安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

雷の親子

2007年05月27日 | 小噺
女房: (下手へ) お出かけかい?
雷: うん、ちょいと俺ァ・・・ひと廻りやって(鳴らす)来らァ
女房: あ、そう、ご苦労さま・・・・・坊やもついでに連れてってこくれよ
雷: 足手間といでしょうがねえがな。・・・・・まァいいや、一緒に連れてってやるからなあ・・・・・太鼓ォ背負って、その虎の皮のふんどしをしっかり締めるんだ、いいかァ?・・・さ、一緒に来い
 *父親のほうは威勢がいい・・・・・背中の太鼓を・・・ごろごろごろごろごろ・・・・・と叩きながら・・・
ぴかッぴかッぴかぴかぴかぴかぴか・・・・・これァ金歯が光るンだそうですね。子供のほうはそうはいかない・・・(可愛い幼児の声) ぺかぺかぺかぺかぺかぺかぺか・・・・・ぺかぺかぺかぺかぺか・・・・・
ころころころころ・・・・・ころころころ・・・くっ付いて来た。喜んで雲の上(右手で円を描くように大きく回す)
・・・こう走り回っている。
雷: おォィおい・・・おいッ! そっちィ行くと危ないよ。雲の切れ目へ足を突っ込むと落っこっちゃうぞ!
 *って、言ってるうちに、足をすべらして下界へ(声を張り、落ちる仕草) ・・・どォすゥん・・・と、竹薮へ落ちましてね。ここに虎が寝てェた・・・・・虎の頭へいきなりどしィん・・・と落っこって・・・・・
虎: 痛いッ! ・・・・・畜生め。誰だ? 俺の頭ァ・・・・・おや? 見慣れねえものがいやがんね(じィッと見ながら) へェェえ・・・頭に角が一本生えてやがン。妙なやつだなァ、見たことのねえようなやつがいやがるなァ・・・・・よォし、あやまりもしねえからおどかしてやろう・・・・・(唸り声)うおォォ・・・うォォ・・・・・うォォッ!
子雷: (泣き声) えへへン・・・・・(声高く) おとッちゃん・・・ふんどしがいじめるよォ
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安兵衛狐

2007年05月13日 | 落語
 えー、以前はてえと、長屋というものが方々にありまして、長屋だって、仲のいい者ばかりがいるわけではないンでナ。気が合わなくなってくるてえと、自然と口をきかなくなるようなことになる。
 えー、六軒の長屋がございまして、こっちが四軒で、向こうが二軒あって、こっちの四軒は仲がよくって、向こうの二軒はとなり同士で仲がいい。みんな仲がいいのかと思うと、そうじゃァなくって、二軒と四軒とは
まるで気が合わない。
 で、この二軒のほうはてえと、片ッぽが源兵衛といって、これが “へんくつの源兵衛” っていいましてね、人が暑いといえば暑くねえという。人が白いといえば、黒いというわけだから、どうしても付き合いが
よくない。
 その隣にいる安兵衛てえ人ァ、のそのそのそのそしていて、“グズ安” なんていう。このへんくつとグズが、大変気が合って仲がいいンですから、不思議なものでございます。

