安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

堪忍袋

2009年11月09日 | 落語
*喧嘩するほど仲がいい、なんてますが、ま、落語の方に出てまいります喧嘩なんてのは並外れているなんてのが多いようでございまして・・・

女房: 殺さば殺せ!
八公: 殺さなくってよー
女房: 殺せー
大家: 相変わらずだよ、あすこの家、しょうがねぇな本当にもぅ。変な所で大家ンなっちまった、まったく。
あーー、よしなよしな、何をしているんだお前たち、おいおい、八公、八公。いいから、お前、その金槌を下ろせ、金槌を。   お崎さん、のこぎりを引っ込めろ。お前、大工の家だからって女がそんなもの持ち出しちゃいけませんよ。
それもそうだがな、お前たちは三日をあげず毎日だな。また今日はいつもよりひどいじゃァないか。
いったい何でこんな大騒ぎが持ち上がったんだ。
あーあ、お崎さん、もういいから、泣いてばかりいないで座りな。お前もそうだ。 
お崎さん、胸元が肌けてるよ、女らしくしなさいよまァ。
どういうことでこんな揉め事がおこったんだ。わけを言ってごらん、わけを。
ンもゥ、泣いてばかりいてはしょうがない、おい、おい、八五郎、お前でいい、一家の主なんだから言ってみろ。どういうことで、この騒ぎが持ち上がった。
八公: そりゃね、大家さんのめえですけども、これだけのことが起こるんでェ、そりゃァ、元があるに決まってますよ。喧嘩の元ですよ。喧嘩の元・・・喧嘩の元と言やァね・・・おい、元なんだ?
女房: 元なんだだって・・・冗談じゃァない。聞きましたか大家さん、この男はこういう人間ですよォ。
だから、あたしゃァ許せないんだ。こんだけの騒ぎ起こしといて喧嘩の元はなんだって言い草ァあるかィ。
八公: うるせェ、だったら、てめェが言やァいいじゃねェか
女房: そんなこと、こっちだって忘れちまったィ
八公: なんだとこの野郎ォ
大家: おォおォおォ、また盛り上がっちゃいけねェよ。おィおィ、八公、お前、落ち着いて考えて言ってごらんよ。
訳がわからないてェことはあるまい
八公: そりゃそうですよ。訳がわからねェわけァないんだ。だからわかろうと思って何時もちょいと考ェえる。
その前ェにこの野郎が何かグズグズ言うから話がもめてくるンですよ。だから、だから何ですよ、だから、・・・・・はなァ、あっしが帰ェってきて・・・帰ェってきたら・・・・・この野郎、台所でもって生の大根刻んでたんだ。あー、それだ、こらァ飯はまだだなと思ったから、湯へ行くと言ったんだよ。
そしたら、こいつが、弁当箱だしてくれって・・・・そらそうだ、水につけてねェと洗いにくいからね、それでもって、あっしが弁当箱ォ出ししなにね・・・思い出したィ、そーだ、“梅干飽きたから沢庵にしてくれ” ・・・この一言いった・・・そしたらこの野郎が親の敵に出っくわしたような面しやがって、
“なにィ!もういっぺん言ってみろォー” 
男のあっしが言ったんじゃァねえんだ。この女がぬかしやがったんだ。
てめえこそもいっぺん言ってみろと言いたくなるでしょゥ。それでもって、この騒ぎですよ。
だからね、ま、喧嘩の元とはっきり言やァ、・・・沢庵です
大家: ばかばかしいね、お前、そんな沢庵のことでこの大立ち回りかよォ。
お崎さん、お前さんもそうだよォ。亭主が沢庵食べたいと言ったら、それぐらいのものは出してやりな
女房: ・・・・・(絞り出すような声で) 大家さん、(一調子上げて) 大家さん! ・・・あたしね、沢庵の一枚や二枚でもってそんなこと言うような、そんな、そんな女じゃありませんよ。これにはもっともっと深い訳があるんです。
大家: そうかい。じゃ、お前の方で言い分があると言うんなら聞こうじゃないか。・・・なんだ
女房: ですからね・・・この人が帰ってきました。そん時ね、あたしが台床で生の大根をきざんでた、そりゃその通りです。あたしの背中越しでもって、なァんだか嫌な目であたりを見渡してる。それでもって障子の桟のとこジーっと見て、指でスっとやる・・・・・それでその指先見て、あたしに聞こえるか聞こえないような声でもって、
