主人: (与太郎に)おまえひとりで留守番したってわからないから、お客さまが来たら、奥へ、そう言うん
だヨ!
与太: うん
主人: うん・・・・てェんじゃない。ハイっていうんだ!
与太: アッハァ、行っちゃったヨ。アッハァ、もう、こいで、こごと言われやしねえ。朝から晩まで、のべつ、
こごと言われる。何言われたかわかりゃしねえ・・・・だだ、口がパクパク動くだけだ。爪とれ爪とれ
って言うから、猫の爪とったら、あれはとっちゃいけねえって言いやがる。ソロバンけとばしたら、
けとばしちゃいけねえって・・・・、またいだら、商売もんだからまたいじゃいけねえんだって言いや
がる。なんでもきれいにしろって言うから、お庭の石灯籠、タワシで磨いたら、あれは磨いちゃいけ
ねえんだって・・・・。何していいんだかわからねえ。水まけ水まけって言うから、二階まで水まいて
やったんだヨ。それを、なんだい・・・・
使い: ちょいとごめんやす。だんなはん・・・・おうちだすか?
与太: エッ?
使い: お家(イエ)はんは?
与太: エッ、なに?
使い: あんた、でっちはんだすか?あのなッ、もう、あの・・・・どなたもおいでやおまへんのか?チョットと
おことづて願います――
カガヤ サキチ サン センドナカガイ ヤイチ
わてナ、加賀屋佐吉から参じました。(始めはゆっくり、だんだん早口で)先度仲買の弥市が取次ぎまし
ナナシナ ユウジョ コウジョ ソウジョサンサク ミトコロモン ビゼンオサフネ ノリミツ シブイチ
た道具七品のうち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ
ヨコヤソウミン ワキザシ ツカマエ フル
横谷宗小づか付きの脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、
ウモレギ
埋れ木やそうで、木ィが違うておりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次は
オウバクサンキンメイチク ハナイケ カワズ
のんこの茶碗、黄檗山金明竹ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、
フウラボウショウヒツ タクアンモクアンインゲンゼンジ
風羅坊正筆の掛け物、沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わての
だんなの檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、(ひどく早口で)その兵庫の坊主の好みます屏風
じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の屏風になりますとナ、ハッハハハハ、かよう、
おことづて願います――
与太: こりゃァおもしろいや。何を言ってんだか、ちっともわからねえや。おアシやるから、もういっぺん
やってごらん
使い: わて、物もらいと違いまんがナ。どなたもおいでやおまへんのか?
そんなら・・・わて、中橋のなァ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎまし
た道具七品のうち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷
宗小づか付きの脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木や
そうで、木ィが違うておりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次はのんこの茶碗、
黄檗山金明竹ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の
掛け物、沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わてのだんなの檀那寺が
兵庫におましてナ、ヘイ、その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主
の坊主の屏風になりますとナ、ひとつ、かようにおことづて願います――
与太: こりゃァおもしろいや。何度聞いてもわからねえ。ひょーごのひょーごの、ひょーごのひょーごの・・・・
だからナ。・・・・伯母さん、来てごらんヨ。よくしゃべる乞食がきたよ――
妻: 失礼なこと言うもんじゃないヨ。・・・・いらっしゃいまし。少し前から、親戚から預かりましたオロかし
い者でございます。ちょいと店番をさしとく間(マ)に、とんだそそうをいたしまして、どうも相すみませ
ん。・・・・お茶を持ってらっしゃい
あのう、どちらからいらっしゃいましたか?
使い: はあ、あんた、お家(イエ)はんだっか?
妻: 何でございますか?
使い: いえ、お家はんだんナ?
妻: お湯屋さんですか? お湯屋さんは、もう少し先でございます
使い: だんなはん、お留守でやすか?そやったらナ、ちょっとおことづて願います――。
わて、中橋のナ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎました道具七品の
うち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷宗小づか付き
の脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木やそうで、木ィが違う
とりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹、
ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の掛け物、沢庵木庵
隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わてのだんなの檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、
その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の坊主の屏風になります
とナ、かようにおことづて願います――
妻: お茶を持ってらっしゃい、早くお茶を・・・・
使い: いえ、もうもう、かもうてくれまンな、ぶうぶう(湯茶)けっこうだす。わかりましたか?
