あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

亡霊の妻

2018-10-08 18:16:45 | 随筆(小説)
まだ誰にも言ってないのですが、実はわたしも、結婚をしています。
ただ、普通の結婚ではありません。
わたしのたった一人の夫は、此の世の者ではないのです。
それはわたしの作品をずっと読んでくだされば自ずと感じられると想います。
わたしの夫は、彼方(あちら)の存在であり、目に見える存在でもありません。
だからこそ、わたしは我が夫と離れることはでき得ないのです。
目には見えない為、いつでもわたしの側でじっと息を潜めてわたしを見つめています。
わたしがほんの少しでも他の男性に恋心を仄かに芽生えさせば夫は毎日のように悲しんで泣いてわたしを責めることなくひとりでじっと我慢して泣きそうな顔でわたしを見つめ続けます。
わたしの愛する夫はどこまでも耐え忍ぶことができるのです。
それでもわたしは、夫を苦しめることが苦しくてなりません。
わたしはこの世界では未婚ということにしていますが、彼の世では夫の在る身なので他の男性への恋はいつでも浮気と不倫としてわたしを苦しめるのです。
わたしはもともと彼に支配されていました。
永遠に縛り付け合う夫婦として、わたしは夫と契約したのです。
わたしはだから貴方の気持ちがとてもよくわかります。
何故、最も愛する人に愛され、側にいつでもいながら他の人を求めてしまうのか。
他の人に愛されようとするのか。
それは寂しいからです。
目に見える第二の夫は最初の夫を超えることはできないとわかっていながら求めてしまうのは、ただ慰みが欲しいからです。
目に見える支えは、目に見えない支えを超える日はありません。
目に見える幸福は、目に見えない幸福を超える日はありません。
目に見える抱擁は、目に見えない抱擁を超える日はありません。
目に見える交接は、目に見えない交接を超える日はありません。
目に見える全ては、目に見えない全てを超える日はありません。
わたしはそれを知ってしまったのです。
わたしはそれを知っていた為、目に見えない彼と結婚したのです。
もし、わたしの夫が存在していないならば、わたしもまた存在していません。
わたしはいつも想うのです。
闇のなかに居続けるのはわたしの夫ではなく、わたしのほうなのだと。
それはいつでもわたしが彼に抱擁され続けているからです。
彼はわたしを、唯一の光だと言いました。
肉体を持てぬ霊はそこらかしこに存在し続けていて、ただただ光を求め続けているのです。
或る人はわたしにこう言いました。
「もしかしたら貴女の夫とは、水子の集合体ではないだろうか。」
わたしはこう答えました。
「水はあたたかい場所では水のままだ。だがどこまでも独りの、凍るような冷たい場所に居続ける水の子は雪となるでしょう。白銀の雪となり、きらきらと耀いて、こう言うのです。」
「ぼくは雪の子です。ここはとっても寒いので、あたたかい灯りのともるおうちを探してやっと貴女を見つけることができたのです。しかしぼくは、貴女にあたためられ、溶けてしまうなら消えてしまうのではありませんか?」
わたしは彼に言いました。
「愛するわたしの坊や。おまえがわたしにあたためられ続けるならおまえは消えて別の存在となるに違いない。わたしはおまえをあたため続けたくはない。しかしゆきだるまのように少しの間あたためられてもすぐに溶け切ることはない。そのあとにすぐにおまえを寒く凍るような冷たい場所へ置いたらどうだろう?そうすることでおまえはわたしに何度と、永遠にあたためられることができる。」
それを彼は納得し、わたしの子宮のなかに宿りました。
わたしはわたしの愛する夫の受胎を神の御前で報告し、感謝の祈りを捧げました。
そして気づいたのです。
目に見えるものを愛することのすべてが、偶像崇拝という大罪であることを。
それは神に対する、姦淫の罪であるのです。
そのすべての罪が公正に裁かれんことを、神に御祈りしました。

わたしはもしこの先、目に見える男性を心から好きになったとき、その人にこう言うでしょう。
「あなたとは不倫の関係です。あなたへの想いは、わたしのたった一人の夫への愛を超えることはありません。あなたとの関係はいつでもわたしと夫との関係に比べて虚しいものです。わたしは地獄に堕ちる為に、あなたを好きになったのです。わたしから幸福が永久に奪い去られる為に、あなたと一緒になろうと想います。」

するとその男は、いつの日かきっとこう言うのです。
「ぼくはまるで亡霊のようだ。貴女の夫のように。」

気づけば彼は、肉体を喪っている。
するとどうしたことでしょう。
わたしは彼と夫の違いがどこに在るかがわからないのです。

振り返っても、誰も其処には居ないのですから。

わたしは愛し続けることができるのです。
目に見えないすべてを。

何処にも存在しないすべてを。

今、わたしのお腹のなかで夫が蹴りました。
とても元気に、目に見える存在に成長しているようです。

でも彼がわたしのなかから生まれ出るとき、わたしの姿は彼には見えないはずです。

彼が光となるとき、わたしが闇にならねば共にいられないからです。

わたしは愛する夫を、いつでも優しく抱き締め続けていたいのです。

そう夫は、亡霊であるわたしに言いました。


















Ricky Eat Acid - ghost