甲: なンしろなんだァ、きょうはみんな仕事は休みだろ。たまには人間てえものは、どっかへ運動に行かなきゃァいけねえ。ここンところでかけてないからさ、休みを幸い、出かけようじゃァねえか
乙: そうねえ、うん、そりゃァいいや
甲: えー、きょうはどうだい、ちょっと方向を変えて、亀戸あたりへ行ってね、萩(ハギ)でも見たいと思ってね
丙: あー、いいなァ
甲: じゃァ、行こうか
丁: うん・・・・・
甲: 行こうかだけどもね、この四軒だけで行って、向こうのあのグズ安と源兵衛に声をかけねえと、ああいうなァあとでうるせえからな。え、ちょっと誘おうよ
乙: いや、およしよ。こっちがなんか言ったって行くやつじゃァないんだから・・・・・
丙: そうだとも、あれはダメだよ。こないだも、朝、おはようっとこう言うとね、早かねえってこう言いやがんのさ
甲: はァ・・・・・
丙: いい天気だねったら、ああ日が当たってるからいい天気だってやがる。しょうがねえんだよ。そういうやつァ言ったってダメだよ
甲: だけどさ、いまのぞいてみたらね、安兵衛はいないんだけど、源兵衛はいるんだよ、なァ。源兵衛だけにでも、ちょいと言葉をかけてみよう。ね、いやなら行かなくたっていいんだからさ。
 ・・・・・源兵衛さん、源兵衛さん、こんにちはァ
源兵: おうっ、みなさんどうしたの。ま、こっちお入ンなさいよ
甲: あのね、えー、これから亀戸へでも、萩を見に行こうと思ってね。え、みんなきょうは仕事が休みだから・・・・・一緒に萩を見に行きませんかい?
源兵: 萩?
甲: えー、萩・・・・・
源兵: 萩なんぞ見たって、つまんねえじゃねえか
乙: (小声で) だからおよしってんだよう
甲: つまんねえかえ?
源兵: つまんねえよ萩なんか。あー。イヌシシ(猪)なんか、始終萩を見てらァ(花札の七月は萩で猪の札がある)
甲: 花札じゃァねえや。だけどもさ、萩なんてものはいいよ
源兵: いやだね、萩なんぞ見にいくのッ
甲: だって、おまえさんだって、その瓢箪に酒なんぞ入れているんだから、何か見に行くんでしょう?
源兵: うん、そりゃァね
甲: 何見に行くの?
源兵: あたしゃァね、墓を見に行くンだ
甲: えっ?
源兵: 墓を見に行くのだよ
甲: 墓? 墓なんぞ見たって、つまんないじゃないかね
源兵: おまえさんたちにはつまンないかもしれないが、おれは墓ァ見るのが好きなんだ
甲: ・・・・・
源兵: いいよ、墓てえのは、うん、静かで・・・・・。墓場てえものはいいからね。古い石塔なんぞ見ていると、えー、趣味のあるものだよ。ひとつ一緒に行かないか、墓見に・・・・・
甲: いやだよ。・・・・・じゃァ、あたしたちは行きますからね。じゃごめんなさい

