はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

おばか企画・からおけ 2

2020年05月09日 10時02分07秒 | おばか企画・からおけ


馬岱はすっかり自分の世界に酔いしれ、同調して、目をうるませ拍手をする馬超と、唄い終わると同時に、『兄弟!』といいながら暑苦しく抱き合った。
しかし趙雲は憮然としたままである。
それを見た馬岱は、思った効果を上げられなかったと、がっかりと文偉にマイクをまわす。
「それでは益州人士代表、費文偉、参ります!」
そうして文偉が選んだ曲は、

『森山直太朗 桜(独唱)』

「なるほど、友情系で攻めてきたな。これは意外と…」
と、偉度はちらりと趙雲を見るが、趙雲はあまり最近の曲に詳しくない様子で、文偉が歌のうまいのには感心してるのだが、とても泣く、というほどではない。


それというのも、趙雲は、馬超のぴちぴちの黒いレザーのズボンのポケットからはみ出している、携帯に気をとられていたのである。
カッコイイ機種だな、ということではない。
趙雲は、とるものもとりあえずカラオケ屋にやってきたため、自分の携帯を持ってきていなかった。
偉度はああ言ったが、このくだらぬ苦境を脱するのには、やはりあれの知恵が必要ではないか。
つまりは、孔明をここにメールで呼び出すのだ。
馬超は、自分は注文したつまみや酒を食べたり飲んだりするばかりで、ぜんぜんマイクを持とうとしない。
だが、きちんと唄は聴いていて、野次を飛ばしたり、奇声をあげて盛り上げたりと、いそがしい。
いまなら、携帯を抜き取ってもわかるまい。
趙雲は、そっと迷彩カラーに着せ替えされている携帯を抜き取ると、馬超たちに気づかれないように、携帯のアドレス帳を見た。
プライベート侵害甚だしいが、向こうも最初にこちらを騙したので、おあいこである、と、心の中で言いわけしつつ。

『む?』

アドレスには、にぎやかなこの男らしい、さまざまな名前が連ねてあった。
しかし、その登録名が、問題である。
『こうめい、しりゅう、よくとく、うんちょう…こうちょく、ししょ? 全部、字での登録か。しかもげんとく、だと? 主公を字で登録するとは、何たるヤツ』
呆れつつ、趙雲は孔明にメールを送信した。

『馬超の携帯であるが俺だ。新装開店したばかりのカラオケ屋に至急来られたし。救援求む』

そうして、また同じように馬超のポケットに、そっと携帯を返しておく。
馬超は気づかなかったらしい。
そのあいだに、文偉の『桜(独唱)』は終わっていた。


「趙将軍、如何です、ぐっときませんでしたか?」
と、すっかり酔っ払いの文偉は言ったが、趙雲は、メールに集中していたので聞いていなかった、とは言えない。
「すまぬ、あまり」
曖昧に答えると、文偉はションボリ肩をおとした。
「うーむ、これ系もだめか。となると、『夜空ノムコウ』『secret base君がくれたもの』もだめだな」
「もっと突っ込んで、人生系で行ったらどうだ。『昴』とか、『川の流れのように』とか『Jupiter』とか」
董允のことばに、趙雲は渋面をつくって、口を挟んだ。
「俺はさすがに、そういう歌で涙するほどの年ではないぞ。主公くらいにならなくては、『味がある歌』だとわからない」
「判り申した、では、馬一族秘密兵器第二弾、参ります!」
と、金マイクを文偉から受け取った馬岱は、やはり慣れたふうに、堂々と立ち位置を決めて、壮大な伴奏を部屋に響かせる。

『いい日旅立ち 山口百恵』

「モモエかよ! まあ、いまリバイバルで流行ってるけどさ」
文偉のあきれた声に、偉度はなるほど、とうなずいた。
「いや、いい選択だぞ。なるほど、旅情系という手があったな。『津軽海峡冬景色』とか『みちのく一人旅』とか『心の旅』とか!」
「さりげなく、みんな古いぞ、偉度。いい選択だが、だめだな、見ろ、感心はしているようだが、感動とはちがう」

事実、趙雲はうわの空で母の背中で聞いた歌を道連れにどこかへ行こうとしている馬岱の唄を聴いていた。
メールを受けた孔明が、いつやってくるだろうかと考えていたのである。

