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安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

不動坊 (前)

2006年05月23日 | 落語
 悋気は女の慎むところ、疝気は男の苦しむところ、なんてえことを言いますが、この嫉妬心なんてえものは、なにも色情ばかりに限ったものでないようで、ま、男にしろ、女にしろ、誰しも妬み心というものはあるものですな。
「あの野郎が、今あんな派手な暮らしをしているが、内実はあいつは苦しいに違えねえ」
 とかな、
「あんな身なりをしているけど、今にあいつはこまるからな」
 なんて・・・・人の疝気を頭痛に病む、てえのがごあざいます。こいつはまことにどうも、始末に悪いもんで・・・・。

大家: あゝ吉つァん、おいでよ。ちょいとな、話したいことがあるんで、来てもらったんだがな
吉: へえ、どうも、ご無沙汰してまして、すいません
大家: いや、無沙汰は互いだよ。職人は無沙汰をするぐらいでなくちゃいかねえ。それだからまァ、商売の方にも、精が出るてえやつだ、うん。お前さんはね、まったく店賃の催促をしたこともないしね、もう人間は堅いし、おとなしいし、素直で、あたしは本当にお前にはもう、惚れ込んでいるんだ。
実はなァ、相談てえのはほかでもないんだが、お前の方で、いやだ、と断わられりゃァ、それまでのもんだけども・・・・女房を世話したい、と思ってな、お前さんを呼んだんだが、どうだい、内儀(カミ)さんを持たないか
吉: あァ、そうですか・・・・ヘッへ、どうもねェ、あっしみたいにねェ、貧乏人のところへ来るような女の人はありませんから・・・・
大家: いやァ、そんなことはないさ。あの人ならば、というね、女の人が居るんだよ、うん。いや、嘘でもなんでもないんだ。お前だって、顔を見りゃァ知ってるんだがね・・・・
吉: あぁ、そうですか、あっしが知ってるんですか?・・・ははァ、するとあのゥ、そば屋の雇いばあさんかなんか・・・・
大家: いやァ、そんなんじゃァない
吉: ほゥ・・・・じゃァあのゥ、なんですか?芋屋のおさんどん・・・・
大家: 冗談言っちゃいけない。そんなんじゃないよ。なにしろ気だてもいいし、器量もいいしなァ、たしかお前より、年齢(トシ)は二つか、三つ上だったと思うがね・・・・
吉: ヘェ。で、いったい誰なんですか
大家: いや、むこうもなァ、話がまとまらないと、きまりが悪いから、まァ、名前だけは言ってくれるな、てえが・・・・
いや、ま、お前の方だって、貰おうと思うのになァ、誰だか判らずに貰う訳にはいかないから、まァ、話はするがね。実は、この長屋の不動坊のところのお滝さんだがね
吉: ヘッ (と、驚き) お、お滝さん? (と、思わず叫び) あの・・・・ (思い直して) 冗談言っちゃァいけません、大家さん。お滝さんには不動坊火焔という立派な亭主があるじゃァありませんか
大家: そりゃァ、亭主のあるものを世話をしやァしないよ。ま、話をしなきゃァ判らないが、あの不動坊はな、しょっちゅう旅へばかり出ているが、ひと月ばかり前に、旅先でもってな、急の病でもって、おまえ、死んだんだ
吉: へっ? あの不動坊が? 死にました? 死んだんですか? あァ、そいつはいい塩梅(アンベエ)だ
大家: な、なんだい
吉: へえ、あ、あ、あのね、なんです、あのお滝さんはね、あっしの女房ですからね、あれはもう、あっしが、三年前からあっしの女房なんですから・・・・
大家: なんだい、どうしたんだい
吉: いえ、どうも、こうも、ありません。大家さんの前ですけどね、おのお滝さんが三年前、この長屋へ越して来ました、えゝ。で、長屋の近づきに、こう、歩いたときにね、まァ、この長屋に珍しい、あんないい女の声がする訳がない、と思って出てみるてえと、あのお滝さん、そン時あっしは、あァ、なんてまァいい女だろう、世の中にこんないい女がいるのか、と思いましたね、へえ。
もうそれからというものはお滝さんのことが目の先ィちらついて、もう、頭をはなれません。へえ、もう、起きても寝てもお滝さん、うちに居てもお滝さん、外に出てもお滝さん、仕事をしてもお滝さん、はばかりィいってもお滝さん・・・・どうにもならない。こんなことをしていちゃァ終いには体をこわしちまう、へえ、仕事も手につきませんから、なんとか諦めなくちゃァならないんだが不動坊が貸してくれ、と言って来たので仕方ない、貸してあるんだ、とそう思って諦めたんで、へえ。
不動坊が死んじまえば、こりゃァもちろん、あっしのところへ帰ってくるのは当たり前ですから、えゝ、あのお滝さんはもともとあっしの女房で・・・・