源兵: ほほッ・・・・・、あー、おれも、一緒に萩を見に行けばよかったな。だけども、どういうわけだろうな、行きたいと思ってても、あいつらにああ誘われると、どうも行くのがやんなって、行きたくねえってなこと言っちゃうんだよンナ
 墓ァ見に行くったけど、墓なんぞ見たって本当はつまんねえや。けれども、おれも偏屈の源兵衛だァな、いったんそう言ったのを、行かねえなんてのはくやしいから、一つ墓を見に行ってやろう・・・・・
 *ってんで、瓢(フクベ)へ酒を入れまして、ぶらぶらぶらぶら、これから、えー、天王寺の方へまいります。
只今でもあすこには、ずいぶん墓がありますな。あの谷中のほうへだんだんだん来て、方々の墓をこう見て、
源兵: どうせなんだァな、え、墓の前で一杯飲むんなら、女の墓がいいな。野郎はいけないよ。あー、ここに塔婆が立ってんな。安孟養空信女(アンモウクウシンニョ)・・・・・あァ、これは女だな。信女てえからな。
 えー、じゃァここをひとつ、ちょいとお借りしますからね。一杯飲みますから、わるく思わないでくださいよ。
え、あなた、いつごろ亡くなったかしらないけれどね、そう古い故人ではないんでしょう。
 えー、ありがてえ、静かでいいや
 *墓の前でもってチビチビ飲んでますてえと、バターンと塔婆が倒れたんで、墓の後ろへ、こう廻ってみるってえと、穴があいちゃっている。
源兵: はッはー、こりゃァ、こないだの嵐で、ここが掘れたんだなァ。なー、塔婆が曲がってやがる。よく立てといてやろう・・・・・
 *てんで、塔婆でぐっと突くってえと、コツンと音がするから、ひょいと見ると骨があります。
源兵: おや、これはなんだい。骨がありゃァがんの・・・・・。え、穴掘りに銭を惜しんで浅く掘るから、こんなの出てきたんだ。なー、気の毒だね、どうも。
 え、えー、ここの墓の前で一杯飲んだのもなんかの縁だね。えェ、あたしはね、残っているお酒を、この、おまえさんのとこへかけますからね・・・・・。生きてるときにお酒が好きだったか嫌いだったか、そんなのとァ知らないけど、まあ、少しかけますよッ
 *ってんで、瓢箪に残っている酒を、ズウッとその骨にかけて、南無阿弥陀仏・・・・・と、回向をいたしまして、で、その晩帰ってやすみますと、ちょうど真夜中ごろでございます・・・・
骨女: ごめんくださいまし、あのォ、ごめんください・・・・・
源兵: はい、なんですね?
あの、ちょっと、ここを開けていただきたいんでございますが・・・・・
源兵: えー、どのの費とだろうな、おれンとこへ女なんぞ訪ねてくるわけがないがなァ。長屋になんかできたんじゃねえのかなァ? どっかのおかみさんじゃねえかな?
 へい、いま開けますよ。戸もなにもすぐに開くようになっているんですよ。
 えッ? おやおや、あー、いい女だなァ。えー、なんでござんしょう?
骨女: あのォ、ちょっと、えー、家ィ入れていただきたいのですが・・・・・
源兵: さァ、お入ンなさい。えェ、さァどうぞ・・・・・。えー、こんな遅く、どっからいらしたんですか?
骨女: あの、あたしは、天王寺から参りました・・・・・
源兵: 天王寺ッ? 天王寺に、あたしは知ってる人はないけど・・・・・、天王寺のどっから来たんです?
骨女: あのォ、お墓の・・・・・とこから
源兵: 墓のとっから?
骨女: 昼間、あなたは、あたくしの骨に、お酒をかけてくれましたね。そして、あなたはおがんでくれましたね。
あたくしは、生きているうちから、お酒が寿司でございましたンで・・・・・、それがために大変うれしくって、もう浮かばれましたから、その、お礼に・・・・・参りました。
 はい、あたくしは、この世の者では、ないんでございますよ
源兵: ふえッ――。あー、いいよ、礼なんぞに来てくれなくたって。いやだなどうも・・・・・。
 そういやァ、なかなかいい女だけれども、こう痩せて、色が青いと思っていたら、そーォかい・・・・・
骨女: あのォ、あたくし、あなたの傍で、いろいろな用をして、ご恩返しをしたいとおもいますから、お宅に置いていただけないでしょうか
源兵: だって・・・・・、ねえ、幽霊を・・・・・
骨女: いえ、かまいやいたしません、ご用をきっと足しますから・・・・・。どうでございまそう、わたくしを、あなたの女房代わりにしていただけないでしょうか
源兵: へえー、女房ねェ? うーん、何ンにもしませんかい、おまえさん、わたくしに・・・・・
骨女: あたくしは、ご恩を返しに来ただけですから
源兵: じゃ、まあ、家においでなさい
 *と、のんきなやつがあるもんでな、幽霊を女房にしやがった。ところがまたこの女ァよく働く。でも、夜が明けると同時にスーッといなくなっちゃう。で、また、えー、日が暮れるころにやって来て、何から何までしてくれますから、源兵衛のほうもけっこう自分の女房のようなつもりでいるというようなわけで・・・・・
安兵: おうっ、、源兵衛さん
源兵: うん、なんだい、安さん
安兵: なんだい安さんじゃねえぜ、本当に。え、隣り合ってんじゃねえか。ねえ、こういうわけで女房もらったらもらったと、ひとこと言ってくれたらいいじゃないかな。えー、鰹節(カツブシ)ぐらい祝うよ、本当に。
黙ってうっちゃとくって手はねえじゃねえか
源兵: 黙ってうっちゃとくことはねえったって、女房っていうほどのモノじゃねえんだよ、ありゃァ
安兵: 立派な女房じゃねえか。え、ゆンべ前を通って覗いたら、え、女の酌でもってご機嫌に一杯呑んでたじゃねえか。あれが女房じゃねえのか?
源兵: うーん、女房ってば女房だがね。アレはね、実は、ユウテキなんだよ、あれは・・・・・
安兵: ユウテキ? へえーッ、そういえば顔が少し青くって、ナンだと思ったが、そうかい?
源兵: うーん、それがね、バカな話さ・・・・・
安兵: どうなんだ?
源兵: 長屋の奴らが、萩を見に行くってえから、しゃくにさわるから、おらァね墓を見に行くってね
安兵: うん、うん
源兵: 谷中へ行ってさ、ね、墓場の前で一杯呑んでるとね、塔婆が倒れてきたからさ、うしろを観たらね、骨が出てやんのさ。え、だからどこの骨だか可愛そうだろ。その骨へ酒をかけて帰ってきたンだ
安兵: ふーン
源兵: するってえと夜中に、たずねて来てね、恩返しがしたい、用をするってんで、まあ、女房みたいにはなっているってわけさ
安兵: あ、そーか、うーん。こないだなンぞ何か言い合ってたね
源兵: そりゃァ、たまには言い合うよ。“てめえみてえな女ァ、どこにでも出ていきゃカがれッ” ってね、言うには言うんだけどね
安兵: うん、うん
源兵: 言ったって出ていかないんだよ、あれは。“まごまごしてやがるとなぐりつけるぞッ、いっそのこと、生かしちまうぞ” なんてね・・・・・
安兵: でもいいや、そうやっておめえ、幽霊でも来ていろいろなことしてくれりゃァなあ
源兵: そりゃそりゃァ、たすかるよ。おれもこうやって、おめえがグズ安だの、貧乏安兵衛だなんていわれてると、かかァなんて来るもんがねえからね
安兵: おれだって、天王寺の方へ行って、その骨かなんかね酒でもかけたら、やって来るかなァ
源兵: そらァくるだろう
安兵: そうか。じゃァ、あしたンなったら、ひとつ、その骨をめっけに行ってこよう
 *ってんでな、呑気なやつがあるもんで、瓢箪へ酒を入れまして、天王寺へ来て、どっか骨の出ているところはねえかと、墓場の方々を見たけれど、あいにくそういうところはないんで、だんだんだんだん奥の方へ来るってえと、
猟師: おうッ、こっち来ちゃいけねえよ、おいッ、こっち来ちゃいけねえよッ
安兵: なにしてんです?
猟師: 何してたっていいんだから、向こうへ行ってくれよ
安兵: いえ、なにやってんです?
猟師: うるせえな、いま、罠でなキツネ獲ってんだから、あっち行ってくれよ
安兵: キツネ獲るの? へえーッ、獲れますか?
猟師: 獲れるんだよ、商売じゃねえか
安兵: へえー、キツネを獲ってどうするんです?
猟師: 皮ァむくんだよ
安兵: キツネの皮を? むくの?
猟師: うん、そうだ
安兵: キツネが痛がるでしょう?
猟師: そんなこったァ知らねえや。それより、なんだっておめえはこんなとこへ来たんだい?
安兵: えェ、わたしはね、えー、あたしの隣の源兵衛ってやつがね、この谷中でもって、骨(コツ)ィ酒をかけて来たらね、いい女が訪ねてきて、それを女房にしてんですよ、幽霊をね。わたしも、ひとつ幽霊を女房にしたいと思って、捜してンですよ
猟師: なにを言ってやがんでえ。え、くだらねえことを言うんじゃねえよ。向こうへ行ってなよ
 *後ろの方へさがって見ているってえと、罠にかかったキツネがあった。
安兵: おッ、かかりましたねッ
猟師: うるせえな。来ちゃいけねえって言ってンだろ
安兵: えー、ずいぶん小(チッ)さいキツネですね?
猟師: うん、まだ子ギツネから少し大きくなったくれえだよ
安兵: それをどうするんです?
猟師: いま、皮ァむいて持ってっちゃうんだ
安兵: そりゃァ、かわいそうじゃありませんか
猟師: かわいそうだって、しょうがねえや。商売だからなァ
安兵: あたしは、そういうもの見ちゃァいられないんだがね。どうでしょう、それを逃してやってくれませんか?
猟師: ばか言やァがれ。え、一生懸命獲ったもの、逃がせるかい
安兵: うーん、じゃァ、ソレわたしに売ってくださいな。ねッ、買って逃がしてやりますから・・・・・
猟師: じゃァ、いくらで買うんだい?
安兵: いくらです?
猟師: 三円でどうか
安兵: え、三円? 三円はちと高えや。うん、わたし、ここにね、一円しかないんですよ。この一円だって、もうコレきりかないんだから・・・・・。
なンしろ、貧乏安兵衛ってくれえ金がねえんだ。一円だすから、逃がしてやってくださいよッ
猟師: しゃァないなァ、本当にうるさくて・・・・・。おれもナ、なんだかそう言われると、このキツネの皮むくのやンなっちゃったから、じゃァ、逃がしてやるから、さ、一円だしな。
うん、ほいきたッ
 *と、金をうけとっといて、
猟師: おうッ、てめえは幸せだぞ、なァ、逃がしてもらうんだからな
狐: きゃッ!
 *つつつつ・・・・・、とキツネは逃げる。逃げて行きながら、キツネガひょいッとうしろを振りッ返り振り返り、安兵衛の顔を見ていた。そのうちに日が暮れてしまって、
安兵: あー、なんだいこらァ、骨ェ捜しに来て、金一円損しちまった。まァいいやナ、助けてやったんだかれな

