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グレースの自動車・鉄道撮影記

80年代の自動車(日本車と日本車ベース自動車)の画像や鉄道車両(115系等)の写真など。画像の無断転載は固くお断り。

勝田車両センターメロディーイベントに参加

2023-01-22 10:47:05 | 鉄道写真
 JR東日本 水戸支社では鉄道開業150周年記念の一環として2022年8月6日深夜から8月7日早朝まで勝田車両センターナイトイベントを開催した。ナイトイベントでは写真撮影会と車両メロディイベントが開催されたが、音鉄の端くれ者なので車両メロディイベントに参加した。

 勝田駅からE657系の回送列車に乗って車両センターへ移動し、車両センターにはこのような物が。



 651系の愛称表示器。スーパーひたちで何回か見たが、651系の常磐線特急は乗ったことはない。常磐線特急に乗るようになったのは割と最近。


 灯篭も。水戸市の灯篭流しだったかな?


 103系のドア。恐らく武蔵野線用だろう。このような所で103系のドアが生きてたとは意外。これもイベントに使ってほしかったね。
 説明が終わり、ここから動画撮影開始。
勝田車両センターメロディーイベント E531系警笛・車外スピーカー自動放送・メロディー

勝田車両センターメロディーイベント E531系ブレーキ緩解音

勝田車両センターメロディーイベント E501系パンタグラフ・交直切換器・保護接地 作動動画
 個人的にはこれがメインの一つだったかな。交直流電車の切換器の動作は何回か見てるかもしれないが、動画で撮影したことないな。撮ろうと思ってもなかなか撮らないので良い機会になった。
 それにE501系を見ると隣の国の通勤電車を思い出すのでね(隣の国は交直流通勤電車が当たり前。)

勝田車両センターメロディーイベント E501系ブレーキ緩解音とコンプレッサー音
 このコンプレッサー音も地元のE217系初期車で聴いてるはずだけど、録音したことないな。これも録音しようと思っても録らないので良い機会になった。それと隣の国の通勤電車でもこれと似たようなコンプレッサー音を聴いたな。

勝田車両センターメロディーイベント E501系ドア開閉

勝田車両センターメロディーイベント E531系車外スピーカー「幸せなら手をたたこう」・ドア閉め放送
 ワンマン運転になるとご当地発車メロディーが消える話を耳にするが、E531系だとご当地メロディも流せるのか。水戸支社は遊び心があるのはいい所だと思う。

勝田車両センターメロディーイベント E531系車外スピーカー放送(ワンマン運転に関する案内・発車放送・ドア閉め放送)

勝田車両センターメロディーイベント E531系車外スピーカー(発車ベル・発車放送・発車メロディ)

勝田車両センターメロディーイベント E531系補助電源装置音

勝田車両センターメロディーイベント E531系コンプレッサー音

勝田車両センターメロディーイベント E531系真空遮断器動作音
 交直流電車が折り返し駅などで行っている遮断試験。こういう音も記録してないので良い機会に。

勝田車両センターメロディーイベント E531系車内自動放送・ドアチャイムなど

勝田車両センターメロディーイベント E501系コンプレッサーとドア開閉音

勝田車両センターメロディーイベント E657系ドア開閉音

勝田車両センターメロディーイベント E657系車内自動放送


 E657系、このような表示もあるのか。

勝田車両センターメロディーイベント 485系車内チャイム


 
 485系に思い入れのある電車区なのか、485系のオルゴールが残っていたのか。このオルゴールをE653系K70編成の車内座席の上に置いて流していた。勿論、自分も流してみた。

勝田車両センターメロディーイベント E653系ミュージックホーン


 E531系赤電復刻塗装・E657系・E653系K70編成の並び。




 イベントが終わり、電車区から赤電復刻塗装の回送列車に乗って勝田駅へ。赤電復刻塗装もう一度撮りたいと思っていたので少し得した気分?に。
 E〇〇系とか興味無い自分だが、交直流電車の動作とか記録出来たし、知らない部分も知れたのでその点では良い機会になったと思う。

 帰路の途中、水戸駅でEF81‐95を見掛けたので撮影。

2022年7月に撮影・乗車した只見線とSLばんえつ物語号

2022-12-13 11:40:05 | 鉄道写真

 小出駅の跨線橋。115系二次新潟色やE127系0番台をイメージしたカラーリングに見える。




 代行バス車内から見た只見線の橋梁。今はこの区間を当たり前のように列車が走っていることだろう。



 会津川口駅に停車中のキハ110‐135。この車両ではないが、キハ110‐223が
東北地域本社色に塗り替えられたそうで。機会があれば平日に乗ってみたいもの。


 今回はこのキハE120で会津若松へ。

 車窓。

 会津若松から郡山回りで帰っても良かったが、郡山行きが混雑してるのでSLばんえつ物語の指定券を買って新津回りで帰ることに。
 跨線橋から見るばんえつ物語用12系客車。AU13クーラーと急行型ならではの窓が懐かしく感じる。

