※いつものことながら、このお話は、時代考証・キャラクター・雰囲気ともにすべてがメガンテ級に破壊されつくしております。パルプンテでなにが起こっても笑ってしまえる心の優しい方に、特に推奨させていただきます。
成都にあたらしくできたカラオケ屋が、特別無料招待券を送りつけてきた。
普段ならば、そうした騒がしいところに出かけるのを嫌う趙雲であるが、どうも最近、孔明を狙う不届きな刺客が、周囲をうろついているらしい。
しかも歌好きな孔明がカラオケ屋に行くから、護衛が必要だ、と使者がやってきて、仕方なく孔明の主騎である趙雲も、カラオケ屋へ向かったのだった。
そうしてカラオケ屋にやってきて見ると、なぜだか趣味の悪い極彩色のマイクを持ったパンダがキャラクターとなっている看板の前に、ミリタリーパンクに身を包んだ馬超(異常に浮いていたことは、周囲の人だかりからしてわかるであろう。馬超はいまや、オカピー以上に成都一の珍獣なのである)が、大きく手招いている。
いやな予感をおぼえて、まわれ右しようとした趙雲の目に、馬超の横で、まるで捕虜のように、ちんまりと恥ずかしそうにしている馬岱と、偉度、費文偉、董允がいるのが目に入った。
めずらしい取り合わせではある。
だが、肝心の孔明がいない。
趙雲がやってきたのを見て、馬超は呵呵大笑して、気まずそうにしている残り四人に言った。
「ほうれ、軍師がくる、といえば、この男はくる。そう言ったであろう」
そのことばに、趙雲はピンときた。
「さきほどの使者、あれはニセモノなのか?」
「嘘でも言わなければ、貴殿は絶対に来なかろう。さあ、よろこべ、おまえたち! たのしい合コンのはじまりだ!」
「合コン!」
「どうして律儀にやってくるのです! おかげで、本当に合コンなんぞに参加しなくちゃいけなくなった」
と、迷惑そうに、そして馬超に聞こえないように、偉度が言った。
どうやら偉度と董允・文偉の三人は、連れ立って歩いているところを、無理やり馬超に連行されたらしい。
馬岱についてはいわずもがな。
だが、董允・文偉・馬岱の三人は、合コンができる、面子が揃った、と、諸手を挙げて大喜びをしている。
「状況を説明してくれ」
趙雲が言うと、偉度は、後れ毛をうざったそうにかきあげながら、言った。
「ですからね、おばか馬コンビが、長星橋で遊んでいた頭の軽そうな女どもに声をかけて、合コンに誘ったのでございますよ。
ところが、人数が足りないからいやだと向こうが言った。
そこで頭数をそろえようと、わたしたちを捕まえた。だけど、まだ向こうがぐずっているので、平西将軍が大見得きって、私と翊軍将軍は親友だ。やつも呼んでやろう! と宣言しやがったのですよ」
「やはり、俺の家に来た使者は」
「馬将軍の雇った偽者です。ああ、まったく、えらくおもてになりますな、翊軍将軍さま。女どもは、趙将軍さまがいらっしゃるのであれば、一張羅に着替えてまいりますと、すっ飛んで行きましたよ」
馬超は、ここで野郎ばかりで立っているのもなんだから、中に入って待っていよう、と言い、三人のうかれ青年たちは、大喜びでカラオケボックスへ入っていく。
だが、足を止めたままの趙雲と偉度に、馬超はあきれて言う。
「怒っておるのか。楽しみという物を解せぬ野暮な男だな。ほかの三人を見ろ。こんなに合コンができると大喜びなのに、貴殿がここで帰ってしまえば、すべて台無しであるぞ」
「そういう脅しがあるか! 俺は騒がしいのは嫌いだが、唄うのは、もっと嫌いなのだ」
「ならば、そこにいるだけでよい。一時間だけでもよいぞ。そうだ、貴殿の軍師も呼べばよかろうが」
と、高い鼻梁をつんと逸らせて、小莫迦にしたようにして言う馬超に、趙雲はむっとしながらも、それもよいか、と思ったのであるが、素早く偉度が言う。
「なりませぬ、軍師を呼べば、それこそすべてがメチャクチャです」
「なぜだ。あの三人も、軍師がいれば、畏縮して馬鹿はすまい。それに、軍師と馬超、なんとなく似ているぞ。派手なところとか」
「派手の内容が違いますよ。ただ、華があるというところは、たしかに似ておられます。だから不味いのです。電極で言えばプラスとプラス。さあ、どうなる」
絢爛豪華といったことばがぴったりの容姿をしている孔明であるが、馬超とは対象的に、内気な性格をしている。
