※
希望に満ちた甘寧の、仕官への道は、しょっぱな挫けた。
益州をおさめる劉璋のもとへ向かったはいいが、かれはおとなしい男で、武辺者の才覚をみきわめる目を持っていなかった。
なんとか仕官はできたものの、それは低位の会計係の役目であった。
がっかりしなかったといったら、嘘になる。
それでも、基本的には真面目な性格だから、最初はおとなしく、けんめいに仕事をした。
一緒についてきた子分たちは、
『親分がこんなに静かに仕事に励むとは』
とびっくりしていた。
つまらなくも思ったが、一方で甘寧に面倒を見てもらえていたので、文句はなかった。
かれらはそれぞれ食客として豪族の屋敷などに分散して暮らしながらも、なにかあれば甘寧のために集った。
そんな生活は、しかし、何年も保たない。
こつこつと会計係をつづけたあと、昇進の通達がやってきた。
蜀郡の丞(長官)に昇進だというのだから、なかなかのものであるが、しかし甘寧は、かえって怒った。
『毎日、毎日、机に向かって竹簡に文字をつづったり、印を押したり、上役にご機嫌伺いしたり、なんだってこんなにつまらないのだ。
俺はこの先まで、こんなふうに生きるのなど、まっぴらだ!』
そうして、もったいなくもあらたに得た位をあっさりと捨てて、なつかしの故郷・臨江に、子分たちといっしょに戻っていった。
子分たちも、平和すぎる暮らしに飽き飽きしていたので、喜んでついてきた。
もしも、甘寧が、そのまま蜀郡の丞をつづけていたら、かれは劉璋の部下として、蜀を狙う劉備と矛を交えていたかもしれない。
劉璋は見る目がないばかりに、猛将を不遇し、結局、逃がしてしまったのだった。
※
ともかく、甘寧は家に帰った。
しばらくは、堅苦しい役所勤めのこりをほぐして、のんびり過ごしていた。
だが、落ち着いてくると、またじわじわと熱い思いが胸にこみあげてくる。
家にじっとしておられなくなった。
そこで、近場の劉璋がだめなら、つぎはどこの殿様のところへ仕官しようかと思案した。
『馬騰は遠い、曹操はなにやら胡散臭い、袁紹も似たようなもんだ。
偽帝(袁術)なんぞはもちろん却下。
となると、劉表か。
俺の先祖は南陽の出だし、たしか親戚がいるはずだ。ためしに文を届けてみよう』
益州で地道な会計係を務めていたという実績が、いい具合にはたらいた。
ほどなく、待ち焦がれていた親戚からの手紙がやってきて、荊州牧の劉表さまは、なかなか懐の深い方で、いつでも人材をもとめておられるから、是非いらっしゃい、と書かれてあった。
しかも、同族だからというので、南陽での住まいまで世話をしてくれるという。
甘寧は、今度こそはと、またまた子分たちを八百人もつれて、意気揚々と劉表の住まう襄陽へと足を向けた。
甘寧は、ほんとうに今度こそはと意気込んでいた。
その意気込みは、とくに慎重に選んで纏った、錦の衣にあらわれている。
子分をふくめて、きらきらと陽光に光る華美な衣をまとい、腰に、みなして、同じ形をした鈴をがらんがらんと鳴らしながらあらわれた甘寧に、劉表をはじめ、その家臣たちも、呆気にとられた。
劉表という人物は、なかなか表裏のある男であるが、あくまでも表面上は、儒の精神を理想として行動していた。
希望に顔を輝かせてやってきた甘寧を、劉表はどう見たか。
『なんとも田舎臭い奴じゃ』
というのが、劉表の反応だった。
都会育ちの劉表からすれば、甘寧とその一党は、気の毒なくらいに自分を大きく見せようと努力している田舎者にしか見えなかったのだ。
益州で会計係をしていたという経歴が、かえって甘寧の本質を劉表が見抜けなくしていた、ということもあるだろう。
つまりは、地味な役職に似合わぬ、粋がった男、というふうに見られてしまったのだ。
甘寧のあふれる期待に反して、劉表が与えた地位は、またもや小役人ていどのものであった。
親戚の用意してくれた屋敷での、甘寧の細々とした暮らしがはじまった。
つづく
希望に満ちた甘寧の、仕官への道は、しょっぱな挫けた。
益州をおさめる劉璋のもとへ向かったはいいが、かれはおとなしい男で、武辺者の才覚をみきわめる目を持っていなかった。