狐: あの、もし、あのォ、そこにおいでになるおかた・・・・・
安兵: えッ!
狐: あの、あなたは、安兵衛さんじゃ、ございませんか
安兵: えー、あっしは安兵衛ですが・・・・・。おまえさん、だれ?
狐: あたくしは、あの、お里の娘でございます・・・・・
安兵: お里? あッ、お里さんとはよほど前に・・・・・。
ほォう、おまえさん、お里さんの娘さんで?
狐: はい、ハハがあなたに、いろいろお世話になったと申しておりまして・・・・・
安兵: お里さん、どうしたい? ほう、、亡くなった? で、おまえさんは?
狐: はい、あたくしは、あのゥ、いままである家の世話になっていたンでございますけれど、そこにもいづらくなりまして、どっかに奉公しようと思って出てきたんですが、奉公と申しましてもどういうところに奉公に行ったらいいかわかンないんでございまして・・・・・。
 で、今夜は泊まるところがないンでございますが、あなたのお宅に、泊めてもらえませんでしょうかねェ
安兵: 泊めてもらえませんでしょうかって、こんな若い娘さんをウチにおいちゃァ、えー、女房と間違ィられちゃうからな
狐: あなたの女房にしていただければ、こんなうれしいことはございません
安兵: へえ、そうかい。そんなら、いいじゃねえか。なァ、家に来て、俺の女房になってくんねえ。
で、名前はなんてんだい?
狐: あの、名前は・・・・・おコンと申します
安兵: おコンさん? まァいいや。じゃ家においでなさい
*てんで、呑気なやつがあるもんで、キツネと夫婦になっちゃった。片っぽは幽霊と夫婦です。