「ところで休昭、おまえいい加減に、一曲、歌っておけ。なんにするのだ?」
偉度が言う隣で、文偉は、董允のために、カラオケメニュー表をぱらぱらとめくっている。
「休昭は、引っ込み思案でいかんよ。しかし意外にこうして見ると、『泣ける曲』って、いかにも暗ーい曲調だと、かえって引くところがあるな。
ちょっとノスタルジックで、明るいくらいだと切ないというか、泣けてくる、っていうの、ないか? スピッツの『チェリー』とか」
「好き好きだろう。わたしは山崎まさよしの『One more time, One more chance』がダメだ」
「あー、それはワカル。切ない系か。宇多田ヒカルの『First Love』もいいけど、あれはかっこよすぎるから、泣く、というと、ちがうな。泣くためには、ちょっと泥臭さもないと」
「たしかに完成度の高い曲は、意外にだめなんだよな。技術に先に圧倒されてしまうのだろうか。そうなると、古いけど、『神田川』とか『22才の別れ』とか」
「あー、くるねー。ワカル、ワカル。最近は、映画『僕の彼女を紹介します』の影響で、X-JAPANの『Tears』がダメだ」
「タイアップは強いよな。『高校教師』の再放送に夢中になっていた頃は、森田童子の『ぼくたちの失敗』が流れてくるだけで泣けたもの」
偉度と文偉が熱く語る横で、董允が、ぱっと顔を上げた。
「あ、それなら知ってる」
「なに?」
「父上のCDにあったと思う」
「父上って…おまえ、こんなところでも、幼宰さまの影響丸出しなのか」
偉度の言葉に、だって、と口をとがらしつつ、董允は言う。
「わたしは、あまり流行りがわからぬのだよ」
「休昭の趣味は、幼宰さまと一緒なんだよ」
文偉のフォローに、偉度は肩をすくめて呆れてみせる。
「まったく、一卵性父子めが。それじゃあ、『ぼくたちの失敗』、と」
董允は、カラオケにいかにも慣れていないようで、マイクを渡されたはいいが、何度も不安そうに「あー、あー」と声を試し、それからようやく画面を見た。

『ぼくたちの失敗 森田童子』





孔明がメールを受け取り、『俺』としかなかったが、おそらくは趙雲であろうと見当をつけて、カラオケ屋に来てみれば、ボックスは、まるで急報をうけてモルグに駆けつけた遺族が、思わぬ対面に言葉を失くしてぼう然としている、というくらいの、重たい空気に包まれていた。

「休昭…おまえ、妙に巧すぎるよ…」
「泣きたくなるのを飛び越えて、死にたくなってきた。欝だ…」
「ぼくは、弱虫だったんだよね…」
「そうさ、やさしさに埋もれていた僕は弱虫さ…」

「なんだ、おまえたち…そろいも揃って気味の悪い」

毎度おなじみの明朗な声がひびくと、それはまさに花火が弾けたがごとく、鬱鬱ムードを吹き飛ばした。
「軍師! なぜにいらしたのですか」
「いらしたもなにも…」
と、孔明はちらりと趙雲を見、それから馬超、面白めがねの馬岱、そのほか三名を見て、状況をだいたい把握して、答えた。
「来なければならぬような気がしたからだよ。カラオケか。そうだ、どうせこのいつもの面子であるし、どうであろう、子龍、一緒になにか歌うか?」
「まあ、かまわぬが…」

とたん、ええー、とほかの一同が、おどろいて腰を浮かせる。

「マイクを向けたら、その時点で帰る、とか言っていなかったか?」
「なんだろう、このひとの、この豹変ぶり! 軍師の言うことなら、なんでも聞くわけ?」
「こういう人だよ。この人は。こういう人なんだよ…」
ぶうぶういう一同を尻目に、孔明はカラオケのメニュー表をめくり、趙雲に尋ねる。
「いつものだと単調だし、あれはもうだれかが歌っただろう。いつかのやつはどうだろう?」
「あれは盛り上がりに欠ける。例のは?」
「例の…ああ、これか。そうだな。前のよりはいいかもしれない」
と、普通に会話をする趙雲と孔明を前に、馬の兄弟、そして三人は、ぽかんと呆れるしかない。
「すごいよ、この人たち、代名詞だけで、会話が成立しているよ…」
「じゃあ、無難なところでこれいくか」
と、画面にあらわれた曲は…

『太陽と埃の中で チャゲ&ASUKA』

「よかった普通だ…Winkなんてされた日には、どうしようかと…」
「わたしは『三年目の浮気』がいちばんキツイと思う…」
デュエットというよりは、メインボーカルの横に護衛がひとり、という状態で歌は進行し、孔明の歌の上手さでほぼ九割をカバー、のこり一割は趙雲の存在感のみ。
それでも楽曲のよさと、歌のうまさが物をいい、董允の撒き散らした鬱の分子は、すべて破壊された。