なんとか仕官はできたものの、それは低位の会計係の役目であった。
がっかりしなかったといったら、嘘になる。
それでも、基本的には真面目な性格だから、最初はおとなしく、けんめいに仕事をした。
一緒についてきた子分たちは、
『親分がこんなに静かに仕事に励むとは』
とびっくりしていた。
つまらなくも思ったが、一方で甘寧に面倒を見てもらえていたので、文句はなかった。
かれらはそれぞれ食客として豪族の屋敷などに分散して暮らしながらも、なにかあれば甘寧のために集った。
そんな生活は、しかし、何年も保たない。
こつこつと会計係をつづけたあと、昇進の通達がやってきた。
蜀郡の丞(長官)に昇進だというのだから、なかなかのものであるが、しかし甘寧は、かえって怒った。
『毎日、毎日、机に向かって竹簡に文字をつづったり、印を押したり、上役にご機嫌伺いしたり、なんだってこんなにつまらないのだ。
俺はこの先まで、こんなふうに生きるのなど、まっぴらだ!』
そうして、もったいなくもあらたに得た位をあっさりと捨てて、なつかしの故郷・臨江に、子分たちといっしょに戻っていった。
子分たちも、平和すぎる暮らしに飽き飽きしていたので、喜んでついてきた。
もしも、甘寧が、そのまま蜀郡の丞をつづけていたら、かれは劉璋の部下として、蜀を狙う劉備と矛を交えていたかもしれない。
劉璋は見る目がないばかりに、猛将を不遇し、結局、逃がしてしまったのだった。
※
ともかく、甘寧は家に帰った。
しばらくは、堅苦しい役所勤めのこりをほぐして、のんびり過ごしていた。
だが、落ち着いてくると、またじわじわと熱い思いが胸にこみあげてくる。
家にじっとしておられなくなった。
そこで、近場の劉璋がだめなら、つぎはどこの殿様のところへ仕官しようかと思案した。
『馬騰は遠い、曹操はなにやら胡散臭い、袁紹も似たようなもんだ。
偽帝(袁術)なんぞはもちろん却下。
となると、劉表か。
俺の先祖は南陽の出だし、たしか親戚がいるはずだ。ためしに文を届けてみよう』
益州で地道な会計係を務めていたという実績が、いい具合にはたらいた。
ほどなく、待ち焦がれていた親戚からの手紙がやってきて、荊州牧の劉表さまは、なかなか懐の深い方で、いつでも人材をもとめておられるから、是非いらっしゃい、と書かれてあった。
しかも、同族だからというので、南陽での住まいまで世話をしてくれるという。
甘寧は、今度こそはと、またまた子分たちを八百人もつれて、意気揚々と劉表の住まう襄陽へと足を向けた。
甘寧は、ほんとうに今度こそはと意気込んでいた。
その意気込みは、とくに慎重に選んで纏った、錦の衣にあらわれている。
子分をふくめて、きらきらと陽光に光る華美な衣をまとい、腰に、みなして、同じ形をした鈴をがらんがらんと鳴らしながらあらわれた甘寧に、劉表をはじめ、その家臣たちも、呆気にとられた。
劉表という人物は、なかなか表裏のある男であるが、あくまでも表面上は、儒の精神を理想として行動していた。
希望に顔を輝かせてやってきた甘寧を、劉表はどう見たか。
『なんとも田舎臭い奴じゃ』
というのが、劉表の反応だった。
都会育ちの劉表からすれば、甘寧とその一党は、気の毒なくらいに自分を大きく見せようと努力している田舎者にしか見えなかったのだ。
益州で会計係をしていたという経歴が、かえって甘寧の本質を劉表が見抜けなくしていた、ということもあるだろう。
つまりは、地味な役職に似合わぬ、粋がった男、というふうに見られてしまったのだ。
甘寧のあふれる期待に反して、劉表が与えた地位は、またもや小役人ていどのものであった。
親戚の用意してくれた屋敷での、甘寧の細々とした暮らしがはじまった。
つづく
※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!
ブログ村に投票してくださった方も、どうもありがとうございましたー!(^^)!
とっても嬉しいです! やる気がでますv
続編、鋭意制作中です。出来上がったら見てくださいねー(*^-^*)
ではでは、つづきをどうぞおたのしみにー(*^▽^*)