大家: なんだい、変な考え方もあるもんだ・・・・じゃ、まァ、そんなにお前がなァ、お滝さんのことを思い詰めていたとは知らなかった。それならこりゃァ造作ないこたなァ
吉: へえへえ。へェ、ほいじゃァ、あのお滝さんがあっしの、あの、女房になる・・・・ありがとうございます
大家: それについてな、実はまァ不動坊も、ああやって芸人のことでな、ずいぶん派手な暮しをしてたから、方々に借金もあるんでな、うゥ、その借金返しを、お滝さんがしなくちゃァならない。だがな、なにしろ世帯道具を売ったところで、二束三文いくらもね、金になるもんじゃァない。といって、買えばこりゃ大変なものだ。
まァそれだからといって自分が今更この年でもって、水茶屋奉公もできないと、『大家さん いったいどうしたら宜しいでしょう』と、相談に来られたから、それじゃァと思ってなァ、いろいろと考えたのが、この長屋にひとり者もずいぶんいるけども、まァ、ずゥッと見渡してみると、お前さんがいちばん見込みがある、人間も堅いし、ねェ、悪い遊び一つすることもないし、それに小金も貯めてらあ、ま、それへ目を付けた訳じゃァないが、ひとつまァ、そのなァ、お滝さんの方の借金返しを、お前がしてやって、で、まァ、その世帯道具全部、こりゃまァお前のものになる、もちろんこりゃァ持ち込むんだから・・・・ェェどうだろう、そんなことでひとつ、お滝さんを貰ってやる訳にはいくまいか・・・・
吉:(と、言わせもあえず) えゝえゝ結構です、お滝さんがあっしの女房になるんなら、へえ、借金なんぞいくらあったって構いませんから、働き甲斐もありますからね、えゝ、どうぞひとつお願いを・・・・
大家: そうかい、そいつはよかった。じゃァ、先方に話をしたら、むこうも喜ぶだろう
吉: へえへえ、ェェそいから・・・・じゃァなんですか? お滝さんは今晩からうちへ・・・・
大家: じゃ、そんなおまえ早く・・・・
吉: いえ、早くったって、こういうことは早い方がいいですからね。思い立ったが吉日(キチニチ)ってことがありますから・・・・
大家: なんだい、うまいことを言うな、えゝ?
吉: えゝ、こういうことは、あっしは気が短いもんですから、どうかひとつお滝さんを・・・・
大家: なんだい、気が短い? ふだんはそんなに気が短い方でもないじゃァないか。うん、だけどもなァ、それほどおまえが言うんならば、よゥし、じゃァ今晩さっそく連れてくか。思い立ったが吉日なんざあいいや、なァ。
じゃァまァ、こうしよう。今晩輿入れてえことにしてな、いずれまた改めてやることにして・・・・まァ、道具なんざ、あとでゆっくり運びやァいいから・・・・じゃァ今晩輿入れだ
吉: えっ? 腰入れ? そんなこと言わねえで、そっくり入れて下さいな
大家: そんなことは当たり前だァな・・・・じゃァいいかい。むこうィ行って、ちゃんと話をしとくからな。ま、今晩真似ごとぐらいできるように、お前の方でも支度をしときなよ。じゃァ、今晩その、お滝さんを連れてな、ばあさんといっしょに行くから、いいかい
吉: へえへえ、へえ、ありがとうございます。じゃァ、どうぞひとつお願いします・・・・
(家へ帰った態) ヘッへ、ありがてえ ありがてえ、へへ、お滝さんがおれの女房になるなんて、夢のようだな。そうだ、えゝ? この暑いのに汗臭え体をしていてね、どうも酢っぱい匂いがするなんてのァいけねえからな。湯ィ行ってひとつみがいて来(キ)ようかな。へへ、そうしよう、そうしよう。(と、左手に何か持って、右手で戸をあけて外へ出て歩きだした態)
へへ、ありがてえ ありがてえ、ま、湯ィ行ってね、これから、なんだよ、お滝さん今度(コンダ)おれのことをなんて呼ぶだろうな、へへ、ェェ『お前さん』 ってえかな? 『あなた』 ってえかな。(ひょいと自分の左手に下げている物を見て) なんだい、鉄瓶を持って出ちゃったよ、えゝ?(戸をあけて内に入り、鉄瓶を置き)
冗談じゃねえやな、鉄瓶持って湯ィ行ったってしょうがねえやな。あんまり嬉しいもんだから、やっぱりこのね、
(右手で上手高目から手拭を取り) 手拭持って行かなくちゃいけませんからね。え・・っと (左手で戸を閉めて、出られないので) 何だい、閉めちゃったよ、出られりゃしねえ (右手の手拭を左手に持ち替え、右手で戸をあけ)
何やってんだい、どうも・・・・うゥい・・・・へい、どうもこんちは (と、下手高目へ)
爺: (上手低目へ) いらっしゃいまし
吉: ヘッ、どうも (と、嬉しそうに調子よく) ェェおやじさん、おめでとうござんす
爺: (戸惑って) へ? なんです?