ここで、普段ならば、軍師ブラボー、なわけであるが、みなの評価は趙雲に集中している。
「下手ってほどではないですよ。単調だけれど」
「音程だってずれていませんでしたよ。情感が、まったくなかったけれど」
「うまくハモれていたと思います。信号みたいだったけれど」
「軍師と一緒だから聞いていられるのさ。これでピンだと、まるでえんえんと、意味のつかめないモールス信号を聞かされているような気分になるんだぞ」
威張って言う偉度に、趙雲はうんざりとつぶやく。
「そういわれるのが嫌だから、俺は歌が嫌いなんだ」
孔明は好きな曲を唄えたので、機嫌よく笑いながら、趙雲をなだめる。
「まあ、そう言うな。ところで、そなたたちは、揃って、ここで何をしているのだ?」
「なにって…そういえば、女の子たち、着替えにしても遅すぎやしないか。もう二時間は過ぎているような」
「女の子?」
と、孔明は首を傾げて、それから、ああ、というふうに納得した顔をして見せた。
「もしかして、カラオケ屋の前に溜まっていた、六人組の娘たちのことか」
馬超が、腰を浮かして孔明を指差す。
「それだ! その中に、えらくわたし好みの娘がおって…」
「それな、補導した」
「………なに?」
ぽかんと間抜けに目を点にする馬超に、孔明は両の手を腰にあてて、胸をそらせた。
「当然であろう。夜更けに若い娘が繁華街をうろうろしているなど、軍師将軍として見過ごせぬ。青少年の正しき生活を守るのが、わが役目ぞ。補導して、いまごろ親元に帰されているころだ」
「夜更けって、まだ九時過ぎだぞ。宵の口ではないか!」
抗議する馬超に、孔明はきびしく決め付けた。
「平西将軍ともあろう者が、成都の風紀を乱す要因を作るでない! 合コンとやらをしたいのであれば、昼間に公園で健康的に、弁当でも広げながらするがよい。こういう空気の悪い密室で、男女が集うなど、感心せぬ。さあ、今日は解散だ!」
「石頭め…せっかく、せっかくナンパに成功したのに! ぜったいお持ち帰りする予定だったのに! わたしはそのために、屋敷の地下にカラオケルームまで作って、歌の練習をしていたのだぞ!」
「兄者ー!」
男泣きに泣く、鬱陶しい従兄弟にうんざりしつつ、孔明は言った。
「しかし今日のところはあきらめよ。だが、今日は練習ということにして、わたしたちにその成果を聞かせてはくれまいか。それで納めてくれ」
「ほう、わたしの歌を聞くか」
と、泣いていたのが一転、目を輝かせる馬超に、孔明は持ち前の勘のよさで、そして趙雲と偉度は研ぎ澄まされた野性の勘で、これはしまった、と判断した。

が、もう遅かった。

馬超はうきうきと、顔をほころばせながら、番号を入力して、金マイクを取る。
「そうかそうか、おまえたちが聞いてくれるか。『女の子を泣かせて同情させてその気にさせてお持ち帰り作戦』、今日は予行練習というわけだ。さあ、行くぞ、岱!」
「おう、兄者!」
と、画面に出てきたのは…

『THE 虎舞竜 ロード 1~13章』

孔明をはじめとする一堂が沈黙したのは、イントロに流れる切ないハーモニカのメロディのためでも、一章における、有名な、サビの歌詞でもなんでもなく、タイトル『ロード』の次にある、『1~13章』という、おそるべき数字であった。

まさか?

その場の誰もがそう思いつつ、逝ってしまった人をせつせつと歌い上げるこのシリーズ、馬一族の切ない過去をみな知るだけに、途中で席を立つわけにもいかず…

そうしてまさに悪魔の数字たる13章がすべて終わったのち、カラオケボックスには、言葉も笑顔も、当然のことながら、拍手すらもなく、じっと目線を落として沈黙する、孔明ら五人の姿があったという…

その後、馬超は、一部で『ローレライ孟起』という珍妙な渾名をで呼ばれることとなる。
しかしそうなった理由に関して、原因を知る五人は、頑として、事情をだれにも打ち明けなかったという。

翌日、孔明の目の届くすべてのCDショップより、『THE 虎舞竜』のロードシリーズは撤去されたが、これが陰謀だとだれが知ろうか。
馬超はこの名作の店頭復帰を、死の直前まで訴えていたということであるが、のちの歴史家陳寿は、あまりに馬鹿馬鹿しいので、この事実の記載を削除。
こうして『ローレライ孟起』の名は、永遠に忘れ去られることとなったのである。


おわり。

御読了ありがとうございました。ほんとに。

(サイト「はさみの世界」 初掲載年月日・2005/09/28)


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