妻: あのゥ・・・・、これに小言を言っておりまして、ちょいと聞きとれなかったんですけど、もういっぺん
おっしゃっていただきたいんですが・・・・
使い: あー、さよか・・・・。わて、でっちはんに二ン度、あんさんに一度、口すっぱくなんねン。よう聞いと
くんなはれや。・・・・わて、中橋のナ、加賀屋佐吉・・・・知ってまっしゃろ?茶道具やっとりまんねン。
ヘェ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎました道具七品のうち、
裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷宗小づか付きの
脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木やそうで、木ィが違う
とりますさかいになァ・・・・よう聞いとくんなはれや、木ィが違うとりますさかい、念のため、ちょと
お断わり申します。次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹、ずんど切りの花活、古池や蛙とびこむ水の
音・・・・ようおますか?古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の掛け物。
沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、この屏風はなァもし、わてのだんなの檀那寺が兵庫におま
してナ、ヘイ、この兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって表具へやり、兵庫の坊主の屏風に
いたしますとナ、ハッハッハ、かよう、おことづて願います。ホナ、ごめんやす・・・・
妻: もし、あなた、ちょいと! ・・・・ホーラ、ごらんなさい。まるっきりわからないうちに帰ってしまった。
だから、お茶を持っといでと言うのに――。持って来てさしあげれば、もういっぺんうかがえたのに
・・・・。だんなが帰ってきたら、なんて言うの? おまえは、わたしより多く聞いていたんだから、
覚えてるだろう? 最初のほうはどう?
与太: ンー、ぼんやりしてる
妻: なかのほうは?
与太: モヤモヤっと・・・・
妻: じゃァ、終いのほうは?
与太: まるっきり・・・・
妻: だめじゃァないかい
与太: 知らねえや。伯母さん聞いてたんだもん――。ひょーごのひょーごの・・・・だ、おれのせいじゃ
ねえやァ・・・・ッと
妻: しょうがないねえ、いくらバカだって・・・・。 (帰って来た主人に) お帰んなさい
主人: ハイ、なんあい、また小言かい?
妻: いま、おひとが見えまして、お茶を持っといでと言ったのに、棒立ちに立っておりまして、ゲラゲラ、
大声出して笑ってまして・・・・
主人: バカだからしょうがないヨ、お茶は、おまえさんが出さなけりゃいけませんよ。あのぅ・・・・どちらの
かたがいらしたんだい?
妻: お帰りになったばっかりなんですの。そこらで、お会いになりません?
主人: 会わなかったよ。どちらのかた?
妻: あちらから・・・・
主人: いえ、あのゥ、どんな人なの?
妻: こう、頭がありまして、目があって・・・・
主人: おまえ・・・・与太郎がウツったんじゃないか? どちらの人――あちらの人・・・・ってのはない。
どんな人――こんな人・・・・って、かっこうこしらえたっていけない。どこの何でェ人が、どんなご用
でいらしたってェの?
妻: いま、お帰りになりました――
主人: あんなことばっかり言ってるね。お帰りになったから会えなかったんじゃないか!
妻: それが・・・・あのゥ、上方のほうの人のおことばのようですし・・・・、それに、早ことばだもんですか
ら、聞きとれないところが、ところどころあるんです。ゆっくり聞いていただければ、思い出しながら
お話いたします
主人: ゆっくり聞きましょう――。どちらのかた?
妻: いま、お帰りになりました
主人: あんなことばっかり言ってる。何だってェの?
妻: あのゥ・・・・、あッ、中橋の加賀屋佐吉さんてかた、ご存じ?
主人: ああ、同業ですよ、同じお仲間だ・・・・茶道具やってる人。その人がきたの?
妻: いえ、そこのうちのお使いで・・・・。仲買の弥市さんてかた、知ってますか?
主人: ああ、うちへ来たことあるや、おまえも会ったことあるだろう
妻: そ、そのかたのお使いのかたで・・・・あのゥ・・・仲買の弥市さんが気がちがいました――
主人: エッ! 弥市が気がちがった?
妻: ええ、気がちがいましたから、お断りにうかがいました
主人: それがおかしいなあ・・・・。まァ、いいから言ってごらん。そいでどうしたの?
妻: 遊女を買ったんです・・・・遊女を買ったら、それが孝女なんで・・・・
主人: うん・・・・
妻: 掃除がすきなんで・・・・
主人: ああ?
妻: で、千艘(センゾ)や万艘(マンゾ)ッてあそんで、しまいにこれを、ずんどう切りにしちゃった・・・・
主人: わからないなあ・・・・。それからどうした?
妻: 隠元豆にタクアンばっかり食べてるの・・・・
主人: 妙なもん食べるんだなあ――。まァいいから、それから話してごらん。どうしたの?
