はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 涙の章 その83 残された子供たち

2022年12月11日 10時07分14秒 | 臥龍的陣 涙の章


狭い部屋に、ネズミの子のように一箇所に集まって、不安そうな表情を双眸に浮かべ、口をぎゅっと固くむすぶ子供たちを見たとき、孔明は、なんとしてもかれらを救おうとあらためて決意した。
ざっと見たところ、二十名ほどの子供たちがいる。
上は十五歳くらいから、下は十歳くらいの子供まで。
どれも皆、豪奢な衣裳を身にまとい、高級の脂粉を顔にはたいて、化粧をほどこされていた。

本来の、子供らしい素朴な愛らしさ、みずみずしさは、化粧によって覆い隠されてしまっている。
そのため、みな同じような顔に見える。
いや、同じような顔にさせられたのだろう。
ひとつの規格、物として扱うために、分かりやすいように。

『壷中』を組織してい|潘季鵬《はんきほう》は、子供たちをとことんまで物としか見なさなかったのだ。
思い入れを強くしすぎると、おのれの判断力が低くなるとでも思ったのか。

ふと隣を見ると、趙雲が恐ろしげな顔をして、子供たちを見ていた。
何も言わないが、激しい怒りにとらわれているのがわかる。
子供たちを睨んでいるのではない。
子供たちの背後にいる潘季鵬を睨んでいるのだ。

「ここにいるのが、全員か?」
孔明が尋ねると、白髪《はくはつ》の者は、濁った目を悲しげに伏せて、首を振った。
「他のものは、逃げても、潘季鵬がおそろしいからと、潘季鵬のもとへ戻ってしまいました。
ほんとうはもっと仲間たちがいたのですが、わたしたちを裏切り者といって、斬りつけてくる者もおりまして、相討ちとなってしまったのです。
残ったのはこれだけでございます」
「左様か。では、君らはわたしの言葉を信じてくれるのだな」

子供たちは、じっと視線を孔明に集中させている。
一言一句、聞き漏らすまい、こまかな表情のうつろいも見逃すまい、もう騙されまい、真実を見極めてやろうと意識を集中させているのだ。

孔明は、かれらの心に応じるべく、明るい張りのある声でつづけた。
「みなも知っているとは思うが、わたしは劉豫州の軍師、新野での采配のすべてを一任されている。
わたしならば、君らを外圧から守ることができる。
故郷へ帰りたいという者は、かならず故郷へ帰してやろう」
その言葉に、小部屋の子供たちはいっせいにざわめいた。
「親元へ帰してくださるというのですか」
孔明は深く肯いた。
「約束する。二度と君たちが裏の仕事をしなくて済むように、できる限りのことはする。
元の仲間に戸籍を辿《たど》って追われないようにするために、特別に、あらたな戸籍を用意する。
名前を変えることも許そう。
あらたな土地へ逃げたいというのならば、支度金も用意する」

「われらの中には、家族のいない者のほうが多いのです」
これにも、孔明は明快に答えた。
「故郷がない、帰る場所がない、という者がいるならば、わたしの直属の兵士としてはたらいてもらう。
そして、武器ではなく、鍬《くわ》を持ってもらいたい。兵士の食糧のための畑を耕してもらいたいのだ。
わたしは君たちが望まない仕事は決してさせない。
逆に、戦士としてはたらきたい者がいるのならば、堂々と、武将として前線に立ってもらう。
戦場で、堂々とおのれの名を叫び、軍功を挙げるといい。
後ろ暗い仕事は、我が名と叔父の名誉にかけて、二度とさせない。約束しよう」

子供たちは、思いもかけない厚遇の条件に戸惑い、返事をしかねている。
孔明は、そんな子供たちのひとりひとりの顔をまっすぐ見つめた。

現実的にいえば、金の要《い》る話であった。
しかし、孔明はかれらのために、自分が叔父から譲り受けた財貨をすべて使う覚悟でいた。

白髪の者が、孔明の言葉を足すように、みなに告げた。
「みな、よく聞け。われらが兄は、万が一のときにはこのお方を頼れと、わたしに言葉を託された。
われらが兄の言葉にまちがいはないと思う。
わたしはこのお方に従う。おまえたちは、おまえたちの判断で、どうするか決めるがよい。
いまから潘季鵬の元に戻るものがいても、わたしは追わぬ」

それまでじっと押し黙っていた子供たちは、白髪の者の言葉が合図だったように、いっせいにどうするかと相談をはじめた。
小さな白い顔に、戸惑いと興奮がいりまじっている。
「きみの『兄』というのは、程子文《ていしぶん》のことか」
それほどまでに信頼してくれていたのかと、感慨深く思っていた孔明であったが、意外なことに、白髪の者は首を横に振った。
そうして、もはや何者も映さぬ白く濁った双眸をひた、と孔明に向けて、なぜか、同情の混じった悲しみの表情を向けてくる。
不吉さにも似た落ち着かない感情をおぼえ、孔明はうろたえた。

つづく


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涙の章、あとちょっとで終わりになります。
太陽の章が始まりますが、さてはて、趙雲と孔明、そして子供たちの運命や、如何に?
どうぞおたのしみにー!!


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