“汚ねェなァ” ・・・こう言ったんです。
こんな嫌味な言い方あります? 汚いんなら “汚ねェから掃除をしろ!” 男らしくそう言やァいいじゃないか。そすりゃ、あたしだって“すいません”と言える女ですよ。・・・それを、聞こえるか聞こえないような声で・・・・・それでも、しっかり聞こえる声で・・・・・“汚ねェな”あたしカチンときた。だけどこんなことで怒っちゃいけないと思って我慢してましたよ。そしたら今度は・・・あたしが、生の大根きざんでるとこ肩越しに見て、・・・また聞こえるか聞こえないような声で、“めし、まだみてェだなァ” ・・・まだに決まってるじゃァないですか。生の大根きざんでるンでしょ、それで何か食べられます? そりゃァね、あたしだってご飯ごしらえ早くしたいですよ。だけども、掃除も山ほどある、洗濯物も溜まってる。あたしが嫁さんほしいようなもんですよォ。それでも我慢してるのに、そんな嫌味な言い方されて・・・・・そのあと、
“飯まだみてェだから、湯へ行ってくる” って言うから、あたしがこの人に向かってとっっても丁寧に 
“それじゃァ子供も連れてって” って、お願いしたんです。
そしたらこの人、さも嫌そうな顔ォして “またかい” ・・・・・
・・・・・よそ様の子じゃァないんですよ。わが子です。わが子を湯に連れて行くのに“またかい”
それだけならまだ許せるン。
“じゃァ連れて行く代わりに、いくらか小遣いをくれ” 
・・・どこの世界に自分の子を湯に連れて行くのに料金とる親がいるんです? それでもなけなしのお金あげたんです・・・・・
なんですって? 梅干と沢庵。・・・これが一番大切なところ。・・・じっくり聞いてください。
あたしね、のり屋のお婆さんに梅干は身体にいいって聞いたんです。だからね、この人の身体のことを思って、一っ生懸命漬けたン。世の中何が大変ってね、梅干漬けるぐらい大変なことないです。
ヘタ取るだけで三日かかります。・・・それほど苦労して漬けた梅干が嫌だから、これが飽きたから沢庵にしてくれと言われたときあたし今まで抑えていたものがいっぺんに弾けて
“もう一遍言ってみろォォォ!” そう言っちゃったんです。だけど、こう言いたくなるあたしの気持ち、大家さんならわかってくださいますでしょうゥゥ?
大家: ・・・・・話というものは、聞いてみないとわからないものだ。“もう一遍言ってみろ”までそれほどの歴史があるとは。・・・・・八公、今の女房の台詞を聞いたか、話しを聞いたか。お前の身体のことを思って一生懸命だ。なぜ、そんな風な言い方をするんだ。なぜ訳がわからないことを言う。
なんだ、真っ青な顔ォして。唇噛んで・・・・・血が流れてるじゃないか。
えェ? あんまり勝手なことを言うもんで?腹の立つのを通り越したァ?
お前なァ、今の女房の言ったことを聞いたか。聞いた上にまだ文句があるのか。 
ある? よォし、これっぱかりでもあるンなら言ってみろ  
八公: ・・・・・・・これっぱかりどころの騒ぎじゃねェ。・・・・・よォく聞いてもらいてェ。・・・この野郎の言うとおり、あっしが帰ェって来た時にやろうが台所で生の大根きざんでた、そりゃァそのとおりなんで。
帰ェってくるとうちン中がなんだか埃っぽいや。おれァなんとなく障子の桟のとこへ目が行ったんだよ。
で、指がスーぅっときて、この指先見て、“汚ねェな” ・・・埃が付いてたから“汚ねェな”これが嫌味かい? 素直じゃねェか・・・埃が付いてんだから汚ねえのは決まってら。嫌味というのはな、この埃の付いてる指先見て、“綺麗ェだなァァ・・・” これを嫌味ってんだよ。
 ァア? その次だってそうじゃねェか。おれァかかぁのやってることォ肩越しに覗いて、生の大根刻んでるから、“あー、飯はまだみてェだな” って心(シン)から思ったからそのまま言ったン。
素直なもんだよ。嫌味というのは肩越しに生の大根つまんでかかぁに向かって “ちょうど食べごろだなァ” これを嫌味ってんだい。そんなこといちいちケチつけられたらね、夫婦の話なんて何一つできませんよ。ェえ? で、飯ァまだだからしょうがねェ湯に行くしかねェや。 “じゃァ、湯に行ってくる” 
そう言ったら、この野郎、いとも簡単に、あっさりと “それじゃァ子供を連れてって”・・・・