妻: 何を言っても、ノンコのシャー
主人: きたないねー。それで?
妻: 備前の国へ親船で行こうと思ったの
主人: ヘンだね、備前の国へ親船で?
妻: 親船で備前の国へ行こうと思ったら、兵庫へ行っちゃったんです
主人: 兵庫・・・・。それで?
妻: 兵庫にお寺がある・・・・そのお寺に坊さんがいるんですって――
主人: あたりまえだ、お寺にゃ坊さんがいますよ。それで?
妻: 坊さんのうしろに、屏風が立ってんですの
主人: ああ・・・・
妻: その屏風のうしろにまた坊さんがいるんです。で、そのうしろに屏風があって、坊さん、屏風・・・・
これ・・・・・・何でしょう?
主人: 何を言ってる、まるで子どものナゾかけだよ、それじゃ・・・・。
まるっきりわからないねえ・・・。仲買の弥市が気がちがいましたから、お断りにまいりましたてェ
んね? 遊女を買ったら孝女で掃除が好きで・・・・ずんどう切りにしちゃった。隠元豆にタクアン
ばかり食べて、何を言ってもノンコのシャー・・・・。わからないなあ。
備前の国へ親船で行こうと思ったら、兵庫へ行っちゃて、兵庫に、お寺があって坊さんがあって
屏風が立ってて坊さんがいて・・・・これなあに?・・・・いやだよ、ほんとうに――。
話は,十(トウ)のとこ五つわかれば、あとの半分は察するというが、おまえの話は察しようが
ないじゃないか。はっきりしたとこ、ひとつぐらい覚えてないか?
妻: あッ、思い出しました。古池にとびこみました!
主人: エッ、古池へとびこんだの!? あの人にゃ道具七品ってェもんが、あずけてあンだが・・・・
あれ、買ってかな?
妻: いいえ、買わず(蛙)でした――
だヨ!
与太: うん
主人: うん・・・・てェんじゃない。ハイっていうんだ!
与太: アッハァ、行っちゃったヨ。アッハァ、もう、こいで、こごと言われやしねえ。朝から晩まで、のべつ、
こごと言われる。何言われたかわかりゃしねえ・・・・だだ、口がパクパク動くだけだ。爪とれ爪とれ
って言うから、猫の爪とったら、あれはとっちゃいけねえって言いやがる。ソロバンけとばしたら、
けとばしちゃいけねえって・・・・、またいだら、商売もんだからまたいじゃいけねえんだって言いや
がる。なんでもきれいにしろって言うから、お庭の石灯籠、タワシで磨いたら、あれは磨いちゃいけ
ねえんだって・・・・。何していいんだかわからねえ。水まけ水まけって言うから、二階まで水まいて
やったんだヨ。それを、なんだい・・・・
使い: ちょいとごめんやす。だんなはん・・・・おうちだすか?
与太: エッ?
使い: お家(イエ)はんは?
与太: エッ、なに?
使い: あんた、でっちはんだすか?あのなッ、もう、あの・・・・どなたもおいでやおまへんのか?チョットと
おことづて願います――
カガヤ サキチ サン センドナカガイ ヤイチ
わてナ、加賀屋佐吉から参じました。(始めはゆっくり、だんだん早口で)先度仲買の弥市が取次ぎまし
ナナシナ ユウジョ コウジョ ソウジョサンサク ミトコロモン ビゼンオサフネ ノリミツ シブイチ
た道具七品のうち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ
ヨコヤソウミン ワキザシ ツカマエ フル
横谷宗小づか付きの脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、
ウモレギ
埋れ木やそうで、木ィが違うておりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次は
オウバクサンキンメイチク ハナイケ カワズ
のんこの茶碗、黄檗山金明竹ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、
フウラボウショウヒツ タクアンモクアンインゲンゼンジ
風羅坊正筆の掛け物、沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わての
だんなの檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、(ひどく早口で)その兵庫の坊主の好みます屏風
じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の屏風になりますとナ、ハッハハハハ、かよう、
おことづて願います――
与太: こりゃァおもしろいや。何を言ってんだか、ちっともわからねえや。おアシやるから、もういっぺん
やってごらん
使い: わて、物もらいと違いまんがナ。どなたもおいでやおまへんのか?
