はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 花の章 その39 程子文の遺言

2022年08月07日 09時53分52秒 | 臥龍的陣 花の章
『この手紙をおまえさんが読んでいるということは、おれは失敗して死んだのだろう。
つくづく残念だ。
うまくすれば、おれはおれの仇を討てる機会になったのかもしれないのに。
駄目だったなら、仕方ない。
あとはおまえさんにすべてを託す。
公子を助けてやってほしい。
あの方は『壺中』を知らない。

『壺中』のことは、もう知っているだろうか。
おれがもともと所属していたのも『壺中』だ。

まずは謝らなければならない。
おれは義陽の士大夫の子だと身分を偽っていた。
そうじゃない。ただの農夫の子なのさ。
うまく化けおおせていただろう?』

孔明には、おどけた口調の程子文の声が聞こえてくるように感じた。
いまさら、程子文が身分を偽っていたと聞いても怒りはなかった。

『そもそも、おれが公子の学友に収まっていたのは、『壺中』の命令だった。
公子の動向を見張るための、いわば密偵だったのさ。

公子は見張りなんか必要ないほど裏表のないひとだ。
あの人の善良さとやさしさは、乱世に生きるにはそぐわないだろう。
しかし、おまえさんが以前にいったとおり、それを弱さと断じる風潮はまちがっている。

おれはいつしか、こういう根っから善良な人物を守りながら、一国を保ってみたいとさえ夢見るようになっていた。
図々しいかもしれないが、公子の味方になりきってしまったのだ。
これほどに純粋な人間に触れるのは、おれは初めてだったからな。

そこで『壺中』を裏切ることにしたのだが、連中はおれが所属していたときよりも、ずっと危険な組織に変わっていた。
北から来たやり手の男が組織を再編したのだという。
迷惑な話だぜ。

どうしたらいいか迷っていたところへ、麋子仲《びしちゅう》(麋竺)どのから使いが来て、機を見て『壺中』を壊滅させようではないかと誘われたのだ。
無謀ではないかと思ったが、やつらが油断しきっているいま動かないと、あとでとんでもなく面倒になりそうな予感もしていた。
そこで、兵を集めているのだが、うまくいくかな。

いや、これをおまえさんが読んでいるということは、だめだったのだろう。
あとは子仲どのがうまくやってくれると思う。
あの親父さんには、なるべく早くに襄陽を離れるよう言っておいた。
いまごろ、新野に戻っているのではないかな。

あの親父さんは気の毒なひとだ。
斐仁に脅され、長いこと金を吸い上げられていた。
そういうひとが、今回の企てで連座して首を取られるのはもっと気の毒だ。

さて、おまえさんには、諸葛玄どのを殺した男の調書を託す。
どうか落ち着いて読んでほしい。
そこには、暗殺者の宋全《そうぜん》の記録と、その妻の丹英《たんえい》のことも書かれているはずだ。

丹英は連座をまぬかれ、いま、襄陽城外の村で暮らしている。
村へ行って、くわしいはなしを聞くのだ。
おまえさんの叔父と、『壺中』のかかわりがわかるだろう』

がつんと頭を殴られたような衝撃があった。
叔父を殺した男はその場で切り捨てられたと思い込んでいた。
ところが、しばらく生きていて、取り調べを受けていたのだ。
調書まで残っていて、その妻のことまで書かれているという。
震える手で孔明は調書を開いた。

そこには、たしかに暗殺者の宋全という男の生々しい証言が書かれていた。
『壺中』の文字こそなかったが、宋全が叔父に激しい恨みを抱いていたこと、叔父が襄陽に戻ってきているという情報を仕入れ、変装して襄陽城に入り込み、暗殺を実行したことが書かれてた。
さらに、宋全の妻の丹英は、なぜか連座をまぬかれ、放免になったこと。
文書のさいごには、程子文の落書きにも似た走り書きがあり、そこに丹英のいる村の名が書かれていた。

「子龍、新野へ戻るまえに村へ行こう。いや、村へ行かせてくれ。
ここにいけば、叔父がなぜ死ななければならなかったのかがわかるのだ。
この大事な時に寄り道をしている場合ではないというのはわかっているが、どうしても行きたい」
吐き気にも似た感情が喉からせりあがってくる。
震える声で訴えると、趙雲は大きくうなずいた。
「もちろんだ、この女に話を聞けば、『壺中』の実態もわかる。だが、大丈夫か」
「叔父はけして後ろ暗いことをするような人ではなかった。
これはなにかの間違いに決まっている。
それを確かめるためにも、村に行こう。
そうと決まれば、叔至に手紙を書かねば。
どうしても確かめておいてほしいことがある。
早馬を飛ばせば、新野にわれらがもどるまえに、いろいろ調べておいてくれるだろう」

言いつつ、孔明は程子文の手紙を胸に抱きしめた。
そこに亡き友の手があるように、大切に。

つづく


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