安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

一眼国

2009年04月24日 | 落語
一眼国

親方: まあ、上がってくださいよ。おまえさんは諸国をめぐっている六十六部さん、お前さんに、お願いがあるんだがね
六部: へえへえ、えー、親方のお頼みというのは、仏間の勤行(ゴンギョウ)で・・・・・
親方: お、おい、ちょっと待って下さいよ。仏さまを拝んでもらおうってんじゃねえんだ。あたしゃね、おまえさんも知ってのとおり、両国に小屋を持っている香具師(ヤシ)なんだが、このごろじゃネタもつきた。・・・・・そこであっしが目をつけたのは・・・・・おまえさん方、年がら年中旅を渡っていなさるから、ずいぶんめずらしい話も聞いたろうし、また見たろうからね、それをあたしに話をしてもらえたら、とこう思ってね。お前さんの話をもとにして本物を探し出して、両国の見世物小屋へ出して、どかりとお客を取りてえんだがねえ。なんかありませんでしょうかねえ。・・・・・あったかい飯は炊けてるんだから、ご馳走しますよ、ねえ。お前さんのすきなもの、なんでも言ってごらん。鰻でも、天ぷらでも、刺身でも・・・・・。で、また、行くところがなけりゃ幾日何十日泊まってったって、けっしていやな顔しないよ、ええ。寝酒の一合ぐらいはご馳走しまよ・・・・・なんかありませんかねえ・・・・・
六部: ありがとうございますが・・・・・そうでございますなあ、その・・・・・めずらしい・・・・・
親方: だからさあ、どこそこで子供が生まれたが、男と女と背中合わせになってうまれたとかさ、両頭の蛇を見かけたとかね。・・・・・これがでっちものなら、わたしたちはどんなものでもできる、両頭だろうが三頭でもね。でも、生きてなきゃいけねえんだよ、やっぱり・・・・・ねえ、なんかねえかなあ・・・・・鶏の足が八本あったとかアヒルの首が逆にくっついているなんてえのはねえかい?
六部: さようでございますなあ・・・・・そのようなことはとんと思い当たりがありませんが・・・・・
親方: 考えてみてくださいな。話に聞いたってことはあるでしょう
六部: いえ、いっこうにおぼえがございませんで・・・・・
親方: お前さんは正直だね。ようがすよ、思い出せねえ、聞いた覚えがでえ、と言うならしからがねえ。じゃ、まあ、せっかく連れてきたんだ、めし食っておくんなさい。ねえ、あったけえ飯は炊けちゃァいねえよ・・・・・お茶漬けだよ。けさきざんだ沢庵があるがね、あれで食っておくれ
六部: ありがとうございます、せっかくのおぼしめしでございますので、・・・・・では、台所へまいりまして、勝手に頂戴いたします
親方: ああ、たくさん食べなよ。遠慮しないでね・・・・・ははは、世の中にはばか正直なやつもいるもんだねえ・・・・・そんなものは見たことがねえ、おもいあたらねえ、いっこうにおぼえがねえ・・・・・なあ、嘘でもいいから、
『こういうことがありましたよ』 って言ってくれりゃァ、こっちだって話の接ぎ穂があるってェもんだ。知りません存じませんじゃァしょうがねえ、弱ったもんだ、本当に・・・・・
六部: えー、ごちそうさまでございました
親方: お、・・・・・もう食べたのかい?
六部: はい、十分に頂戴いたしてございます・・・・・ただいま、食事をいただきながら、いろいろと考えてみましたが・・・・・かように一飯でもごちそうにあずかりますと、なにかご恩報じをしていかなければ、申し訳ないと思いまして、いろいろとまあ思い出そうといたしました。そして・・・・・ひょっと思い出したのがございます。
あたくしが恐ろしい目にあいました。これを置き土産にしていこうと存じますが、お聞きとりくださいますでしょうかなあ・・・・・
親方: なんだい、おっそろしい思いをしたって言うのかい・・・・・そりゃ、人間はいつなんどきおっそろしい思いをするかわからねえ。・・・・・四つ角でもって、ひょいと曲がるとたんに人にぶつかったって 『あッつ』 と思っておっかねえや、なあ、そうだろう? 山ン中、通り抜けて・・・・・首っつりにぶつかったって・・・・・おっかねえし。渡し場でもって舟がひっくり返ったっておっかねえや。そんなくだらねえこっちゃねえかい
六部: いえ、あたくしのこれから申し上げようと思いまする話は、あたくしが・・・・・じつは、一つ目に会ったことがございますので・・・・・
親方: 一つ目? なんだいその・・・・・一つ目ってェのは。あの、絵に描いてある一つ目、あれにおまえさん、会ったって? へえー、こいつはめずらしい話だね。どこで会いなすったい?
