はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 花の章 その40 花安英、見送る

2022年08月08日 10時08分34秒 | 臥龍的陣 花の章


襄陽城の門から、二騎の駿馬が飛び出していった。
門前にひらかれた市場をつっきって、あっという間に見えなくなる。
馬の起こした砂埃を、迷惑そうに払う露天商たちの姿がおもしろい。

早馬にしても、背の高い、立派な風貌に加えて、洒落た衣を身にまとった二人組は不自然である。
目立つ二人組の立ち去ったあとを、いぶかしげにじっと観察している民もいる。
城壁の上から見下ろすと、そんな民の様子がよく見えた。

曹操が近々南下してくるという情報をおさえるのは、商人のほうが早い。
かといって、かれらは逃げ出すか、というとそうではなく、ここぞとばかりに、鍛冶屋と組んで、掠奪をふせぐ丈夫な海老錠だの、身を守るための鎖かたびらや、ちょっとした武器だのを売りさばいている。
その逞しさは、民を『黒頭』(冠をつけていないため、黒髪だけが目立つ。つまり無位の一般民衆を蔑む言葉)などと呼んで蔑んでいる襄陽城の儒者たちには、ないものだ。

「行ってしまうけれど、いいの?」
と、花安英は、日陰で隠れるようにしている男に尋ねた。
城壁の上は風が強く、花安英の衣をぱたぱたとなびかせる。
ごうごうと風の音が鳴るなか、男が答えた。
「奴らにはなにもできぬ」
「そうかなあ、諸葛孔明は、あんたが思っているほど莫迦なお坊ちゃんじゃないよ。
追いかけて、どこかで待ち伏せして、始末するべきじゃなかったのかな」
「趙子龍がいる」
「仲間を呼べばいいじゃないか」
「何人集めても同じことだ。やつは強い」
「あんたが言うより、まぬけだったけれど」
花安英は、昨夜の趙雲の様子を思い出し、思わず笑った。

孔明を待ちながら、中庭で所在なさげにつくねんとしている様が面白かった。
そこで声をかけてみた。
たいがいの人間は、花安英が声をかけてやると喜ぶ。
とくに、戦場での暮らしが長い人間は。
花安英がその気になって誘った者で、落ちなかった人間はいない。
程子文は例外だったけれど。

程子文のことを思い出し、花安英は激しく苛立った。
死してもなお、面影を消すことができず、それどころかむしろ存在感を強める男がいまいましかった。
思い出される姿を打ち消そうとするのであるが、どんなに頭の外へ追いやっても、油断するとまたもとの位置に戻っている。
 
死んでしまった男のことなんかどうだっていい。
そう、趙子龍のことだ。
趙雲は、花安英が声をかけても、喜ばなかった。
態度では喜んでいなくても、内心はまんざらでもない、というふうでもない。
芯から嫌がっていた。

気に食わなかったので、さまざまに喜びそうなことを言ったり、わざと怒らせようとしたりした。
ところが、一向にうまくいかない。

そこで、さらに気を引くために、花安英は、樊城のだれにも漏らしていない秘密を教えてやった。
そう、蔡夫人と蔡瑁の関係だ。
これを教えてやれば、当然、趙雲は孔明に注進し、孔明はそれを元手に、蔡一族を追いやり、劉琮を跡継ぎに据えようとする動きを封じて、劉琦に家督を継がせることに成功する。
そうすれば、孔明の主騎たる趙雲も面目躍如となり、そのきっかけを作った自分は、感謝されるようになるだろう。

ほかの男たちがみんな最後はそうなったように、花安英に頭が上がらなくなり、だんだん媚びるようになっていく。
そうして転落させて、自分の意のままにしてみたかった。

ところが、せっかく秘密を教えてやったにもかかわらず、趙雲は喜ばなかった。
これで孔明の役に立てると興奮するでもなし、あまりに淡々としているので、嫌いだといってやったが、それでも、動じた様子は無い。
花安英は、趙雲が孔明にかならず、蔡夫人と蔡瑁の関係を注進するだろうと思った。
事実、別れたフリをして趙雲のあとをつけると、孔明の部屋へと入っていった。

花安英は、待っていた。

趙雲の話を聞き、孔明が劉琦に密告をしに行くのを。
そうして劉琦が兵を動かして、蔡一族を捕縛するのを。

ところが、待てど暮らせど、かれらは部屋から出てこない。
なにをしているのだろうとこっそり覗いてみたら、趙雲は床のうえで、孔明は机に突っ伏して、ぐうぐうと眠っていた。

腹が立ったので、劉琦のもとへ行き、孔明ならば、かならず蔡一族を樊城から取り除ける策を持っていると教えてやった。
劉琦から促されれば、孔明とて、おのれの得た情報を使わざるを得なくなるだろう。

だが、またまた読みは外れた。
孔明は、劉琦に策を授けた。
しかし、それは期待していたものとは大きくかけ離れたものであった。
家督を相続することをあきらめて、江夏へ移動し、力を蓄えよ。
蔡一族の命は風前の灯だと期待していただけに、花安英は、がっかりした。

つづく


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