 大家さん知ってるでしょ、あっしンところは八つを頭に子供九人いるんだ・・・双子が二組ある・・・・・
そんなものまとめて湯に連れてってごらんなさい、晩飯まで済むなんてそんな生易しいもんじゃねえ。
へたすりゃァ午前さまだ。こないだなんか空きっ腹でそんなことしたもんだから湯殿で倒れて戸板で運ばれたんだ・・・・・それでも、五度のうち三度はあっしが連れてくんだィ。小遣いぐれェねだったって罰は当たらねえでしょ。
 なんですか・・・梅干と沢庵・・・・・ここが一番でえじなとこだ。・・・・・たっぷり聞いてもらいてェ。
大家さんの前ェだけどね、あっしァ梅干はけっして嫌ぇじゃァねえ。どっちかってェと好きな方だ・・・・・
日に一っぺんぐれェなら・・・・・来る日も来る日も朝昼晩朝昼晩梅干だらけ。・・・昼のおやつから晩酌のつまみまで梅干が出てくる・・・・・この野郎、ろくな女じゃァありませんがね、梅干の料理さしたら日本一だ。梅干の焼いたの。梅干の炊いたの。梅干の混ぜご飯。梅干のから揚げ、梅干の天ぷら。梅干の煮っ転がし・・・こねぇだなんか梅干の一夜干しって訳のわからねえもんが出てきた・・・・・
こねえだ、おれァ弁当箱開けたら、うちは日の丸じゃァねえ、赤旗弁当・・・
 近頃ァ梅の木見ただけでツバが沸いてくる。 梅干飽きたから沢庵にしてくれと言うあっしの気持ち、わかってもらえるでしょう? 
大家: ・・・・・まァ・・・・・俺が悪かった。お前は悪くない。お崎さん、お前も悪くない。
二人の話聞いてたら、訳がわからなくなっっちまったなァ。いやーお前たち二人はな、仲が悪いんじゃないんだ、むしろ仲が良すぎるン。だから自分の気持ちぶつけちまって、それで揉め事が大きくなる。こりゃァね、あたしゃ聞いた話だが世の中には堪忍袋という物があるそうだョ。こりゃね、どんな布でもいい、ン、着物の端切れ、手拭いやなんかそんなものでもいいから集めてきて、心を込めて一つの袋を縫い上げる。 胸に溜まった不平不満なんぞをその中に言って、堪忍袋の緒をキュウーっと閉めると、胸がスゥーっとして仲良く朗らかに暮らせると言うんだがねェ、まァそんなものを、試みでもいいからこしらえてみてごらんよ。またなにか揉め事があったら、あたしも来るがね、ま、喧嘩はほどほどにしなさいよ
八公: わかりました。どうもすいません。ありがとうござんした!・・・
・・・おい、客が来たら茶ぐれェ入れろ!
女房: お前さんが土瓶壊したんだろ
八公: ・・・・・茶碗はてめえが割ったんじゃねえか・・・
掃除しろ!
女房: あたし忙しいんだよ! 
八公: 忙しかねえや、なにもしちゃいねえや
女房: やってるよォ。これから堪忍袋縫うんだから
八公: なーにを言ってやんでェ。やれるもんならやってもろォ。心を込めて縫えェ。当たりめぇの縫い方じゃだめなんだい。
女房: ほら! みてごらんよ。ちゃんとできたんだからァ
八公: なーにを言ってやんでェ。できたかどうかなんて使って見なきゃわからねんだよォ。
(袋の中へ)忙しい忙しいばかり言いやがってー! そのくせ一っぺん座ったら、ピクリともいごかねぇーおめえはケツに根でも生えてんのかァーー! (穏やかな顔になりニッコリ笑う)
女房: あら、なァに、いい顔しちゃって・・・効き目あんの? かしてちょうだいよ。言いたいことは山ほどあんだから・・(袋の中へ)文句を言うならその分稼いで来ーーい。
こっちは嫁に来たくて来たんじゃないんだァーー。あたしの奉公先に出入りの職人で来てやがってーー、おまえが袖引いたんだろォーー
八公: よこせ。(袋の中へ)ありゃァてめえが先に色目ェ使ったんじゃねえかーー。昼飯のたんびに俺にだけ沢庵二枚余計に出したろーー。その沢庵が何で今出せねえーー
女房: かしてッ。(袋の中へ)ありゃァ勘定間違えたんだよォーー。それを勘違いして蔵の脇に呼び出したのはどこのどいつだァーーーァ
八公: (袋の中へ)なァに言ってやんでェ、帰ェりたきゃ帰ェりゃいいじゃねェか、いつまでも、もじもじもじもじしてやがってェ
女房: (袋の中へ)ありゃァ嫌がってたんだよォーー。それを勘違いしやがって、
