安呑演る落語

音源などを元に、起こした台本を中心に、覚え書きとして、徒然書きます。

元犬

2007年02月13日 | 落語
  えー、ただいまはってえと、犬でもなんでもそうですが、みんなちゃんと、名前がついていて、実にどうも、高いのがいる。なんだかわけェわかンない犬がいる。
  糸っくずがモジャモジャっと歩いているような犬なんぞおります。このォ糸っくずゥほどいたら、犬がなくなっちゃァしないかというような・・・・・。
  昔はってえと、そういう不思議な犬はいなかったもので、その時分の犬はってえと、赤い犬は“アカ”とよべば、その犬ァ、
“あー、おれは赤だなァ・・・・・”
  と思いますからナ。“アカやァ” ってえとすぐに来る。で、“クロ”だとか、“ブチ”なんてえのがいましたナ。
「ブチィ、いいじゃァねえかおまえは、えェ、着物なンぞ、始終同んなしものォ着てよォ。えゝ、柄が少ゥし、派手だなァおねえのは、どうでもかまわないいンどもヨ」
  なんてんでね・・・・・。
  その時分の、いろんな犬のなかでも、白い犬というのは、めったにいなかったをうです。純の、ほんとうの、白い犬なんてえものは、めったにいなかったそうで・・・・・
  いつの頃ですか、浅草の、蔵前の、八幡さまの境内に、一匹の白犬がまぎれ込んで来た。これが純の差し毛一本ないという白犬ですから、
「おおッ、こりゃァ、ほンとの白だよ。えゝ? 白や、おい、おめえはいいなァ、え、白犬は人間に近いってェからン、今度生まれ変わる時ャ人間になれるぞ」
  なンてんでナ、そういうことを言われるてえと、そのつもりになるから、白公の奴ァ、
「おれは、ひょっとするてえと、人間になれるかもしれん。でも、生まれ変わったらてえと、一回死ななきゃいけないよ。死ぬのはヤだな。あ、ここは八幡さまだよ。え、八幡さまに、おねがいしてみよう」
  なンてんで、この白公が、三七、二十一日の間、はだし参り・・・・・犬だから下駄ァはいちゃァいまいけれど、一生懸命に、こうおがんでいるってえと、満願の日になるってえと、朝、どこからともなく一陣の風がヒューッと吹いたかとおもうと、白公の毛が、サァーッととんじゃって、人間になっちゃった。
白犬: え、ありがてえなア、どうも。え、人間になると、こう立てるんだからナ、うん。だけど、人間ンなったんだけど、
ハッ、裸じゃァはずかしいや、裸じゃァ・・・・・
  八幡さまの、奉納手拭いをつないで、腰ィまきつけて、
白犬: えーと、おれは人間になったんだから、どっかへ奉公しよう。奉公してはたらかないと、オマンマが喰えねえてえからナ・・・・・。おやッ、向こうから来るのは、ありゃァ、上総屋の旦那だ。
  旦那、旦那ァ、上総屋の旦那ァ。えー、こんちは
上総: 誰だい? あたしを呼んだのは? え、おまえさんかい、あたしを呼んだのは?
白犬: へえ、こんちわ
上総: なんだい、え、裸でいるねえおまえさんは? どうしたんだい、え、あァ、田舎から出てきて悪いやつにでもひっかかって、みぐるみ盗られたんだね。で、なんだい?
白犬: えェ、奉公したいんですがねェ
上総: 奉公? あァ、奉公かい・・・・。おまえさん、正直そうな人だから、世話してあげよう。じゃァ、あたしンところへ一緒においでよ
白犬: どうも、すイません
上総: で、なんだねェ、ここィ巻きつけてンなァ? え、奉納手拭い、八幡さまの? もったいないよ、そんなものォ腰に巻いたりしちゃ、いけないよ。え、第一ネ、みっともないよ、そういじゃァ・・・・・。
  あたしの羽織着といでナ、えゝ、なんで口にくわえてグルグル回すんじゃないよ。えェッ、羽織ィ着たことねえ?
しょうがないねェ、じゃ、あたしが着せてやるから・・・・・そうそう、それでいいんだよ。じゃァ、あたしと一緒においでなさい
白犬: へえ、ありがとうございます
上総: お、おいッ、這うんじゃないよ、おまえは。えッ、なに、手がムズムズする? へんだね。なァ、あすこにナ、上総屋というのれんがかかってるだろ、あれがうちだからネ。あたしゃ表から入るから、おまえさんは裏からお入りな。ね、あの角ォちょいと曲がってゆくとネ、台所だから・・・・
白犬: えェ、 知ってます。 きのうも来ましたら、おかみさんに水かけられました。
上総: え、うちのが? そんな女じゃないんだがなァ。まァ、今日はだいじょぶだ、あたしから言うから。
 あァ、今帰ったよ。あァ、なに、若いしさんでナ、きれいで色の白い人なんだが、裸でいたもんでナ。
だから、うちィ連れて来たンだ、世話しようと思ってなァ。
  あァ、そこンとこから上がっとくれ、うん、うん。上がったらネ、えェ、そこの手桶でもって、足ィ洗うんだ。