吉: いえ、なんですってねェ、今晩あっしンとこィね、おかみさんが来る、へえ、嫁さんが来ます
爺: なァんだい、じゃ、おまえさんの方がおめでたいんじゃないか・・・・そりゃ結構だねェ
吉: ヘッヘェ、ありがとうござんす、へえ・・・・どうもこんな嬉しいことァねえんですよ、えゝ。なにしろいい女でね・・・・
おやじさんの前(メエ)ですけどもね、今晩嫁が来るなんてえ日はね、おやじさん、おまえさんはどんな心持がします?
爺: そうさなァ、どんな心持がするって聞かれるとなんだか、まァ、なんとなく嬉しいやなァ
吉: あゝ、なんとなくねェ。(と、喜び) ヘッへ、そうなン。あっしも嬉しくってねェ、もう、たまらねえんですよ。あんまり嬉しいんでねェ、そいで、湯ィ行こうと思ってね・・・・で、おやじさん、あァたはあの、湯ィ行くのに鉄瓶をぶらさげて出ましたか
爺: そんなことしやあしないよ
吉: (自分でこみあげてくる笑いを押えながら) あっしゃ鉄瓶ぶらさげて出ちゃったン・・・・へへ、大笑い。それをまたね、もとへ置いてね、それから手拭を持って、そいで、まァ、湯ィ来たんですが、この手拭は・・・・(と、自分の左手のものを差し上げてみて) あゝいけねえ、越中ふんどしだよ、こりゃァ・・・・紐がついてやがら。どうも変だと思ったよ、こりゃいけねえや。すいませんが手拭一本貸して下さい。どォ・・も、すいません。(と、受け取り) ありがとうござんす、へえへえ、えェッと、さ、着物を脱いでと (と、手早く着物を脱ぐ態) へ、御免なさい、御免ください。 (と、右手に持った手拭で人を分けるように) はァ、有難えありがてえ。 (と、手拭で左、右の肩にかかり湯をしながら) ね、なにしろこのね、湯ィはいってすっかりきれいにしとかなくちゃいけねえから、ともかく、湯舟へひとつ (と、中へまたいではいり) はいってね・・・・(と、手拭を胸の前で両手で持って、湯の中へずうッとしゃがんだこころ) あァあ、ありがてえなァ、まったくね、ほんとにね、こんな嬉しいことはねえねァ、お滝さんが来たらおれ言ってやろうかなァ、まったくなァ、えゝ? お滝さん、ほんとにねェ、『長屋だってひとり者はずいぶんいるんだけど、なんだってあたしンとこへ来たんです? えゝ? 大体その借金返しのため、あたしが好きで来た訳じゃァないんでしょう。金のために来たんでしょう。金が仇と思いませんか』と、ぽゥんと突っ込んでやあろうかな・・・・。ヘヘッ、お滝さんが、あたしの顔をじィッと見てね、眼に涙がいっぱい溜まってくるよ。
やがてもうこらえ切れなくなって、ぱらぱらっと涙をこぼすね。この涙が熱ゥ・・・い涙 (と、むやみに力を入れ)熱ゥ・・・い (と、同じく)
客: おォい、番頭ゥ (と、上手遠くへ) なんだか湯舟へ入えっておめえ、熱い熱いってるぞ、おい。埋めてやったらどうだい
吉: ・・・・(そんなことには一向無頓着で)えゝ?(女の声色) まァ、何ということを吉つァん言うんです。そんなことを言われたら、あたしは埋まりません。(また、思わず大声で) 埋まりませんよ・・・・
客: おゥい (上手遠くへ) まだ埋まらねえとよ、おい、早く埋めてやれい
吉: 『じゃァ、なんですか? おたきさんは本当にあたしが好きで来たんですか? ありがとうござんす。それじゃァこれからあアたのことを、お滝とよんでもよろしゅうございますか』 『何ですねェ、そんなことを今更、水臭いじゃァありませんか。水臭いですよ』 (と、声が高くなる)