たとえ身内だけの座だとしても、集って騒ぐよりは、屋敷でのんびり書物をながめていたほうが心休まるのだ。
一方の馬超はといえば、こうして賑やかな場所で、大人数(親しいか、親しくないか、気が合うか合わないかは、馬超にとってはたいした問題ではない。気が合わなければ、合うようにすればよいと、単純に考えるのだ)でいるほうを好む。
馬超は孔明に、「文官は何を考えているかわからぬ。ああやって一人でいることを好むのは、どこか秘密を抱えているのだろう」と、単純すぎる評価を下し、孔明は馬超に、「単純すぎて恐ろしい」と、端的な言葉で評する。
お互いに勘で、こいつとはそりが合わないと判断し、避けているフシがなくもない。
衝突する時は、おそらくとんでもないことになるだろうと、本能が察知しているのだ。
「しかたない…一時間だけ付き合ってやるか。一時間したら、すぐに帰るぞ」
趙雲がそう言うと、馬超は得意そうに、そうそう、それでよいのだ、と笑った。
まったく小癪な、と思いつつ、案内されたカラオケボックスでは、馬岱と董允と文偉の三人が、はじめて観覧車にのった幼児のように、はしゃいでいた。
そんなに合コンがうれしいのかと、かえって趙雲は三人が不憫になってきた。
※
「女たち、遅いな。時間がもったいないし、だれか歌え」
と、馬超が仕切る。
すると、さっそくコークハイをがぶがぶ飲んで、出来上がりつつある文偉が言った。
「趙将軍の唄を、ぜひ!」
「断る!」
即否定すると、周囲からブーイングがあがった。
代表して馬超が言う。
「この中で、翊軍将軍が唄っているところを見たと事のある者がいるか? みなが興味あるのだぞ。場を察するがよい」
たしかに、と顔を見合わせる一同の中で、偉度だけが言った。
「あるよ」
「マジ?」
仰天する一同の視線を受けつつ、うんざり、といった態度を崩さずにいる偉度は、尊敬と驚愕の入り混じった視線を、すべて受け流しながら、答えた。
「鼻歌と…ちゃんとした歌も聴いたことがあるけれど、趙子龍の欠点を一つ述べよといわれたら、まちがいなく歌唱力だと、わたしは答えるだろう」
「なんだか英語の構文みたいな台詞だな。そういわれると、是非に聞きたくなるような」
「絶対いやだ。俺にマイクを回したら、その時点で帰るからな」
趙雲の言葉に、偉度以外の、ふくれっ面をした一同は、本来の目的である合コンのため、仕方なく沈黙した。
「まったく、妙なところで白けてしまったな。よし、適当に番号を入れるから、まず、胡偉度、おまえ行け!」
「はあ?」
馬超は、本当に適当に番号を入力して、偉度にマイクを渡した。
そうして画面にあらわれた曲名は、
『卒業 斉藤由貴』
「ムリムリ! なんだってこんな大昔のアイドルの唄! だいたいキーが合わないって…ああ、はじまる!」
偉度は、どこから出しているのやら、澄んだ声で唄いだした。
「しっかり唄えてるじゃないか!」
できない、できないと言っておきながら、偉度はキーを変えることもなく、見事に可憐に『卒業』唄い続ける…
それを聞いている、マラカスを持った董允、タンバリンの文偉、面白眼鏡をかけた馬岱は、すっかり呆れている。
「こいつ、こんなカワイイ声、どこから出しているんだろう…」
「というか、目をつぶると、セーラー服を着た偉度が見えてくる。セーラーの薄いスカーフで、止まった時間を繋いだりするわけだよ」
「机にイニシャル彫るあなたを『やめて思い出を刻むのは心だけにして』と呟いたりするわけだ」
「駅までの遠い道のりを、はじめて黙って歩いているぞ。なあ、文偉、ときどきわたしは、無性にこいつの前身を知りたくなるのだが、知ったら知ったで、血の凍るような、ものすごい世界に連れて行かれそうな気がするのだよ…」
「その勘は当たっていると思うぞ、休昭。それこそ時の列車に引き裂かれてしまうわ。
あーあ、いい曲なのに…今度聞いたら、絶対に偉度のことを思い出す」
と、偉度が『卒業』を唄い終わったところで、面白めがねの馬岱が叫んだ。
「あっ! 趙将軍が泣いている!」
見ると、たしかに趙雲は、目頭を押さえているのである。
「そんなに感動されたのですか、偉度の『卒業』!」
趙雲は充血した目をして、おどろく文偉に怒鳴る。