六部: はい、巡錫(ジュンシャク)のみぎりでございますが、国ところははっきりとは覚えておりません。・・・・・この江戸から方角は北にあたります。およそ百里あまりもまいりましたか・・・・・大きな原がございまして、そこへさしかかりましたときには、ひと足ごとにあたりが暗くなりますのに人家がございません。心細くなりましてなあ・・・・・こりゃ今夜は野宿をするんだなと、こう思ってその原をよぎってまいりますと、原のまん中にたった一本・・・・・大きな榎(エノキ)がございました。その前を通り過ぎますと、どこで打ちましたか、鐘の音が、ゴォーン・・・・・と聞こえまして、なま温かい風がさァーっとふいててまいりました。うしろで 『おじさん、おじさん』 って子供の声がしました。いやァ、ありがたいなあ・・・・・いまのはたしかに子供の声。
子供がいるからには人家もあろう。そこ頼って一夜の無心をしようと、振り返って見ますと、いつ現れましたか榎のもとにおりましたのが・・・・・さよう、ようやく四つ五つになりますかなあ・・・・・女の子とみえまして、頭に赤いきれをのせて、帯を胸高にしめまして・・・・・。顔をみると、のべらでございます。額のところに目が一つ、この一つ眼(マナコ)をカッと見開いて・・・・・あたくしのほうを手で・・・・・こうやって手招きをして
いたときには・・・・・もう、いけませんでした。・・・・・ええ、水を浴びたようにぞっといたしまして・・・・・あとをも向かずに逃げ出しましたが、・・・・・まあ、あのくらい、恐ろしいと思ったことはございません
親方: ・・・・・ちょいと待って下さい、ちょいと待って下さいよ。へーえ・・・・・忘れないうちに書きとめさせてもらいますからねえ。そんなことがあるのかねえ、世間は狭いって言うが、あっしに言わせると広すぎるね。
・・・・・ええと、江戸から方角は北だね。百里あまり行って大きな原がある。ひと足ごとに暗くなるかね・・・・・
まん中に大きな榎がたった一本、その前を通ると鐘がゴォーンだね。なま温かい風が吹く。・・・・・『おじさん、おじさん』 て子供の声がする。これが四つか五つになる一つ目の女の子だ、生きてるんだあ・・・・・
ありがてえねえ、よーく教えておくんなすったねえ。・・・・・これを、お前さん、生け捕って、あっしの小屋へ出してごらんなさい。江戸中の人気は一人でかっつぁらっちまうよ。小屋はぶちこわれるほど客は来る。
あっしはお大尽になっちまあ・・・・・いやどうも、ありがとうございます。ああ、どうもすいません。ええと、ところでさっそくだがね、あったけえ飯は炊けてだんだよ。なんかそ言ってくるから、もう一杯食わないかい
六部: いやもう、そうはごちそうになれませんで・・・・・
親方: なぜ、それをさきへ言ってくれねんだな、ほんとうに。冷や飯食わしちまって勘弁しておくんなさいよ・・・・・
ところでね、いまあっしゃ懐が苦しいんでお礼ができねえんですがね、またお前さんが、ご修行の道すがら
・・・・・江戸へ入ェってくるようなことがあったらば、貸したものを催促に来るつもりで、もういっぺん訪ねてくださいよ・・・・・それまでにあっしゃァ、たんまり儲けて、木綿ものでもお前さんの寝道具はちゃんと新しくして待ってますぜ、ねえ。この家でもね、太神楽でも二階をおっ建ってね、けして不自由はかけませんよ。
お前さんの部屋はちゃんとこしらいておくから・・・・・ようがすか、もういっぺん訪ねてくださいよ・・・・・じゃ、まことにおかまいもしませんでしたが、お急ぎの様子ですから、じゃこれでごめんなすっておくんなさいまし
・・・・・あの、どぶ板がはねてますからね、気を付けて・・・・・