あァッ、そのまま来ちゃァだめだよ、廊下がビショビショになっちまった。そこにある雑巾で足を拭いて、ついでに廊下も・・・・・・(目を左右に走らせ) オイオイ、雑巾がけはうまいねェ、えゝ? 歩くよりはやいネ。
 ハイハイ、そしたら雑巾をゆすいで・・・・おゝッと、ゆすいだ水を飲むんじゃねえッ。汚ねえなこの人ァ・・・・
のどが渇いてんならお茶をいれてやるから。 ご飯喰うかい、ご飯を?
白犬: すイません
上総: じゃァ、すぐお食べ・・・・・。あ、そう、お尻を振るんじゃないよ、お尻なんぞ振っちゃァいけないよ。
  あの、なんかないかい? え、ご飯をネ、食べさせてやるんだ。え、ない、干物があるのかい?
 じゃ、干物出してやんな。おい、おいッ干物をそんなに、頭から食べちゃダメだ。おう、歯がいいねえ?
白犬: 歯はいいんスよ。噛み合っても、めったに負けない
上総: 噛み合ったりしちゃいけないよ。世話が焼けるネ、おまえさんは・・・・・。
  あァ、あたしのネ、着物を出してやんな。え、貸してやんなきゃならない。連れてゆくのに、裸じゃしょうがない・・・・・。
  え、ご膳食べちゃったら、こっちィおいでよ。あの、おまえさんをねえ、奉公に世話するんだがネ、やっぱしおまえさんは、かなり変わってるよ.だから、変わったとこへ奉公させてやらなくちゃなンねえ。
あゝ、近所のご隠居さんでナ、この人が変わってるんだ。なンでも変わってる人が好きなんだ。奉公人も変わってンのを置きたいと、そういってる。で、それもナ、わざと変わっててはいけなくて、おまえさんのように、自然に変わってるほうがいいてンだよ。おまえさんなら、いいよ、うん。
  おゝ、着物はなンだよ、そこへ出したの、着ちまいな、みんな着る・・・・・そうそう・・・・・。おゝッと、下帯を先に締めな、下帯をッ。褌をしめてふんどしを・・・・・。ふんどしを首ィ巻いて、どうしようてンだよ。
しようがないねえ、おい、締めるんだよ、うん。
  そいから、着物ォ着たら、帯を締めるんだ。帯をッ! 帯、おびだよ・・・・・えッ、帯締めたことねえ?
えゝ、どこの国の人だい、おまえさんは? まァ、こっちィおいでよ、締めてやるから、うん。じゃ一緒においで。
  下駄はきなさい、下駄を! 下駄ァはくんだよォ。くわえてぶらさげちゃいけねえな、え、はくんだよ下駄ァ・・・・・。えッ、ないの? 下駄はいたこと? じようがねえ人だねえ、ったく。そうら、はけるじゃないか。
さァ行こう。  あゝ、ちょいと、行ってくるからね。
  おい、おい、なにうなってンだよ。そこでうなるんじゃないよ。え、なにッ、猫がいる? 猫なんぞいたっていいじゃないか
白犬: えゝ、いたっていいンですけど、あいつァ、生意気ですよ、髭なんぞ生やしゃァがって・・・・・
上総: 猫にヒゲがあるのは、当たり前だ
白犬: 喰いついてやりてえ
上総: 喰いついたりしちゃいけないよ。人間が猫に喰いつくンじゃありましんよ。さァ、行こう!
  おい、おいッ、なんだって、そう片足持ちゃげて、小便するんだよ、そこへ・・・・・。いけないなァ、この人ァ・・・・・。それに、するんならいっぺんでおやりよ。あっちこっちで、チョコチョコしないで・・・・・
なンだい、あとを匂いなンぞ嗅ぐんじゃねえってンだ。どうも変わってていいけど、少し変わり過ぎてるよ、ウン。早くおいでよ。
  ほら、あすこンとこのン、柳の木のある、あうこンとこの家だよ、うん。ちょいと、待ってン。
  えー、こんちわァ
隠居: はい、はい、・・・・・。おや、上総屋さんかい?
上総: へえ、ご無沙汰をいたしまして・・・・・
隠居: 無沙汰ァ、お互いさまだ。で、どうした? 変わった奉公人はあったかい?
上総: へえ、連れて参りました
隠居: そうかい、そりゃァありがたい
上総: え、おいおい、こっちィおいでよ・・・・・。ねえ、えゝ、おおいうふうに変わってンですよ。ほら、敷居にアゴォのっけて、寝そべってるでしょ。ね、変わってるでしょう
隠居: うん、変わってらァ・・・・・。こっちィ上げなさい
上総: さいですか。おい、こっちィお上がりよ、お上がりよ、ねェ。おおッ、とび上がってくるんじゃねえ、ちゃんとして、ご隠居さんにご挨拶しなくちゃ・・・・・
白犬: こんちはァ
隠居: はい、こんちは・・・・・。おォおう、うん、きれいな若い衆だネ、フンフン。えゝ、辛抱してくださいよ、うん。
どっか、体の具合でもわるいの? え、わるくない・・・・・じゃ、ちゃんと坐りなさい。はじめて来たんだから、横ッ倒しじゃなくって、ちゃんと坐りなさい。おすわりッ! そうそう。
あゝ上総屋さん、置いてってください
上総: そうですか、じゃ、また二、三ン日たって、またまいりますから・・・・・
隠居: あァ・・・・・
上総: じゃ、ごめんなさい