そんなら・・・わて、中橋のなァ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎまし
た道具七品のうち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷
宗小づか付きの脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木や
そうで、木ィが違うておりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次はのんこの茶碗、
黄檗山金明竹ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の
掛け物、沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わてのだんなの檀那寺が
兵庫におましてナ、ヘイ、その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主
の坊主の屏風になりますとナ、ひとつ、かようにおことづて願います――
与太: こりゃァおもしろいや。何度聞いてもわからねえ。ひょーごのひょーごの、ひょーごのひょーごの・・・・
だからナ。・・・・伯母さん、来てごらんヨ。よくしゃべる乞食がきたよ――
妻: 失礼なこと言うもんじゃないヨ。・・・・いらっしゃいまし。少し前から、親戚から預かりましたオロかし
い者でございます。ちょいと店番をさしとく間(マ)に、とんだそそうをいたしまして、どうも相すみませ
ん。・・・・お茶を持ってらっしゃい
あのう、どちらからいらっしゃいましたか?
使い: はあ、あんた、お家(イエ)はんだっか?
妻: 何でございますか?
使い: いえ、お家はんだんナ?
妻: お湯屋さんですか? お湯屋さんは、もう少し先でございます
使い: だんなはん、お留守でやすか?そやったらナ、ちょっとおことづて願います――。
わて、中橋のナ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎました道具七品の
うち、裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷宗小づか付き
の脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木やそうで、木ィが違う
とりますさかいにナ、念のため、ちょとお断わり申します。次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹、
ずんどの花活、古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の掛け物、沢庵木庵
隠元禅師張りまぜの小屏風、あの屏風なァもし、わてのだんなの檀那寺が兵庫におましてナ、ヘイ、
その兵庫の坊主の好みます屏風じゃによって、表具にやり、兵庫の坊主の坊主の屏風になります
とナ、かようにおことづて願います――
妻: お茶を持ってらっしゃい、早くお茶を・・・・
使い: いえ、もうもう、かもうてくれまンな、ぶうぶう(湯茶)けっこうだす。わかりましたか?
妻: あのゥ・・・・、これに小言を言っておりまして、ちょいと聞きとれなかったんですけど、もういっぺん
おっしゃっていただきたいんですが・・・・
使い: あー、さよか・・・・。わて、でっちはんに二ン度、あんさんに一度、口すっぱくなんねン。よう聞いと
くんなはれや。・・・・わて、中橋のナ、加賀屋佐吉・・・・知ってまっしゃろ?茶道具やっとりまんねン。
ヘェ、加賀屋佐吉かたから参じました。先度仲買の弥市が取次ぎました道具七品のうち、
裕乗光乗宗乗三作の三所物ならびに備前長船の則光、四部一ごしらえ横谷宗小づか付きの
脇差ナ、あの柄前はだんなはんが古たがやと言やはったが、あれ、埋れ木やそうで、木ィが違う
とりますさかいになァ・・・・よう聞いとくんなはれや、木ィが違うとりますさかい、念のため、ちょと
お断わり申します。次はのんこの茶碗、黄檗山金明竹、ずんど切りの花活、古池や蛙とびこむ水の
音・・・・ようおますか?古池や蛙とびこむ水の音と申します・・・・ありゃ、風羅坊正筆の掛け物。
沢庵木庵隠元禅師張りまぜの小屏風、この屏風はなァもし、わてのだんなの檀那寺が兵庫におま
してナ、ヘイ、この兵庫の坊主の好みまする屏風じゃによって表具へやり、兵庫の坊主の屏風に
いたしますとナ、ハッハッハ、かよう、おことづて願います。ホナ、ごめんやす・・・・
妻: もし、あなた、ちょいと! ・・・・ホーラ、ごらんなさい。まるっきりわからないうちに帰ってしまった。
だから、お茶を持っといでと言うのに――。持って来てさしあげれば、もういっぺんうかがえたのに
・・・・。だんなが帰ってきたら、なんて言うの? おまえは、わたしより多く聞いていたんだから、
覚えてるだろう? 最初のほうはどう?
与太: ンー、ぼんやりしてる
妻: なかのほうは?
与太: モヤモヤっと・・・・
妻: じゃァ、終いのほうは?
与太: まるっきり・・・・
妻: だめじゃァないかい
与太: 知らねえや。伯母さん聞いてたんだもん――。ひょーごのひょーごの・・・・だ、おれのせいじゃ
ねえやァ・・・・ッと
妻: しょうがないねえ、いくらバカだって・・・・。 (帰って来た主人に) お帰んなさい
主人: ハイ、なんあい、また小言かい?
