ・・・・・
そうそうそうそう、きちんとすすいでね、固~く絞って、まだ、お日さまが出てるんだから、陽の当たる
とこに持ってって干して来んのよ・・・・・・干してきたの?
甚平: 干して来たよぉ
女房: 何処へ干してきたの? 
甚平: お日さまがいっぱい当たるとこがいいってから、お稲荷さんの鳥居に干して来たよ
女房: おまえ、あたしに喧嘩売ってンの? どしてそういうことすんの、しょうがないね、本当にね、
ま、いいよ、あとで取り込んでくるから・・・だめだよ、まだ上がってきちゃ、えぇ? ついでにね・・・
甚平: おい、ついでについでにって、俺ァ腹減っちゃったよ、ぺこぺこだ、何か食わしてくれよ
女房: 腹減ったぁ? しょうがないね、おまえは、ご飯さえ食わなきゃいい人なんだけどね・・・
じゃ、上がりな。そこにお赤飯があるからお食べ、好きだろ
甚平: え、赤飯が? わー、どうしたんだい、お祭か?
女房: お祭じゃないよ、門の先生、そ、お医者さまの・・・・
甚平: ふふ、藪医者か
女房: 藪医者なんて言うんじゃないよ、ここだからいいけど、向こう様へ行ってそんなこと言っちゃいけないよ
甚平: ああ、わかってるよ。そのやぶ医者ンとこからもらったのか
女房: そうなんだよ。先生お屋敷にお出入りしてるでしょ、で、お屋敷でもってね、お目出度い事があって
色んな物を頂戴してね、で、おすそ分けだってんでね、お赤飯頂いたのよ
甚平: へー、あ、これか? へへ、じゃ、半分・・・
女房: いいんだよ、全部食べて、あたしは、お茶漬け食べたから・・・好きなんだろ
甚平: そうかい・・・じゃ、いただくよ・・・・うまい、赤飯好きなんだ・・・うまい・・・
女房: 食べた? じゃ、ついでに
甚平: おい、またついでにかよ、何なんだよ
女房: 今から先生んとこへ御礼に行っといで
甚平: えぇ? 今から? わざわざ行かなくたって、今度会った時ごちそうさまでした、それでいいじゃないか
女房: それじゃだめなの、わすれないうちに行かなきゃ
甚平: だったら、おまえ行ってくれよ。おれ、水汲んできたり洗濯したりしてつかれてんだ。
それにさ、おれ、そういうの苦手なんだよ、おまえ行ってくれよ
女房: ・・・・・お赤飯食べたの、誰?・・・・・
甚平: わかったよ・・・・じゃ、行ってくるよ
女房: 行ってくるよって、御礼の仕方わかってんのかい
甚平: それくらいわかってるよ。御馳走さまでした・・・
女房: だからさ、まともな人はそれでいいんだよ、おまえさん、まともでない人だから、きちんとした挨拶を
教ぇてあげるから、覚えんのよ、いぃい? おまえさんみたいな人はね、先生ンとこ行ったらね、
表じゃなくて裏口へ回んなさい、裏口へ、ね、
甚平: 裏口ってどこだ?
女房: 裏っ・・・・裏口って・・人通りのないとこだよ、人の居ない入り口。で、裏へ回ったら、あの書生さんて
若い人がいるでしょ、ね、あのね、若い人にね、いつものように “先生いますかー” とかそういう
言葉使っちゃだめ、丁寧な言葉遣い覚えなさい、いい? 
「先生は、ご在宅でいらっしゃいますか」 って訊くの・・・・・
もいっぺんやるわよ 「先生は、ご在宅でいらっしゃいますか」 っつぅの、ん? も、このあたりで
おまえさんの頭ん中はいっぱいいっぱいだと思うけどね、・・・この先があるから覚えんのよ。いい? 
「ご在宅でしたら、お目にかかって御礼を申し上げたい」 って言うの・・・・・
先生の前に出たらね、きちんとした挨拶ってのは、こうやってね、前の方に手ぇ着くの、ね、こいう形に
なってねぇ、初は 「承りますれば」 っての・・・も一遍やるわよ、「承りますれば」 って、ね。
意味なんかどうでもいいの、音で覚えなさい、音でぇ・・・・・この先があるんだから・・ねぇ 「お屋敷から
お到来物だそうで、おめでとうございます。お門ぉ多い中、手前どもにまでお赤飯をありがとうございます」 
って、きち~んと頭をさげるんだよ。わかった? ・・・じゃ、いってらっしゃい・・・・あー、それからね、
あたしがよろしく申しましたと言っておくれ、ここが肝心なんだからね
甚平: そりゃァおかしいや
女房: なにがおかしいんだい
甚平: だって、おれが御礼に行くんじゃねえか。おれが行って「あたしがよろしく」と言うのはおかしいや
女房: わからないねえ、あたしというのは、このあたし、わかる? このあたしだよ
甚平: ああ、おまえのことか。・・・それじゃあ、ウチのおかみさんがよろしく申しましたって言やいいんだ
女房: 自分の女房のことをおかみさんなんていうやつがあるもんか。そこは、女房がよろしく申しました、と、
これでいいんだよ。わかった? じゃ、行っといで!