隠居: で、おまえさんは、まあこうやって、あたしンとこへ来たんだから、いいかい、家にはネ、お元という、古くからいる女中がいるから、え、仲よくしておくれよ。なー、“犬も朋輩(ホウバイ)、鷹も朋輩” ってこというからナ
白犬: えッ、鷹がいるンですか? 鷹がネ、へえーッ、鷹いますか鷹! うわーッ!
隠居: そこで、うなっちゃいけないよ。おまえさんは、生まれはどこだい?
白犬: へえ、あの、蔵前の八幡さまです
隠居: ほーォ、八幡さまの中でねェ? じゃおまえさんはなンだ、すぐ近いとこだな。八幡さまの、どこで生まれたんだい?
白犬: えー、豆腐屋と、乾物屋の裏です
隠居: あァ、あの裏長屋にゃ、あたしンとこの家作があるンだ。あの裏の、どこで生まれたネ?
白犬: 突き当たりで・・・・・
隠居: 突き当たりというと、たしか掃き溜めじゃないか?
白犬: へえ、掃き溜めン中で生まれたんです
隠居: ウーン、なるほど・・・・・。え、掃き溜めのようなところで生まれた、とこういうンだろう、うん。それは、卑下したことで、いいことだよ、うん。で、おとっつぁんは?
白犬: え?
隠居: お父ッつぁんは?
白犬: あァ、オスのことですか。それがネ、男親はよくわかンないんです。
なんでも、酒屋のブチじゃねえかって・・・・・
隠居: おいおい、変なことをいうンじゃないよ、うん。で、おっかさんは?
白犬: メス親はいたンですがネ、えェ、どっかから、毛並みのいいのが来たんで、それにくっついて行っちゃった
隠居: 毛並みのいい人が? おまえのおっかさんも浮気もンだネ。で、ご兄弟は?
白犬: 三匹
隠居: 三匹てえのはないだろ、三人とおいいなよ。で、おまえさんは、兄さんかい?
白犬: へえ、まァ、そんなとこで・・・・・
隠居: で、あとの二人は?
白犬: 一人は、ちっちゃい時、大八車にひかれて、死んじゃったんです
隠居: おやおや、可哀想だねェ。で、もう一人は?
白犬: え、近所の子供がネ、首に縄ァつけて、連れてってネ、橋から川へ、ほうり込んじゃった。
今ごろ、どこいらあたりィ、泳いでますかねェ
隠居: なんで、そんなことするんだろうねえ。でもおまえさんは悲しいことを、なんでそう明るくいえるのかねェ。
で、名前はなんてンだい?
白犬: へえ、シロてんです
隠居: 白太郎かい?
白犬: いえ
隠居: 白吉かい?
白犬: いえ・・・・・
隠居: なんてんだい?
白犬: 白てンです
隠居: シロ・・・・・何とか、いうんだろ?
白犬: いえ、ただ、シロってんで・・・・・
隠居: ただシロ・・・・・ほほう、忠四郎かい、うん、いい名前だネ。忠四郎・・・・・あァ、そうかい。じゃァ、今ネ、お元が、使いに出かけてるからナ、あァ、お茶でも入れよう。ちょっと鉄瓶見てくれないか
白犬: え?
隠居: 鉄瓶のフタがネ、チンチンいってないかい、フタがネ、チンチンいってないかい?
白犬: チンチン? へへッ、あっしはネ、チンチンやらねえんです
隠居: いや、チンチンいってないかてんだ
白犬: やらないんです、あたしは・・・・・
隠居: チンチンだよ
白犬: やるんですかァ・・・・・(と、チンチンの真似)
隠居: おうおうおォ、やだなァ・・・・・。えェ、おい、あのお茶でも煎じて入れるから、焙烙(ホイロ)取っとくれ。
そこのほいろ、ほいろ・・・・・
白犬: 吠えろ?
隠居: ホイロだよ
白犬: うー、ワン!
隠居: なにをいってる! ホイロがあるだろ
白犬: ワンッ!ウー、ワンワン、ワン!
【オチ①】
隠居: 気味(キビ)がわるいな、おい、お元ォ、もとは居ぬかァ?
白犬: へえ、今朝ほど人間になりました

