はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その78 孤軍奮闘

2022年12月06日 10時21分31秒 | 臥龍的陣 涙の章
孔明は、白髪《はくはつ》の者に気をとられている兵士に、ゆっくり近づいていった。
孔明の手には長剣がある。
もちろん兵士も武装している。
だが幸いなことに、孔明に気づいていない。

ふと、廊下に飾られる、大きな鼎《かなえ》が目に止まった。
祭祀用のものだろうか。
凝った線状の模様が全体にちりばめられている。
孔明はずっしりと重い鼎を持ち上げた。

男に手を強くつかまれて、それまで、うつろで無表情であった白髪の者が、屠殺場にひきだされる家畜のように、急に抵抗をはじめた。
足を踏ん張らせ、兵士の腕から逃れようと身じろぎをする。

しかし、兵士はそれがおもしろいらしく、なお一層、力を込めて、白髪の者を引っ張ろうとするのだ。
その白濁《はくだく》の双眸が、ひどくうろたえ、悲しみに満ちているのが、篝火に浮かんではっきり見えた。

慣れることなど、あるものか。
孔明は、鼎を思い切り振り上げると、兵士の後ろ頭めがけて、それを振り下ろした。
ごん、と鈍い音と共に、兵士の頭に鼎が落ちて、そいつはそのまま、崩れ落ちた。

あとがいけなかった。
「何者だ!」
立ち去ろうとしていた二人が、おどろいて振り返る。

さすが、だらけているとはいえ、訓練を受けた兵士だけあり、剣を抜くのは早かった。
孔明は頭で自分の行動の段取りを組み立てていたが、体が思うように動かない。

兵士のひとりが、剣を振りかぶって孔明に向けて叩きつけてきた。
孔明は自分に向かってくる刃を、ぎりぎりの早さで受け止める。
力比べとなったが、持てる限りの力で、これをなんとかしのいだ。

するともう一方の兵士が、すかさず向かってくる。
孔明は、剣の構えに迷いつつも、これもなんとか交わして、横から薙ぎ払うようにして、追い払った。

追い払った。
それだけである。
刃が兵士の身に届かない。
兵士たちはすぐに体勢を立て直して向かってくる。

いつもは存在すら失念しがちな袖が、異様に重く、邪魔に感じられる。
司馬徽《しばき》の塾の人間と喧嘩をしているときなどとは、様子がまったくちがった。
喧嘩はあくまで喧嘩であって、命を奪うのが目的ではない。
互いに暗黙の了解があり、目や心臓などの急所は避けるのが当然だ。

だが、真の戦闘においては、そんなものはない。
死んだほうの負け、生きたほうの勝ち。
それだけだ。

兵士のひとりは、刀剣を中段に構えると、肩で息をする孔明を見て、仲間と目配せをした。
そうして、不吉な笑みを孔明に向けてくる。

この段になって、孔明は自分の行動を後悔したが、もう遅かった。
孔明に向かって、一斉に兵士たちが向かってきた。
双方向から刃。
孔明の頭はまったく動かなくなった。
ただ、本能だけで反応して、手にしていた長剣を闇雲に奮った。

ぎん、がん、と金属音がいくつかして、重い手ごたえがあった。
視界の隅で、兵士たちが舌打ちをして、態勢を整えているのが見える。
なんとか一撃目は凌《しの》げたらしい。

気づくと壁に背をあずけるような体勢になっていて、後退することができない。
それどころか、手も足も、がたがたと震え、まるで役に立たないのだ。
恐怖のためもあるが、鍛えていないのがたたって、もう体が耐えられなくなってきたのである。

孔明は心のうちで悪態をついた。
やっぱり、机の前にかじりついているだけでは駄目だ。
生きて帰れたら、もっと体を鍛えよう。

二人の兵卒は、またも同時に襲い掛かってくる様子だ。
ばかの一つ覚えだなと悪態をつきつつ、それに為《な》す術のない自分に苛立つ。
片方を運良く切り伏せられたとしても、もう一人はすぐに襲い掛かってくる。

人をひとり切り伏せるのに、どれだけの力が必要なのかもわからない。
鎖帷子《くさりかたびら》をまとう兵士の胴に、刃を突きつけたところで、さほどの衝撃も与えられないだろう。

人間は、どこをどう攻撃したら、ちゃんと殺せるのだ。
自分でもあきれたことに、実際に敵と対峙するにあたって、無名の兵士ひとりの命を奪うことすら、まともにできない。
兵法ならそこれそ竹簡に穴が開くほど何度も読み返したけれど、あれのいう『敵』は、ひとつの名前をなくした集団を指していた。

息がどんどん荒くなっていく。
緊張と恐怖のためである。

つづく

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でもって、仙台は雪が降っています。弱い雪ですけれど、寒いです。
どんどん寒くなっていますので、お互い温かくして過ごしましょうね。
きのう発表された羽生くんが「GIFT」という名のショーを東京ドームでやるというニュースに仰天&顔がにやけている牧知花でした。
まあ、チケットは当たらないのですが…公演の様子をBD化してくれないかなあ。


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