*お世辞たらたらで送り出した。こりゃいいことを聞いたと・・・・・その日の内に支度をして、夜を日に継いでやって来たのが、北を指して百里あまり、大きな原・・・・・。
親方: ここんとこだな・・・・・ここんとこに一つ目が・・・出るかねえ・・・・・こりゃ。一つ目の出るような原じゃねえぞ、こりゃァ。まんべんなくだだっぴれえだけのもんだい。こんなところに一つ目・・・・・出ないよ。あの六部のやつは、てめえが茶漬け食わされたんで、おれにも一杯食わしやがったんじゃァねえかねえ・・・・・
こりゃ弱ったね。あいつと違ってこっちは、路銀を使ってここまで来てんだからね。これで一つ目に会わなけりゃ、元も子もすっちまうってえやつだ・・・・・ばかな話。だが待てよ、原のまん中に榎がたった一本てやがったなあ・・・・・そこに木が立ってるんだよ、ねえ。ちょうど誂えどおり・・・・・あたりは暗くなってきやがったなあ。よーし、ものはためしだ、あの前まで行ってみよう
*足を速めてさっさっさっさっと行き過ぎると、鐘がゴォーン・・・・・風が・・・・・さーッ・・・・・
一目: おじさん、おじさん・・・
親方: ・・・・・どこかで声がしたよ・・・・・あっ・・・・・出たあ・・・・・へええ、いたよ。へえへへ、いつの間に現れやがったかねえ・・・・・ありがてえ・・・・・こりゃありがてえや・・・・・お嬢ちゃん、おじちゃんね、いいものあげるからね・・・・・おいで、おいで・・・・・
*子供は無邪気だ、そばへちょこちょこって来たのを、
親方: おォッ、待ってましたっ
*と、小脇に抱え込んだ。子供がびっくりして、『きゃッ』 と声を上げたので、口を押えたがもう遅い・・・・・
竹法螺がブゥゥゥゥ、早鐘がゴーン、ゴーン、ゴンゴンゴン、ブゥゥゥゥゥゥ・・・・・振り返ってみると、見通しのつかないようなまっ平な原、どこから出てくるのか、まるで地面から湧くようにぴょこぴょこ~~~~
だんだんだんだん人数が増えて追ってくる。
親方: えれえことになっちゃった・・・・・こりゃ、子供も欲しいが、命もおしい
*あきらめて子供をおっぽり出して逃げにかかると、馴れない道、なにかにつまずいて、どたっとのめったところを、
村人: この野郎、どんでもねえ野郎だ、おらンところの娘かどわかそうとしやがった・・・・・それっ、お縛ってしめえ、代官所へしょっぴいていくんだ・・・・・こん野郎、歩べっ、歩ばねえか
代官: これこれ、・・・・・大勢して打擲(チョウチャク)をいたして、打ち殺してしまっては調べがつかん。それへ引き据えろ
村人: この野郎、下にいろ
*足を払うとたんに膝をついて、がくりっと首が上を向いた。縁ばなに煌々と灯りをつけて居並んでいる役人の顔をひょいと見ると、額のところに目が一つ・・・・・、あっ、と驚いてあたりの様子をうかがうと、いままでは無我夢中、自分を追っかけてきて、打ったり縛ったりした百姓体の者が、残らず額に一つしか目がない。
親方: あっ、こりゃおどろいたねえ、一つ目はこんなにいなくたっていいんだよ、少しこりゃ・・・・・いすぎるね。
待ってくれよ、こりゃことによったらおいら、一つ目の国へまぎれこんできたかな・・・・・こりゃえらいことになっちゃったなあ・・・・・食い殺されるね。命ばかりはお助けを願います。南無妙法蓮華経~~~~
代官: これこれ、そのほうの生国はいずこだ?・・・・・生まれはどこだ? なに? 江戸だ?・・・・・江戸の者か。
かどわかしの罪は重いぞ、面を上げい・・・・・面を上げいっ
村人: この野郎・・・・・面ァ上げろッ
役人: あっ、御同役、御同役・・・・・ごらんなさい、こいつ不思議だねえ・・・・・目が二つある
代官: 調べは後回しだ。さっそく見世物へ出せ
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