【オチ②】
隠居: おまえはオモシロイやつだな。おもしろい、オモシロイ
白犬: へえ、頭も白いンで・・・・・


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疝気の虫

2007年02月02日 | 落語
註:「疝気」とは、大小腸、腰部などの痛む病気。

 虫のお噺でございます・・・・
 最近はムシキングとかいって、虫のブームなんだそうですが、大概は気味のいいもンではございません。
中でも嫌われるのが、信号無視(虫)ですとか、路駐(虫)なんかはいけませんですナ。
 中で私が好きなムシもございまして、茶碗蒸にあさりの酒蒸しなんかはおいしゅうございますナ・・・・

医: えェ? どうだい、まァ、こりゃ見たことのねえような虫だね、この虫は・・・・・。何の虫だい? 
刺すンじゃねえかな、こりゃ・・・・・。いっそのこと、こりゃつぶしちまおうかな。・・・・・えェ? なんだ・・・・・うん。
“助けてくれ”
なんだい、虫のくせに助けてくれてやがんの。なんだ、おまえは?
虫: へえ、あたくしはあのォ・・・・・疝気の虫でございまして・・・・・
医: なんだ? 疝気の虫? へェェ、初めて見たよ。疝気の虫てえのはおまえか? こりゃいい虫に出っくわしたよ。
わたしはね、医者だよ、うん。疝気の患者が、実に苦しむのを見ていると、あたしがつらいくらいだ。なんとか治したいとおもうが、なかなか治らないな。おまえはどういうわけで、人間の体の中へ入って、人を苦しめるナ・・・・・えェ?
虫: いえいえ、苦しめるんじゃないんでござんすよ。ええ、あたくしは苦しめないんですけどもナ、人間がおそばを食べますんでナ、そのおそばがネ、腹へ入りますとネ、あたくしたちは腹の中で、そのおそばを食べるんです。
てまえどもは、おそばが大好物でございますからナ、へェ・・・・・
医: そんなに好きか?
虫: ええ、好きで・・・。おそばを食べるてえと、体がムズムズして、腹の中で運動をします。いろいろなことをしてナそれであの・・・・筋やなんか引っ張ります。引っ張って遊んだりなんかするもんですから、人が痛がるんですよ
医: うゥん、どうも良くないことをするな。なんだってまた、そんなところを引っ張ったりなんかするんっだよ。
えゝ? そんなに、そばが好きか?
虫: 好きなんでございますナ
医: で、好きなものがあるんだから、嫌いなものがあるだろう?
虫: 嫌いなもの? それはございます・・・・・
医: 何が一番・・・・・おまえ、嫌いだ?
虫: これは、ほんとは言えないんですけれども、あなたが命をたすけてくれるてえから、あたし言いますが・・・・・。
てまえども、一番こわいのはトンガラシでございますナ。トンガラシが、ちょいと体へ付くてえと、そこから腐っちまうんですよ。ですから、トンガラシぐらいこわいものはありません
医: ははァ、それでなんだナ・・・・・そばを食べるには、薬味にトンガラシ入れるんだナ、うん。・・・・・じゃァ、その大好きなそばと、敵役(テキヤク)のトンガラシとが、まざって入って来たら、どうするんだ?
虫: そういうときには、こわいから、別荘のほうへ、かくれてしまうんですヨ
医: なんだ、別荘てえのは?
虫: 別荘てえのは、あたくしのほうでいうてえと、男の睾丸(キン)の袋の中へ入っちゃう。っすこにいれば、どんなこわいものが来ても大丈夫ですからン。それで様子を見ていると、トンガラシのほうが早くなくなってしまいます。トンガラシがなくなった時分に、別荘から出て、そばを食って、そして筋を引っ張って、遊んだりなんかするんですナ