「たわけが、偉度のばか者め、いい年をして、情けない。だから泣いたのだぞ、俺は!」
趙雲の様子を見て、馬超は、ソファの上で妙にくつろいで、注文したおつまみのたこやきをつついていたが、ふうむと一人ごち、それから言った。
「よし、女たちがくるまで、遊戯をしようではないか。どうであろう、ただ唄うのではつまらぬ。『歌で翊軍将軍を泣かせたものに、賞金として、給料一か月分をわたしが払う』」
「マジっすか!」
とたん、貧乏な文偉と董允の目が、きらりと光りだした。
しかし偉度は、それにはつられず、しれっとしている。
偉度は、とある理由から高給取りなので、金には目がくらまないのだ。
「くだらない。趙将軍が歌で泣くとは思えない」
「やってみなければ判らぬ。最初の挑戦者はいるか? いないな。よし、では、わが一族の秘密兵器を、さっそく披露しよう。馬岱、ゆけ!」
ほいきた、と、面白めがねをかけたまま、馬岱は、手馴れたふうに、カラオケのメニュー表をめくり、ぱぱっと番号を入力した。
『会いたい 沢田知加子』
「あっ、先越された!」
悔しがる文偉であるが、その隣で、冷静に董允が分析する。
「いや、これ系の歌はもう、『泣け』と最初から命令されているようなものであるから、こういった主旨の競争では弱い。見ろ、趙将軍は平然としてらっしゃる。泣くものかという構えが、強くなってしまうのだ」
「解説するなよ、休昭…」
呆れて物も言えなくなっている趙雲は、情感たっぷりに(でもフリは五木ひろし調で)唄う馬岱を黙ってみていた。
その横で、文偉は首をひねる。
「うーん、死んだ戦友とかを思い出して、泣いたりしないのかな」
「死んだ戦友とは、海の見える教室で、机をふたつ並べて、同じ月日を過ごしたりはしないだろう」
「そうかぁ…じゃあ、『涙そうそう』、『さとうきび畑』『精霊流し』もダメだな。あからさまに、泣けといわんばかりだから。休昭、お前はどうするのだよ」
「わたしは、こういう競争には向いていないのだ。おまえと偉度と、馬岱殿でやればいいよ。頃合をみて、適当に唄いたいものを、唄っておくから」
「そういう諦め癖、あまりよくないぞ」
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/09/28)
成都にあたらしくできたカラオケ屋が、特別無料招待券を送りつけてきた。
普段ならば、そうした騒がしいところに出かけるのを嫌う趙雲であるが、どうも最近、孔明を狙う不届きな刺客が、周囲をうろついているらしい。
しかも歌好きな孔明がカラオケ屋に行くから、護衛が必要だ、と使者がやってきて、仕方なく孔明の主騎である趙雲も、カラオケ屋へ向かったのだった。
そうしてカラオケ屋にやってきて見ると、なぜだか趣味の悪い極彩色のマイクを持ったパンダがキャラクターとなっている看板の前に、ミリタリーパンクに身を包んだ馬超(異常に浮いていたことは、周囲の人だかりからしてわかるであろう。馬超はいまや、オカピー以上に成都一の珍獣なのである)が、大きく手招いている。
いやな予感をおぼえて、まわれ右しようとした趙雲の目に、馬超の横で、まるで捕虜のように、ちんまりと恥ずかしそうにしている馬岱と、偉度、費文偉、董允がいるのが目に入った。
めずらしい取り合わせではある。
だが、肝心の孔明がいない。
趙雲がやってきたのを見て、馬超は呵呵大笑して、気まずそうにしている残り四人に言った。
「ほうれ、軍師がくる、といえば、この男はくる。そう言ったであろう」
そのことばに、趙雲はピンときた。
「さきほどの使者、あれはニセモノなのか?」
「嘘でも言わなければ、貴殿は絶対に来なかろう。さあ、よろこべ、おまえたち! たのしい合コンのはじまりだ!」
「合コン!」
「どうして律儀にやってくるのです! おかげで、本当に合コンなんぞに参加しなくちゃいけなくなった」
と、迷惑そうに、そして馬超に聞こえないように、偉度が言った。
どうやら偉度と董允・文偉の三人は、連れ立って歩いているところを、無理やり馬超に連行されたらしい。
馬岱についてはいわずもがな。
だが、董允・文偉・馬岱の三人は、合コンができる、面子が揃った、と、諸手を挙げて大喜びをしている。
「状況を説明してくれ」
趙雲が言うと、偉度は、後れ毛をうざったそうにかきあげながら、言った。