甚平: わかったよ、行ってくるよ。・・・・・驚いたなー、全部食べていいなんて、いやに優しいと思ったら、
こういうことだったんだ。「行っといで!」・・・昔はああじゃなかったんだ。「あなたや」 かなんか言って。
それがいつの頃からか変っちゃったね・・・ある時、おれのことを 「オイ」 って言うんだよ・・・・
そん時おれが、うっかり 「ハイ」 って返事しちゃった・・・あれからおかしくなっちゃった。
みんな言うんだよ 「甚平衛さんは、女房の尻に敷かれてる、尻に敷かれてる」 って、おれ端(ハナ)ァ
誉められてると思ったけど、そうじゃなかった、馬鹿にされてたんだ・・・・
えーっと、先生ん家だけど・・・裏口・・・人の居ない入り口・・・人の居ない入り口・・・・ここかな・・・
すいません、ここ、人の居ない入り口ですか
書生: え、だれだ、怪しいやつめ・・・だれだ!
甚平: あ、人の居ない入り口ですか?
書生: なんだ、お長屋の甚平衛さんじゃァないですか。こんなところから・・・何か御用ですか?
甚平: あ、書生さん・・・・せ、先生はご退屈ですか?
書生: はぁ?
甚平: いえ、先生はご退屈ですか?
書生: さぁ・・・退屈かどうかわかりませんが・・・・
甚平: そうですか、ご退屈ならお目にかかって御礼申し上げたかったんですけどね
書生: 何だかわからないけど、先生に御用でしたら、取り次いできましょう。少々お待ちくださいませ
・・・先生、お長屋の甚平衛さんがお見えんなりました・・・
医者: ああそうか、そうか、甚平衛さんが・・・・丁度、手が空いたところだ、お通しして。あたしゃあの人大好きでね
・・・・ああ・・甚平衛さんか、よくおいでだ。さぁさぁこっちへお入り。うんうん、たまには顔を見せて
くれなくちゃだめだよ・・・なんだい・・・どうした、顔色が悪いな・・・んー、舌をだしてごらん
甚平: いえ、そうじゃねんです・・・・先生はご退屈ですか?
医者: はて、退屈はしておりませんがな・・・
甚平: そうですか・・・ご退屈でしたら、お目にかかりたかったんですけど・・・そうですか・・退屈じゃねんですか・・・
医者: 何です? 何かご用じゃないんですか
甚平: え、お目にかかってもいいんですか
医者: 好きだな・・こういうとこが大好きなんだ。
甚平: では、こう両手をついてと・・・・うー・・・うー・・・うー・・・
医者: オイ、金ダライを
甚平: いえ、・・・うけ、う・・・うけ玉が擦れますれば
医者: おいおい、玉が擦れたら大変だ
甚平: すいません、ちょっと黙っててもらえませんか
お屋敷から・・・・・お弔いだそうで、おめでとうございます。
医者: おいおい、お弔いて・・・
甚平: だから・・・・・おか、おか、お門ぉ多い中・・・手前どもにまで・・・お赤飯をありがとうございます・・・と、
はー、言えた
医者: 言えちゃしないよ。何が言いたいんだい? え?お赤飯を・・・ああ、そのお礼にわざわざ、ということは、
『承りますれば、お屋敷からお到来物だそうで、おめでとうございます。
お門の多い中、手前どもにまでお赤飯をありがとうございます』 とこう言いたいんだね
甚平: そ、え?聞いてました?
医者: 聞いちゃいませんが、まぁ、そうですか、ご丁寧な挨拶で、ハイハイ、ちゃんと言えましたよ。
おさきさんには、そう報告しておきますね
甚平: で、お屋敷でなんかあったんですか?
医者: そう、あちらにお嬢さんがいらっしゃるだろ
甚平: ええ、綺麗なかたでしょ
医者: そう、そのお嬢さんがご病気になられてな、それが全快なされたんじゃ
甚平: そうですか・・・それは可哀想なことしましたね
医者: ん?ん?全快したんですよ
甚平: で、葬式はいつです?
医者: そうじゃありませんよ、よくなったの、ご病気が治ったんですよ
甚平: え? 先生が治したんですか? それは珍しい・・・
医者: は、は、はっ、いいねぇ甚兵衛さん、そういうとこ好きだよ
甚平: で、何か貰ったんですか? 見せてくださいよ
医者: あなたの下にある・・・
甚平: え? これ?なんですかこれ・・・
医者: 熊の皮ですよ
甚平: 熊の皮?・・・・何で出来てるんです?
医者: ・・・クマ・・・の・・・皮・・・これ以上説明のしようがない・・・
甚平: クマ・・・あー、獣の・・・・あ、そうですか・・・それにしても随分と毛深いもんですね・・・・・
あっ、女房がよろしく言ってました
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