 終点新津まで相席も無く12系客車を久々に堪能した気分。

 車窓。

 会津若松方に連結されているオコジョ展望車。

 オコジョ展望車の連結部。ここに12系の面影が残っている。かつてJR各社に在籍した12系・14系のジョイフルトレインも展望車の連結面はこのように改造前の面影が残っていた。車両を方向転換させ車掌室を連結面に移動させ、反対側を展望室へ改造する手法はかつての客車ジョイフルトレインでお馴染みの手法だったと思う。


 
 12系・14系・24系などでお馴染みの折戸。この折戸、お洒落な感じで割と好きだったりする。
 ばんえつ物語の運行開始年の1999の文字が書いてあるが、もう23年も経つのか。23年目にして初めての乗車だったりする。
 側面行先表示器は故障が多いのか、会津若松⇔新津の固定表示になってしまった。幕式はメンテナンスが大変らしいからね。隣の国の地下鉄もロゴで塞いでしまったし。

 ばんえつ物語の普通車車内。登場時からリニューアルを重ねているらしいが、どうも中途半端さが抜けないのは何故だろう。


 急行型由来のボックスシートとあってシートピッチは広々としている。

 客室とデッキの仕切り戸に貼ってあるステッカー。このステッカー、新潟生え抜きの一部の115系やムーンライトえちご用165系でも見たような気がする。



 4号車に連結されているフリースペース展望車両。運転開始当初は連結されてなかったが、2000年12月から連結され高崎運転所スハフ12‐160から改造された。
 この車両には売店もありグッズや沿線のお土産品も買うことが出来る。自分も新津の特産品、鮭の焼き漬けを買って自宅で食べたが、鮭自体が美味しく、醤油が良い感じにしみてるのでご飯のお供にピッタリ。新津駅の鮭の焼き漬け弁当も個人的に好きで何回か食べたことがある。

 今では一時期のブームが去ってしまった感があるばんえつ物語号だが、こういう時だからこそ思う存分12系客車を堪能出来る可能性も高い訳で会津若松発新津行きは穴場だと感じた。磐越西線が全線再開したらこのばんえつ物語号も運転再開してほしいものだ。

2022年7月に乗車・撮影したE127系上越線代走

2022-11-06 13:49:09 | 鉄道写真

 2022年3月ダイヤ改正でJR新潟支社管内の電車使用の普通列車は一部を除きE129系に統一されたが、E129系が6月に発生した落雷被害で何本か使用不能となった。
 その為、車両が不足することから運用を離脱していた新潟車両センターE127系V12編成とV13編成がペアを組んで運用復帰することになり、2022年6月29日より上越線運用に就いている。上越線では夕方の1746M(長岡→越後湯沢)と朝方の1725M(越後中里→長岡)の運用に就いており、夜間は石打で停泊し昼間は長岡車両センターで留置されている。
 新潟支社管内にE127系が登場したのは1995年春頃。それまで普通列車で運用されていた急行型電車165系の老朽化が激しく2ドアデッキ付きで使いづらかったので後継車として3ドアオールロングシートのE127系が登場した訳だ。東北エリアで既に登場していた交流区間用701系の直流版とも言えるが、新潟向けE127系はデザインが若干701系と異なっている。新潟支社長か誰か忘れたが701系のデザインがダサいのでオリジナルのデザインになったとか?個人的には701系ってそんなにダサくないと思うが。
 E127系は越後線(新潟~吉田)・白新線・羽越本線(新発田~村上)・信越本線(長岡~新潟)で運用され、昼間は越後線(新潟~内野)・白新線(新潟~豊栄)・信越本線(新津~新潟)でワンマン電車として運用されていた。   
 2015年3月以降は北陸新幹線金沢開業絡みで信越本線 長野~直江津がJRから経営分離されることから大半がえちごトキめき鉄道へ譲渡され、JRに残ったV12編成とV13編成が弥彦線運用(入出庫絡みで越後線 新潟~吉田間運用もあり)に就くことになり、2022年3月改正までこの形態が続いた。