客: なんだい、今度ァ水臭えとよ、えゝ? 埋めすぎたんじゃねえのか
吉: (ひとり、にやにや喜んで) なにしろありがたいね。・・・・『だけどねお滝さん、あアたはそう言うけどもね、じゃァ伺いたいことは長屋にひとり者が大勢いますよ、ねェ。だけどあの鍛冶屋の鉄つァんなんぞァどう思います』
『まァ、いやですよ、おの鍛冶屋の鉄つァんなんぞは商売がら色が真っ黒けで、かおの裏表がはっきりしないじゃありませいんか。煙草を吸ってケムの出る方が表でしょう』 なんて・・・・『え? そうですか、そいじゃァあの、広目屋(シロメヤ)の、あの、チンドン屋の万さんなんぞはどうですか』 『いやですよ、あんな人は。法螺万さん、ちゃら万さんといって、あの人の言うことはもう、本当に、膝から上は取り上げませんよ、河馬みたいな人ですよ』 って、ふふふ・・・・『じゃァ、あの漉返屋(スキガエシヤ)の徳兵衛さんはどう・・・・』 『あの人はもう、本当にねェ、商売が漉返屋だけあって、ちり紙に眼鼻みたいな顔をして、あんな人はいやですよ』ってえから
『あァ、本当ですか、そんなことを言って、それじゃァお滝さん、ねェ、じゃァ、お滝さんと呼ばしてもらいますよ。えゝ? ねェ、お滝・・・・お滝(と、妙に色っぽく) と呼んでいいんですか』 てえと 『呼んでくださいよ』 『お滝』『何ですか』 『お滝』 『うん』 『寝ようか』 ぶくぶく ぶくぶく ぶくぶく(と、湯舟にもぐる態)・・・・
客: おゥおゥおゥ、あの野郎湯舟へもぐっちゃったぞ、あいつァ・・・・


徳: (下手へ) おゥ、ちょいと待ちなよ・・・・吉つァん
吉: へッ? お、こりゃどうも徳さん
徳: 徳さんじゃねえや、えゝ? おれ、おめえが湯から出て来るのを待ってたんでえ。なァ、あんまり変なことを言うもんじゃねえぜ。えゝ? 面白え事を言ってたなァ、えゝ? 湯舟ン中でよ。えゝ? 漉返し屋の、徳兵衛は何とか言ってたな、おゥッ。もう一遍言ってもらおうじゃねえか
吉: いえいえいえ(と、あわてて) あ、あれァ、あれァ、あれァ何でもないんですよ、あれは、あ、あ、あァたのことを言ったんじゃ・・・・うえ、そうじゃないんです、えゝ。あてはあの、八百屋の徳さんのことを言ったんで、へえ。八百屋の徳さん、みんな近所の人がね、あんないい人はない。いい品物を持って来て安く売って来る。あんないい徳さんはない。好きな徳さんだ。好きな徳さん。好き徳だ、好き徳だ、とこう言ったんで、へえ。あなたのことでは・・・・好きな徳さんで、好き徳なんで・・・・
徳: なにを言ってやんでえ、ンとに (下手へ逃げる相手のあとから大声で) 憶えてろッ・・・・

徳: (改まって、下手へ) おう、みんな上がっとくれよ
・: なんだい、徳さん、相談ごとってのは、えゝ?
徳: ま、こっちへ来なよ
・: うん、こんなに遅く、なんだい
徳: なんだって、おい、実はおめえ達にな、まァ相談をしたいことがあって、こうやって来てもたったんだけれどもな、ほかじゃァねんだ、ほら、あの不動坊火焔な
・: うんうん、ありゃ旅先でもって死んだってえじゃねえか
徳: それなんだよ。ま、不動坊はどうだっていいんだがな、あの、おめえ、不動坊のかみさんのお滝さんよ
・: うん
徳: 今度おめえ、あのでこぼこ大家のな、あの世話でもってな、吉公ンとこへおめえ、嫁入りをするんだ。それがおめえ、今晩が輿入れだてんだ。仮祝言をするてんだ
・: 吉公ンとこへ? へえェ (と、驚き) 野郎うまくやりやがったな、ふざけやがって・・・・そうかい?