医: 良くないことをすンな。そりゃおい、よくものを考えろ。人に向かってナ、苦しみを・・・・・、えッ、あァ、どっかへ行っちめやがった。オーイ、疝気の虫ィー! どっかへ行っちゃったよ。疝公ゥ・・・・・。(目が覚める)なんだ、ヘンだと思ったら、夢見てたんだよ。あたしゃ・・・・・。あんまり疝気の患者を治そうと思うから、そんな夢を見るんだン、うーん・・・・・。
 あァ、なんだい? ・・・・・ウン、おう、すぐ来てくれって? あすこのうちで・・・・・ああ、ご主人かな? 疝気で苦しんでンだ。・・・・・あ、すぐうかがいますって、そういいなよ。きょうはひとつ方法を変えてみような・・・・・うん。
 (患者の家へ来る) こんちは――
妻: まァ、先生、いらっしゃいまし
医: どうです? ご主人は・・・・・
妻: はい、なんだか、とっても苦しんでおりまして・・・・・
医: うーん、なんか悪いもの食べさせやしませんか?
妻: いいえ、何も食べさせませんでございますが、お昼におそばを少し・・・・・
医: え、おそばを食べさした? いかんですナ――
妻: いけませんか?
医: いけません、そばなんぞ喰わしちゃいけない。
そばなんぞ食べさしちゃナ、筋が痛む。やッ、こう引っ張ってますよ
妻: 何をです?
医: いや・・・・・、こうしましょう。きょうはネ、ちょいと治療の方法を変えてみますから・・・・・。
 (患者に) ご主人、ぐあいはどうんなです?
患: どうも苦しくってたまらない。あー、ウー・・・・・
医: あァ、そう。どういうぐあい?
患: グッと痛いんですよ
医: なんか引っ張られるよう?
患: ええ、そう。グッと引っ張られる・・・・・
医: ええ、やってるに違いないナ、ヤツが引っ張っている・・・・・。
ではネ、こうして方法をかえてみますからナ。そばを・・・・・盛りをナ、五つほど取ってください
妻: おそば、いけないんでしょ?
医: いや、少し都合がある。それから、どんぶりにトンガラシ水を一杯、こしらえといてください
妻: ハァ?
医: で、そばが来たらナ、ご主人にあげちゃいけませんよ。奥さんが召し上がってください。ご主人の口もとへそばを持っていって、匂いをかがしちゃァ、奥さんが召し上がってください。そうするてえと、別荘のほうにいる疝気の虫が・・・・・
妻: なんです? 別荘っていうのは?
医: いや、別荘てえのはナ、奥さんに関係のないところで・・・・・。かくれてる疝気の虫が、その匂いにつられて出て来ます。そばを食べようと思うが、匂いばかりでそばがないから、だんだん口のほうへ上がって来ます。
匂いばかりするから・・・・・うん。ところをあたしが、ピンではさんで、トンガラシ水の中へ入れちまえば、疝気の虫は根だやしになりますからナ
妻: そうですか? まァ・・・・・じゃァ、そんなぐあいにしましょう。
 あのネ、おそば、そういっておいで。そいでネ、おそば来たらネ、こっちへ持ってきておくれよ。旦那にあげちゃいけないんだから・・・・・。あ、それからネ、どんぶりにトンガラシ水を一杯、こしらえといとくれヨ。
  あァ、おそば来たかい? こっちへ持っといで――。
  ちょいとあなた、おそばをネ、こっちへ来て匂いをかぐんですヨ
患: あァ、そばと聞いた日にはたまらねえんだ、おれは・・・・・。おれに喰わしてくれ
妻: いえ、あなたが食べちゃいけないんですヨ。ただ、匂いかいで、そいでもって、あなたの疝気の虫を、計略で引っ張り出すんですからネ
患: 匂いだけか?
妻: そうですよ。よござんすか? じゃァ、あたしがおそば食べるから、匂いかぐんですよ――
