テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

「野いちご」の三つの夢

2007-12-16 | ドラマ
 <未見の方には、“ネタバレ注意”です>

 「野いちご」には三つの夢が描かれています。ラストシーンも夢のように描かれていますが、あれはイーサクが意識的に過去を思いだしている図で、無意識の反映である夢とは厳密には違うものでしょう。
 これらの夢は、主人公である老医師イーサク・ボルイの心境を表しており、内容だけでなく描き方にも特徴があるので自分なりに感じたことを書いておこうと思います。

*

 最初の夢は、ルンドへ旅立つ朝にみます。

 イーサクは人気(ひとけ)のない見知らぬ街角に立っている。昼間のようだが、外灯の上に取り付けてある時計に目を遣ると、そこには針がなく時間は分からない。自分の懐中時計を見るが、やはり同じように針が無い事に気付く。ここはどこだ?
 向こうに後ろ姿の男性が立っているのを見つけ近寄る。しかし、振り返ったソレは、目や口などがただのシワになっている“のっぺらぼう”で、アッという間に栓の抜けた水風船のようにしぼんで倒れ、洋服だけになってしまう。

 横丁の路地から一台の二頭立ての馬車がやってくる。御者はいない。荷台には棺を乗せていて、イーサクの前を通りすぎた馬車は、外灯に車輪を引っかけ立ち往生する。何度か外灯に車輪をぶつけたあげく、片方の車輪を外し、棺を落として立ち去ってしまう。

 イーサクの前には蓋の開いた棺が転がっている。恐る恐る近付くイーサク。片腕を投げ出した遺体が見える。更に近付くと、なんと棺の遺体はイーサク本人であり、ソレはゾンビのように動きイーサクの腕を掴んで・・・というような夢。

 一言でいえば悪夢ですな。
 この夢には、イーサク以外に人は出てこず、時間の観念も無く、孤独に生きているという彼自身の心境が現れているようです。


*

 二つ目の夢。それは、かつて夏を過ごした別荘に立ち寄った時に、庭の野いちごを見ながらうたた寝をしてみる夢です。

 そこには、若かりし頃のイーサクの恋人サーラやプレイボーイの弟、そして幼い日の兄弟や従姉妹たちが出てきます。イーサクは老人のままで、過去へ迷い込んだような映像。思い出の人々は目の前のイーサクに気付きません。

 『イーサクは優しくて何でも知っているけど、時々自分より子供に見えるときがあるの』。そう言うサーラ。
 若いイーサクは出てこないし、サーラ達には老人のイーサクは見えていない。

 若い頃から自分は傍観者のように生きてきた。そんな老人の声が聞こえて来るような夢でした。

*

 三つ目の夢は、旅の終盤に車の助手席でみます。

 最初の夢のように奇怪で恐い夢ですが、今度はイーサクは一人ではありません。若いサーラや、旅の途中で逢った憎み合っている夫婦が別の顔をして出てきます。しかも、二つ目の夢とは違い彼らはイーサクと会話を交わすのです。しかし、それは楽しいものではありません。
 若いサーラは、手鏡でイーサクの顔を写しながら『あなたはもう老人なのよ』と言い、夫婦はイーサクの人生を否定するような苦々しい言動を返してきます。
 『あなたは何者? 自分を見つめなさい』。そう彼らは言っているようです。

 三つ目の夢にして、イーサクは他者とコミュニケーションをとろうとしています。結果は散々でしたが、ここにもイーサクの心境の変化が現れているような気がします。そして、イーサクは自分の人生を振り返り、自分なりに評定しているのです。
 結果は“不合格”。罰はありきたりの罰、孤独。『赦しは、あるのですか・・・』

*

 旅の初めの方で、最初の夢について息子の嫁マリアンに語ろうとすると彼女は聞きたくないと言います。『興味が無いわ』と。
 しかし、最後の夢についてイーサクが語ろうとすると、彼女は聞いてくれます。二人の関係が変わった事を表し、その後マリアンはイーサクの母親に会った時の事を話したり、夫との問題を告白します。

 実はマリアンは妊娠しているのですが、夫は『子供は欲しくない。子供をとるか自分をとるか選んでくれ』と言うのです。『私の希望は、死ぬことだ。いつでも死ねるように身軽でいたい』。それが彼の言い分です。
 最近死ぬ夢ばかりみる、そういうイーサクの言葉に、夫も同じような夢をみる事を思いだすマリアン。イーサクの老母、イーサク、夫と三代続く生ける屍のような孤独な人生。お腹の子供の将来が同じ様なものだったら・・・、そんなことを考えてしまうと、マリアンはイーサクに言います。

 『わたしに出来ることは?』

 夢の中では拒否されたイーサクですが、現実の世界ではまだまだ自分に出来ることはあるのではないか。そんな事も感じたのではないでしょうか。

 “どんな夢をみたか”だけではなく、本人の夢の中の在りようによっても無意識の心理状態を描く。ベルイマンの意図がそんな所にもあったような気がする、そんな夢たちでした。

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2 コメント

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Unknown (シュエット)
2008-02-08 15:50:35
十瑠さん、先ほどは拙ブログへのメッセージとTBありがとうございました。
「野いちご」の十瑠さんのレビューとってもストレイトでかつ的確で、わかり易くって(拍手)
私もこういう風に観ていたんですけど、なかなかここまで的確には文章にはできないわ。こんな風に言葉で簡潔にまとめられているのは十瑠さんがはじめて。
みんなとっても難しい言葉使ったり、余計に難しく捉えたりしてるのって多いんですよね。ベルイマン作品は。面白く拝読させていただきました。
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Unknown (十瑠)
2008-02-08 21:17:32
深読みが出来ないだけで、色々と足りない面もあるのでしょうが・・・。

褒められると調子づくB型なので、今夜は凄くイイ気分で寝れそうです
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