甲: ま、とにかくみんなこっちィ寄っておくれよ
乙: なンだい?
甲: この長屋というものは、なんだァ、このグズ安とヘンクツの源兵衛ンとこへだけ女房が来ちゃうなんてな、情けないじゃねえか
乙: うーん、そうだよナ。こっちはみんな独り者だ
甲: けど、なんだね。源兵衛の嬶ァというのは、あんまり昼間ァ見たことないな
丙: 昼間ァあんまり見ねえなァ。そのかわり、夜になるてえと動(イゴ)いてるよ。こないだなンか買い物に行くのをうしろから見たらね、腰ッから下のほうはあんまりよくわかンねえ
甲: うーん、どうもヘンテコだねえ
丙: それに、あのなんだ、安兵衛の嬶ァなァ・・・・・。アレはなんだよ、ウン。なんだか知らねえけども、いい女にはいい女だけれどのね・・・・・
甲: うん
丙: 目がキョトンとしてやがってよ、え、耳がこのピョンと立っているようで、こう、口が少ゥし、トンガラがっているようでで、変だよ、アレ・・・・・
甲: そうか・・・・・
丙: そうだよ、それでなんかのなんでありますって言う。しまいに、“コン” ってやがる。こないだも朝ね、
井戸端で会ったから、“おはよう” ったらね、“おはようございます、コーン” ってやがらァ
甲: ふふーん・・・・・
丙: だから、ありゃァね、ことによると、キツネ・・・・・キツネじゃねえかなァ
甲: キツネかなァ・・・・・
乙: うん、そういやァ、あの女がね、こないだ嫁に来たときに、昼間来やがったんだが、日が当たって、雨が降ってやがったぜ
甲: うん、じゃァそうかもしれない
乙: とにかく、みんなで行ってみようじゃねえか。で、聞いてみようじゃねえか、あのかみさんによォ。
長屋にその、オコンコンさんなんぞがいられちゃ、しょうがないよ。ね、探ってみようよ
甲: うん、じゃァみんなで行こう