「ですからね、おばか馬コンビが、長星橋で遊んでいた頭の軽そうな女どもに声をかけて、合コンに誘ったのでございますよ。
ところが、人数が足りないからいやだと向こうが言った。
そこで頭数をそろえようと、わたしたちを捕まえた。だけど、まだ向こうがぐずっているので、平西将軍が大見得きって、私と翊軍将軍は親友だ。やつも呼んでやろう! と宣言しやがったのですよ」
「やはり、俺の家に来た使者は」
「馬将軍の雇った偽者です。ああ、まったく、えらくおもてになりますな、翊軍将軍さま。女どもは、趙将軍さまがいらっしゃるのであれば、一張羅に着替えてまいりますと、すっ飛んで行きましたよ」
馬超は、ここで野郎ばかりで立っているのもなんだから、中に入って待っていよう、と言い、三人のうかれ青年たちは、大喜びでカラオケボックスへ入っていく。
だが、足を止めたままの趙雲と偉度に、馬超はあきれて言う。
「怒っておるのか。楽しみという物を解せぬ野暮な男だな。ほかの三人を見ろ。こんなに合コンができると大喜びなのに、貴殿がここで帰ってしまえば、すべて台無しであるぞ」
「そういう脅しがあるか! 俺は騒がしいのは嫌いだが、唄うのは、もっと嫌いなのだ」
「ならば、そこにいるだけでよい。一時間だけでもよいぞ。そうだ、貴殿の軍師も呼べばよかろうが」
と、高い鼻梁をつんと逸らせて、小莫迦にしたようにして言う馬超に、趙雲はむっとしながらも、それもよいか、と思ったのであるが、素早く偉度が言う。
「なりませぬ、軍師を呼べば、それこそすべてがメチャクチャです」
「なぜだ。あの三人も、軍師がいれば、畏縮して馬鹿はすまい。それに、軍師と馬超、なんとなく似ているぞ。派手なところとか」
「派手の内容が違いますよ。ただ、華があるというところは、たしかに似ておられます。だから不味いのです。電極で言えばプラスとプラス。さあ、どうなる」
絢爛豪華といったことばがぴったりの容姿をしている孔明であるが、馬超とは対象的に、内気な性格をしている。
たとえ身内だけの座だとしても、集って騒ぐよりは、屋敷でのんびり書物をながめていたほうが心休まるのだ。
一方の馬超はといえば、こうして賑やかな場所で、大人数(親しいか、親しくないか、気が合うか合わないかは、馬超にとってはたいした問題ではない。気が合わなければ、合うようにすればよいと、単純に考えるのだ)でいるほうを好む。
馬超は孔明に、「文官は何を考えているかわからぬ。ああやって一人でいることを好むのは、どこか秘密を抱えているのだろう」と、単純すぎる評価を下し、孔明は馬超に、「単純すぎて恐ろしい」と、端的な言葉で評する。
お互いに勘で、こいつとはそりが合わないと判断し、避けているフシがなくもない。
衝突する時は、おそらくとんでもないことになるだろうと、本能が察知しているのだ。
「しかたない…一時間だけ付き合ってやるか。一時間したら、すぐに帰るぞ」
趙雲がそう言うと、馬超は得意そうに、そうそう、それでよいのだ、と笑った。
まったく小癪な、と思いつつ、案内されたカラオケボックスでは、馬岱と董允と文偉の三人が、はじめて観覧車にのった幼児のように、はしゃいでいた。
そんなに合コンがうれしいのかと、かえって趙雲は三人が不憫になってきた。
※
「女たち、遅いな。時間がもったいないし、だれか歌え」
と、馬超が仕切る。
すると、さっそくコークハイをがぶがぶ飲んで、出来上がりつつある文偉が言った。
「趙将軍の唄を、ぜひ!」
「断る!」
即否定すると、周囲からブーイングがあがった。
代表して馬超が言う。
「この中で、翊軍将軍が唄っているところを見たと事のある者がいるか? みなが興味あるのだぞ。場を察するがよい」
たしかに、と顔を見合わせる一同の中で、偉度だけが言った。
「あるよ」
「マジ?」
仰天する一同の視線を受けつつ、うんざり、といった態度を崩さずにいる偉度は、尊敬と驚愕の入り混じった視線を、すべて受け流しながら、答えた。
「鼻歌と…ちゃんとした歌も聴いたことがあるけれど、趙子龍の欠点を一つ述べよといわれたら、まちがいなく歌唱力だと、わたしは答えるだろう」
「なんだか英語の構文みたいな台詞だな。そういわれると、是非に聞きたくなるような」