“俺と一緒ンなってくれ、なれなきゃ俺は死ぬゥーー” 
なんて言いやがって、あん時に死んじまえばよかったんだァーーー
・・・・・ちょいと、腹が立たないねェ
八公: ほんとだな。これだけ言い合えば大ごとだぜ、まるっきりもめねェってのは・・・そうか、堪忍袋できたのかもしれねェな
*さぁ、めったにできるはずのない堪忍袋ができあがったとみえまして、なにか不平不満があるとみんなそんなかに言って、夫婦仲が大変よろしい。あの、喧嘩ばかりしている二人が何故だろうって、この噂が広まったもんでございますから、方々から、今度は堪忍袋を借りに来るような人が山ほどやって来た。 朝なんかガラガラガラーっと戸を開けますと
八公: あー、大変なもんだね、こらァー。ぉおー、ちょいとちょいと、月番さんお願いします
月番: へいへい、あたくしにまかしてください。 それじゃねえ、整理番号十番までの方!どうぞ、お並びくださいまして。えぇーと、はじめ来た人はなんですかねえ、え、どうぞどうぞ。
月番: さァーさァさァ、お次の方どうぞどうぞ・・・・・
*方々からの不平不満が、どんどんどんどん溜まった為に、堪忍袋がパンパンなっちゃった
八公: おい、えらいことだなァ。もうろくにお入ェらねえぞ。しょうがねえ、じゃ、どっかに捨てに行くか
女房: そんな訳に行かないよ。世間中で言えないことが皆そん中に入ってんだからさァ
八公: そうだなァ。じゃァ大家さんのとこへでも相談に行くしかねえな
女将: ごめんくださいまし・・・ごめんくださいまし
八公: へい、どちらさんですか?
女将: 隣町の伊勢屋なんでございますが・・・
八公: 伊勢屋・・・女将さん? あ、そうですか、どうぞどうぞお入りくださいまして
女将: 夜分失礼をいたしまして、あの、こちらさまに堪忍袋というものがあるそうで、ぜひお借りしたいと思って伺ったんでございます
八公: えェ? おたくが使いたいってェの? ちょっと待ってくださいよォ、おたくぐらい評判のいいうちはありませんよォ? 兎に角、ご商売が繁盛していて、姑姑女さんとも仲がよろしくて夫婦仲もよろしい、お子さんもすくすく育ってるって。それでもなんかあるンすか?
女将: ほんの、些細なことなんでございますが、少々ございまして是非お借りしたいので・・・
八公: ほぉ、そうねェ、だだ、だけどね、こういう具合ンなってるすよ。ぱんぱん。
でもね、おたくの不平不満なんてのは僅かなもんですからね、ちょいとぐらい入るでしょう
女将: すいません、ありがとうございます、じゃ、ほんの端の方、少しだけお借りさしていただきます。
それじゃ、失礼いたします。えへッ、んー、んー・・・くそばばぁー、死ねェーーー
八公: ・・・・・たまってましたね。今、底のほうがメリメリっていいました。人は見かけに寄らないねェ
源: おーい、居るかい
八公: だァれだい? あァ、源ちゃん、上がれよ
源: えれえことが起きたんだ、隣町の伊勢屋の・あッ女将さん、ここに居たんですかィ、大変だよおたくの姑女さん、なんだか知らねェけどひっくり返ェっちまった。それでもって直ぐに医者ァ運んだらね、胸に溜まった何かがあるってんで吐き出させないと命にかかわるってんだ。そこで思いついたのが、おたくの堪忍袋だよ。すまねェけど貸してくんねェかな?
八公: えッ、これ?・・・やめたほうがいいと思うなァ。いやね、さっきまで僅かな隙間があったの。そこに大きいのがズシーンと入ェっちゃったからなァ・・・もう無理だよ
源: そんなこと言わねえで貸してくれよ。なにしろ命に関わるんだから。いいじゃねェかー
*さァ、ひったくるように持ってまいりました堪忍袋をお婆ちゃんの枕元、
源: ようやく借りてきましたよォ、お婆ちゃん。ここに、胸に溜まったことをみんな出してくださいなッ
*と、差し出した途端、パンパンに膨れ上がっていた堪忍袋がもぉ我慢できなくなったと見えまして
この緒がプツッと切れた。先ほど入れたばっかりの、一番新鮮な、“くそばば死ねェー”ってのが飛び出した。これを聞いたお婆ちゃん、いっぺんに元気ンなりました
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