 2022年3月改正で運用を離脱しそのまま他線に転用されるかと思いきや、E129系があのような状況になりE127系が運用復帰し、これまで運用に就いたことがなかった上越線に投入されるとあって2022年7月某日、某イベントの後にE127系上越線代走に乗ってみた。

E127系上越線乗車動画 長岡から越後滝谷まで

E127系上越線乗車動画 小千谷から北堀之内まで

E127系上越線乗車動画 小出から浦佐まで
 かつては東洋電機製GTOのVVVFインバーターだったが、数年前に東洋電機製IGBTのVVVFインバーターへ交換された。
 この日の1746M、女性車掌だったが、駅到着毎に肉声の英語放送を入れてるね。E129系に合わせる為なのか。女性肉声の英語放送もなかなか聞けないので少し嬉しい気分。

 ワンマン運転時に使用する運賃表。代走運用なので当然、上越線の駅名は入っていない。

 ATS‐P関連の機器箱。

 若草色の座席。一時期、新潟115系のアコモ改善車や一部のリニューアル車でもこの色の座席を使っていた。個人的に新潟と言えばこの色がしっくりくる。

 クモハE127‐12の車号と禁煙ステッカーと急停車案内シール。この禁煙ステッカーも徐々に見なくなってきた。急停車案内シールも新潟支社オリジナルだが、これもE129系投入で見なくなってきた。


 ドアステッカーと大学の広告。ドアステッカーは表側は駆け込み乗車関連の物。E127系のドアステッカー、外貼のが残ってるのか。首都圏だと内貼のに全て更新されたのに。外貼のステッカーも久々に見た感がある。
 地方限定のこのような大学の広告も好きだったりする。


 行先表示器は未だに幕式。JR東日本新系列電車の幕式行先表示器も見なくなってきた。
E127系側面方向幕 回転





 半自動ドアボタンの右隣に熊のキャラクターが描かれた案内シールが。
上越線E127系長岡行き 越後湯沢駅入線


 東急車輛の銘鈑。これもやがて貴重品になる。

E127系上越線乗車動画 六日町から五日町まで

 翌朝乗った1725M。上越線の風景とこの色の座席は似合うな。
 いつまで上越線を走るか分からないが、E129系が完全に復帰するまで無事に走り続けてほしいものだ。



E217系Y-3編成長野配給 

2022-10-17 10:48:07 | 鉄道写真












 

 2022年6月15日、鎌倉車両センターから長野総合車両センターへ廃車解体目的でE217系Y‐3編成が配給輸送された。この配給輸送は長岡車両センターのEF64‐1030が牽引した。
 Y‐3編成は1995年11月22日にF‐03編成として東急車輛で落成し、1997年12月頃に1号車を車椅子対応トイレにする為にクハE216‐2003からクハE216‐2023(1997年新津車両製作所製)への差し替えが行われている。捻出されたクハE216‐2003は同時期に製造されたF‐72編成(現Y‐122編成)の増結1号車に転用された。
 Y‐3編成はE217系としては2次車に当たり、E217系量産型として第一号になる。前面のステップが分割式から一体型に変更されたり、ボックスシートのつり棒が無くなるなど量産先行車と比較すると変更された点が多い。JR東日本新系列一般形車両のボックスシートのスタイルはY‐3編成で確立されたとも言えるだろう。この編成が落成した直後の1995年12月ダイヤ改正でE217系の逗子から先、横須賀・久里浜方面の運用にも投入されるようになり、本格的な増備も開始され、ここからE217系が徐々に当たり前のような存在になっていったように感じた。
 湘南新宿ラインの列車が増加し、横須賀線の列車が減ったことから2006年3月から113系置き換えの為、付属のF‐53編成や量産先行車の編成(基本編成・付属編成共に2編成ずつ)と共に湘南色に変更の上、国府津区へ転属し東海道線 東京~熱海で固定運用された。増結・分割の運用は無く基本的にはF‐53(Y‐103)編成と組んだ15両編成で運用された。(この時はサハE217‐3をF‐53編成の14号車に移して運用)
 量産先行車の編成が東海道線から横須賀線に戻るなどの動きはあったが、F‐03+F‐53編成は東海道線を離れることなく2015年3月の上野東京ライン開業関連でようやく横須賀線に戻ることが出来、F‐03編成・F‐53編成からÝ‐3編成・Ý‐103編成へと変更された。
 さらにこの段階でようやくE217系全車が鎌倉車両センター所属となった。
 
