はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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陳叔至と臥龍先生の手記 その3

2022年01月24日 12時44分48秒 | 陳叔至と臥龍先生の手記
陳叔至、記す

まだあの軍師は兵舎をウロウロしている。
正直に認めよう。
軍師がウロウロしていることで、全体にほどよい緊張感が走っている。
兵卒どもを統率する側としては、たいへんよろしいところである。
が、落ち着かないというのも事実である。
しかも、それまで「胡散臭いよそ者」を見る目で軍師を見ていた兵卒どもだが、現金なものだ。
食事の改良を軍師が約束したあたりから、兵卒たちは口々に軍師を誉めだした。
胃袋を掴んだ結果か、自ら率先して軍師に挨拶する者もちらほら出始めた。

ぬ? 
兵舎からいなくなった。
と、思ったら、料理番のところへ行って、激しくやりあってきたらしい。
本人が誇らしげにいうところをそのまま語るなら、
「夜の食事については、今上帝が食べても美味いとおっしゃるだろうものを出せ、と命令してきた」
ということだ。
兵卒たちは大喜び。
うまい食事にありつけるから、というだけではあるまい。
もちろん、それもあるだろうが、連中がよろこんでいるのは、料理番本人を軍師がやりこめたことにあるのだろう。
あの料理番は、糜芳の後ろ盾があるといって怠慢にも威張りくさり、まともな仕事をしてこなかった料理番だったからな。
いくら新野一の人格者、糜竺どのの弟である糜芳のコネであろうと、主公の寵愛を一身にあつめる軍師には、かなわなかったようだ。
いまのところ、肉包丁片手に追いかけてくる気配はない。

めずらしいことに、おおはしゃぎする兵卒たちを見て、趙将軍が、口に笑みを浮かべて、優しい顔をされていた。
これは、兵卒たちと同じように、してやったりと思った、ということか。
糜芳と趙将軍、どういうわけか仲が悪いからな。
きっかけは不明なのだが、あれは糜芳の一方的な嫉妬だと、わたしは睨んでいるのだが。
たしかにうちの将軍、顔もよければ性格もよし、口は重たいが男気があるし、律義者で愚痴のひとつも言わないし、面倒見は意外とよいし、わりと話もわかる。
縁談も多いのに、承諾しないのも、また女たちの射幸心をあおっているらしいと聞く。
女にも男にももてまくる、わが自慢の上司である。
麋芳からすれば、あまりに出来すぎているので妬ましいのだろう。

それはともかくとして、あの軍師は、毎日、何回、着物を変えているのだろう。
更衣のたびに着物を替えているようだ。
また替えてきたぞ。
えらく派手な錦の帯を中心に、紺でまとめた衣裳だ。
桔梗の花のように見えるのう。
意外にも金持ちらいしということは聞いていたが、衣装ひとつとっても、相当なものだ。
みたところ、いつも上等な絹の衣を纏っている。
衣にあわせて、髪型までいじって、洒落っ気があるなどという言葉で片付かない派手好みだのう。
司馬徽先生の私塾に通っていた人間というのは、そんなに趣味人ばっかりだったのかな。
新野にはこれまで、こういう種類の人間はいなかったな。

いや、待てよ。以前の軍師の徐庶どのは、ちがったではないか。
清潔な服装をされてはおられたが、色合いはいたって地味。
絹なんて滅多に着ていなかった。
だが、羽目を外すときは、おおいに外して、張将軍と盛り上がっていたこともあったっけ。
翌朝には、昨日ははしゃぎすぎたといって、ものすごく落ち込んでいるのを見るのが、ひそかに楽しかったりしたのだが。
曹操のもとへ行かれて、その後、お元気だろうか。
お元気だと良いが。

おや、またも趙将軍が、軍師のほうを見ているぞ。
やはり気になるのであろうな。
「軍師は、なんだって今日は、俺ほうばかりちらちら見ているのだ」
と聞いてきた。
ああ、なるほど、軍師は、兵舎ではなく、趙将軍も見ていたのか。
たしかに、おかしい。
なぜ、軍師は趙将軍を見ているのだろう。
たしか趙将軍は、先日、主公より軍師の主騎となるよう命令されたはず。
それを受けて、逆に軍師が、気を遣って、自分で主騎たる趙将軍のそばにいる?

いや、ちがうな。
あの、尖がった目つき。
わかってしまった。
趙将軍のアラ探しをして、主騎を辞任させたいのではないか。
なんということだ。
趙将軍が直々に守ってくれるという贅沢を、あの軍師は理解していないのか。
趙将軍は、孫子が説くところの大将の気風、すなわち、才知、威信、仁愛、勇気、威厳、すべて備えていらっしゃる(まだお若いから、関羽殿には負けるけれども)。
こんなところで埋もれていてよい人ではない。
軍師がいやだというのなら、将軍のほうから、主騎の任務を断ってしまえばよいのだ。
だいたい、将軍が主騎などと、おかしな人事だ。
わが君のお決めになられたことにケチはつけたくないが、やはり部下としては不満である。
主騎のほうが、細作よりはマシだがな。
何を隠そう、細作は、わたしの前職だが。
あれは給金はよかったが、命がいくつあっても足りない、恐ろしい職業であった。

話がそれた。
趙将軍が主騎、というのはたしかに勿体無い。
わたしからも、わが君に、考え直してくださるよう、お願いしたほうがよいのだろうか。
だいたい、ああいう着道楽な若者と、うちの質実剛健を旨とする将軍の気性が、かみ合うとは思えぬからな。

よし、ではそうするとしよう。
明日にでもわが君のもとへお願いしに行くぞ。

しかし、軍師の、あの新しい帯はカッコイイな…


つづく

(2005/09/18 初稿)
(2021/11/24 改訂1)
(2021/12/17 改訂2)


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