徳: うん、そればかりじゃねえやな、おれがおめえな、湯へ行ってたんだよ。あの野郎一緒に入えってやがってな、おれの居るのに気がつかねえで、べらべら、べらべらいろんなことをしゃべってやがった。えゝ? おれたちの悪口言やァがった、あいつが
・: なんだって?
徳: おう、鉄つァん、おめえのことをこう言ってたぜ。あのねェ、鍛冶屋の鉄つァんてえのは色が真っ黒けでもってね、顔の裏表がはっきりしねえとよ
鉄: なにを言ってやンでえ
徳: おれが言ったんじゃねえ。吉公のやつが言ったんだ、あゝ。それでもって、煙草吸ってケムの出る方が表だって・・・・(相手の顔をつくづくめて) そう言やァおめえの顔ははっきりしねえ顔だ
鉄: なにを言ってやンでえ、馬鹿にすンねえ
徳: おめえばかりじゃねえや、万さん、おめえのこともいってた、えゝ? あのチンドン屋の万さんはねェ、あれはおめえ、なんだ、ちゃら万さん、法螺万さんといって、あの人の言うことは膝から上は取り上げねえって、河馬みてえな人だって
万: 馬鹿にするねえ
徳: いや、お、おれに怒ったってしょうがねえやな。おれのことも言ってたから
万: おめえのことは何言ったんでえ
徳: えゝ? 漉返屋(スキガエシヤ)の徳兵衛はねェ、商売が漉返屋だけあって、ちり紙に目鼻みたいな顔してるとよ
万: ちり紙に目鼻・・・・(と、相手の顔を改めてつくづくと見て笑いながら) なァるほどなァ、うめえことを言うもんだ
徳: 感心してるやつがあるけえ。そんなこと言われておめえ、面白くねえじゃねえか
万: 面白くねえや
徳: なァ・・・・だからよゥ、まァ、おめえたちだって大きな声じゃァ言えねえけどさ、しょっちゅうおめえ、不動坊は旅へ出がちだよ。で、あおお滝さんがいつも留守で一人でいるんだ、ね? まァおれたちも助平根性でどうにかならないもんかと思って茶菓子のひとつも買ってよ 『お滝さん、お寂しゅうございましょう』かなんか言って、まァ、行ったこともあらあ、なァ、おめえたちだってすだろう?
万: そんなことァねえ
徳: そんなことァねえなんてことはあるもんか。そんな隠すことはねえやな。ね? で、おめえ、たまには、冗談はおよしなさいよ。なんて、物指しかなんかでもってなァ、手かなんかピシッとなぐられた方なんだよ、いやァ、隠さねえだってよく判ってるんだ。それだからよ、面白くねえじゃァねえか。何よりもよりによって吉公のとこへ行くこたあねえやな、えゝ? だからよ。おの吉のやつが、あしたの朝ね、大家ンとこへ、『ェェせっかくの何でございますが、一(シト)つこれは別れさして頂きます』 と言ってな、吉公が大家ンとこへ断わりに行くという筋書きを、おれァ考げえたんだが、どうだい、な? おれ一人じゃ何だから、おめえ達も一緒にやらねえかい
万: うんうんうん、あおんなことなら、おれもやろうじゃねえか、えゝ? 聞き捨てならねえ、どんなことをするんでえ
徳: だからよ、あのね、吉公ンとこへな、あの不動坊火焔の幽霊をだすんだ
万: あァ、不動坊火焔を? 幽霊に? 出てくれるかな?
徳: 何?
・: あァ、あいつはまた、なかなかと高えからねェ、予算はどのくらい・・・・?
徳: なにを言ってやンでえ、余興を頼むんじゃねえや、馬鹿。いえ、本物の幽霊を出すんじゃねえんだよ。判らねえ野郎だな。幽霊の替え玉ね、つまり不動坊火焔の替え玉をこしらえて、そこへ出すんだよ
万: あゝあゝあゝあゝあゝ、成る程
徳: なァ? で、おれはもう、これはねェ、ちゃんと段取りよくね、あの煮豆屋の裏によ、噺家がいるんだよ。いや、こりゃ万年前座で年は取ってるけどもね、林家正蔵の何でも弟子だってたがね、こいつをおれは頼んであるんだからよ
万: うん
徳: こいつが寄席がはねたらすぐ、おれンとこへ来ることになってるからね、そいつにいろいろ相談をして、その野郎に幽霊になってもらおうと、こういう訳なんだ
万: あァ、成る程なァ
徳: それで・・・・(下手をちょっと見て) お、なんだい、来た様子だよ
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