妻: いま、おひとが見えまして、お茶を持っといでと言ったのに、棒立ちに立っておりまして、ゲラゲラ、
大声出して笑ってまして・・・・
主人: バカだからしょうがないヨ、お茶は、おまえさんが出さなけりゃいけませんよ。あのぅ・・・・どちらの
かたがいらしたんだい?
妻: お帰りになったばっかりなんですの。そこらで、お会いになりません?
主人: 会わなかったよ。どちらのかた?
妻: あちらから・・・・
主人: いえ、あのゥ、どんな人なの?
妻: こう、頭がありまして、目があって・・・・
主人: おまえ・・・・与太郎がウツったんじゃないか? どちらの人――あちらの人・・・・ってのはない。
どんな人――こんな人・・・・って、かっこうこしらえたっていけない。どこの何でェ人が、どんなご用
でいらしたってェの?
妻: いま、お帰りになりました――
主人: あんなことばっかり言ってるね。お帰りになったから会えなかったんじゃないか!
妻: それが・・・・あのゥ、上方のほうの人のおことばのようですし・・・・、それに、早ことばだもんですか
ら、聞きとれないところが、ところどころあるんです。ゆっくり聞いていただければ、思い出しながら
お話いたします
主人: ゆっくり聞きましょう――。どちらのかた?
妻: いま、お帰りになりました
主人: あんなことばっかり言ってる。何だってェの?
妻: あのゥ・・・・、あッ、中橋の加賀屋佐吉さんてかた、ご存じ?
主人: ああ、同業ですよ、同じお仲間だ・・・・茶道具やってる人。その人がきたの?
妻: いえ、そこのうちのお使いで・・・・。仲買の弥市さんてかた、知ってますか?
主人: ああ、うちへ来たことあるや、おまえも会ったことあるだろう
妻: そ、そのかたのお使いのかたで・・・・あのゥ・・・仲買の弥市さんが気がちがいました――
主人: エッ! 弥市が気がちがった?
妻: ええ、気がちがいましたから、お断りにうかがいました
主人: それがおかしいなあ・・・・。まァ、いいから言ってごらん。そいでどうしたの?
妻: 遊女を買ったんです・・・・遊女を買ったら、それが孝女なんで・・・・
主人: うん・・・・
妻: 掃除がすきなんで・・・・
主人: ああ?
妻: で、千艘(センゾ)や万艘(マンゾ)ッてあそんで、しまいにこれを、ずんどう切りにしちゃった・・・・
主人: わからないなあ・・・・。それからどうした?
妻: 隠元豆にタクアンばっかり食べてるの・・・・
主人: 妙なもん食べるんだなあ――。まァいいから、それから話してごらん。どうしたの?
妻: 何を言っても、ノンコのシャー
主人: きたないねー。それで?
妻: 備前の国へ親船で行こうと思ったの
主人: ヘンだね、備前の国へ親船で?
妻: 親船で備前の国へ行こうと思ったら、兵庫へ行っちゃったんです
主人: 兵庫・・・・。それで?
妻: 兵庫にお寺がある・・・・そのお寺に坊さんがいるんですって――
主人: あたりまえだ、お寺にゃ坊さんがいますよ。それで?
妻: 坊さんのうしろに、屏風が立ってんですの
主人: ああ・・・・
妻: その屏風のうしろにまた坊さんがいるんです。で、そのうしろに屏風があって、坊さん、屏風・・・・
これ・・・・・・何でしょう?
主人: 何を言ってる、まるで子どものナゾかけだよ、それじゃ・・・・。
まるっきりわからないねえ・・・。仲買の弥市が気がちがいましたから、お断りにまいりましたてェ
んね? 遊女を買ったら孝女で掃除が好きで・・・・ずんどう切りにしちゃった。隠元豆にタクアン
ばかり食べて、何を言ってもノンコのシャー・・・・。わからないなあ。
備前の国へ親船で行こうと思ったら、兵庫へ行っちゃて、兵庫に、お寺があって坊さんがあって
屏風が立ってて坊さんがいて・・・・これなあに?・・・・いやだよ、ほんとうに――。
話は,十(トウ)のとこ五つわかれば、あとの半分は察するというが、おまえの話は察しようが
ないじゃないか。はっきりしたとこ、ひとつぐらい覚えてないか?
妻: あッ、思い出しました。古池にとびこみました!
主人: エッ、古池へとびこんだの!? あの人にゃ道具七品ってェもんが、あずけてあンだが・・・・
あれ、買ってかな?
妻: いいえ、買わず(蛙)でした――