「絶対いやだ。俺にマイクを回したら、その時点で帰るからな」
趙雲の言葉に、偉度以外の、ふくれっ面をした一同は、本来の目的である合コンのため、仕方なく沈黙した。
「まったく、妙なところで白けてしまったな。よし、適当に番号を入れるから、まず、胡偉度、おまえ行け!」
「はあ?」
馬超は、本当に適当に番号を入力して、偉度にマイクを渡した。
そうして画面にあらわれた曲名は、
『卒業 斉藤由貴』
「ムリムリ! なんだってこんな大昔のアイドルの唄! だいたいキーが合わないって…ああ、はじまる!」
偉度は、どこから出しているのやら、澄んだ声で唄いだした。
「しっかり唄えてるじゃないか!」
できない、できないと言っておきながら、偉度はキーを変えることもなく、見事に可憐に『卒業』唄い続ける…
それを聞いている、マラカスを持った董允、タンバリンの文偉、面白眼鏡をかけた馬岱は、すっかり呆れている。
「こいつ、こんなカワイイ声、どこから出しているんだろう…」
「というか、目をつぶると、セーラー服を着た偉度が見えてくる。セーラーの薄いスカーフで、止まった時間を繋いだりするわけだよ」
「机にイニシャル彫るあなたを『やめて思い出を刻むのは心だけにして』と呟いたりするわけだ」
「駅までの遠い道のりを、はじめて黙って歩いているぞ。なあ、文偉、ときどきわたしは、無性にこいつの前身を知りたくなるのだが、知ったら知ったで、血の凍るような、ものすごい世界に連れて行かれそうな気がするのだよ…」
「その勘は当たっていると思うぞ、休昭。それこそ時の列車に引き裂かれてしまうわ。
あーあ、いい曲なのに…今度聞いたら、絶対に偉度のことを思い出す」
と、偉度が『卒業』を唄い終わったところで、面白めがねの馬岱が叫んだ。
「あっ! 趙将軍が泣いている!」
見ると、たしかに趙雲は、目頭を押さえているのである。
「そんなに感動されたのですか、偉度の『卒業』!」
趙雲は充血した目をして、おどろく文偉に怒鳴る。
「たわけが、偉度のばか者め、いい年をして、情けない。だから泣いたのだぞ、俺は!」
趙雲の様子を見て、馬超は、ソファの上で妙にくつろいで、注文したおつまみのたこやきをつついていたが、ふうむと一人ごち、それから言った。
「よし、女たちがくるまで、遊戯をしようではないか。どうであろう、ただ唄うのではつまらぬ。『歌で翊軍将軍を泣かせたものに、賞金として、給料一か月分をわたしが払う』」
「マジっすか!」
とたん、貧乏な文偉と董允の目が、きらりと光りだした。
しかし偉度は、それにはつられず、しれっとしている。
偉度は、とある理由から高給取りなので、金には目がくらまないのだ。
「くだらない。趙将軍が歌で泣くとは思えない」
「やってみなければ判らぬ。最初の挑戦者はいるか? いないな。よし、では、わが一族の秘密兵器を、さっそく披露しよう。馬岱、ゆけ!」
ほいきた、と、面白めがねをかけたまま、馬岱は、手馴れたふうに、カラオケのメニュー表をめくり、ぱぱっと番号を入力した。
『会いたい 沢田知加子』
「あっ、先越された!」
悔しがる文偉であるが、その隣で、冷静に董允が分析する。
「いや、これ系の歌はもう、『泣け』と最初から命令されているようなものであるから、こういった主旨の競争では弱い。見ろ、趙将軍は平然としてらっしゃる。泣くものかという構えが、強くなってしまうのだ」
「解説するなよ、休昭…」
呆れて物も言えなくなっている趙雲は、情感たっぷりに(でもフリは五木ひろし調で)唄う馬岱を黙ってみていた。
その横で、文偉は首をひねる。
「うーん、死んだ戦友とかを思い出して、泣いたりしないのかな」
「死んだ戦友とは、海の見える教室で、机をふたつ並べて、同じ月日を過ごしたりはしないだろう」
「そうかぁ…じゃあ、『涙そうそう』、『さとうきび畑』『精霊流し』もダメだな。あからさまに、泣けといわんばかりだから。休昭、お前はどうするのだよ」
「わたしは、こういう競争には向いていないのだ。おまえと偉度と、馬岱殿でやればいいよ。頃合をみて、適当に唄いたいものを、唄っておくから」
「そういう諦め癖、あまりよくないぞ」
つづく……
(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/09/28)