 2022年5月某日、退勤明けでスマートフォンで撮影したもの。写真のクハE217‐3には国府津時代に付けられた耐寒電連がそのまま残っていた。



 Y‐3編成の目立つ部分だとドアガラスに貼られた「足を挟まれないように」のドアステッカーだろう。いつ頃から貼られたのか忘れたが国府津所属時代(少なくとも2011か2012年以降)に貼られた。
 横須賀線へ戻ってからもしばらくは残っていたが、ドアガラスが新品に交換されたと思われる箇所には貼られておらず、ちぐはぐな状態となっていた。(Ý‐103編成も剥がされた箇所が多く、あまり残っていない)

 クハE217‐3の車内。つり棒無しの片持ちボックスシートはこのY‐3編成が最初。

 SOSステッカーが非常通報機の真横に貼ってあるのも東海道経験車の特徴。横須賀線生え抜きだと少し離れた所に貼ってある。東海道線はかつてこのスペースのステッカー広告が無かったのでSOSステッカーが非常通報機の真横に貼ることが出来た。
 E217系量産型の中でも異色の経歴を持つY‐3編成。横須賀線を離れてた時期が一番長かったのでもう少し活躍してほしかったが、これまで地元の足として活躍したことに感謝したい。

Y-3編成長野配給 大船入線

E217系Y 3編成長野配給 大船発車


2022年6月に撮影した24系客車の保存車

2022-10-04 21:43:18 | 鉄道写真

 かつて寝台特急「北斗星」に食堂車(グランシャリオと呼ばれていた)として連結されていたスシ24‐504。
 JR東日本の尾久客車区に配置されJR東日本受け持ちの北斗星5号と6号(後年は3号と4号に変更、晩年の一往復体制になった時の北斗星食堂車はJR東日本車が担当。)に連結されていた食堂車である。
 当時は24系客車の食堂車が不足していたので余剰となっていた485系の食堂車サシ481‐64を1988年に改造。編成の中で車体形状が異なっていたので、北斗星の食堂車としてインパクトのある存在感だったと思う。
 このスシ24‐504は東川口駅近くのグランシャリオでレストランとして活用されていて、今回このグランシャリオで食事をしたが鉄道ファンでない方にもおススメ。寧ろ、北斗星の食事メニューよりもボリュームがありお得感があった。食事・サラダ・スープ・スイーツ付きでパン食べ放題のメニューを頼んだが、お腹も心も満足。パンは焼き立てだそうで良心的なお店だと思った。ご飯党の自分でもここのパンはおススメします。(食事の写真が無くてすみません。)
 近年、お色直しをして綺麗になったが、現役時代とあまり変わってなく業務用扉のドアガラスHゴムが灰色から黒色に変わったくらいだろう。JR東日本所属のスシ24で唯一灰色ゴムを保持していた車両だが、今後も車両を保持するには仕方ないことだろう。




 場所は変わりまして新三郷駅近くのららぽーとで展示されている「夢空間」で写真の車両はダイニングカー。JR東日本が1989年に次世代寝台列車の方向性を探るべく製造し、試作車的な意味合いが強いのか900番台となっている。横浜博覧会や海浜幕張駅前で展示された後、1991年から北斗星トマムスキー号に連結され、それ以降、夢空間北斗星など北海道方面の臨時寝台特急などで活躍し鉄道ファンからの注目度も高かったように思う。
 時には九州方面・出雲市方面にも足を延ばしたり、JR東日本管内の団体列車にも使われたりもした。逗子駅で夢空間を連結した団体列車を見たことがあるが、ダイニングカーの厨房から漂う料理の匂いが美味しそうだなと思った記憶がある。
 引退後はこの新三郷のららぽーとで展示されているが、近年はこのダイニングカーを使ったイベントが開催されてないようで少し残念。またイベントを行ってほしいものだ。




 同じく新三郷のららぽーとで展示されている夢空間のラウンジカー。こちらは車内へ入れるようになっているが、飲食は不可。
 1988年に日本に来たオリエント急行の影響を感じられ、バブル期だった頃の雰囲気も同時に感じる。バブルの雰囲気感じる車内でスレンダーな綺麗なお姉さんとカクテルを飲みながらと考えたけど全然叶わず。それどころかこのような世の中になってしまい夢空間のような憧れの鉄道車両も現役を引退してしまった。四季島やななつ星なども悪くはないが、夢空間には及ばないんだよな。夢空間は気品ある女王様のような存在なのよ。
 くだらないことを書いてしまったが、東川口のグランシャリオと合わせて少しでもバブルな雰囲気が味わえたと思う。
 最後に付き添ってくれた某氏、本当にありがとう。