はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 夢の章 その7 思いがけない告白

2022年02月22日 14時05分43秒 | 臥龍的陣 夢の章


関羽は目立つ。
城の正門から孔明と関羽が出てくると、町の人々の視線はいっせいに関羽のほうに向いた。
通りで遊んでいた子供たちは、関羽を見ると喜んで奇声をあげて、酒店への道中、ずっとあとからついてきた。
「関将軍、関将軍、どちらへ行かれるのですか」
そんな声をあげながら、きゃっきゃ、きゃっきゃとはしゃんいで、じゃれついてさえくる。
関羽も子供たちになつかれているのがまんざらではないようで、
「遊びに行くのではないのだぞ」
と言いつつも、ひげで囲まれた口元はゆるんでいる。

じつは、新野に来て以来、孔明ははじめて関羽とふたりきりになった。
なにを話してよいのかわからず、じつに気まずい。
自分を認めてくれたようだ、ということはわかっているのだが、それにしても、この武人の鑑のような人物と、どんな話をすればよいのやら。
まったくの二人きりであったなら、孔明も自分の態度を決めかねて、困っていたかもしれない。
だが、関羽のあとから洟をたらして追いかけてくる子供たちのおかげで、場が殺伐としたものになるのは避けられた。
子供たちは、「劉豫洲の義弟の雲長さまだ」「赤兎馬の関将軍」などと片言で叫んだり歓声をあげたりしながら、酒店までついてきてしまった。
関羽はかれらに愛想よく駄賃をあげて、追っ払う。
思いもかけない駄賃を得て、歓声をあげて去っていく子供たちを見る関羽の目は、びっくりするほどやさしかった。




ほとんど会話らしい会話もしないまま、二人は待ち合わせ場所に到着した。
店の主人は、孔明には愛想よく微笑みかけたが、関羽を見ると、
「ひっ」
と短く悲鳴をあげて、カチコチになってしまった。
劉備の義弟・関羽の勇名は下々にまでいきわたっているのである。

関羽は店をぐるりと見まわすと、いちばん店内と、それから外からの客を見張れる席を見つけて、どっかり座り込んだ。
広い店内が、関羽が入ったことで、狭くなったように見えた。
それまでにぎやかにしていた客たちも、おっかなびっくりとした顔で、こちらの様子を探っている。
仮に刺客がこちらを狙っていたとしても、これではおそらく近づくことすらできないだろうなと孔明は感心した。

だが、崔州平も萎縮してしまわないだろうか。
店内を見渡すと、州平は、かれらしくつつましく、店の隅っこに、ちんまりと座っていた。
孔明がやってきたのはすぐに分かったらしく、手をあげて応じる。
「おう、ここだ。久しいな孔明。元気そうでなによりだ」
「君も元気そうだね。奥方や子供たちも元気かい」
「もちろんだ」
短い返事のなかに、友の家族への愛情を読み取る。

崔州平は、世間の評判には恵まれなかったものの、家族には恵まれた。
とくにその妻は聡明で美しく控えめで、冗談をめったに言わない徐庶すら、
「あの人は州平にはもったいない、おれがもらいたかったくらいだ」
と言ったほどだ。
ゆでた卵のようにつるりとした肌の美女と、平凡だがいかにも意志の強そうな夫、という組み合わせはなかなかうまくいっていて、ふたりのあいだには三人の子供がいる。
州平は、妻子を非常に愛していて、そのために、どこにも仕官したがらないのではないかと孔明は想像したことすらあったほどだ。

「それにしても、驚いたな」
州平は関羽を見て、目をまるくしている。
関羽のほうは、じろじろ見られても、まるで気にする様子はなく、腰を低くして酒をすすめている店の主人に丁寧に断りの返事をしていた。
「ものすごい護衛がついているではないか。おまえ、ほんとうに偉くなったのだなあ。さすが臥龍先生、おれも鼻が高いよ」
「偉くなんてなっていないよ。肩書だけがあるだけで、まだまだ、わが君のお力になれていない。今日は、その話をしに来たのだろう」
「うむ」
孔明が水を向けると、なぜだか州平はもごもごと口ごもり、酒をあおる。
「予想がはずれた」
「どういう意味だい」
「いや、じつは、隆中では、おまえが劉備どのの家臣たちとうまくやれていないという話が大きく伝わっていてな。負けん気の強いおまえでも、相当苦労しているだろうと思っていたのだよ。
ところが、まさに百聞は一見に如かずだな。おまえはちゃんと新野でうまくやれているようだ。天下の関将軍を随員にできるほどなのだから」
「うん、最初は苦労したけれど、いまはうまくやれているよ」
「そのようだ。安心した。これで俺も心残りなく去ることができる」
州平のことばに、孔明はハッとした。
「どこかへ行ってしまうのか」
「恥ずかしい話なのだが、事情があって、借金をしてしまってな。なかなか返せないので、借金のカタに労働力を提供することにしたのだよ。屋敷も家財もすべて処分したので、もう荊州に戻ることはなかろう。おまえにはすまないと思っている。せっかく一緒に働かないかと声をかけてくれたのにな」

とつぜんの話に、さすがの孔明は頭が真っ白になった。
大金持ちの崔家の金がなくなるなど、天地がひっくり返ってもないことだと考えていたからである。
「借金って、どういうことだ。君の家が困窮するなんて、ありえないだろう」
「いろいろ事情があるのだ。情けをかけると思って、そこは聞いてくれるな」

投機に失敗したか、女か、賭博か。
州平の四角い顔をまじまじと見る。
嘘をついている顔でもなければ、冗談を言っている顔でもない。
目をそらすことなく、まっすぐ孔明を見つめ返してくる。
その澄み切った、覚悟を決めた目を見て、孔明はあらためてがっかりした。
これは、説得できない。
長い付き合いなので、崔州平が、どれだけ頑固で意思が強いかはよく知っていた。
事情があるというのだから、そうなのだろう。
その「事情」の内容は、さすがの孔明も想像できなかったが。

「わたしが肩代わりできるような金額でもないのだね?」
「そうだ。ほんとうに、すまない、おまえを残して荊州を去るというのは、ほんとうに心残りだ」
徐庶も同じことを言って、曹操のもとへ行ったなと、孔明は寂しく思い出していた。
司馬徽の私塾では、いつも三人で行動していた。
その三人が、ばらばらになってしまう。
時の流れとは言え、残酷なものだと思う。
あれほどともに天下を論じあった仲間が、誰一人として同じ道を歩かない。

「しょげるな、おまえには、もう力強い仲間がいるじゃないか」
「たしかに、力になる仲間たちだが、君はまた別だよ」
「そう言ってくれるのはありがたいな。うれしいよ。次に再会できるのはいつになるか…わからぬが、そのときは、お互い笑顔で会えるようにしよう」
「借金が早く返済できるといいな」
「そうだな、まったくだ」
州平は苦笑し、それから、孔明の卓の上の手をぎゅっと握った。
「死ぬなよ、孔明。かならず生き延びろ」
「もちろんだ。その言葉、君にも返すよ。必ず、また生きて会おう」
州平は、じっと孔明の目を見つめていたが、不意に言った。
「忘れるな、仇讐は壺中にあり」
「なんだって?」
思わず孔明がたずねかえすと、州平は手を握ったまま、言った。
「この言葉を忘れないでいてくれ。頼む」
理由は、と聞き返したが、州平はことばを濁して答えなかった。

つづく


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