はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 一章 その8 曹操の進撃

2023年12月11日 10時09分11秒 | 地這う龍



自宅につれていくと、狼心《ろうしん》青年は、物珍しそうに好奇心に目を輝かせて、中に入った。
子供たちが机をならべて座っても窮屈さを感じないほどに広いその家は、いまは窓が閉まっているので薄暗く、しかもところどころには、子供たちが置いていったであろう教材や、竹簡《ちくかん》などが乱雑にならべられている。
さらには、夏侯蘭《かこうらん》はそこで寝起きもしているので、生活のにおいもしているだろう。
だが、狼心青年がまったく頓着《とんちゃく》せず、「ほう」とか、「面白い」と言いつつ、あたりを見回していた。


「子供たちに勉強を教えているようだな」
「ああ。このあたりの子供たちはなかなか吞み込みが早くて、教える甲斐があるのだ」
「あたらしい生き甲斐ができた、というわけか」
狼心青年は言いつつ、どっかりと、ためらいもなく上座《かみざ》にすわった。
夏侯蘭はかれをもてなすため、炉《ろ》に火をつけて、白湯《さゆ》を沸かしはじめる。
あいにく、酒が切れていた。
白湯でよいかとたずねると、狼心青年は、のどが潤《うるお》うなら、なんでもよいと答えた。


ふと見れば、さきほどの巨漢は中に入ろうとせず、じっと茅屋《ぼうおく》の外に佇立している。
「あの御仁にも中に入ってもらってよいのだが」
夏侯蘭がいうと、狼心青年は首を横に振った。
「浩恩《こうおん》は見張り役を買って出てくれているのさ。ああいうのが好きな男だから、邪魔してくれるな」
「はあ」
「浩恩は、わたしの従者だ。姓は厳という。おぼえておいてくれ」
「厳浩恩どのか。白湯くらいは飲むだろう。いま用意する」


夏侯蘭は、湯の加減を気にしつつ、ちらりと厳浩恩の横顔を盗み見た。
太い眉に大きな鼻をした、いかにも頑固そうな男だった。
身の丈はゆうに八尺を超えているだろう。
片手に槍を持ち、あたりを無言で睥睨《へいげい》しているさまは、まさに守護神といっていいほどだ。
すこし子龍に似ているなと、夏侯蘭はおもった。


やがて湯が沸いた。
狼心青年にとっておきの竹の器で湯を出すと、かれはそれを酒のように喜んで飲んだ。
そして、足を組み替えると、夏侯蘭のほうにあらためて向き直った。


狼心青年は、許都を出てからの、夏侯蘭の冒険談を聞きたがった。
夏侯蘭としても、恩のある狼心青年にいつか詳しい話をしなければと思っていたので、ここぞとばかり、荊州でのさまざまなできごとを語った。
語りながら、夏侯蘭は、自分が感情的にならずに、このつらい冒険の話をできていることに気づいた。
どうやら、故郷で子供たちを相手にしているうち、だいぶこころが癒されていたらしい。


ささやかな昼餉《ひるげ》をはさんで、午後になり、やっと夏侯蘭の長い話は終わった。
雉《きじ》の肉や、野菜の漬物などをこれまたうまそうに口にしていた狼心青年は、すべてを聞き終わると、感嘆の声をもらした。
「おまえは思った以上に優秀な男であったようだな。
正直なところ、『狗屠《くと》』を殺すところまでいけるとは思ってはいなかった」
正直にそう言われて、悪い気はしなかった。
素直に答える。
「新野の者たちにずいぶん助けられた。
そうでなければ、おれはいまごろ『狗屠』にたどりつけず、『狗屠』を倒していたのは子龍だったかもしれぬ」
「趙子龍か、おまえの幼馴染みは。
いままで聞いたことのない名であったが、これまた優秀な男らしいな。
それに、諸葛孔明か。こっちは聞いたことがある。臥龍などとたいそうな号を持っている男だ」
ふふ、となぜか狼心青年はうれしそうに笑い、それから、夏侯蘭が部屋の片隅に積んでおいた法家《ほうか》のことばの綴られた竹簡を見た。
「諸葛孔明は法家にちかい考えをもっているのか? 
だいぶおまえも影響されたようだ。
しかし、孔明とやらも気の毒に。その命数は風前のともしびとは」
「どういうことだ」
「曹公の軍は許都《きょと》を発ったぞ」


しばし、狼心青年のことばを呑み込むことができなかった。
軍が許都を発った。
曹公が物見遊山《ものみゆさん》に出かけたわけではない。
かれはいよいよ野望をむき出しにし、荊州を併呑《へいどん》せんと動き出したのだ。


「し、しかし、いまはもう秋だぞ。すぐに冬になってしまう。
兵法に通じている曹公が、まさかこんな時期に軍を動かすとは」
おどろきうろたえる夏侯蘭だが、狼心青年は頓着せず、白湯をすすりつづけている。
「裏をかいたか、それとも絶対の自信があるのか……どちらにしろ、曹公は自分が負けることなどつゆほどにもかんがえていない。
まあ、負けることは万が一にもなかろうが。
なにせ、百万の兵を動かしているのだからな」
「百万とは……」


そのあまりの膨大な数を想像しようとした夏侯蘭だが、すぐに想像が追い付かなくなり、やめた。
「百万という数字は、わたしは懐疑的だがな。
それと、わたしたちの情報網でいくと、劉表はもう死んでいる。
曹公もその情報を掴んでいるようだ。
それにおまえの話から考えるに、『無名《むみょう》』から曹公に、劉琮の死も伝えられているだろう」
狼心青年が言った、孔明たちの命が「風前のともしび」だという意味が、じわじわと理解できて来た。
脳裏に勇敢な幼馴染みと、かれの守る軍師と、そして新野でさんざん世話になった藍玉《らんぎょく》……崔玉蘭《さいぎょくらん》と阿瑯《あろう》の顔がそれぞれ浮かんだ。


つづく


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