乙: あー、いるいる。
えー、こんちは、こんちはァ
狐: あ、いらっしゃいまし。まあこれは、長屋のみなさんではございませんか、コン
丙: ねッ!
甲: で、安兵衛さんは?
狐: 安兵衛は、いまちょっと用足しにでかけたんでございますよ、コン
甲: えー、ところでえすね、ちょいと伺いたいんですがね、ね、これはみんなが言うんですよ・・・・・。
あなたはいい女ですよ、いい女だけれども、目がキョトーンとしていて、口がピョイととんがらかっててね、え、ことによったら、あなたは魔性のもんじゃない? ことによったら、あなたは何かの化身じゃないか?
化けているんじゃないか、なんて言ってましたよ・・・・・
狐: (驚きあわてて) あ、そうッ・・・・・さようでございますか。アッハッハ・・・・・
*ってえと、家ン中ァグルグルッとまわるってえと、ターッと飛び上がって、引き窓からどっか飛んでっちゃた。

乙: だれだい、人のかみさんをどっかねやっちゃったのは・・・・・
丙: おらァ知らねえ。おめえじゃねえか。えー、安兵衛が帰って来て、“おれの嬶ァどうした? どっか行っちゃった。知らねえかッ” ったら、みんながそのなんだ・・・・・。おれ、知らないよ
甲: 知らないったって・・・・・。まさか、そうじゃないと思ったんだけど・・・・・。
あのー、やっぱりキツネだったんだなァ・・・・・
丙: キツネだよ。だから飛ンでっちゃったんだよ
乙: 飛ンでっちゃったけどもさ、まァ、逃したというのは、よくないよ
甲: よくねえったって、しょうがねえやな。とにかく安兵衛に会って、話をしてみようじゃねえか。安兵衛に会うと、またあの安兵衛の野郎が、キツネを女房にしているくれえだから、あン畜生もキツネかもしれねえぞ
乙: うーん、そいつはわからねえな
甲: とにかく安兵衛のおじさんてえのが、向こう横丁にいるからよ
乙: あ、そうだ・・・・・
甲: おじさんに聞いてみようじゃねえか
乙: うん、じゃ出かけよう

甲: (歩きながら) 心配だ、こっちゃァな。あ、おじさんが来た、おじさんが来たよ・・・・・。
おじさーん、こんにちはァ
伯父: あ、みなさんかい
甲: へ、こうはなんですね、いいお天気ですねえ
伯父: はい・・・・・
甲: いいお天気ですねェ
伯父: (耳が遠いのでトンチンカンな返事で) あたしかい、このごろ、夜寝られなくてしょうがないよ
甲: うん、なに言ってんだな。いいお天気だってんだよ、いいお天気ッ
伯父: え、あたしかい、あたしはおまえさん、このごろ歯がわるくなっちゃってた
甲: (相手の耳がわるいのに気がついて) しょうがねえな。おまえさんなにかい、ツンボなのかい?
伯父: うへっへへー、うーん、食べもんはねェ、やわらかいモンじゃないと、食べられねえ
甲: こらァ、本当に聞えねえんだ。やい爺ィ、こん畜生、てめえはつんぼかいッ
伯父: へへへー
甲: 笑ってやがる。ひとつなぐってやろうか
伯父: ふふふンー、ありがとう
甲: ありがとう? おめえみてえな者はね、あのもうね、くたばっちゃえ
伯父: うふふふーん、そう言ってくれるのはおまえさんばかりだ
甲: あ、しょうがないよこりゃ。えー、自分で死ねェ
伯父: あはは、それもいいや
甲: なに言ってやがんでえ、しょうがねえな。(思いっきり大きな声で) え、おじさーん、ね、おじさァん
伯父: (つられて大きな声で) なんだな
甲: (同) あのね、安兵衛さんは、来ませんかね?
伯父: (同) なんだい?
甲: (同) 安兵衛さんは、来ませんかねェ?
伯父: (同) なに安兵衛 安兵衛はコン(来ん)
甲: あ、おじさんも、キツネだ

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