  ※てンで、旦那の鼻先のところへ持っていって、奥さんがそばをスルスルッと食べる。
妻: さァ、こっちへお寄ンなさい。ハァッ
    ※と息を吹きかけちゃァ、奥さんがそばをたべる。息だけが旦那の腹の中へ入っていくから、腹の中にいる疝気の虫が、
虫: おいおい、どうだい・・・・・え? 匂いがするじゃねえか。ありがたいネ、そばですよ。ここンところ、ちょいと食べなかったネ。うん、ソロソロ出ようよ、別荘からよ・・・・・。いい匂いがするよ、フン(嗅ぐ) ・・・・・。
こっちへおいで、ここのところ・・・・。フン、なんだいこりゃ、フン・・・・・。なんだい、匂いはしてるけども・・・・フン、そばねえじゃねえか。おかしいね、食べりゃいつでも、ここンとこにあるんだがナ、おかしいよ、フン・・・・・。
  あァ、いい匂いだネ、どうも・・・・。フン、匂いばかりして、そばがねえじゃねえか。声はすれども姿は見えずってえが、どうも・・・・・。もう少し上がってみようよ。あばら骨へでも引っ掛かってンじゃねえかナ? フン、フン、・・・・・。どうも驚いたネ、匂いばっかり・・・・・フン。だんだん匂いが・・・・・ふん。
  アッ、なんだい、お向こうへ入っていくんだ。えゝ? かからこっちへ来ねえわけだ。オイ、向こうへ行こう、向こうへ向こうへ――。向こうへ飛びこんじまえ、向こうへ・・・・・。
 ホラ、トットットット、ホラ、こんなにあらァ! あるネ、こっちにあるんだ。向こうで匂いかいでたって、ありゃしねえやナ。
 ウッ、ウウウーン、うまいネ、うまいって・・・・・おう、うまい! あァ、そばだ、そばだ、そばだ、うめえな、こりゃどうも・・・・・。体に威勢がついてくるネ。どうだい、え、これだい、ほんとに、驚くンじゃねえ。このそば喰うてえと、どうもネ・・・・・体がネ、こう、なんだネ、ムズムズしてくるネ。さァ、ひとつ、なんか踊りをおどれ!
  ※なんてンで、疝気の虫が踊りをおどり始めた。
虫: ここにある筋を引っ張って遊ぶ! (あちこちの筋を引っ張りながら) ドッコイサのドッコイサ、ホラ、ドッコイサのドッコイサ・・・・・。ありがてえナ。コリャコリャコリャコリャ・・・・・
妻: あァ、あァ、あッ・・・・・
医: どうしたんです? 奥さん・・・・・
妻: なんだか知りませんが、とってもあたしが痛とうございまして・・・・・。あーッ、苦しいんですよ
医: 奥さんが痛いわけがないんですがネ。えェ、ご主人、どうです、ぐあいは?
患: ええ、ええ、わたくし?・・・・・痛えの、どっかへ行っちめえましたよ。ええ、このとおり元気が出てしようがねえ
医: こりゃ大変だ。こりゃァ奥さん、あなたのおなかへ、疝気の虫がはいりましたよ
妻: あァら、どうしたらいいんでしょうネ?
医: どうしたらいいったって・・・・・しようがありませんから、トンガラシ水をおあがンなさい
妻: 先生、先生、金魚が目ェまわしたんじゃありませんよ。あア!・・・・・・・・・
医: あなた、飲まなきゃだめですよ
 ※てンで、ダーットトンガラシ水を飲んだ。
  そんなこと知らねえから、疝気の虫が、
虫: あァ、チャラチャラ、スチャラチャン・・・・・。こんなもなァ驚きゃしねえや、もうナ・・・・・。あッ、大変だ!
敵役が来たから、こりゃここにはいらんねえ、別荘へ逃げちまえ。あァッ!!
  ※てんでもって、別荘をさがしたんですがナ、別荘が、どうしてもめっからなかった――。


★「別荘だッ!」 で立ち上がり、あたりをキョロキョロと、虫が別荘を捜している想定で、スーッと高座を下りる

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